御身を大事に、御自愛なされよ
輸血袋の適合試験
有象無象入り乱れたカルデアでは、男女同性異種問わずに実に奔放な世界が繰り広げられている。なにせ世の歴史と神話、伝説を震わせてきたサーヴァントたちが自由気ままに闊歩しているのだ。影響がないはずもない。現代の生身の人間たちはやや控えめだが、中にはサーヴァントたちと戯れる人間も存在しており、の唯一の家族である弟もまたその一人であった。
「ごめんよ兄貴、どうしても兄貴の力が必要なんだ!一生のお願いだから!」
「その一生のお願いとやらを俺は死ぬまでに何回聞けばいいんだろうなあ?お兄ちゃんはお前が思ってるよりもおじさんで無能だぞ」
手を合わせて頼み込んでくる弟・和也(かずや)をけんもほろろに突き返しながら、は困ったものだと天を仰いだ。こと理性的に物事を判断すると大評判である弟は、どこかでトチ狂ったらしくクー・フーリン・オルタと出来上がってしまったらしい。人生バラ色なのは兄としても涙が出るほどありがたい話だから、は面と向かって祝ったものだ。ただ、物事には影響というものが存在していることをすっかり忘れていたのである。
なぜ、魔術師ではなく一研究者に過ぎなかった和也がオルタと縁付いたかというと、このカルデアでの魔力供給問題の一助となるべく、和也が自らの体を魔力供給炉代わりにして大量に魔力を必要とするサーヴァントの供給補助に当たったことによる。元は他のサーヴァントにも、という話だったのだが、高火力かつ頻繁に駆り出されるオルタ専用になり、身も心も彼のものとなったのだった。めでたい。しかし一方でカルデアでは一人、また一人とサーヴァントが召喚されてその能力を遺憾なく発揮させられている。先日は昔の日本で帝都を駆け巡り、イベントとやらをこなした結果として二人ほどマスターたる藤丸立香が連れて帰ってきていた。坂本龍馬と岡田以蔵、どちらも日本人であるにとって馴染み深い存在である。もっとも、高校で世界史を選択していたが知っているのは小説や映像作品に映る彼らに過ぎないが。
同じ日本人ということもあり思うところがあるのだろう、立香はひどく彼らに入れあげたと聞く。営繕を一手に引き受ける総務の一人課長であるが知るほどだから想像に難くはない。ただ、連れ回すにはあまりにも息切れしてしまい、立香がSOSを出したのだった。もちろん、和也はオルタと引きはがせない。他にちょうどいい人間は、ということで和也が懇願した相手がである。理由は単純、は研究職でも魔術師でもないが、和也と極めて似た体質で魔力を溜め込むのに最適、なのだそうだ。自分の肉体をそんなわけの分からないものに変えることは恐ろしく、うんと頷くには難問だろう。
「そんなこと言わないでくれよ、兄貴。立香君があんなに困っているのを見て心苦しくはないのかい?一人で世界のために立ち向かっているんだ、できる限りサポートしてあげたいよ。少なくとも、俺はそうだし、情深い兄貴だったらわかると思う」
「泣き落としは効かないし、褒めても何も出さないって!そりゃあ確かに少年が苦しむ姿は見られたもんじゃあないが……痛いんだろ?」
「その辺はしっかり研究し尽くして改善したから安心してくれ。兄貴を痛い目になんて合わせないよ」
「ううん」
なんやかやと言いながら、小さい頃からは弟に弱い。お願い!と手を合わせる弟は可愛くいじましく可哀想だった。白旗を上げるのはそう待たせることではなく、は痛いものではないならば構わない、としぶしぶ承諾した。和也が狂喜乱舞したのは言うまでもない。その姿を見るだけでも自分は頑張る価値がある、と微笑んでは頬を掻いた。弟が呼んだのだろう、慌てて来た立香もの手をとって礼を述べてくる。もはや逃げることは許されない。緊張から背筋を震わせ、は自分が誰につくのかと尋ねた。ひょっとすると不特定多数を相手にする羽目になるかもしれないが、弟の様子からして一人ではないかと望みをかけていたのである。体がボロボロになる前提だとしても、それはゆっくりであって欲しかった。
「安心して、さん。さんにはその時に一番育てている人に付いていて欲しいから、時期によって相手は変わるけどずっと一人だと約束するよ。体に負担がかかることだしね。最初は以蔵さんについててもらいたいな。以蔵さん、これからはさんにさっき説明したサポートをしてもらうよ。お互い仲良くね」
「了解じゃ、ますたあ。ちゅうたな、ほんならよろしゅうしてつかあさい」
「頑張ってサポートするから、よろしくお願いします。戦闘にでたことがないから最初は足を引っ張るかもしれないけれど、君が頼りにできるようになると約束するよ」
我ながら大見得を切ってしまったな、とは心の中で舌打ちした。どこか影がありながらもキラキラとした目をした、見かけだけは年下の男がどうにも可愛く見えてしまったのがいけない。弟と同じように喜ばせてやりたいと思うなど不謹慎極まる。目の前の男はある意味においてはの主人に当たるというのに、余計なことは考えない方がいいに決まっていた。
「ほうか!期待しちょるき、頑張っとうせ」
「はい」
しかし具体的に何をどうするのかさっぱりわかっていないとも言えず、はただあほのように頷いた。弟が、立香が嬉しそうに笑っている。この中で保身を図ることは難しいだろう。泥沼に自らはまり込んだのはの方だ。弟が言う通りに何事もなくことが進めば良いのだが、と胸の内で嘆息することしかできず、はただ微笑みを顔に張り付かせた。
