愛等興味はない、あるのは純粋な好奇心、ただそれだけだ
断袖
古来男色は断袖と呼び倣わされ、その味を知った者は病み付きとなり溺れゆくという。友情とも尊敬とも分ち難い、複雑な感情が入り乱れた先の発露が、異性との色恋とは異なった趣を持たせるのやも知れなかった。とりわけ、異性との付き合いは家の繁栄のためのものであることが多く、その点友情とは、自身が選び取った関係であるという意味で、より思い入れが深くなるのも無理からぬものであった。
「嘘だな。全くの絵空事だ」
一頻り物の本を読んでいたは、焚き物の良い香りのする寝台で伸びをした。横には絵から抜け出た様な色の白い少年が寝息を立てている。未だあどけなさの残る少年はの息子ではなく、所謂レン童という中国古来の男娼であった。先刻まで少年がに与えた快楽は確かに満足させる物であったし、にも異論はない。だが、耽溺するかと言えばけしてなく、恐らくこの少年と同衾することは二度と無いだろうという感想だけが抱かれていた。
は男色家である。正確に言えば女性を愛しているが、愛しているが故に至高の存在として女性を置いているため、遊び惚ける限りは男性を相手にする、という奇妙な規律を持っていた。おまけに極めて興味本位で行動を左右するため、今の自分では妻を貰っても悲しませるだけだろう、としれっと結婚を勧めた劉備に答えた程である。以来、男盛りと言えるこの蜀の武将に結婚を勧める猛者は現れていない。自身はそれを自らの不徳とはせず、未だ好奇心が満たされない世が悪いのだと転嫁している。誰しも自分の膿を振り返りたくは無いのだった。
さて、話戻っての性的志向である。は兼ねてより男色が素晴らしいという噂と、女性の神秘性を胸に抱いていたことの合致より男娼窟に通っていた。そうでなくとも、あちらに美少年が居ると聞けばその桃の様な頬に口づけ、こちらに髭の生え切らぬ美青年が居ると聞けば自らの軍に誘い出す、と言った具合であった。何れの関係も一夜限りのものであって、取り立てた交情もない。勘違いをさせられた、というよりも騙されたというに等しい少年達に詰られたこと等数えきれない程である。
では、一体男色の何処が素晴らしいのだろうか。は未だ女性では果たされぬ遊び散らした性欲処理以上のものを見出せない理由をつらつらと考え込んでいた。物の本には情が、背徳感が、等と書き連ねられている。だがはこの行為に一つとして情を持ち込んだためしがなく、情を抱きたいと思える相手も居なかった。背徳感は倫理観が欠けているのだろうか、感じたことすらない。
通常では結びきれない情と背徳感があれば、至上の悦楽は成り立つと言うのならば、要は簡単で、御膳立てをすれば良いということだろう。最早入れ替わり立ち替わりする相手にも体位にもには興味が無かった。簡単には達し得ない何かを掴むため、は気合いを入れる様に宙に拳を振り上げた。
何をするにせよまずは相手である。は吟味に吟味を重ねた挙げ句、親友と言っても良いであろう、馬超を相手に選び出した。まかり間違って友情が崩壊するだろうことも考えられたが、にとっては目前の好奇心を満たすことに天秤が傾いてしまっている。多少惜しいという気持ちが動かないではなかったが、は崇高なる目的を達成するため、黙殺することを心に決めていた。
「孟起、久々に遊ばないか」
「良いな。前は俺の負け越しだった所だ、雪辱戦と行こう」
「はは、そいつはいいや。受けて立たたせてもらうよ」
無論、いくら相手を選んだからと言って直接的に切り込めば事が成せる訳ではない。何事にも策が必要である。よって、は調練の後、さりげなく馬超を屋敷に誘い、囲碁盤を出した。酒によって間断なく相手の力を弱めることは忘れない。五度、六度、と打ち合わせている内、根が真面目だからだろうか、馬超の顔が鬼気迫ったものとなって行くのを、は舌なめずりする思いで眺めていた。仕切り直しだ、という馬超の酔いの入った声に再び盤を整えると、はとん、と石を置いて馬超を見詰めた。
「……なあ、孟起。お前、俺が先日胡人から買い受けた鞭が欲しいと言っていたな」
「ああ」
