貴方に愛されたい、ただそれだけにまっすぐでいたかった
薔薇の蕾が凋むまで/1
「貴重なお時間をいただき、有り難うございました。またご連絡いたしますので、どうぞ宜しくお願いいたします」
「こちらこそ、興味深い提案を持ってきてくれて有り難う。宜しく頼むよ」
「はい」
深々と頭を下げると、はミーティングルームを出た。中堅どころの製造企業らしく、地味な制服を着た女性達とすれ違う。こちらと目が合うと、ぱっとほほを染めて下を向く様が奥ゆかしい。何度も通ったオフィスだが、その度に暖かく丁寧に接してくれるこの顧客がは好きだった。1階ロビーの受付嬢に挨拶をすると、は自動ドアを潜って少し後ろを振り向いた。まだ頭を下げている、直接の交渉相手である課長の頭が見えた。誠実さがにじみ出ている。少なくとも、形の上では。すぐさま前を向くと、は大通りに向かって歩き出した。
そのまま電車を乗り継いで帰社したは、中堅製造企業の契約が取れた、と真っ先に上に報告した。この提案について親身になって話し合ってくれた趙雲は、顔をほころばせるとの肩を叩いた。
「よくやってくれた。君の頑張りがお客様に伝わったんだね。提案もよく練られていたし、あれならばすぐにでもチームを組んで乗り込める。ありがとう、」
「はいっ。趙雲殿が手伝ってくれましたから…俺一人では到底無理でしたよ」
心情を素直に告げると、趙雲は今日は飲もう、と快く誘ってくれた。もちろんそれを逃すではない。二つ返事でうなずくと、提案書を片手に自席へと戻った。
の勤める巴蜀コンサルティングは、業界でも中堅どころを占める業務コンサルティング企業だ。コンサルティングと聞けば格好いいよくわからない姿が思い浮かぶだろうが、簡単に言えば高級な派遣業である。企業がやったことがなく、社内の知識を使うことができないときに、その知識や技術の提供を依頼すると考えればそう難しくはない。巴蜀コンサルティングは、1次産業である農業から3次産業であるサービス業まで幅広く案件を持ちかけており、その裾野の広さと何よりも親密な対応で定評を得ていた。は、その中でも顧客の懐に潜り込み、現場を支援することを最も得意としているコンサルタントだった。地味ではあるが営業でも今日のように成績をあげており、少し遅くはあるだろうが、順当に出世するだろうというのが周囲の評価である。そもそもシニアスタッフという6年目の立場で営業までできる人間は然程多くはない。
と、ここまで聞けばなかなか悪くない人生だと思うだろうが、の場合はここまでくる間も、そして今現在も苦しんでいることがあった。人にはどうにもできないものがある。それは天分であり、生まれ持ったものである。は人並みの才能で十分だと満足していたが、あきらめきれないでいることが一つある。容姿だ。は残念なくらいに醜男なのだった。まず、目が小さい。眉は薄く、顔の上半分を見れば能面を思い出させる。唇は対照的にぼってりとしており、熟れた柿のような色合いだった。女性であれば色気のある、とでも形容できたのだろうがは男だ。
さらに不幸な話をすれば、は同性愛者だった。お話の中では普通の見た目が、とか多少駄目であっても、とかいろいろ容姿について言われているが、男女の恋と同じ、いやそれ以上に同性愛者は見た目に厳しい。自身もそれは認めていて、だからこそ綺麗な顔立ちには引け目を感じていた。今日快く話し合った趙雲でさえ、初めて会った時はその流麗な顔立ちに圧倒され、思うような台詞をはけなかったほどだ。とはいえ、それも見慣れれば何とやらで、人柄もよい趙雲にがなつくのは時間の問題だった。
「殿、おつかれさまです。大鷹製作所、どうでした?」
