DREAM NOVEL
  / HOME


あんまり僕をまどわせないで

漁色の夢

 天下は広い。普く広い。故に不可思議なことも多いが、大宗を占めるのは平凡な日々の営みばかりだ。故に、その天下の下にある曹魏もおかしなことはあるが、余り気にする程ではない。例えば、世に聞こえた漁色家がこの国には二人居るが、大した話ではなかった。一人は眉目秀麗、享楽の貴公子こと郭嘉である。

 そして、もう一人が、ただいま絶賛昼寝中の中年男である。齢三十六歳。見てくれは大して良くはなく、尖った鼻に色気の無い青白い肌とくればそれでも整っている賈充を思わせそうだが、の頬は更に削げており、ついでに言えば金壷眼で、残念ながらぎりぎり醜男と呼ばれない程度であった。これでも一応文官としてはそこそこの地位についているが、ただそれだけである。故に、大概ひっかかるのは物好きか好き者のどちらかである。故に彼のことを、影で人々はこう呼んでいた。

「あ、蓼だ」
「蓼?蓼がどこにあるのですか、李典殿」

ぼそりと呟いた李典の声に、楽進が図面から顔を上げて辺りを見渡した。蓼、とは食べられないではないが、大層苦い草である。蓼虫、と呼ばれる虫が好んで食べることから、転じて蓼食う虫も好きずき、人の好みはさまざまであるとのたとえとなっている。そして、それはのあだ名となっていた。

「なんだ楽進殿、知らなかったのか。ほら、あそこだよ。あーああ、思いっきり寝ちゃってるねえ」
殿ではないですか。蓼ではありませんよ」

丁度二人が座っている東屋は、庭に面した、窓の開け放たれたの執務室が丸見えなのだった。きちんと同僚の物言いを訂正すると、楽進はしげしげとを眺めた。確かに、余り美しいとは言えないかもしれない。だが楽進はどこまでも紳士であったのでそこには触れないことにした。人は美醜だけで判断するものではない。

「だぁかぁらっ、殿のことだよ、蓼っていうのは。知らないのか?」
「知りませんね。大凡よからぬことでしょう」
「まあそうなんだがな……お、起きたぞ」

起き上がったがぼさぼさになった髪を乱雑にかきあげて辺りを見渡す。子供の様な行為を楽進は微笑ましいと思った。そうしてゆっくりと目は泳ぎ、こちら側に向く。あ、と思った時にはひらひらと手を振られた。釣られて楽進も手を振りかえす。

「しっかしああやって見ると、ただのおっさんだよなあ。あれで閨では結構すごいっていうんだから、人は見かけによらないね。確か、楽進殿の文官時代の先輩だったか」
「ええ。その頃はその……人に噂されることもない方だったのですが。随分とよくしていただきました」

見てくれは悪くとも心根は悪くない所がの良い所だ。初めて仕官して以来、は何くれとなく楽進の世話を焼いてくれていた。残念ながら楽進が武官となったことにより、仕事上で会うことも世話をされることもなくなったのだが、未だに親交が続いている。今日も、この後飲みに行く約束だった。

「よくしていただいた、ねえ。そうだ、楽進殿は声をかけられたことはあるか」
「え?声、ですか。いつもかけていただいていますが」
「だーっ、違うよ、そういう普通のじゃない。良いか、殿は漁色で有名なんだぜ?声をかけるって言ったら一つだろ。閨に誘われたかってことさ」
「ありませんよ」

まさか、と楽進がまさか、と李典も目を丸くする。どういう意味かと楽進が訝しんでいると、李典は手を顎の下に添えて考える素振りをした。

「何でだろうねえ。あの人、軒並み声をかけてるって感じなんだけどなあ。あ、ちなみに俺もある」
「な、」
「安心しなって、好みじゃないから断ったよ。今思えば一回くらいお手合わせ願っても良かったかもしれないが、物好きだと思われたくもないからな」
「……そうなのですか」
「ま、気にすることはないさ。大したことじゃない。それよりも、今度見回る順番なんだが」
「はい」

返しながら、楽進は顔を顰めた。胸騒ぎがしてたまらない。視界の端ではが黙々と仕事に勤しんでいる。自分もしなくては、と思うも集中できず、そのまま時間ばかりが過ぎていった。




 はのんびりとしていた。今日の仕事も恙無く終わり、あろうことか明日の夜の約束も埋まったのである。漁色家であると言ってもは蓼、そう機会がある訳ではない。勿論相手の興味本位なのであろうけれども、は期待に胸を膨らませていた。もう心などどうでも良いのだった。身体が続く限り穴の開いてしまった様な心地を埋め続けられればそれで良いのだ。