鞭、という言葉に馬超の瞳がきらりと光る。件の鞭は馬用の物であり、造りと言い使い易さと言い申し分の無い代物であった。馬に目の無い馬超ならば、必ず欲しがるに違いないと目を付け、は今日の調練にさりげなく持ち込んでいたのである。案の定の反応に対し、は一度断ることで敢えて相手を焦らす先鋒を取っていたのだった。
「ちょいと趣向を変えよう。この局でお前が勝ったら、俺はお前にあれをやるよ」
「お前が勝ったらどうするつもりだ」
思いの外冷静な物言いに、はおやと口元を歪めた。矢張り歴戦の強者だけあり、多少の酩酊で判断が揺れることは無いと、いう訳であるらしい。これまで相手にして来た者達の浅はかさとは比べ物にならない手応えには心中快哉を挙げると少し考え込む振りをして返した。
「そうだな、特に欲しい物はないんだが……ああそうだ、俺の言うことを一つ、聞いてもらおうか。何、大したことではないさ」
「ふうん」
そんなことか、とでも言いたげな馬超には少々胸が痛むものを覚えたが、黙って盤を促した。馬超が何を想像しているかは解らないが、何れにせよ自分が考えて居る程のことではないのだろう。要するに、は信用されているのだった。ぱちぱちと碁石を打ち乍らは次の一手を思案した。盤上の一手ではない。馬超の与り知らぬ内に引き込んだ駆け引きの一手である。にしてみれば、囲碁に勝利すること等さして難しい問題ではなかった。馬超が知れば怒り心頭となるやもしれないが、普段よりは相手に程よい程度に打つことを心得ているのである。芯まで身に染み込んだ一種の処世術であった。
盤上では既に馬超の負けが込んでしまっている。頭を抱えてそれでも死地を回復しようとする馬超がは嫌いではなかった。それでこそ背後を任せることが出来るとすら思っている。情の萌芽だろうか、とは滅多に思いもしない感情に突き当たったことに苦笑すると、早急に馬超を追いつめた。
「俺の勝ちだな」
「ああ。しかし、がこれ程までに強いとは思わなかったな。余程研鑽を積んだと見える」
「少し運があっただけさ」
言うなりは盤を片付け、下人を呼んだ。馬超に持たせる鞭を用意させるためである。二言三言耳元で囁くと、心得顔で下人は引き下がった。一方馬超は賭けのことを思い出したのだろう、何処かそわそわとした様子で時折こちらに目線をくれていた。だが、は素知らぬ顔でもう遅いが帰るのか、とだけ尋ねた。
「確かにもう遅いからな……良ければ今日はこのまま泊まっても良いか」
「勿論だ。客人に部屋の手配を」
「はっ」
「、」
素っ気なく支度を続けるに焦れたのか、動いたのはまたも馬超であった。どうにかして解ってくれないかとでも言う様に立ち上がる馬超に、は下人が包んで来た鞭を渡した。
「……どういうつもりだ。勝ったのはだろう」
「良いんだ、お前にやるよ。先程、俺が言ったことは忘れてくれ。あれはただの気の迷いだ」
すまなかった、と謝れば呆然とした面持ちで馬超が手の中の鞭とを見比べる。それで十分だった。は馬超を案内する様下女に命ずると、寝所へと引き下がった。
「今日の所はまあまあか」
数日前の夜と同様、寝台の上に寝そべったは万巻の書物からこれぞと思った書を選んで読んでいた。今日の書物は孫子兵法である。戦場での駆け引きは心理戦も含み、大群でなく個人にも十分応用可能なものである、というのがの持論であった。恐らく馬超はの不可解な言動に混乱し、考えあぐねている所だろう。思えばが馬超に対し、何か物事を頼んだことは一度としてなく、年上として何くれと無く世話をしているのはであった。故に馬超にしてみれば、珍しくもが何か自分に頼もうとしていることを叶えてやりたいと思うのは自然だろう。ましてや勝たずして鞭を手に入れてしまったとなれば、正義感の塊の様な馬超が負い目を感じるのは必然であった。
だが単純に思い通りになるのでは面白くは無い。これまでの単純明快極まりない、一度限りの付き合いに飽き飽きしていたにしてみれば、今回の試みは出来うる限り長く楽しみたかったのだった。故にの中には一種の迷いが生じていた。一時に馬超を意のままにするべきか、それとも更に引き延ばすべきか、ということである。暫し考えあぐねた末、はあっさりと引き延ばすことを選んだ。
「俺にも情があれば良いんだけどな」
