最強の矛と最強の盾がぶつかれば、さあどうなる?
矛と盾
圧倒的な力とオーラ、とでも言うのだろうか。
そういうものがあることをは生まれて初めて知った。
もしかしたらこの人間だったならば、不可能を可能に変えるかもしれないとさえ思った。一瞬だけ。
人間が自分を殺すことなど不可能に不可能を掛け合わせたようなものだ。
否否。
「呂布奉先、か。流石に凄いな」
虎牢関での董卓討伐戦には従軍することになっていた。
孫堅より少し遅れて到着した矢先にその報が耳を打ったのだ。
「凄いという言葉では足らないのでは?」
「公覇か。そうだな。足りないかもな」
最大限の賛辞を送ろう。は片頬だけ笑って見せると後ろから不審気についてきている凌統に合図を送った。
「何だよ。さっさと行かねーと殿にどやされるぜ」
「わかってるって。俺は今から呂布にちょいと会ってくる」
「は?お前何言ってるかわかってるのかよ!?」
「安心しろ。俺は何時だって正気だ」
にこにことが笑うとはあ、と凌統はため息をついた。
こうなったらが頑なな態度を取ることは間違いなかった。
「後で酒に付き合ってもらうぞ」
「俺の胡弓の演奏も付ける」
「よし乗った」
「と、いうわけなので公績。兵糧庫のことは任せた」
「確かに誰かが行かないといけないことだしねぇ……それじゃ、ちょっと行って来ますか」
「宜しく」
雪避けにかけた上衣をたぐり寄せるとは手を振って馬に鞭を当てた。
「大宛産のこの汗血馬に追いつけるものは追ってみるが良い!行くぞ、皆々!」
雪がその吹き付ける強さを段々と増していった。
あえて正規の道ではなく山の中をじぐざぐに入った。
その方が上から鳥瞰することが出来るのではないかと思ったのだ。
「おー見えた見えた」
どうも作戦は変って迂回路を通るようにするつもりらしい。
同盟軍に参加しているうちの一つ、公孫讃軍が迂回していくのが遠目に映る。
呂布は進軍を開始したばかりらしく、それには気付いていないようだ。
ばさばさと雑兵が斬られてゆく。累々と屍が積み重ねられていく。
地獄のようだとは思った。血の匂いが鼻をつく。
「どうなさいますか?様」
「勿論」
棍を利き手に握るとは楽しみで仕方が無いという表情で従兄弟の元昊こと公覇に振り返った。
「納得したからには戦わないとな」
「そう仰ると思っていました」
馬が少しその高度に怯えたがはものともせずに鞭を当てると一挙に崖とも言える山の急斜面を駆け下りた。
奇妙な行軍をする一軍が在ることにさしもの呂布も直に気付いた。
敵兵どころか味方の兵まで蹴散らして自分に向かってくるそのやけに軽装の一軍は呂布が凝視しているうちにどんどん近づいてきていた。
「フン。面白そうな奴がようやく出てきたか」
方天戟を振り回すと呂布はでん、と構えて相手を待つことにした。
心配せずとも雑兵はその一軍と呂布を恐れて近寄りもしない。
「公覇は後続の援護と誘導を頼む」
「畏まりました」
の指示で元昊含めた軍団全てがその場で散った。
残ったのはただ一人、のみ。
馬の足を止めずには棍を構えてただただ真っ直ぐに呂布に向かって突っ込んだ。
「孫堅軍が一将、参る!」
「面白い。来るが良い」
棍一本だけで、鎧も身につけずに単騎で突入してきたその胆力に呂布は久々に良いものを見たような気がした。
続けて第一撃が意外にも速く襲う。
すかさず方天戟で受け止めると、確かな重みにほんの僅かだが腕がしびれた。
自分よりも小さく、細身のこの体の何処にそんな力があったのだろう。
「まだまだっ」
もう一本中くらいの長さの棍を取り出すとは二刀流の要領で呂布に挑みかかった。