道具をきちんと元の通りに並べ、帰り支度を整えると、は明日のことを考えながら廊下に出た。今度の相手は文官で、そこそこ名門のお坊ちゃんである。酷薄そうな笑みからするに、多分にをいたぶるつもりなのだろうが、それくらいで良いとは自嘲した。愛ある行為などごめんだ。いっそ交換条件でお互いがお互いに利益を与え合っているという方が余程都合がいい。

「ぶーんけん、おーい文謙や」
「はいはい、ここですよ、殿」

廊下の向こう側からひょこりと覗いた顔に、は破顔して手を振った。可愛らしい後輩の楽進である。最早可愛らしい、とは言えないお年頃であり、寧ろ女官達が言うように格好良いと褒めそやすべきなのだろうが、にしてみれば楽進は仕官したばかりの頃のまま、右も左も解らぬひよっ子のままである。

 並んで歩けば、当初はよりも低かった背がでんと高くそびえ立つ。楽進の文官時代に細かった腕も今では引き締まった筋肉に覆われていた。男だな、と時折は無性に思うことがある。自分もこんな風に生まれたならば、間違えずに済んだだろうか。

 昨日はこれをした、あれをした、等と他愛も無い会話を重ねているうち、今日の話になり、楽進はが寝ていたのを見た、と笑って言った。少し恥ずかしかったが、はさもありなんと頷いた。うら若き乙女とことなり、最早ただの中年おやじであるため、恐るることなどさしてない。

「それで、その……聞いて、しまったのですが。……殿は、李典殿に声をかけられたそうですね」
「ああ、そういえばあったかな」

珍しい、とは首を傾げた。普段楽進とは当たり障りの無い会話しかしない。の閨の事情などもってのほかだ。第一、楽進はそういった話には昔から参加したがらなかった。流石に何か耳に入ったのだろうか、といささか気まずさを覚えていると、楽進がひたりと歩を止めた。

「何故ですか?」
「唐突だな。お前にしては珍し」
「茶化さないでください」
「っ」

そっと囁く様な声だったが、は小さく竦んだ。明らかに楽進の声には怒気が含まれている。何故怒っているかは皆目見当がつかないが、早めに機嫌を取った方がいいだろう。はわざとのんびりとしながら、手近な酒楼はどこかを頭の中に描いた。

「何故ってそりゃ、寝てみたかったからさ。あのもじゃもじゃした頭に抱かれたらくすぐったそうだろう?」
「は、破廉恥ですっ」
「そうだよ。破廉恥だ。俺は破廉恥なことが好きなのさ」

機嫌を取らねばならないことを念頭に置きながら、は引きつった笑みを浮かべた。そうでなくては物悲しさに支配されてしまいそうだったからだ。

「で、ですが、殿は私には声をかけないですよね?何故ですか?その、誰にでも、声をかけている、と伺ったのですが」

続けられた台詞は意外にも可愛らしいもので、は目を丸くした。単純に台詞だけを追ってみれば何と言うことも無い、彼は仲間はずれにされるのを恐れているだけなのだった。ならば大人の余裕でもって返すというのが正しいのだろう。は一呼吸して返した。

「誰でもじゃないさ。例えば、一度寝たことがある奴とか、細君や恋人が居る奴とかな。あとはお前みたいに」
「私みたいに?」
「可愛がってる奴かな。別にお前がかっこ良くないなんて思ってないんだぞ?ただ、お前を大事にしておきたいのさ」
「か、かっこいいだなんて、そんなっ。私は、まだまだです……それよりも、殿」
「うん?」

城門を潜り、のんびりと夕暮れ時の街を歩く。曹操により治安が安定しているため、街の空気は活気に包まれていた。あちこちから美味しそうな香りが漂っており、はううん、と小さく唸る。今日は何処で食べようか、いやそれともじっくり話せるような個室のある店にしようか、と悩んで、結局足は個室のある店へと向かっていた。

「私にも声を」
「おー、いらっしゃいさん!解ってますよ、奥の部屋なら空いてます」
「ありがとうな。じゃあ酒と食事を適当に持って来てくれ」
「承知しました!」

何か楽進は言いかけたようだが、馴染みの店主のだみ声にかき消される。は少し気にした後、部屋でゆっくり聞けば良いかと正面を向いた。楽進は特に不平不満も無い様子で後ろからついて来る。割合に広い酒楼の奥へと突き進むと、は慣れた様子で天幕を捲った。遊牧民族の料理を売りにしているこの店は、一つ一つの部屋が天幕となっているのだ。とりわけこの奥の部屋は広く、音が外にも漏れ難い。加えて寝台も置かれているのでの逢い引きの場所にはうってつけだった。

