DREAM NOVEL
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貴方との距離は離れたまま。


月に飛ぶ


 呉は西、荊州は夏口近辺の田舎。風そよぐ、秋の気配も深まったこの地がが一時雲隠れする場所として選ばれた。
出来ればもっと南の地に行きたかったというのがの希望だが、指定されたものは仕方がない。
先行隊として逗留その他の準備を進めていた新ら部下に出迎えられると、は鷹揚に頷いて馬を下りた。

「しかし一応病人ってことになってるから、何をしたら良いんだかね」

病気療養に兵を多数連れて行くわけにも行かないので、半分以下の人数しか連れてきていない。
その人数で兵の訓練をしても仕方がないし、毎日遊び暮らすわけにもいかない。
そもそもは隠居染みた暮らしなど想像だにしなかったので、実際暇をどう潰したら良いのか考えあぐねていた。

田舎の長閑な風景を見ながら、は簡素ながらも愕くべき速さで建設された自分の仮の屋敷に足を踏み入れた。
都にある屋敷とほぼ同じつくりにしてあり、わざわざ庭には全く同じ趣の東屋までが建てられている。
自分にしては割合に豪勢な気もしたが、本格的に隠遁生活をする必要になればここに引っ込むことを思えば丁度良いだろう。
普通の人間よりもやや時の流れが緩やかなのが近頃肌身に染みるようになった。
孫堅達は事情を知っているので傍に置いてくれるだろうが、恐らく今までのように表立った職業には就けないに違いない。
どこかに拠点を構えるのもそう悪い話ではなかった。

「麻雀でもするか」

ともあれ一日目の今日は、食堂の卓が丁度良い広さだったので、麻雀名人を自称する家人達と麻雀をして潰すことにした。




 が目的地に辿り着く頃、蜀からの使いもまた、宮城に入城していた。
出迎えの儀式が行われ、それぞれが会議などを行うのはまた後日、ということに決まる。
大概の武将達は各々振り分けられた宿などに戻ったが、馬超は一人残って傍に居た甘寧を捕まえていた。

「して、不躾だが、呉には将軍がいらっしゃると聞いたのだが、お会いすることは出来ないだろうか」
に?いや、確かに居るには居るんだが」

運が悪いな、と肩を竦めると甘寧は今は病気療養のために西の地に向かっている、ということを伝えた。

「そうなのか……」

馬超は安堵と落胆のない交ぜになったような表情で肩を落した。
甘寧はその裏の事情については全く知らないのだが、ただなんの接点もないこのニ武将がどうして結びつくのだろうかということに興味を持った。

「しっかし意外だな。と知り合いなのか?」
「いや、そうとも言えない」

口の端を上げて笑うと、込み入った事情を表すかのように馬超は首を振る。

「同じ名前の商人に、先日出会ったのだ。それで思い出して、な」
「へえ」

その奥に何かがあるのはわかったが、甘寧はただ裏表のない様子で奇遇だな、とだけ言った。
さてどう話を続けるべきか、と甘寧が彼らしい気遣いを見せたとき、折りよく向かい側から凌統が着慣れない重苦しい官服を身につけて歩いてきた。
甘寧は大分着崩していたが、性分なのか凌統は少しも乱れさせずにきっちりと着ている。
暑そうだな、とだけ甘寧は思ったが軽口も叩かずにただ手をあげた。

「よう」
「お、甘寧か。……何方かな」
「こちらは、蜀の馬超将軍。馬超殿、こっちはうちの凌統将軍だ」
「馬超殿か。……お初にお目にかかります、俺は凌統公績と申します、呉の陣営の一端を担っている者です。馬超殿の武名は以前から耳にしております。以後、どうぞ宜しくお願いいたします」
「おお」

早速見つけた、という顔になって凌統は居住まいを正すと綺麗に挨拶をして見せた。
余りにもきっちりとしたその身のこなしに西涼の王子であった馬超でさえも思わず度肝を抜かれてしまったほどである。

凌統としては、最初に印象を決めておけば、後々自分が有利になるだろうという割合腹黒い思いで行っていたのだが、馬超としては礼儀正しい良い御仁、という印象が着いたようだった。

「俺は、馬超孟起と申す。蜀の軍にて兵を担う者。凌統殿の武名、以前から俺も耳にしておりました。此方こそどうぞ宜しくお願いいたす」
「……っかー。堅苦しいっての。気にすんなよ馬超殿」
「だが、返礼は大事だからな」

その答えに育ちが良さが滲み出ていて、甘寧は何も言えずに頭を少し掻くと凌統に後は譲ると軽く示した。

「俺はこれからちょいと用事があるもんで、悪いけど今日は帰らせてもらうわ。またな、凌統、馬超殿」
「ああ。すまないな、甘寧殿」
「そんじゃあな」




 お、そろそろポンをしないと不味いな、と捨てられた牌を見ながらはのんびりと手を伸ばした。
先ほどから見ているとどうもこの牌を逃すと後がなさそうである。残り三牌。リーチをかけて高得点で上がるためにもこの牌は逃せない。

「それ、ポン」
「お待ちください殿」

ばっと横から手を出してそれを制したのは牌を捨てた主、女官の彩萌である。
大人しめの顔つきに反し、先ほどから屈強の男達三人を退けてこの雀卓を制していたやり手である。

