DREAM NOVEL
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嘘でも良いから、必要だって言ってくれ


薔薇の蕾が凋むまで/5


 誰かに求められるのは嬉しい。たとえ、理由が何であってもだ。好きだと言われれば嬉しいし、愛していると言われれば舞い上がってしまう。ましてや普段から与えられていなければ尚更だ。はまさにその通りの人物で、全てにおいて飢えていた。ありのままの自分で受け入れてほしいし、注目してほしいし、特別にあつかってほしかった。運が悪いのは、そこを馬岱という一見素敵な悪漢に狙われてしまっていることだろう。

「おはようさん。ささ、今日はどこ行きたい?」
「……昨日人をさんざん疲れさせておいて言う台詞かよ、馬岱」

がばりと起き上がったとなりの人物に毒づくと、はベッド横の時計を見た。まだ8時である。馬岱とつるむようになる前、土曜日の朝は寝過ごすことがきまりだったのだが、今ではすっかり変わってしまっていた。の悪態も無視して馬岱は勝手知ったる様子でベッドを出ると、手早く衣類を身につけてゆく。そう、の家には今では馬岱のものがあふれていた。服に始まり靴に仕事道具、これでは半分同棲しているようなものだ。その証拠に、馬岱は毎日のようにを抱くし、と一緒に仕事に出かけている。馬岱は素敵な恵比寿の家に住んでいるはずなのだが、それが無駄になることなど気にならないらしい。

 勿論馬岱がを愛しているからではなく、全ては馬岱のゲームをうまく進めるためだけの戦術にすぎない。それでもこうして馬岱が朝食を準備し始めるとは幸せを感じてしまうのだった。馬岱がの心情に気付いているのかいないのか、李典が出現したことをきっかけに躍起になっているがとっくのとうに自分の心は馬岱に傾いているとは感じていた。ただ、それをはっきりと告げてしまえばこのゲームは終わりだし、多分言ってしまえばは後に戻れなくなってしまうだろう。そうならないための李典であり、彼との先に開けた未来だった。

「そりゃあ、明日李典殿と出かけるって聞けばがんばらない訳はないでしょ。……はい、ごはんできたよう!」
「ありがとさん」

ようやっとベッドから起き上がると、適当にその場にあったパジャマをまとってはテーブルについた。今日の朝食はアメリカンブレックファストらしい。トーストしたライ麦パン(馬岱の主張による購入であっての趣味ではない)、マーマレードジャムに悪趣味なケチャップのハート模様がついたスクランブルエッグ、一緒に温めたらしいロースハムがついている。昨日の夜一緒に買ったオレンジが彩りを添えていた。ご丁寧にグレープフルーツジュースとホットコーヒーも淹れられている。

「いただきます」
「はい、どうぞ。……ねね、こういうこと李典殿にはできないでしょ」
「さあなあ。一緒に暮らしたことないし、わからんよ。案外和食派かもな」
「そういう話じゃないってば。ほら、おべんとついてるよ」
「ん、どこ」
「ここ」

ひょい、と馬岱の綺麗な顔が近づいた、と思うとねろりとした暖かな感触がの唇をかすめた。

「ごちそうさま」
「な」

の顔が一瞬で赤く染まり、馬岱はけらけらと明るい声で笑った。あんなことやこんなこともしているというのに、今更何を恥じらうのだと言いたいのだろう。だが、にとっては恋愛ごっこですらも刺激が強いのだから仕方がない。特に、自分の顔を強く思えば思う程口づけには臆してしまう。馬岱は下心があるからこそに触れることを気にしていないのだ、ということは解っているのだがそれでも気持ち悪いだろうと引け目を感じてしまう。まさにの引け目につけ込む馬岱の思うつぼだった。

「ほら、早く食べないとこのままを食べちゃうよ」
「やめろ。そんなことをしたら、」
「したら?」
「……明日、曼成と会えなくなるだろ」
「まだ会う気?」

面白くなさそうに言うと馬岱はぶすりとフォークでプチトマトを差した。勢い余って野菜の汁が馬岱の顔に飛ぶ。赤い飛沫は血のようで、は馬鹿のようにこんな時でも馬岱は綺麗なのだと感嘆した。ついで、自然な動作で誘われるように馬岱に近づくと、は先ほどの馬岱のようにその頬に飛んだ汁を舐めとった。舐め終わって離れたを、馬岱は唖然とした様子で見ていた。