 勿論今日は逢い引きなどする予定はないのだが、落ち着いて話せる場所として咄嗟に思いついたのはここだけだったのである。因に、楽進とこの店に来たことはない。寛いだ様子で床に座ると、は側近くの座布団を手慰みに抱きかかえた。

「で、さっきは何を言いかけてたんだ、文謙」
「……私にも声をかけてくれませんか、殿」
「へ?声ならかけてるだろ。だから今日こうしてここで飯食ってる、って……あー、なしな。今の。解ってるよ」

思い切り寝転ぶと、は酒が来ないかとぼんやり思った。間が持たない。しかも酒なしでこんなにもこじれそうな話をするのは苦手だった。

「だから言っただろう、お前は対象外なんだよ。お前も多分、李典殿に言われて興味を持ったとかなんだろうけど、大して面白くもないさ」
「……そうですか」

しゅん、と俯く楽進を他所に漸く酒と食事が運ばれて来る。が好きな北方騎馬民族の料理で、特に好物の牛肉麺があることは望外の喜びであった。小鉢に取り分けながら、は何故この可愛らしい後輩が自分に興味を持ったのか、という一事に興味を持った。普段の楽進は非常に淡白で、色恋沙汰は余り耳にしない。それがよりにもよって自分に、というのは少々面白かった。麺がのびないうちにとその平麺を味わいつつ、は何故なのだ、と遠回しに尋ねた。

「誰かに聞きでもしたのか?」
「あ、いえ……ただ、自分には声がかからなかったので、不思議に思っただけです。それに、少しだけ寂しいようにも思いまして」
「そうか。じゃあ理由が解ってすっきりしたかな。ほら、もっと食べろよ。冷めちまう」

寂しい、という単語に笑いを噛み殺しながらは戸惑う楽進が羊の骨付き肉を貪る姿を観察した。確かに、傍目から見れば楽進は格好良い。物腰は柔らかで謙譲の美徳に溢れているし、読書家で話も面白い。女ならば放っておかないだろうが、律儀さと清廉さがいまいち寄せ付けすぎないでいる。多分、が寝たところで十分に楽しめる相手だろう。麺を啜ると、は山菜の辛味炒めに箸を伸ばした。

「じゃあすっきりしたところで、他に何か聞きたいことはあるか?今までお前には聞かれなかったけど、聞きたかったなら何でも教えるよ」
「そ、そうですね。折角ですから、色々教えていただければ嬉しいです。……では、何故、漁色家になられたのかお伺いしても宜しいでしょうか。確か、私が仕官したばかりの頃は違いましたよね」
「ああ」

言いながらは遠い目をした。楽進が入って来たばかりの頃、はまだ何も知らなかった。色目を使うことも、誘いかけることも、からかうことも、閨で相手を魅了することも、何も知らなかった。知ってしまったのは、とても悲しい恋のせいだ。

 曹魏には二人の漁色家が居る。一人は、もう一人は郭嘉だ。そして、漁色家になる前にが惚れたのが――郭嘉だった。きっかけは非常に些細なことであり、文官同士出くわすことも多い。妖艶さにあっさりと引っかかって、たったの二日で二つ返事をもらい、相手が漁色家であることも忘れてはのめり込んだ。郭嘉は全てを教えてくれた。男を知らなかったに男を、そして男をどう落とすのか、女をどう落とすのかを。愛してはくれなかった、だがはそれでも郭嘉を愛していた。

 たった三週間で捨てられてしまって、突然の別れに諦めきれなかったが、それでも諦めるしか無かった。相手は郭嘉だ。一文官のが抗議できる相手ではない。何度泣いたかよくわからなくなって、愛することにつかれてしまって、は穴が空いた様な気持ちを抱えた。途方に暮れてしまったに残ったのは郭嘉が教えてくれたものだけだ。虚しいことは重々承知している。だが、一度始めてしまったものをは止めることができなかった。

「――と、まあ病気みたいなものかね。最も、俺の場合は物好きな連中としか寝てないから、漁色というよりは蓼食いみたいなものだな」
「……貴方も、そう仰るのですか」
「何を?」
「蓼、と」