こうして始まった新しい生活なのだが、確かに弟が言ったように楽は楽であるらしかった。ポットの中に寝転がっていれば魔力は体に充填されるし(ただしこの充填されるという感覚はどうにも奇妙で慣れない)、それを立香に渡すことも容易である。痛みもなければ苦しみもない。しかし問題はその先で、和也も散々苦労したとは聞いていたが、肝心のサーヴァントに渡すことがどうにもうまくできなかった。以蔵とは顔見知り程度であり、絆らしいものはない。故に粘膜云々を媒介することは不可能である。自然以蔵がの体を囓るなり切ってカケラを喰むなりすれば良いのだが、意外にもNGを出したのは以蔵の方が先であった。
「いかん。痛いのはいかんやき」
「痛くないように兄貴の体は変えておいたから、そこは心配しなくて良いよ。俺も苦労したからね、兄貴には辛い目にあって欲しくないんだ」
「人の腕をもいだ後でよく言えるな?痛くはなかったけどさ、それにしたって乱暴だろう」
「いやあその方がわかりやすいかなって思って」
人を散々斬ってきたであろうにも関わらず顔面蒼白で首を振る以蔵、のほほんとしながらも残虐なまねを平気でした弟(彼はもともと感情的行動への理解が薄い男であり、オルタとのことは異例中の異例なのだ)、それを面白そうに眺める立香に挟まれてはほとほと困惑した。オルタが和也に命じられて斬り飛ばされた左腕を拾うと、はつくづく自分という生き物が人間ではなくなってしまったらしいと感じ入った。それこそ弟が言うように行きた血袋という言葉がふさわしい。痛みもなければ血も流れず、切り口からは何かホワホワと流れ出ているようだ。この分であればくっつくのも容易かと切り口と切り口をすり合わせたが、当たり前のようにくっつくことはなくてさあっと顔から血の気が失せた。
「あ、ゆっくりだけど生えてくるから安心してくれ兄貴!だからね、以蔵さん。もったいないからこれを食べてもらった方がいいんだ……時間が経ったら霧散しちゃうんだよ」
「わしはほがなことはせん!わしは確かに人をこじゃんと斬った。けんど、人を食ったりはせん」
「要するにビジュアルの問題って話だ、和也。いきなり腕を食べろって言われたら俺でもドン引きするぞ」
「確かに兄貴の腕は不味そうだもんなあ。あ、ごめんなさいごめんなさい!流石にわかったってば!他の方法を考えておくよ」
無用の長物となったもげた腕を投げてやれば、流石の弟もわかったらしい。その腕も研究に使うのだと言い放つ弟は本当にマッドサイエンティストと呼ばれるにふさわしいとは思った。頭が良すぎるというのも考えものだ。和也とオルタが仲良く去って行くのを見届けると、は未だショック状態を抜け出せない以蔵を見遣った。思えば可哀想な生け贄なのは彼の方かもしれない。片腕を失ってバランスがうまく保てず座り込むと、慌ててこちらに駆け寄ってくる青年はまるで飼い犬のようだった。
「大丈夫がか!こげな真似、拷問と同じぜよ。おまんが何をしたがか?のうが悪いき」
「心配しないで良いよ。一応その辺は優秀なんだよなあ、あいつは。まあ俺が何をしたかと言えば、弟の育て方を間違えたとしか言いようがないな。以蔵さんもびっくりしたろ?頭でっかちに育てたもんだから、理にかなっても情にかなわないことがわからないところがあるのさ。乗りかかった船だ、泥舟だろうが俺は最後までやるよ」
「そんなん言うたち、わしはおまんを食べとうない。噛むんも嫌じゃ」
「言いたいことはわかる」
実際はそうでないとしても、人肉食に見える殺伐とした情景はの望むところではない。立香が口付けですませるように瞬時に問題なく終われるものでなければ実戦に耐えられないからだ。欠けた部分の再生に時間がかかるならば尚更だろう。美味しい味にはしておいたんだよ!と言う謎の太鼓判は弟があほの証拠だとは考え始めていた。軽く噛んで魔力を吸い上げてもらうことが手っ取り早いのだが、むくつけき男を囓る趣味はないと言うわけである。心情は察して余りあるために、も強くは言い出せない。
「よし、以蔵さん。仲良くなろうか」
「は?」
「面倒なことを忘れてぱあっと遊べば気分も良くなるってもんだろ?腕も戻ってきたし、遊びに行こう」
「のかなことを言いゆう。えいよ、遊ぶんはえい。おまん、酒は強いがか?」
「もちろん」
この岡田以蔵という男はどんな人間だろうか。は目を細めながら、以蔵の性質を把握するために観察することだけを考えていた。人斬りと呼ばれるにも関わらず存外情があり、一度気を許せば転がり込むような純粋さもある。楽しいことには弱いらしく、反面痛みや苦しみには弱いのだろう。だから、の体を斬り刻むような真似はしたくないというわけだ。は学こそないものの、人を見る目はそれなりにある。弟が心配で心配でこのカルデアに来る(後に起こったあれこれを思えば大正解である)前のの職業には何より必要なものだったのだ。
「賭け事も大好きさ」
「おお!なんやち、あれの兄貴じゃちゅうき、けったいな奴じゃ思うとったが、おまんはえい男やのう」
「よく言われるよ」
単純に、和也が一般受けしないだけという説もあるがは弟と違ってそれなりに人に恵まれたのは確かだ。見た目こそ、弟よりは肉付きが良い中肉中背の中年の坂を転げ落ちかける頃だが、人当たりは抜群に良い。蓋を開ければ当たり前、は商売人なのである。
「兄貴はさ、頭が悪いって言うけど違うんだよなあ」