「っ……、不意打ちはずるいよ」
「何が?」

ぺろりと乾いた唇を舐めると、追いかけるように馬岱が吸い付いてきた。角度を変え、舌を捕まえられて思い切り吸われる。ぼうと頭の芯がぼやけ、はまずいなと顔をしかめた。気持ちがいい。

「デートもしたいけど、このまま一回は食べちゃいたいなあ」
「俺一人で出かけるぞ」
「またまたあ。ここもう勃ってるよ」
「ゃあっ」

きゅ、と胸の先を摘まれては思わず喘ぎ声を漏らした。とたん、馬岱の顔に満面の笑みが浮かぶ。パジャマのボタンを外してはだけさせると、何を思ったのか手近なフォークを手に持った。

「……何をする気だ、またろくでもないことだろ」
「まっさかー。気持ちいいことだよ」

つん、との胸をフォークの先でつつくと、馬岱は笑って胸への愛撫を開始した。尖った先で突かれ、平たい部分で押しつぶすように弄られれば胸への刺激に弱いはすぐに音を上げてしまう。もう片方はスプーンで苛まれていて、は頭がおかしくなりそうだった。本来そういった目的で利用されるものではない、という抗議は甘い口づけでごまかされてしまう。単に振り払ってさっさと着替えて出かけてしまえばなんということもないのに、自分から胸を差し出すようにしている自身を、は我ながら淫乱だと薄く笑った。こんなことは、本当に以前の自分ではなかったことだ。何せ相手もいない。全ては馬岱のせいだ。それなのに、自分を突き放すためだけに愛する振りをするなどとこの甘い唇は言う。ひどい話だった。

「んー、こういうプレイもいいけど、やっぱ直接弄る方が好きかなあ」
「ひゃぁぁぁ」

じゅう、と乳首を吸われては静かに自分が達したのを感じていた。それは馬岱も解ったらしく、笑うとぐしょぐしょになったパジャマのズボンに腕を突っ込み、戦利品のように性器をさらけ出した。

「ほんと、感度良いよねは。これで今まで一人だったってのが疑わしいくらい。ま、その顔じゃ仕方ないか」
「う、うるさっ、んんんっ」
「はいかわいいかわいい」

乱暴にスボンを脱がせると、馬岱は荒い息をに吹きかけた。興奮しているのだ。毎度ながらに自分に欲情できる馬岱がおかしくも愛しく、は小さく笑った。この男をこんな風に余裕なくさせてしまうのは自分なのだ。食卓のバターをとると、馬岱がそれを掬っての後孔に塗りたくる。朝からなんというプレイだろう、とめまいがしながら昨晩の続きにすぎない行為にはすぐに体を弛緩させ、馬岱を迎え入れた。の腸が覚えていた馬岱の性器を嬉しそうにきゅうと抱きしめる。前立腺が否応なしにこすられ、じらされ、は馬岱の思うままにもだえた。ロウテーブルに時折足があたって食器がかしゃんと音を立てる。少し性急な動きで馬岱が果て、はそっと添えられた馬岱の手の中で自分の欲を吐き出した。こういうところは妙に丁寧な男なのだった。




 次にが復活できたのは昼前だった。年相応ではないかとは思う。馬岱はといえば相変わらずの絶好調で、を文字通り平らげた後、少し余韻を楽しんだだけですぐさま後片付けを行っていた。途中までだった朝食を下げ、の体を拭き、着替えさせる。手慣れたものだった。つるむよういなってまだ二ヶ月あまりしか経っていないというのに、馬岱はの家を隅々まで熟知していた。

「今日は少し遠いけど、横浜にいこっか。車じゃなくてごめんね。元々は借りようと思ってたんだけどさ」

君に夢中になりすぎて時間をかけちゃったから、と甘い言葉をささやくと馬岱はを山手線へと誘った。駒込は東京の北側に位置する都心とは言いにくい地域だが、新宿や池袋にすぐにアクセスできるところが魅力的だ。横浜は新宿から一本で行ける。