言うと、楽進は悲しそうに布巾で手を拭った。あの手を今舐めたならば羊の脂の味がしそうだ、と思いつつ、は辛味炒めをそしゃくする。水餃子を摘んで黒酢をかけると、ふわりとした香気が鼻を刺激した。熱いうちにとは大きく口を開けて水餃子を招き入れた。白菜が多めに入っているため、食感がしゃきしゃきとしていて美味しい。矢張りこうして親しんだ人間と食事をとることが喜びなのだなと思う。楽進はどうか、と言うとどこか虚ろな様子で酒を啜っていた。

「……私は、大好きな貴方がそのように自分自身を蔑むのも、蔑まれるのも嫌いです」
「あ、ありがとう」

大好き、という言葉に思わず頬を赤らめると、は真面目に楽進のことを見た。完全な酔眼である。そういえば楽進は酒に弱いのであった。北方遊牧民の馬乳酒を頼んでいたから、さぞや強かったに違いない。悪いことをしてしまったな、と思いながらは残りの食事を冷静に食べた。美味しいものは美味しいうちに食べるべき、というのは変わること無いの信条である。

「決めました」
「な、何を」
「私が、殿に声をかけます。これなら如何ですか」
「如何ですか、って、言われてもなあ。はいそうですとは言えないな。……少なくとも、今日明日は駄目だ」
「何故今日明日は駄目なのでしょう?」
「予定があるからさ」

にやりと笑うとは露悪的に続けた。明日は男と寝るんだ、と。こんな悪い人間にかか煩う必要はないよと告げると、楽進の冷えた目とぶつかってぶるりと背筋が震えた。まるで敵対しているかの様な錯覚を受ける瞳だ。は酔っぱらった楽進がこれまでした他愛も無いこと達を思い出しながら小首を傾げた。こんな酔っぱらい方をする楽進は初めてだった。

「嫌です」
「何がさ」
「貴方が誰かに抱かれる所だなんて、想像もしたくありません」
「しなければ良いだろう。第一、普通は男同士の行為なんて、想像するものじゃない」
「できません」
「……はあ。もういい。勝手にしろ。帰るぞ」
殿、」
「煩い。帰るんだ」

席を立つと、は軽く楽進の頭を叩いた。叩いた手はそのまま楽進に掴まれ、勢い良く彼の腕の中に引き込まれる。まずいな、とが抵抗し始めるよりも、楽進が押さえつける方が早かった。

「おい!いい加減にしろよ。お前は何がしたいんだ」
「私は……私は貴方を好きです。尊敬しています」
「ありがとう。それは知ってるけどさ、」
「貴方を愛したい」
「え」
「貴方の穴を埋めたいんです。だから、私以外の所には行かないでください」
「えええええ」

ぎゅうと抱きしめられながらは事態を理解できずに居た。この可愛い後輩は少々論理が飛躍することがある。今回などは最たる例だろう。同情と愛情を取り違えているし、子供の様な執着心と独占欲だけしか持っていないことにも気付いていない。

「いやあ有り難いんだけど、俺は明日約束が」
「駄目です」
「だ、大体愛したい、ってなんだよ!同情ならやめてくれ」
「同情ではありませんよ。大好きですから」
「だから、その好きとこの好きは普通違う……んぅうっ」

唯一自由になる口によるの抵抗は優しい口付けによりやむなく楽進の軍門に降った。



 楽進は珍しく興奮していると同時に深く安堵していた。腕の中のは子供のように暖かく、彼が生きていることを感じさせてくれている。好きだ、と楽進は独り言した。兄のように、友のように。恋人のようには思えなかったが、自分のしていることは最善の策だと疑っていなかった。布越しにの身体を確かめるように撫でると、が身を捩って逃げようとする。仕方が無いので急所を片手で押さえて動けぬようにし、楽進はの長い衣裾をからげた。

「ぁ、やめ、」
「やめません」

どうせ明日することだから、大して変わらないだろうと笑って告げると、の顔が引きつる。ひどいことを言ったつもりは無いのだが、どうやらは怯えたらしかった。気にせずの青白い足に手を這わせると、少しばかり汗ばんでいるためか、しっとりとした感触が残る。悪くはなかった。武官の自分と比べて、は矢張り細い。筋肉がないためだろう。成人男性としては並程度と言った所か。