弟はずるい、といく度目かの敗北を前にこぼしていたものだ。がポケットからカードやサイコロを取り出しながら次々に見せる技巧に目を輝かせていた弟を、最後に見たのはいつのことか。さておき、は人生で揺るがないものを持っている人間だった。一に弟の安全を確保すること、二に一度やると決めて必要だと思われる限りは、絶対にそれを貫徹させること、この二点である。どんな手を使ってでもやり遂げてきたし、おかげでの人生には後悔の二文字がほとんどない。以蔵はどうだろう。先を歩く以蔵の肩を抱いて、は自分よりも相手が少し背の高いことを確認した。タレ目と幼い顔立ちのせいで見誤っていたが、これは立派な成人男性なのである。
「以蔵さんはどんな遊びが好き?昔だったら何があったかな、骰子か花札かそれとも動物系?今はカードも麻雀もあるし、いくらでも遊び倒せるよ。知らないんだったら、俺が教えてあげる。確かファラオが良いカジノをシミュレーターに作りこんでくれたんだよね。せっかくだからさ、楽しまないと損でしょ」
「えいこと言うのう。まっことおまんの言う通りじゃき、遊ばんは損じゃ!かじのとやらに早う連れて行っとうせ」
「良い返事だねえ。それじゃ、どーんと行こう!このおじさんに一切任せて頂戴、バッチリエスコートしちゃうよ」
ばちんと調子に乗って片目をつぶって見せれば、キョトンとした顔の以蔵が見えた。そういえば、とは弟による”岡田以蔵とは講座”を思い出した。この男は坂本龍馬以外とはそこまで踏み込んで仲良くしていなかったとかなんだとか。本当のところはよくわからないが人付き合いに慣れてはいないらしい。幸先が良いと口笛を吹くと、は戻ってきた真っ新な左腕を振り回した。
なんとも人生は面白い。サーヴァントなる新しい体のあり方を手に入れた岡田以蔵は久方ぶりに爽快な気分であった。人斬りは人斬り、その能力を遺憾なく発揮し主君を守ると言うのはもちろん喜びであり存在意義ではあるのだけれども、元来以蔵は楽しいことが好きなのである。拷問やらなんやら苦しいことは苦手だ。だから、いくら主君の命といえどもを食べ物のように食べたり噛んだりすることには同意できないでいる。頭が悪いふりをしながらも、多分噛むくらいはしてやらなければ物事は二進も三進もいかないだろうことはおおよそわかっていた。ただ自分の中の譲れないものというものがあって、以蔵はの存在を許してしまっているーー許しているから、傷つけたくはないのだ。本人に特にいうことはないが、坂本龍馬と藤丸立香を除いて一番親しく時間を過ごし、かつ気分が悪くないのは今の所くらいのものである。
そして面白い、の話に戻ると、そんなは難しいことを考えなさんなと唄う。自分も使命あって今回の取り組みに参加しているものの、同意がなければ何も始まらないだろうと甘いことまで言う。生きてるならば遊ばにゃ損損、手が空いて入れば楽しい時間を過ごしたって良いじゃあないか。の見た目が以蔵よりも一回り近く上であることも手伝い、以蔵はまるで兄に従う弟のようにに連れまわされ世話され遊んでいた。時には龍馬も混じっての遊びである。以蔵には弟しかいなかったものだから、先生ではなく上の兄弟という位置付けはどこか面映く嬉しく感じていた。
「私のアップカード(表にしておくカード。残りは裏にしておく)はジャックですね。2枚めを引いたこの状態で勝負するとしましょう。さん、以蔵さんはどうなさいますか?」
本日の遊びはオジマンディアスとギルガメッシュが打ち立てた幻想カジノでのトランプゲーム、ブラックジャックである。少々頭を捻らねばならないがシンプルなルールのゲームで、に教えてもらって以降お気に入りとなっていた。ルールは単純、手持ちのカードが合計して21に近づき、かつ親である胴元よりも高い数字になるようにするのである。ヒントとして胴元側は2枚引いたカードのうち1枚を晒しており、客は予測しながら自分の最初に配られた2枚のカードに更にカードを加えるか(ヒット)、それとも配られた2枚で勝負をかけるか(スタンド)を選ぶのだ。複数客がいる際は、客の間でも数字の優劣が競われる。なお、ジャック・クイーン・キングは10として計算され、エースは例外的に「11」もしくは「1」として所持している人間が決めることができる。合計値が21を越えたらば直ちに負けとなる。また、胴元は客にカードを配った後、自分の手札が17を越えるまで引き続けなければならず、17を越えた時点でそれ以上引くことはできない。
このゲームは運が必要とはいえ、純粋に数当てで勝負する部分に比重があるため運だけでは成り立たない公平なゲームとも言えた。共に遊んでわかったのだが、はあまり運というものがないらしい。サイコロにしても麻雀にしてもここぞという時に良いものを引けないのだ。そのためか守りの姿勢で賭けることも多く、どちらかといえば運よりも頭を使うことに比重を置いたブラックジャックのようなゲームの方を楽しんでいるようだった。よって、頭を使うといっても難しすぎることはなく、運の要素も大きくはないブラックジャックならば以蔵との勝負は五分五分である。確かに勝つことは楽しいが、相手をいたぶるように一方的に勝つというのは決まりが悪い。珍しい酒やらタバコやらをから巻き上げ続けてきた手前、以蔵は半ば接待するような心持ちで席についているのだった。生前の以蔵であれば頭を使うやりとりは苦手だがただ賭けることだけに夢中になっていたため負けることの方が多い。死んだ後になって余裕を持つとは世の中はなんと皮肉なことか!