休日の昼間であっても山手線は混んでいた。とはいえ平日程ではないから、閉じたドアの側に立つと、は改めて馬岱を見た。昼の陽光にカールした髪の毛が光って美しい。服装はと言えば、ストリートファッションを大人にしたような様子で、メゾンキツネのモチーフがあしらわれた白い木綿のシャツにマッキントッシュの緑のカーディガンを羽織り、アクネストゥディオズの黒のクロップトパンツ、マルジェラのグレーのスリップオンという隙のない出で立ちだ。一つ一つは地味なのだが、解る人には金をかけておしゃれに気合いを入れていることがわかる出で立ちだった。ただ、残念なのは季節が季節なので、上から黒のコートを羽織っていることだろうか。ただ、前は全部締めていないので、魅力が全部隠れているというわけではない。何度も言うが、顔だって美しい。現に車内では既に何人かの女性が馬岱に注目していた。一方はと言えば、適当にセレクトショップで買ったジーンズにシャツ、馬岱がうるさいので仕方なく買った型違いのマルジェラのスリップオンを身につけている。残念すぎることは、の場合は大学進学で親に買ってもらったラルフローレンの茶色いコートにバーバリーのマフラーという高校生も真っ青な武装をしていることだろうか。自身の格にはちょうどいい出で立ちだとは思うのだが、矢張り馬岱の横に並ぶと見劣りして見えた。

「ね、今度帰りで良いから痴漢プレイしない?」
「しない」
「だよねえ。俺も外聞は大事だし……でも見てるといたずらしたくなるんだよね」

衆人環視の下で馬岱はの腰を掴むと、さも労るような様子でもんだ。瞬間、の中でスイッチが入りかけて緊張する。苦笑いして離そうとすると、手指が巧みにの手指に絡まった。困窮して顔を赤くすると、馬岱がそっと小さな声で呟いた。

「ほら、また物欲しそうな顔してる」
「してない」
「してるよ」

笑うと今度こそ馬岱は手指を離した。もう新宿だった。人の流れに押されるようにして電車から降りると、と馬岱は黙って湘南新宿ラインに乗り換えた。横浜へと向かう電車は更に若者が多く、行き先の活発さを思わせた。横浜は矢張り遠い、と思うもはあまり苦痛には感じていなかった。これだけ毎日いるというのに馬岱の話はつきないのだ。子供の頃の話、恋愛観、ファッションやデザインの話、旅行の話等つきることを知らない。には縁遠い話も多かったが、馬岱の話しがうまいのでついのせられてしまう。は趣味が少ない。学生の頃から続けている宇宙パズルや、それこそ子供の頃からやっていた水泳等は趣味か特技に入るかもしれなかったが、地味は地味だ。自転車に乗るけれどもママチャリに乗っているようなものである。ロードバイクですらない。

「横浜のどこに行くんだ?」
「うーん、まずはみなとみらいでしょ」

でもその前に、と言って馬岱は近くのデパートの地下食品街に向かった。目指すはしゃれた弁当らしい。馬岱の地元は横浜中華街だけあってこの辺りには詳しいらしかった。飲み物に甘いものも馬岱が選び、三十分もしないうちに二人は地下鉄に乗っていた。

「最近実家には帰ってるのか?」
「うーん、近いからねえ。二ヶ月に一回は顔を見せてるかな。親戚の集まりも多いし。は?」
「軽井沢なんだけどさ……遠すぎでもないんだけど、つい足が遠のいてるんだよなあ」

両親には自分が男性しか愛せないことは既にカミングアウト済みで、意外にも穏やかに受け入れられてはいるのだが、の方が居心地の悪さを感じていた。故郷は夏は涼しく冬は楽しくスキーが楽しめるという一般的には非常に羨望の的となる保養地なのだが、既に結婚している弟の存在も相まっては一年に一回帰っていれば良い方である。軽井沢と聞き、一般的な人がそうであるように馬岱も目を輝かせた。

「うわあ、いいじゃんいいじゃん!ねね、今度週末に行っても良い?」
「……軽井沢くらい、今までも行ったことがあるだろ」
「冷たいなあ。穴場とか紹介してよ」
「気が向いたらな」

遠回しに旅行に誘っているのだ、ということは解っていたがはすげなく断った。両親にも親しい友人にも既にカミングアウトしたとはいえ、ここは日本であり、性に対して開かれているとは言いがたい。横浜にはそれ系の人間が多いのですぐ解る通り、自分と馬岱も危うい雰囲気を持っていることをは自負していた。ただ、馬岱と自分の場合は馬岱が異様に優れた容姿をしているので余りの不釣り合いさに人は常識に照らし合わせてとの関係などないと考えるだけのことである。地元に行ってもそう見られるかどうか、には自信がなかった。何せ、自分の身分は知られているのである。