 戯れに裾を無理矢理割って足を掴んで出してみる。何と言うことはない、男の足だ、ところどころに薄い毛が生えている。まじまじと見られるのが恥ずかしいのか、はすっかり楽進の胸の中に顔を埋めていた。男にされたところで嬉しいものではないのだが、楽進は大して気にしなかった。固く締められた帯を解けば、しゅるしゅると小気味よい音が出る。の抵抗は無かった。

「どうされるのがお好きですか、殿。何でもしてさしあげますよ」
「何もするな。離せ」
「それは、お断りします」

溜め息をつくと、楽進はは当てにならないと判断し、過去に読んだ文献を思い浮かべた。大概は女と寝ることと変わらなくて問題なかったように記憶している。唯一気をつけねばならぬのは、男子は排泄器官を利用しなくてはならない所か。確認するように服の上からそこをなぞると、が驚いたようにはねた。

「いきなりするのか」
「まさか、しませんよ。ただ、確認しただけです。目標は決まっていますが、過程もきちんと踏まなくては、殿を楽しませることなどできないでしょう」
「楽しませなくて、いい」

呟くように言うと、は自ら乱雑に衣服を脱いだ。とは言え楽進の腕の中なのだから、中途半端に脱げておかしなことになってしまっている。だがは気にせず足を開くと、楽進の腕を掴んで叫ぶように言った。

「やるならさっさとやれ。終わらせろ。変な気遣いは要らないさ」
「こちらこそ、お気遣いいただき、恐縮です。ですが、私は貴方に満足していただきたい。私を必要としてください、頼りにしてください。頑張りますから」
「ぅ、ふぁ」

喉を撫でると、が甲高い声をあげてびくびくとわななく。郭嘉に手ほどきを受けたせいかどうかは解らないが、感度は良いらしかった。楽進は自分の性技には人並み程度の自負しかなかったが、うまくいきそうだと安堵した。中途半端に脱げた衣服はそのままに、右耳にふうと息を吹きかける。途端にが暴れ出すが、楽進はやすやすと封じ込めた。今度は舌で軽く舐め、食み、奥へと進んで行く。ぴちゃぴちゃという水音は我ながら淫美だった。はと言えば、削げた頬を紅くして身を捩っている。大して意味など無い抵抗を続ける意義はよくわからなかったが、やや面倒だった。

 かといって暴力にものを言わせる様ではこの勤めを果たしたとは言えないだろう。楽進はに満足してもらいたいのだ。満足して、穴を埋めて、もう二度とふらふらと不埒な真似はせず、蓼と呼ばれることもなく、清廉潔白な以前のに戻ってもらうのだ。最終的には自分の為でもあるので、楽進には迷いが無かった。それに、の悩みを解消できるとなれば望外の喜びでもある。指を中途半端に脱げた服から滑らせると、楽進は衣の下を弄って乳暈を探し出した。楽進のこれまでの愛撫に応えてくれるかのように、既にそこはぴんと立っている。

「良かった。気持ち良いんですね。安心しました」
「っう、んんっ」
殿は口では嫌だとしかおっしゃいませんが、素直に反応してくださるので楽ですね。一生懸命、ご奉仕させていただきます」
「……っ、お前、きもちわるくないのかよぉっ」
「どちらでもないでしょうね。ただ、貴方のお役に立てていることは気持ち良いです」

変態め、とが毒づいたが、楽進は顎を引き寄せて口付けることで封じた。その間は探し当てたの胸を揉み、乳頭をころころと転がせて奉仕する。匂いからが興奮しているだろうことが伝わって来る。ふと、楽進は不安になった。男と寝るのは初めてだが、果たして萎えずに続けることができるだろうか。幸い今はに尽くせている幸せからか昂って来ているが、肝心の相手のものを見て動揺しないでいられるかはよくわからなかった。

 胸を弄っていた手を下に移動させると、楽進は確かめるようにの足を掴み、膝を折らせて引き寄せた。すると、むわりとした匂いと共にの股座にそそり立ったものが目に入る。何と言うこともなく、どうしようもなく男性的な性器だった。薄暗がりではっきりとは解らないが、陰毛も人並みに生えているらしかった。まじまじと観察していると、流石に解ったらしく、が顔を真っ赤にしてこちらを睨んで来た。

「ぁあ、やぁ、みる、なぁっ」
「嫌ですよ」

よく見せてくださいね、と楽進はを寝台に転がすと、遠慮会釈なくの足を開いた。灯明の下に照らし出されたそこは既に濡れそぼっていて、まるで女のようだと楽進は溜め息をついた。が恥じらいからか抵抗するが、文官出身といえども最早屈強の武将である楽進にはそよ風程度にしか感じられなかった。さて、問題は自分の方だが、幸いなことにこれという障害はなかったらしい。