「ヒットじゃ。はどうしゆうが?」
「スタンド。このままで勝負しよう。……なあ、以蔵さん。次は俺が親をやっても良いかい?」
「が?」
「お、信じてないな。俺にも運が向いているときはあるんだぜ」
「べこのかあ」
あんまりにも自信たっぷりに言うに、以蔵は許してやりたくなってしまう。負けが込んだ戦いなどさせたくはないと言うのに、この兄貴分はこちらの気持ちなど少しもわからないのだ。胴元役のメフィストフェレスが配ったカードをちらりと見て、以蔵はスタンドを宣言した。自分の合計点は4+5+9で18。メフィストフェレスが10をすでににぎっている以上、もう少し頑張りたいところだが、もう一枚手に入れれば21以上になってしまう可能性が高い。損をしても低い点数に収まるだろう。
「じゃあこうしよう。俺が親をやったら、負けた方は勝った方の言うことをなんでもひとつ聞く」
「な、おまんはまっこと正気がか?」
「俺はいたって真面目だよ。それとも以蔵さんは俺に勝てる自信がないのかな」
「ほたえなや!わしが怖気付くとでも思うたか?こがなことで怖気付くようなたまやないきに。泣きを見るのはおまんじゃ」
侮るような物言いに、思わずカッとなって返してから以蔵は後悔した。いつも、いつも自分はやすやすとしくじってしまう。こと感情のやり取りに関しては龍馬相手でもそうなのだが思うようにはいかない。一方泰然自若としたはウンウンと頷いて自分のカードに手を添えた。
「楽しみにしてるよ。メフィ、君のもう一枚のカードを見せてくれ」
「はい」
メフィストフェレスが見せたカードは7。10+7で17と言う訳で、僅差で以蔵の勝ちだ。の方を見れば、5+9で14と、守りに入った形での負けである。そもそもカード運がないのだからどうしようもない。次も同じだ、とため息をつくと、以蔵はメフィストフェレスと交代してディーラー席に立つを見つめた。カジノに行くのだからと、普段のアロハシャツにジーンズというくだけた格好ではなく、かのシャーロック・ホームズのようなかっちりとした正装に身を包んだは高貴さすら漂う。なんの特徴もない、だが優しいことだけはわかる顔立ちに宿るものはなんだろう。勝ったら彼に何を願おうかと早くも以蔵は皮算用を始めていた。
「ここのところは負けっぱなしだけど、たまには勝つところも見せたくてさ。カードを切るのだけは上手いから、俺がイカサマをしないように見ててくれよ」
「イカサマあ?そがなこと、はせん」
「そいつはまた熱烈な信頼だな。ありがたいけど、あんまりホイホイ人に言うもんじゃないぜ」
言いながらはカードの山を混ぜ、切り崩し、手のひらの上で踊るようになんども滑らせた。まるで見世物のようにの手の上でピラミッドになったりハシゴになったりと姿を変えるカードは圧巻と言うより他にない。横に並んで見ていたメフィストフェレスもぴゅうと口笛を吹いた。
「さんがこれほどシャッフルが上手だとは思いませんでしたね。まるでプロの手品師かーーディーラーのようだ」
「げにまっことすごいねや。器用じゃ器用じゃとは思うとったが、こがなことまでできるとは驚いたぜよ」
「指が足りなくてもできるのですから、相当練習なさってらっしゃるんでしょうね。さん、私にも配っていただけますか?」
「なんじゃと?指ておまん何を言うが」
メフィストフェレスにが承諾するのを横目で見ながらも、以蔵は気が気ではなかった。指が足りない?朝食を一緒に食べた時は多分、あったはずだ。昼食前にレイシフトの訓練も兼ねて素材の周回に行くマスターについて行ったのは把握している。ではここで遊び始めてからはと言うと、以蔵は全く気づいていなかった。冗談だろうとカードを配るの手を見れば、確かに左手の薬指が消失している。まるで初めからなかったかのように綺麗な切り口で、本来見えるだろう骨も肉も見えずにすべすべとしていた。柔らかい餅を切ったらばああ見えるかも知れないと想像すると背筋が震える。何かがおかしい。
「アップカードは9です。それではお二方、どうしますか」
「9!また絶妙なカードを引きましたねえ。ヒットです」
「以蔵さんは?」
ハッとすると、以蔵はの指先から目を離して慌てて自分のカードを確認した。7+7で14。まだ欲張る価値はある。トントン、とテーブルを叩くとが山札からカードを滑らせた。カードの数字は、5。合計19、悪くはない。以蔵が勝つ目算が高い数字だ。これで勝負することを告げると、はうんと唸って手札を開いた。
「9とエースなので20ですね。お二方はいかがでしょう?」
「なんと!よりにもよってエース!急に運が向きましたね。17、私は負けですンフフッ」
「わしは19じゃ。惜しいのう。じゃが、負けは負けじゃ。勝った褒美に何が欲しいか言え」