「ああ、おかげさまでうまくいったよ。趙雲殿も喜んでくれた」
「それはよかった!」
自席に座ったに声をかけたのは、隣の席の関平だった。年若い後輩で、面白いことに父親兄弟全員がなにがしかの形でこの会社に勤めている。少し世間知らずなところもあるが、育ちの良さがにじみ出るようでよいというのが顧客からの意見だった。仕事に関しては四年目ながらに責任感を持ち、きっちり仕上げてくるので有能だ。得意な業界は健康・ヘルスケアで、の製造業畑とは異なるのが残念なくらいだった。いつか関平を自分のプロジェクトに参加させたい、と思いながらは鞄からPCを取り出した。
定型化された報告書に、今回の提案書を添えて詳細を記載すると、そのまま法務部に提出する。正式な契約書が届けばあとは判を押すだけにできるよう、は決裁を行う上層部もきちんと宛先に含めた。事前にこの提案については説明も行っているので、特に問題もなく通るだろう。月600万円程の、この会社にとっては小額の案件であることもあり、は何の気兼ねもなく送信ボタンをクリックした。
契約が通るまでの間にしなくてはならないことは山ほどある。まずは、参加するチームの人間集めだ。が参加するのはもちろんのこと、同クラス以下のスタッフが一人と、監督にあたるマネージャー以上の人間が一人は必要だった。さすがに6年目ともなれば誰がどのような技能を持つかはわかっているので、は知り合いの何人かのスケジュールを確認するべく、社内サイトをさまよった。
「あー、年度末またがるから微妙だな、こりゃ」
今は12月。今回の契約は2月からの4ヶ月間だ。成功すれば2年程の契約にはできるだろう。そこからどう広げるかは次第だが、問題は目下のメンバー集めだ。対外の契約は切りのいい12月か、3月までは続く。要するに、こんなにも微妙な瞬間に手が空いている人間は少ないということだった。社内のスケジュールを一通り見ると、残っている人間はわずかだった。
「マネージャーでいけそうなのは、馬超殿に馬岱殿かぁ」
人名をクリックして詳細情報を確認すると、はため息をついた。どちらも煌びやかな顔立ちをしており、人柄も良いのだが、どちらかといえばは苦手だった。一つにはこの二人が本当に綺麗な顔立ちで、社内の女性達から王子様と呼びそやされているからである。もちろんこれはただの比喩ではなく、馬超は西涼事務局の事務局長の息子であり、家柄も良いことも理由だった。二つには、の好みに二人が合致していることがあげられる。特に、馬岱の彫刻のような濃い顔立ちはの好みだった。性格はきさくで、見てくれの悪さは社内随一のにも気兼ねなく接してくれる。オフィスですれ違えば挨拶する程度の仲だが、はこれを機会に仲良くなろうとは少しも思っていなかった。三つ目には、これは最後になるが馬岱は同期、馬超は後輩にあたるということだった。二人とも成績は目覚ましく、そういった意味でもまぶしい存在だった。
ただ友達になることと仕事をともにすることは違うのだ。上司に選ぶとなれば当然叱責のたぐいを受けることもあるだろうし、管理方針によってはとそりが合わない可能性もあった。そういう意味では王子様は王子様のままでいい、というのがの持論である。探しにくいマネージャーのことは一旦棚にあげると、は今度は同僚を探すことにした。
現在スケジュールが空いていそうな人間の中でも有望なのは関策だった。彼ならば知らない訳でもない。馬岱に負けず劣らず美しい見目にはやや怖じ気づくものはあるものの、は迷わず申請リストに加えておいた。一度、提案を手伝ってもらったこともあり、その機転には入社二年目とは思えない切れ味があった。彼ならば、きっと自分よりも早く出世するに違いない。そんなことを思うと、は再びマネージャー探しに入った。
