DREAM NOVEL
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誰かが悪いと、自分ではない誰かが悪いのだと慰めてください
せめて、せめて誰も悪くないのだと教えてください

違背人倫/2

 たん、と矢が的に当たる度、雷鳴の様な歓声が上がる。白い線に脚をひたりと合わせると、は思い切り弓を引いた。まるで的が呼びかけるように矢を吸い込んで行く。鈍い音と同時に先程突き刺さった矢が引き裂かれ、の矢が深く深く的に突き刺さる。

「ふん、小童が。なかなかやりよる。じゃが、ここからが儂の真骨頂よ。見ておれいっ」
「そういきり立たなくても俺の技は人並みですよ」

やおら闘気を漲らせる黄忠に苦笑すると、は矢を捧げ持つ青年将校に流し目を送った。涼しげな目元をした、年の頃は関索程の青年である。先程から随分と視線が煩いので見れば、彫りの深い顔立ちが美しい影を落とし、赤銅色の肌がまるで胡人が遥か西方より運んで来た異国の神のようだった。恐らく、震旦の血を引いているのだろう。

「俺が気になるかい」
「はいっ」
「意気込まなくとも聞こえるよ」

途端に目を輝かせる青年に苦笑すると、は青年の髪の毛がくるくると渦を巻く様子に馬岱を思い出して舌打ちした。あれからというもの、何かと言えば自分は馬岱を探しているような気がする。もう二度とあのような逢瀬を楽しんではいけないというのに、だ。は馬岱に分をわきまえよと諭したとはいえ、元より快楽には従順な性質なものだから、ついふらついてしまう。

黄忠が見事、更に遠くへと場所を移した的に当てたのだろう、先程よりも大きなどよめきが響いている。は矢を受け取ると、きりりとした表情で弓を構えた。ひどく、機械的で理性的で――――馬岱のこと等考えずにすむことが、何よりも嬉しかった。

「すごいっ。すばらしいです、将軍」
「ありがとさん」

ぱちぱちと手を叩いて先程の青年がの傍に駆け寄る。狙いは違わず、真っ直ぐ的を射抜き――――ついで、勢い余って的を大きく破いてしまっていた。なかなかあることではない。と黄忠が代わる代わる矢をつがえた結果、的の方が音を上げたという事だろう。不服気な黄忠に、は申し訳無さそうに頭を下げると、手を差し出した。

「流石は黄忠殿。的の耐久度を推し量っていらっしゃいましたな」
「……わかっておったのか。じゃがのう、お前さんも儂程ではないが、悪くない」

にっと笑うなり、黄忠はの手を握り返した。流石にあれ程の強弓を引くというだけあって握力が強い。思わず頬を引きつらせると、は食えない老人に深々と頭を下げた。

「有り難うございます」
将軍、将軍っ」
「これ王羽、人様の前で跳ね回るとは何じゃい。殿に失礼じゃろう」

剽軽な声がする、と思えば先程の青年であった。王羽というらしい。どうやら黄忠の子飼らしく、まるで孫のように可愛がっているのが見て取れた。恐らく見た目よりもずっと幼いのだろう。は身振りで気にするなと示した。

「構いませんよ。俺も、こんな風に騒いでもらえなくなってしまって寂しかったんです」
将軍はいつだってかっこいいですよ。勿論、黄忠様が一番ですが……下士官の間で、将軍はとても人気ですよ。ご存じないのですか」
「いや。少しも」

かつては、そう凡そ十年程前までは随分ともてはやされたもので、若い下士官達から女官まで、実に引く手数多であった。だがそれも昔の事で、今では若手の輝かしい将達がその役目を担っている。仮令王羽の表現が誇張だとしても、嬉しい事には違いなく、は思わず頬を緩ませた。

 本当です、と繰り返す王羽の発言はやけに熱っぽく、は改めてこの将来が楽しみな青年を見遣った。潤んだ瞳でひた向きに見詰め、頬は上気して熱っぽい。でなくとも、尋常ではない状況であるのが一目で分かる様な有様で、黄忠が困ったものだと首を振ってこちらに目配せした。この辺りが潮時だろう。

「お疲れさま。観たよ、黄忠殿と弓術で互角だなんてすごいじゃない。見直しちゃったよ」
「馬岱」

その場を辞そうとした、今正に現れたのは馬岱その人であった。思わず弾けたように顔を上げれば、どこか曇りのある笑顔で、常ににこやかさを崩さない彼にしては珍しい事だった。