大仰な仕草でメフィストフェレスが悲しんで見せる。そんなことよりも、勝った褒美よりも、以蔵は早くそのなくなった指について聞きたかった。何があってどこに行ってしまったのか?以前の腕のように元に戻るのか。何をそんなに平然としているのだーー自分に話もしないとは、水臭いにも程がある。考えれば考えるほど心配になって、以蔵はイライラとテーブルを叩いた。
「以蔵さんは潔いな。てっきり三本勝負くらいになるかと思ってたんだけど……じゃあ君の結い紐でももらおうか。髪が伸びたからちょうど良さそうだ」
「何寝ぼけたことぬかしちょる!こがなもんでえいがか?いくらでも新しいもんを買うてきちゃるき、ちくっと待つぜよ」
「君がつけてるものが欲しいのさ」
世にも甘い声だった。まるで夜に障子の向こうから漂う脂粉の匂い、夢の通い路を誘うものによく似ている。ディーラー席に立ったが体を傾けて、その指の足りない手で結い紐に触れた。ただの中年男だ、カルデアにうじゃうじゃいる貴公子の類ではなく軽佻浮薄の輩でもない。それにも関わらず、この時以蔵は物語のお姫様にでもなったかのような舞い上がるものを覚えていた。の肩にかかる程に伸びた髪に自分の結い紐は確かによく似合うだろう。
「いつ亡くなるとも知れぬ身だ、せめて好きな人のものくらいお守りに持たせてもらってもいいだろう?おじさんが言うにはちょっと恥ずかしいね」
「……おまんが、わしを好いちゅう?」
「ああ」
その意味合いがなんであるかは聞けなかった。黙って結い紐を渡し、意味深長なメフィストフェレスの眼差しを殺して以蔵はなぜ頬が熱くなるのだろうとを見た。はーー何を考えているかわからない、うっすらとした笑みだけを張り付かせていた。
その日以来、以蔵は頭がぐるぐるとしていた。元来あれこれ考える面倒な作業は大嫌いだから、自分の中で気持ち悪さだけが渦巻く羽目になる。普段であれば何もかもを忘れてマスターに付き従って戦い、カルデアに帰ればとぱあっと盛大に遊び倒して酒を飲み干して眠りこければすっきりとしてしまう。同じ日を繰り返しているというのに以蔵の胸は悩ましく痛むのだ。否、違う点はある。以蔵の結い紐で髪を結んだ(しかもステンノ達が弄ったらしく、毎度芸術的な仕上がりになっている)は、まるでそのおかげでツキが回ってきたとでも言うように賭け事の調子がよくなっていった。麻雀でツモは当たり前、ドラ牌は彼に寄り添うように集まり、ポーカーではお偉い面々が群れ集う。馬は下馬評が悪くても手堅く攻め抜き、ルーレットは小気味よく回った。勝率は三割だったのが七割程度まで跳ね上がったように思う。イカサマではないかと龍馬は笑ったが、お竜もこっそり調べてもなにも出なかったのだから本当に運が良くなったのだった。
「どうしたんだい、以蔵さん。古いものでも食べたか?」
スキルアップに使う素材を手に入れよう!と浮き足立つマスターに連れられ、今日は以蔵を始めとしたアサシン集団とが並んでいる。先行するのは以蔵をはるかに上回るウワバミの酒呑童子に一見常識人のジキル博士、フレンドなるよそのカルデアから来たマルタの三人で、ワイバーン相手に仁義なき戦いを行なっていた。仕上がりは順調で、周囲に用心しながら立香の警護をするのが以蔵、そしてその横に所在無さげながいる次第である。鈍色の髪に自分の結い紐が絡む様を見て、あたふたとする胸に舌打ちしていれば、案の定目ざといはこちらによって来て以蔵は今度こそはっきりと舌打ちした。
「誰が食い意地が張ってるちゅうちや。エミヤに怒られゆうがよ。……おまん、指をどうした」
「指?」
ああ、とが振る左手には、今日も指がない。それも二本もなくなっている。あの日以来注意深くの体に欠損が出ないか確認していたから明言できるが、の指がなくなったのは今回のレイシフト後だ。立香の警護のために気を配っていたが、肝心のを度外視していたことが悔やまれる。痛いものは嫌いだ。好きな人が痛い目にあうなど見るのもおぞましい。だが、はいつか腕を失った時のようにあっけらかんとしていた。
「酒呑童子さんがお疲れだったから、つまみにあげたんだよ。彼女の口に合ったみたいで良かった」
「なにを言いゆう」
の表情は冗談をいうものではなく、悪気もなにもなく穏やかだった。赤子に菓子を与えた親のような顔をして、自分の体をくれてやったなどと言うべきではない。彼の体は自分のためのものではなかったのか?自分のことを好きだと言ったくせに、のうのうと他人にくれてやる不貞をどうしてくれよう。ふつふつと沸き起こる怒りが理不尽なことはわかっていたがどうにもならない。衝動のままにの手を掴むと、以蔵はがぶりと噛み付いた。懐かしいすだちのような爽やかな香りが弾け、破れた皮膚の中から魔力が飛び出した。あれほど嫌がっていた痛がらせる行為をしてしまった罪悪感、与えられる甘露を味わう快楽、常ならぬ行いを白昼堂々としている背徳感が綯交ぜとなって不思議と以蔵を優しく慰撫する。しばらくそうして赤子のようにちゅうちゅうと吸った後、ようやっと以蔵はを見た。うっすらと青く、血の気を失った顔が笑っている。