好奇心を乗り越えた先にそれはあるのだろうか。ぱたんと書を閉じるとはすっと瞳を閉じた。瞼の裏に星が煌めいていた。
それきりと馬超は暫く会うことが無かった。互いに忙しかったというのもあるが、が意図的に馬超を遠ざけたのである。目が合う度に何か話したそうに訴える馬超にも良心の呵責を覚えないでもないが、何に置いてもこの好奇心を成就させたいという思いが打ち勝っていた。
「殿が誘ってくださるとは珍しいですね」
「俺も偶には若い人間と話したくもなるさ。迷惑ならば、すまないな」
「いえ、迷惑などっ。ただ、いつもならば馬超殿といらっしゃることが多いので、珍しいと思いまして」
ほろ酔い加減の赤い顔をぶんぶんと振って否定するのは関平である。馬超が誘い出そうと動いているのを察し、先んじてはこの可愛らしい後輩を食事に誘ったのであった。今頃は恐らく後を任せた副官が頭を抱えて馬超の相手をしていることだろう。は態とらしく驚いてみせると、卓上の肉を一切れ摘んだ。この酒幕の名物である家鴨の蒸し焼きはの好物である。
「孟起か。確かに親しいには親しいが、特別親しいつもりは無いな。勘違いだろ」
「そう、なのですか」
ぽつりと言い落とすと、しゅんと顔を俯ける関平にはおやと小首を傾げた。元気が目印とも言えるこの青年が消沈するというのは珍しい。どうしたのか、と反射的に尋ねれば関平は小さく首を振った。
「いえ、別に、その、何もありません。ただ、拙者は御二人が並んでいらっしゃるのを見るのが好きだったので……御二人が喧嘩でもなさっているのかと、兵達の間でも随分噂となっております」
「ふうん」
そこまで噂になっているとは思わなかっただけに、は正直に驚きを表した。余りやりすぎれば兵の士気に関わる等と諸葛亮辺りから小言を食らう羽目にもなりかねない。いくら遊びとは言え、公務に関わる面はより一層気をつけなければならないとは改めて認識すると、ちろりと杯を舐めた。
「心配するなよ。喧嘩なんざしちゃいないし、仲だって良いぜ。だがまあ、心配させる様な真似をして悪かったな。気をつけるよ」
「有り難うございます、殿。その御言葉を聞き、安堵致しました。これで心置きなく席を外せます」
「へ」
席を外す、とは何事だろう。太陽の様な煌めく笑顔にが呆然としていると、立ち上がった関平と入れ替わりにずいと扉を潜って人影が入り込んだ。
「漸く捕まえたぞ、」
「……驚いたな」
たん、と箸を置くとは額に手を当てた。背筋が震えている。心なし怒っているらしい闖入者____馬超の笑顔に、は追い詰められた焦りと同時に、ぞくぞくする程の喜びを感じていた。思い通りにならないもの程面白くて仕方が無い。想像を超えた理想の現実化には快哉を挙げると、大人しく座り込んだ。
「お前ばかりが先手を取れると思うなよ」
「どうやらそうらしいな_______何時から居たんだ」
「俺とは特別親しいつもりがない、と言った所からかな」
「は、」
それでは殆ど始めからと同じことだった。どうやら関平はが誘った時点で馬超に連絡を入れていたらしかった。少しもそんな素振りに気付かなかった自分を反省すると、はさてどうだろうと馬超を伺った。折からの悪い癖だが、そうまでして自分に会いたいと思う男に、ただ純粋な興味を抱いていた。関平の座っていた席に座ると、馬超はたん、と杯を置いた。常の様に注いでやると、馬超の目が細くなる。まるで飼い馴らした動物を見る様な目つきにはぞくりと震えた。
「本気で思っているのか」
「どう思う」
にやりと笑って答えたつもりだが、最早は上手く笑えている自信が無かった。得体の知れない恐ろしさが少しずつ浸食し、描いた戦略を蝕んでいる。だが同時に未知なるものを目前にした喜びが浮かび上がってはを叱咤した。
「嘘だな」
即座に否定した馬超に、は何故そうも自信を持って言い切れるのか解らなかった。確かにと馬超は付き合いが長く、多少は他の人間よりも仲が良いかもしれないが、特別かどうかまでは解る筈も無い。何しろ思い思いに抱いていることは余りにも違っているからだ。は自分と同じ思いを他人が抱いているという夢を見ることが出来ない人間である。それを悲しいとは思わなかったが、言い切れる馬超を羨ましく思った。