「李典殿と抜け駆けして行こうなんてしないでよ。ご両親に紹介する権利があるのは俺なんだからね」
「だから、そういう関係じゃないだろ」

極めて冗談に聞こえるように注意して返すと、李典ならばどうするだろうかと思案した。多分、李典はもっと甘い言葉でを誘うだろう。そうしてうまく両親にも紹介して、丸く納めてしまいそうに思われる。馬岱は大仰しくていけないな、と考えながらはみなとみらい駅で降りた。みなとみらい駅で降りるのはにとって指折り数える程度でしかなく、いつ来ても新鮮な感覚に襲われる。一方地元民の馬岱は何の感慨も抱いていない様子ですっすとを案内していった。象の鼻公園というのが向かう先であるらしい。

「今日は天気がいいし、暖かい方だからね。海でも見ながらご飯食べよう」
「いいな」

の地元には海がない。海洋国家日本にあって数少ない内陸地方の出身なのだ。そのため、新鮮な海の魚介には人一倍心惹かれるし、海遊びなど贅沢の極みのように思われた。その旨を馬岱に告げたところ、意外だ、と目を丸くしながら夏には海で遊ぼうと宣言した。湘南にでも行こうということらしい。鎌倉を始めとした湘南地域等、にとっては全くもの知らない場所であるから、二つ返事で承諾しておいた。旅行に行くことはまだはばかられるが、日帰りで遠出するくらいならばまだ良いように思われた。

 駅からは大分歩くことになってしまったが、象の鼻公園というのは思った以上に開けて綺麗な場所だった。海に突き出た突端がなるほど象の鼻のように湾曲している。丁寧に育てられた芝生が心地いい。シートを広げると、は馬岱の広げた総菜達を横目で見ながらワインを開けた。グラスがないことは残念だったが、この心地よい天気の下ならプラスチックカップだって十分だった。ワインは白。広げられた寿司に良く合っている。

「ん、おいし」
「でしょう。俺、ここのお寿司好きなんだよね」
「……お前が女の子にもてるの、本当に良く解るよ」

嫌みではなく心の底から思って言うと、馬岱は嬉しそうに、でしょうとうなずいた。

「俺は研究してるからね」
「何のためにだ?」
「うーん、なんでだろうね」
「まあ、なんだ、その、元が良いからって胡座をかくよりはすごく良いことだとは思うけどさ。俺みたいなのが努力するのとは訳が違うだろ。それに、お前の悪趣味はよくわかったけど、なんで奥さんとかもらわないんだよ」
「聞くねえ」

寿司を摘むと馬岱は実に美味しそうにむさぼった。育ちもいいのか食べ方はいつだって綺麗だ。つくづく自分とは生きている世界が違う、とは感嘆した。さしずめ漫画で言うなら二人は絵柄が違いすぎる。布巾で手を拭うと、馬岱は少し考えた風で話し始めた。

「……ひとの気持ちって、すぐにかわるでしょ。つなぎ止めておくには努力するしかないよ」
「そうだな」

も顔や自分の性癖で大分苦労したので、言っている意味自体は素直に理解できた。本当に些細なことで人の心は変わってしまう。どうかそのままでいてほしいと何度願ったかしれない。多分、馬岱にはそういった経験が意外ではあるが、なにがしかの形であったのだろう。が馬岱をすごいと思うのは、頼りない人の心に対して努力を傾けようとする前向きさだった。はすっかりあきらめてしまっていて、期待されないことにも慣れている。頼れるのも好いてくれるのも自分だけなのだ。

「俺も、その対象の一人なのか?」
「そうだよ」

はカップを置くと、馬岱に顔を近づけた。

「なるほどな。それで、お前は俺で試したいのか。絶対に裏切らない相手ができるかを」
「うん」
「ばかだなあ」

自分ならまだしも、馬岱なら大丈夫だとは太鼓判を押してやりたかった。何が過去にあったかは知らないが、社内外での馬岱の名声は輝いているし、見た目はまだまだこれからだ。おまけにバイなのだから、その気になれば結婚だってできる。社会的には肯定されることこの上ない身分であるのだから、心配しなくていいと、自分になぞ時間を使わなくていいとは言ってやりたかった。