「上手に食べられたな、以蔵さん」
「わしは」
こんなことをするつもりではなかった。ひどく満足しているくせに、以蔵は都合の良い言い訳を探したくてあちらこちらに目を彷徨わせた。立香が喜んでいる。もふらついてはいるが元気そうだ。暖かな空気の中で、以蔵ただ一人が気持ちの悪さを覚えている。人を斬る方が一般的には余程酷いことだというのに、それと同じように歓迎されているこの行為が以蔵は恐ろしくてたまらなかった。
「食べ物はね、以蔵さん。食べなかったら腐るんだ」
だから必要な人が食べた方が良いんだよと、は指が足りない手を陽にかざして笑う。口に合ったかいとは人でなしを極めたセリフだ。ああ、美味しかった!美味しかったとも!最高で最悪な気分を極めた、他の誰にも味わせたくはない聖餐だ。興奮からえづきそうになっていると、立香との仕事をするような話に以蔵はざあっと血の気が引いた。
「以蔵さんはもう十分育ったから、次はカエサルをお願いしてもいいかな?酒呑ちゃんが欲しがってたけど、彼女はウワバミだからね」
「カエサルさんか。美食家に満足してもらえたら良いんだが」
「こんなに以蔵さんが喜んでいるんだもの、きっと大丈夫だよ」
「……おまんら、なにを言いゆう」
自分はもう十分だから、次はカエサル?そういえばそろそろ育てたいと言っていた。並行してアーサー王を育てるのだと言っていたのを、剣技を盗む良い機会だと思ったのでよく覚えている。胃の腑がざわつき、嫌な予感が頭をガンガンと打ち付けた。
「以蔵さんにはもう、急な魔力供給が必要になるようなことはさせないよ。僕一人でまかなえるようにするから安心してね。だから、さんには他の人を育成する手伝いをしてもらうんだ。期間限定のサポートになるって最初に説明したでしょ?嫌なことを任せちゃってごめんね」
期間限定。確かにその説明は受けていた。岡田以蔵のためのという存在には賞味期限があったのである。以蔵は十二分に強くなった、その実感は余りある。どこぞの燃費の悪い男と違って以蔵は非常に魔力の燃費が良い。無体を働かせないようにするならばサポートは尚更不要だ。
「短い間だったけど、君のサポートが……まあ余りできなかったね。でも、君といるのは楽しかった。おじさんと一緒に遊んでくれてありがとさん。辛い目に合わせた分、君が楽しかったなら嬉しいな」
「もうわしとはおらんがか」
「遊ぶ暇があれば、その時に遊ぼう」
困った子供を見る眼差しは、いつかの優しかった頃の武市半平太を思わせた。言いくるめようとしているずるい大人の顔つきである。今までの全てが、立香の要請に応えるためのものだったのだろうか。自分と遊んだのも、結い紐が欲しいと言ったのも、好きだと言ったのも全ては以蔵に魔力供給をさせるためだけの膨大な消費だとでも?信じていたものに裏切られた訳ではないのだが、裏切られたに等しい胸の痛みが強くなり、以蔵はふらつくの腕を掴んだ。この手が他の誰かに差し出されるのかと思うと嫌でたまらない。遊んで、馬鹿をして、一緒に怒られる時間はきっとほんのちょっとになる。遊び相手は他にもたくさんいるのだけれども、この男がいない寂しさは埋まらない。兄やがいなくなってしまう。
「おまんのことなぞ、知らん」
自分を捨てる人など、いっそいなくなってしまえば良い。本音とは裏腹な思いをぶつけた自分に後悔するも、やらかしてしまったあとでは遅い。日の陰になったの表情は暗く、よく見えない。だが、声だけはひどく冷たく優しく響いた。
「わかったよ」
一つの仕事を終えた。完璧にやり抜くことをモットーとしているにとって満足のいく出来である。サポート期間完了までに、岡田以蔵に魔力供給を受けさせることができたと報告すると、弟は嬉しそうにさすがは兄貴!と喜んでいた。寂しさを覚えるのは確かだが、まずは一安心と言える。本当は、以蔵も喜んでくれるはずだったのだ。これは良い、楽だ、自分の力が存分に発揮できると喜んで欲しかったが、心優しい青年はただ傷つけられる形でお別れとなった。仕方がないことだと、も思う。殆ど本心だったとはいえ、は確かに以蔵を騙していたのだ。
の前職はマカオのさるカジノのディーラーであり、VIPの太鼓持ちである。お偉いさんやら山師やらを瞬時に見極め、堅実で楽しい勝負をいくらでもさせることができた。勝つことは簡単だが、うまく勝つことと何よりもうまく負けることが重要である。にはそれができた。だから、以蔵の性質を掴んで仲良くなり、最終的に食べさせるなどわけのないことだったのである。子犬のような青年を存分に懐かせた後で他所に目を向けさせ、欲しがらせることは単純明快な話だ。そのためにはわざわざ髪の毛を伸ばしたが、そんな手間も大したことではない。ただ、あんなにも以蔵が傷つくとは思いもよらなかったし、傷つく以蔵を見て自分がこんなにも落胆するとは思いもよらなかったのである。