「来てたのか」
「あら、気付かなかったの。俺、結構頑張って応援してたのよ」

ぽん、との肩を叩くと、馬岱は王羽の方を今初めて存在に気付いたかのように片眉を上げて見た。瞬間、青年が息を呑む。

「君は……黄忠殿の所の子かい」
「如何にも。王羽と言っての、落ち着きが無いところは玉に傷じゃが、なかなか見所のある若者だわい」
「お初にお目にかかります」

先程までのはしゃぎようは嘘のようになりを潜め、丁寧におじぎをすると王羽は真っ直ぐに馬岱を見返した。面倒くさそうになりそうな気配には黄忠へ目配せすると、馬岱の腕に軽く触れた。

「長々と話し込んでしまい、申し訳ございません。そろそろ俺はお暇致します」
「いや、今日は久々に楽しませてもらったわい。またやりあおうぞ」
「勿論です。行こう、馬岱」
「あ、うん」
将軍っ」

振り返り様に声をかけられ、は面倒ながらも声の主を見遣った。端麗な顔立ちが必死さに歪んでいる。自分などに必死になる必要等少しも無いというのに、どうしてなのだろう。もし、今傍に馬岱が居なければ、相手にしていただろう。否、もし馬岱とあのような関係に陥らなければ、だ。

「今度お時間がある時、お話をお伺いしても宜しいでしょうか」
「ああ」

『今度』はきっと来ないに違いない。我ながら残酷だと思いながら、は頷くと、今度こそその場を後にした。背に縋って来る視線がへばりついて離れなかった。




 暫く無言で歩くに歩いて、は漸く足を止めた。どこをどうやって歩いたのかは覚えていないが、西門近くの広場に着いていた。夕刻間際の市場の喧噪が、塀越しに響いている。の邸は西門から出て暫くの場所であり、この気まずい雰囲気を思って、は心底自邸に帰りたくなった。とは言え、このまま無言で帰る訳にも行かず、は困ったままに西門を指差した。

「小腹が空いたな。早めの夕飯にでもするか」
「良いね」

にべもなく頷くと、二人は黙って門を抜けた。門を出れば、帰路につく人々を呼び止めるかのように、灯を付け始めた酒幕や夜店、餐庁が美味そうな香りを漂わせ始めている。久方ぶりに羊肉が食べたくなり、は数ある店の中で、羌族が経営する店を選んだ。このところ、諸葛亮の少数民族との同盟が効を為しているのか、少数民族の珍しい料理を提供する店が増え始めている。同様に、彼らが得意とする色鮮やかな布や、驚く程に精巧な細工物等も流通しており、人々の生活に彩りを添えていた。

 隅の席に座ろうとしたが、店側が矢鱈と気を使い始め、結局二階の個室に案内された。丁度表通りに面した席で、上から人々の生活を眺められるというのは中々の贅沢である。当世、二階屋に出来る平民の建物は限られており、二階屋といっても高さはさほどのものではない。恐らくは店主が気の利いた経営を行っているのだろう。店の売り物にしている菜と酒を頼むと、は気を紛らわせるように外を眺めた。

「外も良いけどさ、俺の方も見てよ」
「止せ」

ずいと近寄る馬岱を身振りで遠ざけると、は口をへの字に曲げた。あの日から馬岱の態度は少しも変わる事が無い。人目につかない時であれば何時だっておかまい無しに迫るのだ。何時だって焦るのはばかりである。

「ねえ、本当に俺が応援してたの気付かなかったの」
「本当だよ」

馬岱どころか、誰が応援していたのかすら覚えていない。何も考えずにただ弓を引く事だけに集中していたかったのだ。口を尖らせる馬岱を忘れたかったとは流石に言えず、はただすまなかった、と小さく謝るに留めた。

「全くひどいよね。何度も呼んだのに」

馬岱はやおら立ち上がり、再度の傍近くに寄った。息が近い。耳元をそよぐ風に、は思わず先日の閨のことを思い出し、急いで打ち消した。何だってこうも不穏なのだろう。流石に公の場ではないだろうが、はまさかという思いを打ち消せないでいた。