「もっと、気持ちよくなってくださいね」
「……やめ、もう、じゅうぶっんっんん」

抵抗する声は嬌声によってかき消された。なんのてらいも無く楽進はの性器をくわえたのである。途端に身をくねらせるに面白く思うと、楽進はちゅぱちゅぱと飴のように嬲った。先程同様、初めての経験であったが気持ち悪さは無い。ひょっとすると自分はそちらの気でもあるのだろうかとを李典に置き換えてみたり、張遼に置き換えてみたりしたが、それは余り気が乗らなさそうだった。矢張りにそれなりに好意を抱いているからだろう。裏筋をなぞり、亀頭を押しつぶすように舌を押し当てれば、躊躇いがちな喘ぎ声がの口から漏れる。

 十分に歓喜の涙を流しているそこを確認すると、楽進は香油に手を伸ばした。なだめすかすように自身を時折嬲り、慎重にの中へと指を潜らせる。人差し指から始めたのだが、どうやら暫くご無沙汰だったらしく、の中は侵入者を拒む様相を呈していた。少し、時間がかかりそうだ。額の汗を拭うと、楽進は前への刺激を止めずにゆっくりと後ろをほぐし始めた。




 紳士的な手が自分を犯している。どうしようもない生き地獄に居る様な心地では枕に顔を押し付けていた。楽進の実直で献身的な愛撫は確かにを昂らせていた。目下じわじわと下腹部を侵略されている最中である。相手にここまで丁寧にことを進めたのは郭嘉以来だ。大抵は前戯はののしりやあざけりで始まるし、そうでなくとも気を使わぬが易きの男同士、噛まれたり切れてしまったりと流血沙汰も珍しくはない。

 だが、楽進は違う。彼は奉仕すると宣言し、文字通り努力を重ねてを満足させようとしている。そんなことをする意味など何処にも無いのに、嬉しそうにしていることもには不思議だった。前々からどうでもいいものをあげても些細なことをしても喜ぶとは知っていたが、ただの奉仕で喜ぶ様な人間だとは知らなかったのだ。足の裏をくすぐられて身をよじると、は枕から顔を離してゆっくりと楽進を観察した。

精悍な、綺麗な顔立ちだと素直に思った。真剣に取り組んでいるのが自分の後孔をほぐすという一事でなければ惚れたかもしれない。本当に、不思議なことだった。は今になってもまだ楽進とそういった関係に踏み込もうとしている実感がわいていなかった。楽進が内股に口付けて痕を残す。きっと男とは初めてだろうに、真摯に応えようとしていることがは嬉しかった。ついで、初めての相手が自分であることが非常に申し訳なかった。

楽進ならば、自分と違って選ぼうと思えば選べるのだ。蓼など食う必要はない。だのに、の中を抉る指は今や三本になっていて、見つけ出したの痼りをごりごりと弄ることに夢中になっていた。この位置からならば楽進の顔が見えるからよくわかる。まるで餌を前にした犬のように楽進は興奮していた。そう、は楽進が自分に興奮できていることも不思議で仕方がなかった。

 どうせこれが最初で最後であるならば、奉仕してやりたいとも思うのだが、楽進がそうはさせない。少しでも自由に動こうとすれば武人の技でもって制されてしまうのだ。自分など、道具のように扱えば良いのにとは思う。その方が何も思わずに済むから楽だ。心配しない、期待もしない、損もしない。はそうしてきたし、そうされてきた。それでいいではないか。人はどうせ過ぎ去って行くものだ。楽進だから残るとは言えない。ましてや、ただの同情か責任感で付き合おうとしているだなんて馬鹿げている。

 だから、さっさと終わらせようとは心に決めた。ゆっくりと上半身を起こすと、は楽進の鳶色の髪の毛をかき混ぜた。

「ん、ぶんけぇ、も、いいっ、いいから」
「駄目ですよ。切れてしまいます」
「ばっか、俺が欲しいんだよ」
殿、」
「ちょうだい、文謙。さっきの気持ち良いとこ、一杯擦ってくれよ。な?」
「っ貴方は、貴方は、淫らだ……!」
「そうだよ」

俺は淫乱なのさ、と言うとやめろとでも言うように唇が塞がれ、奥深くまで包み込まれたかと思うとゆっくりと楽進自身がの中に入り込んでいく。きちんと見ることができなかったが、楽進の剛直は文字通り硬く雄々しかった。は女ではないのでそのありがたみはさして享受できないのだが、自分が気持ち良いと感じる所を文字通り突かれるのはたまらない。