「自信家で興味本位でしか動かないが、特別でもない奴にわざわざ回りくどいやり方で願いを聞いて欲しいなどと言うものか」
「……認めたく無いが、的確な批評をどうも有難う」
「認めておけ。俺を振り回してまで聞いて欲しい願い事とはなんだ、。言っておくが、俺は大概のことなら聞くぞ」
「随分寛大だな」
「親友だからな」
当たり前だと言わんばかりの馬超の態度に、は思わず噴き出しそうになるのを堪えると矢張り駄目だと首を振った。こんなにも寛大で面白い人物を親友の位置から移動することはどうにも出来そうに無かった。好奇心には余りにも勿体無いというものだろう。
「やっぱりあれは気の迷いだ」
「まだ言うのか。それともお前は俺をそんなにも頼りがいが無いとでも思っているのか、」
「違うよ、その逆さ。俺はお前を失いたく無いから止めると言ったんだ」
「」
聞かせてくれと駄々っ子の様に馬超が繰り返す。或は先程からせっせとが注いだ酒の為に酔っているのやもしれなかった。再び肉を摘み乍ら、は我ながら不味い手を打ったと顔を顰めた。先日わざとそうした様に、焦らされれば尚更気になるというのが人情である。どうせならば何かくだらないことでも言えば笑い話で済んだ所を、動転していたのか考えなしに素直に答えてしまった自分をは嗤った。もし今取り繕う様に何か言った所で、馬超は信じないだろう。面倒な事態になったことに額を抑えると、は更に杯を勧めて言った。
「孟起、誰にでも馬鹿げた気の迷いの一つや二つ、あるものだろう。これが頼みだ、忘れろ」
「断る」
「っ」
朗らかに言うなり、小さく舌打ちするを横目に馬超は憎たらしくも、そうまで言う馬鹿げた気の迷いならば聞くだけ聞いてみたいとのたまわった。要するに、普段が普段だけに逆襲の好機と見たのだろう。確かに絶好の機会に間違いなかった。は歯噛みすると、こうなってしまえば仕方のないことと発想を転換させた。要するに、最後の落ちを綺麗に笑い話として昇華させれば良いのである。舌先三寸こその真骨頂であった。それでも踏ん切りの着かぬ気持ちをえいやと押し上げると、は神妙な面持ちででは、と切り出した。
「俺が男色家で漁色家と呼ばれているのは知っているな」
「ああ」
「まあ実際にそうなんだが、知っての通り、俺は飽き易い性質なんでね_____もう少し楽しめるものは無いかと考えたのさ」
そこで情と背徳感が重要なのだ、と説くと馬超は実に珍妙な面持ちになった。一体何処へ話が流れ行くのか見えなくなったのだろう。は巷に流布する講談の類いの様に例を挙げて語ると、要するに駆け引きを楽しむのだと締めくくった。流石にこの手の話には百戦錬磨である馬超には十二分に伝わったらしい。確かに重要な要素である、という了解を得た所ではずいと馬超を指差した。
「それでなんだが、お前と関係の一つや二つ、持ってみればまあその至高の何とやらを体感出来るやもしれないと思ったのさ。馬鹿げているだろう」
「…………」
「気に触ったなら、俺のことを殴るなりなんなり好きにしてくれ。そのくらいの覚悟は有る」
「好きにして良いんだな」
「ああ」
黙り込んでいたかと思えば唐突な馬超の発言に、は少々戸惑い乍らも頷いた。何せ相手は自分と同じく歴戦の強者である。どれ程重い拳が飛んで来るだろうか、と歯の一本や二本を失う覚悟をしながらは固唾を呑んで相手の反応を待った。だが、腰を浮かせた馬超はのあらゆる想定を飛び越え、そっと唇を重ねた。酒のせいだろうか、存外唇がしっとりとしている。幾度か瞬きを数えた所で漸く離れ、は現実を確かめる様に唇を指でなぞった。耳が熱い。
「気が迷ったんだ」
「な、」
「好きにさせろ」
雨が降り始める際の、心もとなく戸を叩くにも似た音が屋根に響いている。雨音だけが確かなぬめるような闇の中、は頭を抱えていた。熱に浮かされた様な記憶のために、ここが馬超の屋敷であることだけは判断出来ていたものの、どうやってここまでやって来たのかが解らないのだ。更に、何故背中にぴったりと馬超が張り付いているかも解らない。常日頃が行っている様な行為は一切行っていないことだけは解っていた、がそれはの混乱をより増すだけであった。記憶を掘り返して辛うじて思い出せた馬超の台詞はと言えば、