「……それとも、他の男に夢中になってたのかな」
「さあな。第一、何にしたってお前には関係ないだろうよ。食べ終わったら早く茘花の元に行ってやってくれ」
「茘花、茘花ねえ。は二言目にはすぐそれだ。全く、妬けるったらないよ」
「んっ」

べろりと耳朶を舐められ、思わずの身体が震える。撥ね除けなければならないのに、こんな場面を誰かに見られでもしたら困ってしまうのに、どうしたって動けなかった。心底嬉しそうに馬岱の指に顎の下をくすぐられれば、どうにでもしてくれと思ってしまう。馬鹿馬鹿しい。なけなしの理性をかき集めてなんとか離れると、は渋い顔をして馬岱を睨んだ。

「止せよ。金輪際こんなことはしないって約束したろ」
「した覚えなんかないよ。嫌に決まってるでしょ。第一、だって嫌じゃないくせに、よく言うよ」
「煩い。お前も少しは自分の体面ってものを考えろ。頼む、考えてくれよ。俺は茘花を裏切りたくないんだ」
「茘花、茘花、茘花ってさ、いい加減にしてよね。今目の前に居るのは俺だよ」
「だからだ」

馬岱の顔を見れば、否が応でも茘花の顔を思い出す。ついでに、どうしようもない後ろめたさと背徳感が追いかけて来る。何故馬岱はこうも動じずに付きまとえるというのだろう。にしてみれば、そちらの方が余程不思議だった。

「お食事をお持ちしました」
「ありがとう」

声に気付いて慌てて離れると、は運ばれて来た食事にほっと胸を撫で下ろした。香辛料がふんだんに使われた羊肉が、食べやすく骨付きで更に載っている。ついで、とろみをつけた卵と肉との湯(スープ)に、しなやかに打たれた麺が踊っていた。それだけでも魅力的だが、乳白色の遊牧民特有の濃い酒が溜まらなくの胃を切なくさせる。普段食べ慣れた伝統食も良い物だが、ひねりの利いた他の民族や地方の料理というものも良い物だ。

 人も同じことで、常に食べている物に飽きてしまう事がある。だから馬岱は自分に惹かれるのだろうか。そうだとするならば、少し悲しいと感じて、は首を振った。悲しいと感じる意味がわからなかった。

「食べよう。ここには食べに来たんだからな」
「……俺は、いつもを食べたいと思ってるよ」
「薬味とってくれ」

さらりとが無視すると、馬岱は恨みがましい瞳で見詰めながらも薬味を寄越した。平然と受け取ると、は相手にしないことだ、と自分に言い聞かせた。毎度毎度流されそうになるのは須く相手にしてしまうからである。ここは心を鬼にしてでも、相手に惹かれていることなどおくびにも出さずにやり過ごすべきなのだ。

 羊肉を噛めば、ぱりぱりの皮の下から旨味を閉じ込めた肉汁が口いっぱいに広がる。ほんの少し山椒が香り、ついでこの辺りでは口にする事の無い香草が遥かなる草原を思わせた。舌鼓を打つと、馬岱も同じ想いであるらしく、目を丸くして頬張っている。まるで子供か犬のようで、は思わず触れたくなる手を抑えて握りしめた。

どうして、そうも嬉しそうな顔をするのだろう。嬉しそうな顔をされてしまったら、どうしたって喜ばせたくなってしまうではないか。何をしたって良いと、まるで奴隷のように服従したくなってしまう。この男が自分と同じか、それ以上に悪い男であることは勿論承知の上で、である。手に負えない。躾の悪い犬の様だと酷評したものだが、ひょっとすると寧ろ悪いのは、そんな馬岱に惹かれて止まない飼い主の自分かもしれなかった。

 手を伝う肉汁の感触が気持ち悪い。一本食べ終わった所では手首を伝うそれを舐めとった。てらてらと指が脂で光っている。饅頭で拭っても良かったのだが、の流儀に反した。そうして熱心に舐めとっていると、いきなりもう片方の手を引っ張られ、温かな感触が指先を包んだ。

「っ、おい、何してるんだ」
「お手伝いだよ、お手伝い」
「止せ、」

包んだのは馬岱の舌先だった。慌てて手を引こうとするも、確りと手首を掴まれ動けない。熱心な舐め方はまるで犬のようで、はくすぐったさに顔をしかめた。ぬろりとした感触に閨での出来事を思い出さないよう、は軍規を脳裏に思い起こして耐え忍んだ。馬岱の舐め方は通常のそれではなく、明らかに別の意図を持った動きで、時折こちらを伺う目はの戸惑いに満ちた反応を楽しんでいるようだった。散々舐った後、馬岱はちゅぽんと音を立てて最後の指を離すと唇の片端をつり上げて意地悪に笑った。