「ほんっ、とう、に、貴方は……っ」

 あられもない声をあげるに、楽進が口付けを降らせながら何かを言っている。きっと、彼の語彙では少ない罵声を浴びせたかったのだろうが、それすらも掠れてしまっていた。掠れた声はの好みで、最後なのがとても残念だった。最後に口付けをされると同時に楽進が再奥で果て、も精液を吐き出した。疲れたのだろう、楽進はすぐには抜こうとせずに甘えるようににのしかかったままでいた。

「……ありがとうな、文謙」
「ご満足いただけたでしょうか」
「ん」

した、と嘘をついては馬鹿だなあと悲しくなった。




 何事も無かったかのようにその日二人は別れ、いつも通りに別々に床についた。朝が来てもいつもとは変わらず、宮中に上がり、仕事をし、食事をして再び微睡みながら仕事をする。鍛錬をする。昨日に引き続いて、李典の手ほどきを受けて来週の練兵について話し合う。場所はあの東屋だ。の部屋が丁度見えて良い、と楽進は密かに思った。あとで訪れよう。

「おいおい楽進殿、随分と嬉しそうだねえ。なんかあったのかい」
「ええ、少々徳を積みまして。良いことをしたあとは気分が良いものですね」
「そ、そうか。そいつは良かったな。お、今日も見えるねえ……見ろよ、楽進殿。俺の言った通りだろ?」
「何がですか?」

あまり自分からは見ないようにしようとしていた矢先だったので、楽進は自分の行動が可笑しくないかだけを少し気にして目を向け――絶望した。だ、が居る。だが一人ではない。楽進よりも年若い男に後ろからのしかかられて居たのだ。声こそ届かないが、ここからでも何をしているかは直ぐに解る。交合だろう。それも、昨日楽進がにしたようにではなく、ただ乱暴にのしかかっている側が満足しようとしているだけの行為だった。の髪留めが乱雑に引き抜かれて、長い髪の毛が散らばる。ぞっとした。

「あーあああ、おさかんだねえ。人が見てるって解るだろうに。それとも解ってて楽しんでるのか。まったく、人ってのはわからないな」
「全く解りません」
「だよなあ。あ、おい、楽進殿、どこに行くんだ」
「すみません、直ぐに戻ります」

変に頭が冷えている。余り良い兆候ではなかったが、楽進は自分を律するつもりはさらさらなかった。庭を突っ切り、真っ直ぐへと向かって行く。あんなにも満足したと言っていたのに。自分に感謝していたというのに。足りなかったとでも言うのだろうか。それとも、は律儀だから、約束していた『明日の男』に会っているだけか。の喘ぎ声というよりも悲鳴が耳を穿ち始める。自分は、あんな声をあげさせることはけしてなかった。

 だというのに、このの虚しい空疎を埋める行為をやめようとはしない。多分痛いだろう、虚しいだろう、辛いだろう、だのに自分を傷つけるように、虐めるようには行為を続けていた。あれ程自分を頼れと言ったのに、伝わらなかったのだろうか、あるいは自分では不十分だったのだろうかと楽進は苦悶に顔を顰めた。

「失礼しますっ」
「ぁ、あ、……え?文謙?」
「おや、これは楽将軍。一体これはどういうっぁわああっ」
「出て行ってください」

考えるよりも先に腕が出ていた。暴力を振るうのはいけないと解りながら、楽進は冷静にの相手をしていた若い男を掴むと無理矢理引きはがした。むき出しになったの尻から見知らぬ男のものが引き出される。赤黒いそれは気持ちが悪く、楽進は吐き気を催した。これがの尻を汚したかと思うとその一事が許せなかった。かといってこの場で宦官にするわけにもいかないだろう。楽進が無理矢理に服を整えさせると、年若い男は慌てふためいたように部屋を出て行く。足音が遠のくのを確認すると、楽進は遠くに李典が見える窓を閉めた。

「ああ、開けっ放しだったのか」
「だったのか、ではなく解ってやっていたのでしょう。……何故ですか、殿。昨日だって私を」

動かぬを良いことに、楽進は机に倒れ込んだを押さえつけて尻に手を滑らせた。まだ行為が収まりきっていないために、そこはひくひくと蠢いて楽進を誘っている。戯れに指を入れるとが溜まらないとでも言うようにだらしのない声を漏らす。途端、楽進は自分が反応するものを覚えた。