「うーん、人生は奇想天外とはよく言ったものだなあ。おじさん驚いちゃったよ」
「それ、お前が人生を舐めていただけだと思うぞ。顔の割にわかりにくいやつだな。カエルを追加だ」
「ズバズバくるねえ。そういうのは悪くないと思うよ。お嬢さん、カエル5皿追加。今度のは土鍋焼きにしてくれ。俺には双蒸酒一本ちょうだい」
夕方5時という食事前の時間から、はお竜と酒を飲んでいた。坂本龍馬は目下フランシス・ドレイクと海について語らっているところである。営繕の仕事も今日はなく、酒をかっ喰らう以外にすることもないとやけ酒に走っているに、意外にもお竜の方から声をかけてきたのだった。以蔵との縁が切れて以来、誰かと親しく時間を過ごしたことはなく、どこか空虚であったにとっては救いの女神にも等しい。以蔵は?何をしているかはようとしてしれない。以外にも今では親しい人がわんさといるだろうし、彼には彼なりの時間の過ごし方があるだろう。一時的にとべったりしていた、ただそれだけなのだ。
「あのくそ雑魚ナメクジが落ち込むと、龍馬も悲しむからな。さっさと仲直りしたらどうだ?お前だって落ち込んでるし、仲直りすればすぐに終わる話だぞ。簡単だ」
「おじさんも仲直りしたいよ。あの子といるのは楽しかった」
弟がまだ小さい時のように。打算なく恋人に尽くしていた頃のように。結婚しようと思った相手は、残念ながらカジノのお偉いさんの愛人に収まってしまったので叶わなかったけれども、それもまた人生なのである。欲望にまみれた都市で、全面にギラついたものを押し出していた人々がどれほど右往左往しようとも、は清く流れる情を信じていた。自分の方はとっくに清らかさを失ってしまったので言えた義理ではない。
「好きだったんだろう?好きなら当然だ」
「好きだけどね」
「だから君は髪を伸ばしたままにしてるんだろう?うわっ、これどういうお酒?強すぎやしないか」
お竜と反対側に座った男にグラスを奪われ、は目を丸くした。ドレイクと話していたはずの龍馬である。別にやましいところがあるわけではないがどうにもきまりが悪い。ニヤニヤするお竜の様子からして、どうやら彼女には近づいていることがわかっていたらしい。龍馬からグラスを取り戻すと、は乱暴に瓶からなみなみとその透明な液体を注いで一挙に胃に流し込んだ。麻痺させるような暖かな熱が広がり、甘さに揺れる。匂いは純粋なアルコールであることを主張しての頭を少し痛めた。
「マカオあたりでしか売られてない酒だよ。焼酎に似てるから、龍馬さんには飲みやすいと思うけど……焼酎よりも少し強いくらいだよ」
「割って飲むからいきなり火傷するようなことにはならないさ。マカオ、マカオね。確か、さんはディーラーだったんだっけ。和也さんから聞いたよ、普通に遊んでたら負けられないんだよね」
「ああ。仕事なら良いが、つまらないもんだよ」
勝つのが当たり前になってしまえば目標などないに等しい。だから賭ける。ものを、思い出を、なにか少しでも価値のあるものを求めるのだ。鮮やかに負けてみせて、勝った相手の喜ぶ顔を見るのも好きだ。勝負などなく、全てはの思う通りのシナリオに沿って事態が動いているにすぎない。
「以蔵さんはね、すぐに嫌だとか意地っ張りなことを言うけど、根は真っ直ぐで優しいんだ」
小さい頃から、と龍馬は夢を見るように話す。以蔵と龍馬は幼馴染だから色々知っているのだろう。そういう相手が自分にもいれば少しはまともでいられたかもしれない。まともであれば、以蔵を傷つけずに済んだのだ。ああなんと情けない、とは結い紐を解いて龍馬に渡した。未練がましく髪を伸ばす自分など許してはおけない。こんな自分は嫌だ。もっと、もっと単純明快で楽しいことだけを追い求められるようにならねばならない。
「これ、以蔵さんに渡してくれないか。俺にはもういらないから。髪、切ってくる」
「……僕の話を聞いてたかい?君、そりゃ正気の沙汰じゃないよ。本気で思っているのか?」
「明日から、カエサルさんのサポートをしなけりゃならないからね。以蔵さんを好きでいられやしないんだ、ってお竜さんカエルを置いて!投げない!あのね、どのツラ下げて行けば良い?あんな可哀想な顔、俺はもう見たくないよ」
「やると決めたらやり切るのがお前の心情じゃなかったのか?以蔵はお前のことが好きだと思うぞ。昨日も泣きながらお前の名前を呼んで酔っ払ってひどかった。龍馬とお竜さんで連れて帰ったんだ。面倒だからさっさと話し合え」
そう簡単にうまく行くものか。以蔵が自分の名前を呼びながら泣いたとは少し可愛くも思うが、趣味の悪い感情に囚われているわけにはいかない。以蔵とまた楽しく遊びたいか?もちろんだ。誰よりも彼を喜ばせてやりたい。だが自分は情けないことにやり遂げる自信がないのだ。心とは、その人自身のものである。がどうこうできるものではない。チビチビと酒を啜るに痺れを切らしたのか、龍馬がチッと舌打ちをした。