「はい、おしまい。もう片方も手伝おうか」
「断る」
「それとも、下の方が良いかな」

下世話な物言いにあからさまに顔を顰めると、は馬岱を無視して酒を煽った。山羊の乳を発酵させた酒は、普段のみ慣れている米の酒よりも強く、濃い味がする。白く濁ったそれが溢れて唇の端を垂れ、は自分の粗相に苛立ながら舌で舐めとった。馬岱が息を呑む。突き刺さる様な視線を辿って馬岱を見やれば、爛々とした獣の目とぶつかった。

「態となのかい、それ」
「何がだよ。食べ方だったら、汚いのはいつも通りだろ。お上品じゃなくて悪かったな」
「違うって。汚いのは知ってるけどさ、それ以上に厭らしいよね」
「厭らしいって、」

何を言っているのだろう。馬岱の言わんとする意味が全く解らず、は目を白黒させた。

「俺を誘うなら、そんな遠回しじゃなくて良いのにさ……誰の前でもそうしてるの」
「不穏な事を言うなよ。俺はいつも通り食べてるだけだ」
「心配だなぁ」

溜め息をつくと、するりと馬岱の足が卓の下で蠢いた。

「っな、お前」
「良い反応。ね、少しは期待してたりするのかい」
「やめろよ」
「嫌だね」

器用にも馬岱の足はの股の間に滑り込み、巧みに雄をいたぶっていた。何分初めての出来事には目を白黒させると、上がりそうになる声を抑えた。革靴に包まれた堅い爪先が袍の上をなぞり、の雄を浮かび上がらせると、巧みに陰嚢を押す。駄目だという事は頭でわかっているものの、直接的な刺激にあらがいきれず、は悔しさに下唇を噛んだ。

「元々は美味しそうだけどさ、誘われたら尚更止められないってば。それに、だって気持ち良いでしょ」
「うぁっ……」

ひと際強く押され、は思わず呻いて卓に突っ伏した。じわりと下腹部に快感が広がり、雄が立ち上がって来る。早くこの足を外すか、少し自分が下がれば解放されるというのに、まるで重石を載せたかのように手足が動かない。寧ろ、衣服を汚す事等構わずもっと強い刺激が欲しいと身体は訴えていた。そうなってしまえばなし崩しに全てを許す事になってしまう。

「ほらほら、ここにはご飯食べに来たんだよね。温かいうちに食べなきゃだめだよ」

態とらしく明るく言うと、馬岱が羊肉をこれ見よがしに美味しそうに頬張る。はと言えば、目の前の料理が美味しい事は解っているのに、快楽の方が勝ってしまって少しも手を出す事が出来ないでいた。恨みがましげに馬岱を見れば、ひどく満足そうに下から上まで爪先を蠢かされ、は思わず腰を押し付けてしまった。

ってさ、本当に好き者だよねぇ。逃げられるのに逃げないなんて、つけ込めって言ってる様なものじゃない」
「……う、っさ……い……ぁ、あ、あ、」

がくがくと馬岱の足がせわしなく動き、の瞼の裏がちかちかと白く光る。ぐしゅぐしゅと濡れた音が足の間から聞こえ、はここが公の場である事も忘れて喘いだ。馬岱が嬉しそうに目を細めているのが悔しい。否、こんなことになっても逃げようとしない自分が腹立たしい。

「いいよ、俺の前でなら。早くいっちゃいなよ。後片付けもしてあげる」
「ふぁ」

我ながら間抜けな音が溢れた、と思うと同時に唾液が口の端から零れ、はっとしたように馬岱が目を丸くする。爪先が先端を捕らえ、抉る様な動きをされたと同時には達していた。下腹部が濡れ、離れゆく馬岱の靴先にも同じものが糸を引いてまとわりついているのかと思うとは逃げてしまいたかった。

「ね、善かったでしょ」
「ん」

肯定とも否定とも着かない溜め息をつくと、は倦怠感に身を委ねていた。何もする気が起きない。馬岱が身を乗り出して唇に吸い付く。全く、犬のようだった。抵抗もせずに受け止めると、は馬岱の舌が咥内を荒らす事を許した。