「ここで、銜えて喜んでいらしたのに」
「お前の丁寧な物言いって、時々すごくむかつくのな」
「貴方は、不埒です……ですが、私に対してだけにしてください」

そうでなくては、この人に抱いた憧れも好意も無駄になってしまう様な気がしていた。にちゃにちゃと指を抜き差しすると、楽進はが昨日散々啼いた痼りの部分を摘んで揉んだ。の声が面白いくらいに跳ね、憎まれ口が収束して行く。片手で自分の前をくつろげると、楽進は何の前触れもなしにの中に自身を突き入れた。

「っおい、いきなり来て盛るのかよ!不埒はどっちだ、ぶんけ……ぁ、やめ、ぃ、ひぃんっ」
「今夜、またお会いしましょう」
「い や だ」
「駄目ですよ。今夜こそ、貴方が満足するまでお付き合い致します」
「ぁ、だめ、そこばっかぁ」
「良いですか、貴方が私だけにしていただくまで、毎日通いましょう」

そうして自分のことだけを考えさせてやるのだ、と楽進は自分の思いつきに満足していた。きっと、の中にはまだ他の人間が入る隙間があるのだ。特に、郭嘉が。貴公子然とした軍師を思い浮かべると、楽進は少しだけ顔を顰めた。性急に腰を動かすと、があられもない声を上げて善がる。別の男が先程まで入っていたのが気に入らないが、の中は嫌に成る程絡み付いて来て気持ちが良かった。

 途切れ途切れにが愛している訳でもないくせに、と悲鳴の様な抗議の声をあげる。何を言っているのだと楽進は心底驚いた。自分は奉仕がしたいのだ。愛したい訳ではない。だが、愛情を捧げればが元に戻ってくれるというのならば安い話だった。

「愛しています、殿」
「嘘つき」

何度もあやすように愛しています、と口ずさんで、楽進は果てた。弄らなくてもが達したのは解る。矢張り身体の相性は良いようだ。引き抜いて後始末をしようとすると、復活したがぺし、と楽進の手を叩いた。

「早く戻れよ。李典殿が待ってる」
「このまま貴方を置いては行けません。またあの男が戻って来るかもしれませんしね」
「つまり?」
「一旦、貴方には私の邸に帰っていただきます。大丈夫ですよ。あの男は私がどうにかします」
「いや、どうにかしなくても戻ってこないぜ。第一、何でお前の家に行かないといけないんだよ。あいつのせいで仕事が残ってるんだ」
「仕事は私がやりましょう。ともかく、私の邸に帰ってください」
「い や だ」

最善の策を提示しているというのに、は頑として受付けなかった。挙げ句の果てにはそのあたりに用意周到に準備していたもので乱雑に後始末をする程である。これでは楽進の立つ瀬が無い。自身の身なりを整えると、楽進は勝手知ったる様子での長い髪を結い上げた。ふわりと整髪料の悩ましい香りが漂う。それも相手の男を誘う為ではないかと勘ぐってしまい、楽進は胸騒ぎがしてたまらなかった。

「勘違いするなよ。お前は確かに俺に慈善事業のように手を差し出してくれた。それは感謝してる。責任感を感じてるんだろうが、その必要はない。俺はお前を好きだけど、愛してないんだ。お前だってそうなんだから、意味がないだろ。こんな、こんな風に身体だけつなげるんだったら、知らない奴とする方がましだ」
「ふざけないでください」
「っ」

聞きたくない台詞だった。自分があれ程献身したにも関わらず、なんの味けもない行為の方が良いと言われるなど許し難かった。何故は自分を傷つけたがるのだろう。郭嘉がいけないのだろうか。何がおかしかったのだろう。

「私は、貴方に私の愛情を捧げたい」
「やめろ」
「貴方が私を愛してくれなくても構いません。それでも、私は貴方を愛しています」
「やめてくれ!」
殿!」

叫び声をあげると、は乱暴に楽進を押しのけて外へとかけていってしまった。追いかけるのは簡単だったが、楽進は代わりに自分の部下を呼んだ。何はともあれ、自分の邸に帰ってもらわなくてはならなかった。


〆.

後書き>>
 まさかの初めての楽進夢です。親愛台詞3になってこの人の恐ろしさを知ったんだ……。楽進は自分の信念にまっすぐなわんこだけれども、色々間違っている気がする。次回はぷっつん切れた楽進の凄さを出したいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!