趙雲が待つ一階のロビーに行くと、既に先客が趙雲と話し合っていた。仕立てのいいピンストライプのスーツがいやでも目立つ。馬岱だ。思わず胸が熱くなるものを覚えると、はあわてて頭を下げた。
「おつかれさまです、趙雲殿、馬岱殿。趙雲殿、お待たせしました」
「おつかれ」
「おつかれさま〜。駄目だよ、同期なんだから、殿づけなんかしちゃ。毎回言ってるけどさあ、もっと俺にうちとけてくれたって良いでしょ」
「ん、ああ」
とたんにわっと話し始める馬岱に目を白黒させると、は説明を求めるように趙雲を見やった。趙雲は苦笑すると、馬岱を黙らせて説明し始めた。
「実は、今度の大鷹製作所の件、馬岱が聞きつけたらしくてな。ぜひ参加させてほしいと言ってきたんだ」
「え」
「そそ!面白そうな仕事とってきたじゃない。すごいね、。一枚噛ませてよ」
ぐ、と近づくと馬岱はだからさ、と続けた。今日は仲良く飲もうね。耳元でささやかれたような錯覚に、はぼうと頭がぼやけるものを覚えた。
「わ、わかった。…趙雲殿、今日はどこへ行きましょう?」
「そうだな、今日は寒いことだし、火鍋でも食べようか。いい店を知っているんだ」
「やったぁ!」
無邪気な馬岱の様子にはくすりと笑うと、先立つ趙雲の後ろについて歩いた。通常ならば馬岱はこのまま趙雲の横について話すのがセオリーなのだが、今回は違うらしい。の真横に立つと、あれやこれやと質問をし始めた。
「ってさあ、同期の集まりとか全然こないでしょ。俺、君と研修一緒だったって覚えてる?」
「覚えてるよ」
あの頃から、馬岱は目立つ存在だったのだ。性格は太陽のように朗らかで、見目も良いので女子の受けがいい。それに論理的で筋が通った話し方ができるので、頭の冴えもなかなかのものだった。有名校の出身であることもあり、あまり偏差値の高くない大学出身のにしてみればひどくまぶしく思えたものだ。あの研修では、そうしたきらきらした人材を何人も見ることができたのが幸せでもあり、生き地獄でもあった。の好みの男達が居るのだが、それは大きな隔たりのある世界の生き物でもあったのである。
「良かった。俺、隣の席だったのに忘れられてたらどうしようかって思ってた。もう同期も半分くらいしか残ってないし、俺たちもっと仲良くしようよ」
「そ、そうだな」
気圧されるようにうなずくと、は何故そうも馬岱が自分を気にかけるのかがわからず首をひねった。彼が自分を覚えているというのは想像に難くない。の見目の悪さは社中に知れ渡っているのだ。それでも悪くはない成績を出していることから、好意的に受け止められてはいる。同性愛者だということは周囲にばれてはいないので、オフィスの居心地は悪くはなかった。ましてや一度プロジェクトに入ってしまえば、大概の場合は客先に常駐するのだから、社内の人間と顔を合わせることはそう多くはない。だからこそ、は同期との距離は保ってきた。にも関わらず自分に関心を持って迫ってくるのは馬岱だけである。
「こら、馬岱、。店に着いたぞ。あがってくれ」
「はーい」
「はい」
見上げた先は高そうな火鍋屋で、趙雲の説明によれば台湾に本店のある有名チェーン店らしい。店に入れば、つんと香辛料のにおいが鼻をつく。薬膳火鍋が売りなのだ、とすかさず趙雲の説明が入った。座るや否やビールを頼む二人を尻目に、は給仕の女性に杏露酒を、とお湯割りで頼んだ。ビールはすぐに腹が膨れてしまうので苦手なのだ。
「へー、ってばかわいいもの飲むんだね。ビールは苦手?」
「腹がすぐ膨れるからな…あ、でも食事しないんだったらフルーツビールなら飲む」
「随分かわいいな」