「こんなこと、他の奴に許しちゃ駄目だよ。俺だけだからね」
「お前には茘花も居るくせに」
「今はだけだよ」

今は。狡い物言いに、は唇を歪めた。自分もだ、という台詞を飲み込むと、はまとわりつこうとする馬岱を遮ってゆるゆると立ち上がった。下肢は濡れていたが、甲冑に隠れてごまかせそうである。努めて平静を装って歩けば、誰も気に留めないだろう。

「ちょっと、だけ気持ちよくなるなんてなしでしょ」
「知るか。勘定払っとけよ」
「え、」

言うや否やは階段を文字通り飛び降りて店を出た。勘定を払って欲しいという店の人間に馬岱を示すと、さっさと群衆の中に紛れる。これ以上傍に居れば、あの時のように全てを許してしまいそうだった。



 度し難い。食堂においていかれた挙げ句に勘定まで持つ事になった馬岱は頬を膨らませた。折角後少しで籠絡できそうだったものを、あっさり逃げ出されてしまったというのは情けないの一言につきる。を得体の知れない若造から遠ざけることはうまく行ったというのに、本番まで持ち越せなかったとは骨折り損である。

余りにもつれないに悪戯を仕掛けたのは我ながら良い案だった、と馬岱はにやつく口元を押さえた。あんなにも気持ち良さそうな表情を見てしまえば、もっと先まで行きたくなるのは人間の性だろう。他人に見せる等もってのほかだった。

 勿論、正論に戻れば自分が汚い真似をしているというのは解らなくもなかった。だが、馬岱は本能の人である。阮茘花も良ければも良い。両手に花で居られればそれで良い。阮茘花は既に掌中にある。ならば、後はを籠絡するだけだというのに、こちらはいっかな思うように行かない。の内部を思い出して、馬岱は先程の行為で盛り上がってしまった自身に切なさを覚えた。

「責任とってもらわなきゃね」

あの様子ではまっすぐ邸に帰ったに違いない。すっかり手懐けているの家人を思い出すと、馬岱は舌舐めずりして通りを駆けた。



 身体が熱い。収縮を繰り返す下腹部には顔をしかめた。不審がる家人を他所に自室に引き下がると、汚れた衣服を剥ぐように脱いだ。袍を脱げば、ずるりと自分が吐き出した体液が垂れ、気持ち悪くまとわりつく。乱暴にされたにも関わらず、の雄は再び兆しを見せていた。それどころか先程の行為の続きを求めるかのように奥底が疼いて仕方ない。舌打ちすると、は寝台に向かった。

「くそっ」

こんな時に限って丁度良い遊び相手を用意していない。常ならば適当な相手が近場に居るものだが、最早呼びつける時間も惜しかった。寝台脇の行李から香油と張り型を取り出すと、は乱暴に寝台の上に投げ置いた。無機物で遊ぶのは好きではないが、そうでもなければ収まりそうにもない。香油の蓋を開け、乱雑に下腹部に垂らし、指にまとわりつかせて迷い無く後孔に差し込む。最初に感じる異物感がは溜まらなく嫌だった。

気を紛らわせるために片方の手で乳暈を摘むと、は小さく鼻を鳴らした。甘える様な音を心の中で嘲ると、乱雑にかき乱した指を引き抜き、張り型に香油を垂らして一挙に押し入れる。貫いた瞬間、緊張に身体が強ばったが、一呼吸するとは無心で玩具を動かした。通常の男性のそれより細身で小さいために、動きは滑らかだったが物足りない。馬岱のそれは寧ろ通常よりも大きく逞しかったように思う。形を覚えてしまう程に交合したわけではないが、は舌打ちして熱を探すように手を伸ばし――――息を呑んだ。何者かの手が己の手首を掴んでいる。信じられない様な心地で瞼を開ければ、先程振り払った筈の馬岱がにやついた笑みを浮かべていた。

「俺に甘えればすぐにやってあげたのに」
「なんで、お前が」
「そりゃあ俺も男だからさ。と同じだよ」

それじゃ足りないでしょ、と馬岱はの中に収まる張り型を動かした。自分で動かすものとは異なり、激しく気まぐれな動きに思考が奪われる。身を捩らせて抗議すれば嘲笑われ、ずるりと玩具を引き抜かれた。水牛の角で出来た張り型はの体液ですっかり艶めいている。細身といえども細部に至るまで男性器を再現したそれに馬岱は顔をしかめた。