「早くいい人が見つかると良いな、お前。だからさ、俺に関わってないでちゃんと自分の時間も作れよ」
「駄目だ」
「おい、」

笑って離れようとしたの後頭部を掴むと、馬岱はひどく真剣な表情でを見つめた。目の色が深く暗い。自分の知る馬岱はこんなにも陰があったろうか、とは思案した。

「君は俺から離れちゃ駄目」
「……あのさ、俺明日曼成とデートするんだけど」
「言わないでよ」

ちゅ、と軽くに口づけると馬岱は離れた。とてつもない衝動が襲っているのに努力に努力を重ねて我慢しているとでも言うような様子の馬岱は珍しく、は場を取りなすようにチーズに手を付けた。地元軽井沢では有名な沢屋のジャムを塗ると、よりいっそうチーズのうまみが増す。クラッカーの上に丁重にのせると、は馬岱にも勧めた。

「あーん」
「そ、そんなことでごまかされないんだからね!」
「いいからいいから。食え食え」
「……あーん」

ぽん、と優しくクラッカーを馬岱の口に入れてやると、はごろりとシートの上に寝転がった。本当に綺麗な青空が広がっていた。すぐそばには海があって、海鳴りがしている。山野の出身であるにとってはひどく新鮮な感覚だった。

「なあ、馬岱」
「うん」
「もし俺が、お前のことをずっと好きでいたら、お前は俺を愛してくれるのか?」
「だったら良いんだけど」

多分無理、と馬岱は残酷なことを言った。こんなにも甘い雰囲気であるというのに、だ。少しでも淡い期待を抱いた自分をは恥じた。矢張りどんな背景があろうとも馬岱は最低だし、自分にとっては疫病神である。

「なら俺もお前を好きにはなれないな」
「嫌だよ」
「我が儘言うなよ。俺は一方的な関係は嫌なんだ。だから、曼成と」
「曼成、曼成ってうるさいよ」
「っ」

す、と目の上を手のひらで覆われては焦った。馬岱の声が冷えている。確かに、名目だけとは言えデートをしている手前、他人の名前を出すのは良いこととは言いがたい。振り払わずに馬岱の手の甲をなでると、は悪かった、と小さな声で詫びた。

「君を愛さないとしたって、俺にだって独占欲はあるからさあ。良い子にしなよ」
「うん」

そうでもしなければ、明日の外出を許されそうにもなかったのではすぐさま諾と返した。海鳴りがする。馬岱の男らしい手からも潮のにおいがするような錯覚をは覚えた。端から見れば自分たちは立派なゲイカップルに見えるのだろうな、とどうでも良いことを考えてはようやく馬岱の手をどけて馬岱を見た。気分を害しているらしく目つきが険しい。

「あーあ、ここに誰もいなかったらめちゃくちゃお仕置きしてあげられたのになあ」
「……なんでもかんでもすぐにエロに結びつけるあたりが若いな、お前」
が枯れてるだけだよ」
「そうかもな」

男子高校生のような会話だ、と思いながらは寿司を摘んだ。明日はどこで何を食べるのだろう。李典はどんな風に自分を誘うのだろう。あるいは自分が提案すべきか。馬岱に注意されたにも関わらず、頭の中は李典のことでいっぱいだった。知ってか知らずか馬岱は折に触れてに触れる。きっと物理的にもとの関係を確かめたいのだろう。それくらいで良いのだ、とは残酷なことを考えていた。互いが互いに関心を持って初めての心の安寧があると言えた。明示的にが馬岱に好意を伝えたならば、きっとこうはいかないのだろう。だったら一生伝わらなくて良い、と思う程度には馬岱を好きになっていた。救いようがない。

 少女漫画のように、デートをして手をつないで笑って大好きだと言い合って確かめ合って一緒に歩んでいけるだなんてどうしようもない幻想だ。船に乗ろう、という馬岱に誘われるようにしては食事と一緒に自分の思考を片付けた。良い日だった。


〆.

あとがき>>
 大分間が空いてましたが、忘れてた訳ではない。自分の仕事が全然違うものになってしまったものの、延々とこれは!続けますよ!ええ。馬岱は遊びなれてるから、遊びたくても遊べようもなかった主人公を滅茶苦茶翻弄できると思ってます。甘やかし続けてから突き放すのは簡単なのに、きちんと本音も言っている辺、優しいというのか、それとも自分の中で予防線を張っているのかはどちらなのか。次回は李典とのデート編です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!