笑う趙雲に照れた笑いを返すと、は照れを隠すようにおしぼりを目に当てた。店側には嫌がられる行為だろうが、どうしたって疲れていてやめられなかった。今日は早めにあがった、といっても20時を回ってしまっている。普通の会社員―例えば大鷹製作所であれば6時半には帰っていただろう。巴蜀コンサルティングはそれでも残業代を出してくれるだけ良心的なのだ、ということを知ったのは転職しようかと悩んだ去年頃のことだ。残業代のおかげではそこそこの給料をもらえている。転職して午後をゆったりと楽しめるようになっても、大幅に収入が減るようではやっていけない。同性愛者の上にもてないためには家を買うことも子供を育てることも考慮しなくていいのだが、老後は心配だった。
そうしているうちに、趙雲が適当に頼んだ鍋の具材がテーブルに並んでゆく。豚ロース、牛ロース、筍、豆腐、青梗菜、空芯菜、木耳などなど。好物のジャガイモが入っていることを確認しては喜んだ。女性のような好みと言われることが多いが、は甘味を帯びたものが大好きである。一方で、異様に辛いものも好きだ。末席でもあるし、自分の好きな食材を確保しやすくする意味もあって、は自ら鍋奉行を買って出た。立ち上がると、陰陽に分かれた火鍋に次々と食材を投入してゆく。まずは野菜から。そして時間のかかる豆腐と芋を入れておく。沸騰したあたりからは肉の奪い合いになるだろう。程よく温まってきたあたりで白い鶏白湯と見るからに辛そうな赤い麻辣湯をおたまで掬うと、は適度に碗に注いだ。
「あ、それ俺にも頂戴」
「どうぞ」
横合いから出てきた手にそのまま碗を渡すと、は趙雲にもどうかと訪ねた。答えはもちろん諾である。もう二杯同じものを作ると、は今度こそおいしく味わった。ちょうど葉ものがゆであがったあたりでもあり、すかさず他の皿に移してやると、ひょいひょいと馬岱がさらってゆく。先輩でもあり上司でもある趙雲の前だというのに遠慮はないらしい。最も、趙雲の場合は気分を害するような人間ではないから大丈夫だろう。自分の皿に具を入れると、は芋はもう少しだろうともどかしく思った。
「肉は個々人でやってください。人それぞれペースがあると思うんで」
「わかった」
「了解」
筍をつまみながら、は肉を奪い合う趙雲と馬岱を男だなあとのほほんと眺めた。眼福である。多分、店員はの不釣り合い具合に驚いたことだろう。今更のことなので、仮に本当にそうだとしてもは落ち込む様を見せる程には落ち込まなかった。傷つかないと言えば嘘になるが、人生どうしようもないことは山ほどある。それに、そうまで我慢できなくなれば整形したっていいのだった。が整形しないのは、ありのままの自分で認めてほしいというエゴからである。
「、肉もっと食べなよ」
「もう十分だよ。それに俺は野菜の方が好きなんだ」
「ダイエット中じゃあるまいし。別に太ってないでしょ」
「ひゃっ」
いきなり隣から腰を掴まれ、は声を裏返らせた。他人に触られることなど久方ぶりだったし、そもそも触られることには慣れていない。
「い、いきなり触るな!」
「そうだぞ馬岱。セクハラは駄目だ」
「セクハラってひどいよ、趙雲殿〜。俺はただが細いかどうか確かめただけで」
そう言いながらべたべたと馬岱はの体を触った。何を考えているのかさっぱりわからず、は必死にその手をはねのけた。と、言っても狭い席の上に鍋もあるので思うようには抵抗できない。馬岱は酔っているのだろうか。そういえばが杏露酒を飲んでいる横で、ビールを四回はおかわりしていたはずだった。まじまじと見れば、馬岱の顔はすっかりゆでだこになってしまっている。趙雲は苦笑すると、鍋も終わりに近づいたことをやんわりと告げた。
「私はこれで帰ることにしよう。、悪いが馬岱の世話を頼む」