「……いつもこれで遊んでいるんだ」
「生身の方が多いけどな」
「むかつくなあ。そりゃ、の自由だったかもしれないけどさ」

前をくつろげると、至って自然な様子で馬岱はの足を掲げて入り込んだ。先程よりも遥かに大きな容量にが咽せると、笑って口付けられる。

「さっきも言ったけど、これからは俺以外とやったら駄目だよ」
「は、馬鹿だな……一段落したら別の奴を呼ぼうと思ってたのに」
「何それ」
「馬岱ちゃん、俺は好き者なんだぜ。動かないんだったら出て行ってくれないか」

馬岱など、性処理の道具に色がついたに過ぎない、と鼻で笑うとは挑発するように下腹部を締めた。だが馬岱は呆然との顔を見詰めるばかりで、出て行こうとも動こうともしない。余程衝撃であったらしい。茘花を裏切り自分をも縛り付けようと言う傲慢さを持ち合わせているくせに、何を今更思うのだろうか。

 舌打ちすると、は焦れたように自身に手を伸ばして擦った。まるで、馬岱なぞ先程突っ込んでいた張り型と変わりない、とでもいうように、平然と馬岱の顔を見ながら擦り続け、白濁が飛び散る。瞬間きゅうと下腹部が締め付けられるが、馬岱は呆然としたままだ。白濁が馬岱の顔にも飛び、は自分もまだまだ若いと言っても良いかもしれない、とどうでも良いことを考えた。体内に収まった馬岱は不思議な事に未だ萎えていない。ついで、の雄もまだ足りないとでもいうように再び緩く立ち上がる。上半身を起こすと、は馬岱の頬をつついて飛び散った白濁を舐めた。

「悪いが、他の奴を呼んでも良いか。不能に用はないんだ」
「……ふざけないでよ」
「おい、」

ぎゅうと抱きつくと、馬岱はの肩口に顔を埋めた。きつく、きつく抱きしめられ、まるで一体になろうとするかのようだった。こんな風に自分を抱きしめた人間をは他に知らなかった。馬岱の方が震えている。どうやら泣いているらしかった。

 傲岸不遜で抜け目無く、それでいて誰からも憎まれず強かで、飄々と多難をかわしてきた馬岱の姿はどこにもなかった。剥ぎ取った後には子供の様な訳の解らぬ恐怖に怯える幼さだけである。はどう反応すれば解らず、ただ馬岱のくるくると巻いた髪を弄った。馬岱の体温が心地良い。今更思う事だが、どうにも自分は馬岱に弱い。縋られれば手を差し伸べたくなり、嬉しそうにしていればより喜ばせたいと思ってしまう。恐らく、後にも先にもそんな風に感じる人間は居ないに違いない。だからこそ駄目なのだ、とは溜め息をついた。

が他の奴とするなんて嫌だ。嫌なんだよ、むかついて仕方ないんだ」
「今更だろう。前だって、お前に散々具合が良かった奴の話をしてきたじゃないか」
「嫌だったさ。ずっと、ずっと嫌だった」

顔を上げると、馬岱は涙で濡れた頬をの頬に押し付けた。綺麗な顔立ちの人間は得だな、とは矢張り関係のない事を考えていた。泣き顔まで綺麗では、本当に自分の様な人間には立つ瀬が無い。仕方なしに馬岱の頭を撫でてやると、はどうすれば良いか解らずに再度溜め息をついた。

「……お前は解らない奴だな。強引に事を進めるかと思えば泣いて見せたり、子供じゃないんだからちったぁ一貫した意思表示をしてくれ」
「俺にしてみれば、の方が解らないよ」
「何でだ」

ほんの少し離れると、馬岱は膨れ面をして訴えた。本当に子供の様だ。これでは茘花も苦労するだろう、と可愛い妹分を思っては複雑な関係に頭痛を覚えた。可愛い弟分と妹分が仲良くしてくれればそれで良いというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

「誰にでも優しくて、誰にでもこんなことまで許してるくせに、心の中では誰も許してないでしょ。今だって俺を道具扱いしているし」
「まあな」

事実は事実であったので、は素直に頷いた。自分は快楽に弱い。誰が与えても等しく陥落し、溺れ、心の底までは溺れない。ある意味において馬岱は例外なのだが、教えてやる必要はないだろう。