「私、上がらせていただきますわね」
「え」
「うっそ」
「ありえませんね」

三者三様に異を唱えるも、次の瞬間彩萌が晒して見せた役を目にしてうっと詰った。

国士無双。

最も点数が高く、最も難易度の高い、文字通り無双の役である。

「それじゃあお約束どおり、この三十年物の紹興酒は私のものですわね」
「なんでお前何だよ!」
「さっきから見てればお前ばっかり高得点で上がって!」
「お二人とも、見苦しいですよ、特に様」

涼やかに牌を晒して次に上がりながら、元昊が二人を止めた。
因みに二位の賞品は三星堆である。古代の青銅器で、が知り合いにもらったものだった。
思えばが勝っても賞品は自分で出したものなのだからあまり嬉しくないのかもしれない。
が、負け続けもやはり嬉しくないものだ。

「よし、次だ次!新、お前が親だぞ、次」
「合点承知です、殿!」

よく似た主従だった。




 凌統はそれとなく馬超を誘い出して、酒を並べて自邸で話し合うことに成功した。
自分の場に相手を連れて行くのは、やはり自分にとって有利にことを進めるためであり、先ほど同様陸遜に授けてもらった策である。

「凌統殿は殿について詳しいと甘寧殿にお聞きしたが」
「詳しい、ね。まあそうだけど。一応俺の親友でもあるわけだしな」
「そうなのか」
「ところで、馬超殿はどうして同じ名前の商人に会った、ってだけでに興味を持ったんだ?」
「何故かは俺もわからない」

言いながら実の所少しはわかっている、と馬超は心の中で付け加える。
商人が去った後、諸葛亮にあの商人は本当に呉の武将である可能性が高い、と言われたのだ。
今回の訪問に馬超が加えられているのはそれを見極めるためでもあった。
残念ながらは病気療養のために西の地に行ってしまったので、その確認は出来なかったが、諸葛亮に言わせればそれも想定の範囲内と言ったところだろう。
たとえそれがそうだとしても諸葛亮としては今回の婚約は進めるつもりだった。
こちら側からも密偵は放っているので、そう目くじらを立てることでもなかった。今のところは。

あの商人との別れの後、二度と会わないのではないかと馬超は心のどこかで思っていた。
そうでなくとも乱世である。あの後に殺されてしまったとしても何らおかしくはない。

もしそれが呉の将軍であるとすれば、自分は騙されたことになるかもしれない。
しかしそれでも、生きていることを嬉しいと感じさせてくれる人物だった。
騙されたことが少しも苦にならない。

だから、今回会えなかったことはほっとしながらもがっかりするものであった。
凌統にあれこれ聞いてみれば、ひどく良い人物であるように思える。
その行動の端々があの商人と重なって、益々思いは募るのだった。

殿にお会いできなくて、本当に残念だな」
「そうだね」

俺は嬉しいけど、と意地悪なことを思いながら凌統は相手を計りあぐねていた。
当初は自分の知らない裏でことが進められていることに怒りさえも感じていたが、今となっては周瑜の裁量はありがたいとしか言い様が無かった。

もしと馬超が出会えば、わだかまりを越えて仲良くなるに違いないという確信が生まれたからである。
周瑜が心配したことよりも、其方のほうが可能性としては高いだろうと凌統は踏んでいた。

「凌統殿は少し、意地が悪いな」
「何でまた。そんなことありませんって」
「俺が殿に会えないことを嬉しがっているように見える」
「違うよ」

図星を指されて凌統は目を逸らした。
どうにもこの育ちのよさから来る真っ直ぐさにはついてゆけない。
実際自分は意地悪な気持ちを抱いているのだが、それではまるで自分が悪者であるかのようではないか。
を病気療養と称して西に飛ばしたのは周瑜であって、自分ではない。
自分は何もしていないのだから悪くはないはずなのに、どうして悪いことをしたような気分にさせられてしまうのだろう。

だからだろうか、自分でも思っていないことを口にするに至ってしまった。

「だったらほら、文のやり取りでもすればいいじゃないですか」
「文通か。なるほど、名案だな」
「会えなくたってそれなら良いでしょう。には俺から言っておきますよ」

そんな風に仲良くなって欲しいとはつゆとも思っていないのに。

「だからそう俺を悪者扱いしないでくれませんか」
「すまない、凌統殿。俺も少々、言葉が過ぎた」

目元をほころばせて馬超が酒を凌統の杯に注ぐ。
素直に受けつつも、凌統は心の奥底から馬超を相手取ったことを後悔していた。

幾ら飛んでも月には届かないように、自分とはまた違う位置に居るのだとしみじみ思う。
が帰ってきた後約束を守って文通の由を繋ぐのが辛い。

確かに良い御仁だ、と凌統は納得する。

ぶっ飛んでいる。


[NEXT.]

後書き>>
 凌統と馬超だけで書きたかったのですが、それだと主人公が居なくて問題なのでこんな中途半端な形に落ち着きました。
段々書きながら凌統がわかってきたようで、虐め甲斐が出てきました。(え)

最後まで読んでいただき、有難う御座いました!