「毎日お前のことばかり考えていた」
「お前が他の人間と会っているのかと思うと居ても居られなくなった」
「会って話せば収まると思ったが、今はもっと会いたくて仕方がない」
「お前の思いが気の迷いなら、俺の思いは本当に気の迷いなのか」
と、実に絵に描いた餅の様に甘美であった。これではが鼻で笑った絵空事の話と同様である。確かにそうなる様に策を仕掛けたのはだったが、最早策に興味を失ってしまった今となっては無意味だった。最後の台詞にもきちんと気の迷いだろうと返している。しかし馬超は納得のいかぬ様子で確認する様にまた口付けるばかりであった。
親友と口づけを交わす、というのは少々異常であるが言うなれば行き過ぎた友情の延長線上とも思えなくは無かった。実際、冗談の様に思いも意味もない口づけを交わしたこと等幾度もある。こうして横に並んで共寝する程度ならば当時の親友としてはさして珍しくも無い。だが、そこに何か別の思い入れがあるとなれば別だった。
にとって、言葉とは目的の為に紡がれる手段である。手段に思い入れは無い。数多の青少年をかき口説いたのも、その先の悦楽を得る為だけであって、故に行為さえ終れば後のこと等どうでも良かった。挨拶くらいはしたろう。しかし、二度と同様の台詞を与えたことは無かった。情がなければ当然だった。だが、馬超が投げかける言葉はどれもの情のない言葉では抑えも御すことも出来ぬ勢いで畝り、怒濤の熱と共にこうしてと二人、寝台の上に寝そべさせている。成る程これが情なのだ、とは自分でも驚く程の冷静さで分析していた。
「寝付けないのか」
「っ」
耳元で響いた笑いを含んだ声にがぞくりと背筋を震わせると、するりと後から顎の下を撫でられた。寝台の中では能動的に動くがままであったにしてみれば、かつてない経験である。加えて今の馬超は何をするのか予測し難い状況にあり、不覚にもは不安に揺らぐものを覚えていた。
馬超が起き上がり、穏やかな手つきでの髪を撫でる。その手はの知る限り、数多の女性にのみ捧げられて来たものだった。一度たりとも道を踏み外さなかった男が自分のために踏み外そうとしているのだ、と考えた瞬間は痺れる様な快感が頭を突き抜けるのを感じた。倒錯めいた思いは紛れも無く背徳感であった。途端に呼吸が出来ぬ程の苦しさを覚え、は喘ぐ様に馬超の手を掴んだ。
これまでは、およそこの世に理解出来ないこと等無いと思って生きて来ていた。理は理であり、凡そのことは想像の範疇内である。故に今日この身に起こっていること全てが新しく、の手には有り余ってしまっていた。馬超は驚きもせずにただに手を掴ませたままにしている。灯が無いので表情は定かではないが、恐らく凪いだ海の様なのだろうとは判じた。呼吸の辛さは大分収まり、は改めてかき抱いた馬超の手を味わった。
無骨で骨張った男らしい手である。大剣を持つ為だろう、掌の決まった場所に固いたこが出来ていた。だが掌全体の感触は育ちの良さから来るのだろうか、驚く程に滑らかである。かさついた自分の掌が触れただけで傷がつくのではないかと想像し、は苦笑した。一体幾度この手に触れて来ていたというのだろう。同僚として、親友として、一体幾度触れたというのだろうか。だがそのどれもが今自分が感じるものとは全く異なるだろうことを、ははっきりと自覚していた。
「孟起」
断袖とは、寝ている相手を起こさぬ様に、自身の袖を断って起きることであるという。ならば自分は恐らく共に眠ってしまうのだろう。これまでの芥の様な時の流れを嗤うと、はそっと馬超の背に自らの腕を回した。雨音が鼓動の様に激しく鳴り響いていた。
〆.
後書き>>
久々に裏でも書こう!と新年早々に思い立ったにも関わらず、紆余曲折を経て表のままになりました。はっはっは。日記にも書いたのですが、テーマは『よくある恋愛テクニックの応用としての夢小説はありか』でした。途中までしかなしえてないよ。何でも思い通りって面白く無いでしょう、とも思う天の邪鬼な人間なのですよ。
最後まで読んでくださり、有り難う御座居ました!