「わかりました」
まだ腰にまとわりつく馬岱をやんわりとどけると、はお人好しの自分を呪った。
趙雲が勘定を払って店を出たところで、俄然馬岱の調子は悪化の一途をたどった。このままでは酔いつぶれて寝てしまう可能性がある。どこに住んでいるかは知らないが、タクシーで返そうにもこれでは目的地で降りられなさそうだった。幸い明日は土曜日であることだし、は仕方ないなと呟いた。自分の家に運ぶしかないだろう。まるでお目当ての女の子をお持ち帰りするような絵面に苦笑すると、は片手を上げてタクシーを呼んだ。
「おーい馬岱。大丈夫か?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「駄目だこりゃ」
片腕を肩に背負ってタクシーから出ると、は自宅のマンションを見上げた。せめて住むところだけは良いところを、とちょっとだけ背伸びをして借りている部屋だ。場所は13階建ての6階。都心でもやや田舎に部類するため、大概の人間が思うよりは安いところがの気に入っている点だ。難点は通勤に苦労することだが、世の中なんでもかんでも叶う訳ではないので仕方がない。
セキュリティロックを解除し、エレベーターに乗り込む。馬岱は死んだように反応がない。こんなにも密着しているのに何の関係もないだなんて罪だ、とはため息をついた。部屋までたどり着く時間がもどかしい。は知らず知らずの内に熱が呼び覚まされていくのを感じていた。まずい兆候だ。馬岱を寝かせたら風呂でも入って消化しようと心に決めると、は自宅の扉を開けた。
「あんまり綺麗じゃないかもしれないけど、どうぞ。あ、ベッドはそっちの部屋だから」
「へえ、1LDKなんだ。なかなかいいじゃない」
「え」
へらり、と笑う馬岱があまりにも素面では目を疑った。勝手知ったる様子で馬岱はの手を引くと、ベッドに転がせた。何をするのだろうか。が目を白黒させていると、馬岱は人の悪い笑みを浮かべた。
「君、ゲイでしょ」
「違う」
「違わないよ」
するりと馬岱の手が滑るとシャツ越しにの乳首に触れた。それだけで電流が走ったかのようにの背筋をぞくぞくした感覚が上ってゆく。きゅ、と摘まれては耐えきれず喘ぎ声を小さく漏らした。
「こんなところで感じちゃうなんて、ゲイじゃなくっても素質があるってことだねえ。あ、安心してよ、俺バイだからさ」
「どこが安心要素なんだよ、んんっ」
「言いふらしたりしないってこと。ほら、俺たちってお客さんにもだけど、社内でのイメージって大事じゃない」
それは事実だったから、確かには安堵した。が、この展開は理解できない。摘んでいない方の乳首をシャツの上から舐められ、はたまらないと舌を出した。
「エロいなあ。キスしてもいい?」
言うなり馬岱は俺に口づけた。それも濃厚なもので、じゅるりと舌を絡めとられて吸われ、軽く食まれた。その間も乳首を弄る手は止まらない。の乳首はすっかり固くなり、シャツの上からでも立ち上がっていることがわかる程になっていた。口づけながら馬岱の手が下半身に移動し、やわやわとの性器を刺激した。
「ぁ、やだ、って」
「だーめ。言ったでしょ、俺はね、君と仲良くなりたいんだよ、。って言っても信じてくれないだろうなあ。ま、要するにセフレにならないかって聞いてるんだけど」
「はあ?」
話が飛びすぎていて、はついていけずにいた。の見た目は社中随一のひどさだというのに、そんな声をかける人間がこれまであったろうか。いや、ない。しかも馬岱が付き合ってきた女性達を知っているが、皆揃いも揃って非常にかわいらしかった。所謂お嬢様系の女性に弱いらしい。バイを見るのは馬岱が初めてではなかったので、男女の好みでここまで変わる例がまずないこともは知っていた。