「俺を喜ばせたいって言ったのも、どうせ他の奴にも言ってるんでしょ」
「どうだかな。それより、早く動いてくれないか」
「俺を道具扱いしないでよ」
「勘違いするなよ」

面倒だ、という表情を浮かべるとは自分に言い聞かせるようにはっきりと告げた。馬岱の目が心底傷ついたように曇る。

「俺はお前の恋人じゃない。お前の恋人は茘花だ。俺とお前は偶々気が向いたから寝ただけだし、俺は好き者だからな、誰だって良いんだよ……俺を見ろよ、どこが良いんだ。年も取ってるし、顔だって綺麗じゃない、おまけに茘花の親戚だ。お前が言うように、優しくもないんだぜ」
「だって、美味しそうなんだよ」
「またそれか」

ひどい言葉を投げつけた筈だというのに、馬岱は相変わらずすこんと頭から大事なものが抜けた台詞を吐いた。馬鹿ではないのだろうか。益々妹分をめとわせることに不安を覚えると、は額を揉んだ。

「もう良い。お前とは話をするだけ無駄だ」
「なっ」

どん、と馬岱を突き倒すと、は垂直に馬岱に股がるように身体の位置を整えた。相変わらず馬岱の剛直は萎えていない。馬岱の目が潤んで怯えを移している。まるで犯されるかのようだ。は赤い口を開けて笑うと、娼妓がするように上下運動を開始した。最初は戸惑っていた馬岱の口から喘ぎ声が上がる。舌舐めずりすると、は残酷に笑った。前立腺にごりごりと馬岱の先端が当たるのが心地良い。本当に一人遊びと同じだった。馬岱でなくとも良いのだ、快楽を与えてくれるものならば誰だって何だって良かった。何と残酷な事か。

 馬岱の顔が喜悦に歪む。もっと動いてやろうと思うのは、馬岱だけだということを伝える事はきっとないだろう。意識が白濁し、馬岱の呼吸が荒くなる。は根元を押さえると、じっくり味わうように腰をうねらせ、馬岱が体内に吐き出すと同時に自身を解放した。

「っ、はずるい」
「気持ち良かったろ。お前だって食堂であんなことをして来たくせに、言えた義理か。せいぜいお相子だ」

ずるりと馬岱を抜くと、はそのまま馬岱の胸元に顔を埋めた。体温まで子供の様だ。またの間から馬岱の精液が溢れていたが、最早どうでも良い程に疲れていた。馬岱の手が所在無さげにの頭を撫でる。そうだ、交合などせずともこんな風に優しく温くつき合えればそれで良かったのだ。難しい事は全部他の人間に任せてしまえば良かったのに、首を突っ込んで来たのは馬岱だ。はうっとりと目を細めると、顔を上げて馬岱に口付けた。

「今は、お前だけだよ……今だけはな」
はひどい」
「ひどいのはお前さ。茘花を大事にしろよ。それともさっきのじゃ足りないか」
「うん」

素直に頷くなり、馬岱は体勢を換えて速やかに入り込んだ。どこで覚えたのかは知らないが、まるで手慣れた間男の様では笑った。喉元に馬岱が噛み付く。先程とは異なって優しく揺する様な動きで、どうやら馬岱はこの場の快楽をじっくりと味わおうという考えらしかった。乳暈を摘まれ呻くと、赤子のように無心でしゃぶられる。

「淫乱」

蔑む様な馬岱の台詞は、どこか涙に煙っていた。は態とらしく喘ぎ声をあげると、言葉通りの役割を演じる。それで良い、もうこれで本当に最後だ。恐らく、友としても最後となるだろう。

愛している、なんて言葉は自分たちに似つかわしくなかった。

〆.

後書き>>
 久々にがっつりエロです、今晩は。思ったよりも馬岱がへたれというか良い人というか、ぬるい感じになってしまいました。。。ブラック馬岱は次回に持ち越しです。大概ひどい人にしたいんだ。(何)

一方で主人公が今まで書いた中で一番ビッチになってしまったという。何故だ。アグレッシブだな主人公。あと変態的なシチュエーションを2つも1作品に盛り込んだのも初めてです。今年はひょっとしてエロの年なのか。(おい)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!