勿論受けているばかりではない。呂布も持ち前の技を存分に発揮してに打撃を喰らわせた。
くわわん、と棍が鳴る。もしかしたら曲がるかもしれないとは思った。
手がしびれる。
避けた瞬間、頭の脇をすり抜けていった方天戟にヒヤリとした。
おかっぱ程の長さの髪が不ぞろいに切り離されていった。
「おいおいどうしてくれるんだよ、不恰好になっちまったじゃねぇか!」
「その首から頭が離れなかっただけでも幸いに思うんだな」
それもそうだ、とは苦笑した。
だがきっとその時は呂布が愕くときだろう。
首の皮一枚、文字通りその一枚で方天戟を受け止めてしまうことだろうから。
しかし威圧感と力に圧倒されっぱなしだった。
もしかしたら彼こそが不可能を可能にするかもしれないとさえ思った。一瞬だけ。
「…もしそんなことが起こったら、それこそ化け物だ」
「何か言ったか?」
「いいや。あんたもなかなかやるなあって思っただけさ」
「フン。……ここまで持ちこたえるのはお前が初めてだな」
お前もよくやる、と初めて褒め言葉らしいものを呂布が口にした。
はほんの少しばかり目を開いてその言葉を受けた。
「そいつはどうも有難う」
「礼はいらん」
その頃ようやく凌統は兵站線を確保した。
これによって孫堅軍が再び行軍することが叶い、どうも袁紹軍も動き出すようだった。
「やーれやれっと。は上手くやってるのかね」
とりあえず死んでいないのだから持ちこたえているのだろう。
充分それだけで凄いことだ。凌統は今更ながらを尊敬した。
「そんじゃ、敵さんが逃げる前に行きますか」
を援護しに行こう。
自ら囮役になって迂回路を行く人々から呂布をひきつけたのだから。
それぐらいはしてやっても良いんじゃないかと凌統は思った。
雪が段々と積もり始めてきていた。
は兵站線が確保されたことを遠くで聞いた。
それに神経をほんの少し割くことですらままならないほど辛い情勢だった。
呂布の勢いは少しずつ下降しているようだがそれでも強いことに変りはないし、同時に自分も大分体力を使って疲労してきていた。
肉まんを食べる時間も隙も無い。
「呂布…そろそろ負けてくれないか?」
「馬鹿を言え」
「わかってるんだけどね」
このままでは不毛な結果に終わりそうだった。
折角こんな機会に恵まれたというのに、とことん戦うことも許されていない身の上が悲しかった。
の作戦では自分が呂布をひきつけている間に董卓を迂回路から他の諸侯たちが討つ、というものだった。
しかし実際、やってみたら存外に面白いのだ。
楽しくて仕方が無い。こんなにも、死と隣り合わせのように錯覚できる一騎打ちが。
が口の端を上げて呂布に向かって何かを言おうとした瞬間、
「なあ呂「ええい、呂布よ!門ではなく、儂を守れい!」
董卓の伝令が董卓の言葉をそのままに呂布に伝えてきた。
呂布は眉根を寄せて不快そうな表情をして見せた。
「あの豚めが…」
「行っちまうのか?」
ここで行かれては困る。
自分だからこそ有る意味こうして持ちこたえているのであって、普通の人間ならばそうはいかないことは一目瞭然だからだ。
何人もの命がむざむざ落されるのを黙って見過ごすわけには行かない。
「また、会ったときにでも」
「会えなかったら?」
呂布の心の中に迷いが生まれた。
この好敵手とも言うべき初めての人間に、ここでもしかしたら生涯の別れをしなくてはならないということはひどく残念に思えた。
何しろ結果がまだ出ていないのだから。
「なあ、呂布。もう二度と会えないかもしれないんだぜ?」
「む」
「!無事か!?」
呂布が考え込んだ瞬間、後続部隊を全て迂回路に廻らせた凌統が現れた。