「からかうなよ、俺の顔を見てから言ってくれ」
「欲求不満のくせに」
「んあっ」
ぎゅうと握り込まれては背をのけぞらせた。洗い立てのシーツに皺がよる。馬岱は笑っての喉に噛み付き、痕を残した。どうやらの世間体というものは考えないつもりらしい。真正面を向いている限り気づかれないだろうが、ひどく危うい箇所につけられたそれにはしかめ面をした。カチャカチャという音とともにベルトが引き抜かれ、隙間から馬岱の手が潜り込んでくる。やめてくれ、と手首を掴んで抑えると馬岱は意外そうに目を開いた。
「そんなに抵抗するなんて、操立てでもする相手がいるってこと?」
「いたらどうする」
「奪っちゃおうかな」
「お前の返答はいちいち頭が痛くなるな」
奪うという台詞に、不覚にも胸が高鳴った自分を戒めるように首を振ると、は改めて尋ねることにした。何故、自分などとセフレになろうと言い出したのか、こんな行為に及ぼうとするのか、と。
「君、自分の顔にコンプレックス持ってるでしょ」
「そうだよ」
お前と違ってな、という台詞は大人なので飲み込み、は器用に動く馬岱の指先に酔いしれた。ボクサーショーツの上から触られただけでももうが勃起しているのは知れている。嬲られる度にぐしゅぐしゅという音が立ち、は耳を塞ぎたかった。自分自身で楽しむ以外にこんな音を立てたのはいったいいつぶりだろう。
「それでゲイだなんて、辛いよね。どう思ってるかわからないけどさ。ともかく、俺はね、絶対的に優位に立てるっていうのが好きなのよ」
「性格悪いな」
「そうかもねえ。でも誰も知らないし、気付いてもいないから大丈夫だよ。…それでね、俺は君に目を付けたってわけ」
「断る」
「なんでさ。俺、うまいのよ。あ、それともやっぱり他に誰かいたりする?」
「い」
いる、と嘘をつこうとした瞬間に直接陰茎を握られ、は目を見開いた。やわやわと幹をもみ込まれ、先端を親指でこねられると、もうたまらなかった。確かに馬岱はうまい。自分で慰めていたものなどたいしたレベルではなかったな、とは眉根を寄せた。これでは今度一人でする時に馬岱を思い出してしまいそうだった。
「ま、いいか。恋人じゃないんだし。今日気持ち良かったらまた考えてよ。それで俺を好きになって」
「気持ち悪いとか思わないのか?」
「わかってないなあ。君がね、俺しかいないって思ってる様子を見たいんだよ。俺は多分君を好きにならないけどね」
「なんだよ、それ。ひどいな」
ずるりと下着ごとスラックスが取り除かれ、シャツがはだけさせられる。電気を点けていたのが災いして、全てが丸見えだった。最早この行為にあらがうことはあきらめつつあったが、それでも自分の不格好さにはいらだちを覚えた。多分、馬岱の思うつぼなのだろう。
「ね、ローションとかどこにあるの」
「俺に入れたいのか」
「俺に入れたいの?」
「いや」
この美しい獣を従えるのは大変そうだから、は即座に首を振った。ベッド下のカラーボックスにあるのだ、と言うと馬岱はに軽い口づけをして漁り始めた。目当てのもの以外にも入っているので、はいつ突っ込まれるだろうかとひやひやしながらその時を待った。がしゃがしゃという音と共に這い上がった馬岱はひどく嬉しそうな顔をしていた。
「いやらしい子だなあ、は。こんな玩具で遊んでたんだ」
手に持っているのはローションと、ちょっとしたディルドだった。それに小さなパッド状になっているものは乳首用のバイブレーターである。勿論が寂しい性生活を慰めるために使っているものだった。
「そうだよ。お前みたいに相手がいないからな」
「いないんだ!」
ぱっと顔を輝かせた馬岱に、しまったとは舌打ちしたものの、もう遅かった。それなら余計に満足させてあげなくちゃね、とうきうきとした調子で馬岱が玩具を床下に置く。どうやら今回は使う気がないらしかった。今回は、と心の中で呟いては笑った。まるでこれから先も彼を許容するかのようではないか。勿論お断りだ。王子様に夢を抱いたままでいたかったというのは昼間の仕事に対する感想と一緒で、はこんな夢のような出来事をさっさと忘れたかった。馬岱が言うように、きっと自分は心の底から馬岱を恋い慕ってしまうだろう。それでも当然のように馬岱からの愛は返ってこないのだ。そんな辛いことがあっていいだろうか。
ローションがへそから下に流し込まれて少しの冷たさにが身をよじる。上からそっと慰めるように馬岱のあたたかな手がなぞっていった。よく見れば馬岱はもう素っ裸になって臨戦態勢である。いつの間にそんなことができるとは、矢張りできる男は違うとは頓珍漢なことを思った。
「体もなかなか相性良いみたいだし、気に入ったよ。劣等感に塗れて俺のこと見るのも、いやらしいのも全部気に入ったよ」
「っ、ぁ、だめ」
「だめ、じゃなくて『よろしくおねがいします馬岱さま』って答えるところでしょ」
ぐ、とぬるぬるとした指がの下半身に入り込む。水曜日にそこで遊んだばかりなのでまだゆるいのか、菊門はやすやすと扉を開いて馬岱を迎え入れた。浅い場所にある前立腺をぐりぐりと抉られれば、の口から悲鳴が上がる。初めて不細工専門の男に嘲笑うように嬲られた日がフラッシュバックし、は自分が不幸なのだということを強く自覚した。なまじっか、見た目が悪いせいでこのざまだ。何故自分は少しでもまともな人間と添えないのだろう。矢張り整形するしかないのかもしれない。馬岱と同じ顔にしたらどうなるだろう、と馬岱を見やれば、思った以上に余裕のない目とぶつかった。の媚態に欲情しているのだということはすぐに知れた。愉快だった。
「俺の中に入れたいんだな、馬岱は」
「そりゃね。そのためにここまでしたんだし」
「それだけの価値が俺にあってよかったよ」
入れれば、と投げやりに言うと馬岱の目が丸く開かれる。こんな物言いをされたことはおそらくこれまでなかったに違いない。何せ王子様なのだ。驚いて固まっている馬岱に笑うと、は入れないのかと開いた足を閉じかけた。とたん、慌てたように制される。馬岱のものは萎えていない。本気で入れたいのだろう。
「入れるってば。…あーあ、計算外だな」
「顔が悪いから卑屈になるとでも思ったかよ」
本当は卑屈にもなったのだがお前の表情に助けられたのだ、とはは言わなかった。立場が逆転する様はおかしかった。ぐ、と唇を引き結ぶと馬岱は黙っての中に自身を突き入れた。容積の大きさにが少し目を見開く。丁度いい具合に前立腺がこすられるのが心地よかった。人の暖かさをそこで感じたのはいつぶりだろう。玩具で遊んでいるせいでゆるんでいるので馬岱は気付かないだろうが、以前の逢瀬は入社前だったはずだ。単純計算で6年も前のことで、は気持ちがよくて仕方がなかった。馬岱が舌打ちして乱暴に中を突く。
「今度の仕事、俺と一緒にやろうね、」
「は、ぁ、あ、なん、で、」
「君を落とす」
「おことわり、ひぁああっ…そ、れに、俺はばちょう、どの、とやろうとおも、って」
「若?ならなおさらだめだよ。俺と同じ趣味だから」
きっと君のことを落としにかかるよ、と言うと馬岱はに口づけた。世の中物好きな人間というか、人として崩壊している人間がよくもまあ集まるものだ。変人奇人の多い自分の会社のことを思い出して、は今更だろうかとため息をついた。馬岱の言うことが本当ならば、どちらを選んでも安泰ではなさそうである。ならば、好みの人間と付き合う方がまだましという訳で、そういう意味では馬岱でも良いのかもしれないとは馬岱の首に自分の腕を絡めた。