「公績。俺なら無事だけど」
「。こいつは誰だ」
見るからに雑魚だな、という目で凌統を見ると呂布がに尋ねた。
「ん?俺の親友の凌統公績。良い奴だよ」
「フン」
勝ち誇ったような顔つきになると、呂布はどうするつもりだ、と続けて尋ねた。
「え、何を?……あー、そうか。公績、悪いけどここは俺一人で充分だからあっち行ってて」
「は?何だよそれ!」
呂布の目付きがいたく気に食わなかった上にすげなく助力を断られて凌統はショックで口をぱくぱくさせた。
「呂布が俺と戦いたいんだって。一騎打ちで」
「そういうことだ」
お前になんか用はない、という顔で呂布が上から鼻で笑った。
威圧感にじりじりしながらもすんでのところで堪えて凌統はチャキッと両節棍を構えた。
「調子に乗るなよ…俺の実力を試してからにしな」
「雑魚ほどよく吼えるものだ」
バチリと火花が走った。
「おいおい待てよ、二人とも。董卓のことは良いのか?」
「安心しろ、。……一瞬だ。それが終われば相手をしてやる」
「へ、口先ばっかり調子が良いってね…行くぞ!」
「だからやめろって!」
が間に割って入ろうとした瞬間___________
「伝令!董卓様が連合軍の手にかかってお亡くなりになりました!」
「何だと!」
「あーああ」
「くそっ」
肝心の董卓が亡くなったとあっては仕方が無い。
呂布は仕方なく名残惜しげににまた会おう、絶対にだ、と告げると赤兎馬を駆ってその場を撤退した。
は苛立ちを抑えきれずにいる凌統に馬から降りて慰めるようにぽんぽんとその肩を叩いてやった。
「ほら、勝ったんだし帰ろう?公績」
「何で!」
「ん?」
「何で俺が助けに入っちゃいけないんだよ!」
「あーそれね。だって怪我したら困るじゃん」
「俺が怪我するとでも思ってるのかよ!」
「呂布だからな。それに公績は大事な戦力だし、俺の親友だから、怪我して欲しくないんだよ。わかるか?」
「わかるけどわかりたくない」
「駄々こねるなよ」
ギュ、とが抱きしめてその頭を子供にするように撫でてやると腕の中で凌統が暴れだした。
「何するんだよ!」
「え、何って慰めてるんだけど?」
「くそっ。……俺がどれだけお前のことを心配したと思ってるんだよ」
「うん。知ってる。有難うな、公績」
「あいつまで俺のことを雑魚みたいな目で見るし…」
それは仕方の無いことだろう。
はうーんと苦笑した。
呂布にとって極普通の程度の人間では面白みの無い雑魚にしか映らないのだ。
数十分間の戦いの間だけの触れ合いだったけれどもには呂布の思考が何となく理解できた。
「ほらほら拗ねない。何だったら俺の膝枕もつけるぜ?」
「お前のはガチガチに固いから眠れないんだよっ!」
「そりゃどうも」
なんてったって鋼鉄の肌ですから。
は振り回された凌統の腕を避けるとさっさと馬に乗って行くぞ、と促した。
「待てって!」
「宴会に遅れるぞー」
お先ー、と馬に鞭を当てて駆け出すに慌てて凌統は追いかけ始めた。
「俺は馬に乗ってないんだぞ!少しは加減しろ!」
「知らんね」
この鬼畜、とかなんとか凌統が叫んで雪に足を取られて転んだようだがは笑うばかりで助けようともしなかった。
いつの間にか雪はやんでいる。
「呂布か」
また会おう、と小さく呟くとは喚く凌統にヒラヒラと手を振って今度こそ全力で馬を疾走させた。
[終]
後書き>>
凌統がヒヨコのようになってしまった。良いんだもう。
主人公が大人なんだから仕方が無いのよ。
何だかんだいって呂布のことを自分は良い様に使いたいようです。
最後まで読んでくださり、有難う御座いました!