「俺とやる?」
「落とさない、なら」
「それは聞けない」
ぐ、と馬岱が最奥を突いたかと思うとの中ではち切れた。衝撃を受けて、感染するようにも射精する。おかげでシャツと上着にかかってしまったことに気づき、は泣きたくなった。一旦洗ってからクリーニング屋にだすしかないだろう。馬岱に支払わせよう、と思ってると、馬岱がベッドサイドからスマホを取り出した。
「はい、いい顔見せてね。うーん、エロいよ。抜けるね」
「は?」
パシャパシャという奇怪な音がしたかと思うとはフラッシュを浴びていた。所謂ハメ撮りというものだとが気付いたのはすぐだった。
「お、まえ、なにして」
「何って、今日の記念だよお。がこれからもお付き合いしてくれるかよくわからないし?それに、若にも牽制しとかないとねえ」
「ばらまくつもりか」
「それはの態度次第」
「ば、馬鹿じゃないのか?」
「本気だよ。俺は君を落として、貶めて、俺だけが君の世界になるようにしたい」
「意味が分からん…セフレになれば良いのかよ」
「それは第一ステップ」
君を落とすと言ったでしょ、と言うと馬岱はスマホを丁寧に横に置いてを裏返した。腸壁が引きつれて、痛みにがうめく。後背位はあまり好きではなかった。の尻を高くあげさせると、馬岱はスムーズに動き始めた。
「研修の時から目を付けてたんだからさ、若にとられる訳にはいかないよね」
「なんで、」
ゲイとばれたのだろう。同類だからわかるのだ、と言われてもには解せなかった。には馬岱がバイだということを見抜けなかったのである。勿論馬岱にれっきとした彼女達がいたせいもあるが、自分への接し方に特別なものは何もなかったはずだ。逆もしかりで、が気兼ねなく接するのは関平や関興等の関家の兄弟や趙雲くらいのもので、これまた他意はない。ゲイであることは誰にも漏らしていないし、合コンにも三枚目というか、いい引き立て役として参加もしている。
「俺を見る目が女の子と同じだったから」
それは王子様だからだ、とは心の中で毒づいた。他の男子にだって、同じような目つきの人間はいた。ならば他の男にも同じようにするかと言えば、そんなことはないだろう。馬岱がバイだということが公言されていないということは、ばれていないということだから、口が軽い人間は相手にできない。ましてや個々人の能力がプロジェクト内で閉じてしまっているせいで、会社内の評価が営業成績と社内の噂に頼っているこの会社ではそんな事実が流布してしまったら大変だ。と、なれば動物のような勘に基づくのだろうか。馬岱ならばありえそうな話だ。
「実際、女の子と同じだったのは都合が良かったけどね」
「そりゃどうも」
「性格は予想外だったけど、面白いからいいや」
「上から目線だな」
目を閉じると、は目の前の行為に専念することにした。今回は、ある意味馬岱の勝ちだった。
あとがき>>
と、いうわけで性懲りもなく馬岱でむくわれない系です。最後にむくわれるかどうかはまだ決めてない、がハピエン主義なのできっとむくわれる気がします。ただ健気なだけじゃなくて、しぶとい感じの受けが書きたかったので、これまでにない性格にしました。
また、今回はリアリティを追求すべく、ただのパロディではなく、現職が舞台です。そう、普通の会社員がよくわからなかったんだよ!そのせいである意味解りにくいこともあるかもしれませんが、できるだけ謎に満ちている(らしい)現職についても触れつつ語っていければなと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!