「それじゃ、さん。僕と勝負をしようか。僕が勝ったら以蔵さんと仲直りをする。さんが勝ったらこの結い紐を以蔵さんに届けるよ。どうだい?」
「……粋な話だね。良いよ、何で勝負しようか」
並のものではあって欲しくなかった。大概のものに自分は勝ってしまう。勝つ理由も負ける理由も持たない今なら、多分心ここにあらずで勝つだろう。それで龍馬の気がすむのならばそれで良いのだ。気のないのセリフに、龍馬は少し考えてぴ、と人差し指を立てた。
「これからあのドアを潜って来る人の性別を当てよう。性別が両性だったり、わからなかったりする場合はその次の人だ。どうかな?」
「面白そうだ。俺から決めても良いかい」
「構わないよ」
勝率は1/2、完全な運をあてにした体裁のゲームがは気に入った。とはいえ判断材料はある。ここは食堂で、時間はちらりと見れば6時、そろそろ夕食を食べに来る手合いが見える頃だろう。レイシフトに出かけた面々もちょうど帰って来る。シフターがある部屋はここからすぐそこ、となれば彼らが到着する可能性が高い。今日のメンツはアサシン組で、このカルデアの構成上女性が多く、以蔵もいるだろうが酒呑童子たちに気圧されて最後に来るはずだ。
「……女性だ。来るのが楽しみだな」
「了解。それじゃあゆっくりと待つとしよう。カエルの土鍋焼きってどんな味かと思ってたけど、結構鶏肉に似た感じになるんだね」
「小さいカエルだともっと鶏肉に近いぞ。口の中に生き物が丸々いる感触が気持ち悪いのは難点だが、結構現地では人気だったよ。マカオで食べたのを玉藻キャットに頼んで再現してもらったんだ」
小さいカエルが山積みになって死んでいる姿が一番気持ち悪かったということをは慎ましく黙っていた。お竜ならば喜ぶだろう。薄い皮の向こうにエビの姿が揺らめくエビの蒸し餃子を食べると、は溢れ出る旨味をしみじみ噛み締めた。全くエミヤは天才だ。がオーダーした微細な点までも忠実に再現してくれる。
「カエル一つでも種類が多いとは、大陸の料理は奥深いな。いつか行ってみたいね。おや、誰か来たみたいだ」
「龍馬ぁっ!わしに用とは一体なんじゃ!いくらわしが天才ちゅうても、」
シュッと開いた自動扉から出て来たのは、あろうことか以蔵だった。最終再臨の鮮やかな着物が美しい。慌てて走って来たのか、胸が呼吸に合わせて上下する様にはしばし見とれた。さすがは策士、すでに用意周到に準備した上でここに来ていたのである。
「……なるほど俺の負けというわけだ」
「いやあ、これくらい仕込んでおかないと君を動かせなさそうだからね。以蔵さん、あとは任せたよ。行こうか、お竜さん」
「わかった。、約束はちゃんと守るんだぞ」
「なんの話ちや」
「守るよ、あとが怖いからね。おじさんただの人間だし」
ぽかんと口を開けた以蔵を、はひどく可愛いと頬を緩ませた。この男はこんな風に疲れた顔をしていたろうか。泣いたらしいから目が少し腫れぼったいのか?座るように席を示すと、は空いたグラスに酒を注いで手渡した。
「お疲れ様。その様子だと、今日も大活躍だったみたいだね」
「……なんのつもりじゃ。おまんに話すことなんぞない」
「そうなんだ。でも、俺はあるんだよ。聞いてくれるだけなら良いかな?」
「聞くくらいなら、えいよ」
あどけない子供のような語尾にの眦が下がる。給仕係が運んで来た蒸篭から真っ白なケーキを取り出し、口直しに少し食べた。フォークを入れて初めて現れる薄い層の間に甘酸っぱい棗餡が挟まれ、外の白さにはココナッツミルクが練りこまれている。この場のいざこざの全てを忘れてマカオに行きたくなった。何もない虚しさを抱える町だが不思議との性に合う。頬が落ちるほどに甘いエッグタルトを以蔵にも食べさせてやりたい。
「君のことが好きだよ。世界で二番目に好きで、できたら毎日一緒にまた遊びたいし、君が望むならもっと楽しくなっても良い。君を喜ばせたいし、そうしたら俺は幸せだと思う。君は俺を疑ってるんだろうけどね、目的を叶えるためであっても俺は嘘をつかないよ。以蔵さんを傷つけてごめん」
聞くだけなら良いと言ってただけあり、以蔵からの反応はない。酒を気に入ったのか、勝手に手酌でお代わりをしている。脈があるとはいえ、たった一度だけで修復できる目算はない。は結い紐を手に取ると、そっと以蔵の前に差し出した。
「君が俺を許してくれる気になったら、またこれを俺にくれ。……明日からまたしばらく会えないんだ、だいぶ先になるのは寂しいね」
「へこいにゃあ。頭のえい奴は好かん。世界で二番目?わしをなんじゃと思うとる!わしは一番に決まっとるぜよ」
「そこ?いやそりゃ」
「黙っちょれ!これはおまんにくれたやつじゃ、持ってたらえい。けんど、他の奴に食べさせちゅうはいかん。わしは人と共有する趣味はないき」
真っ赤に染まった以蔵がどれほど雄々しく見えるか、は生まれて初めて知った。可愛い可愛いと思っていたのは多分に見間違いで、本当は実に男らしい”英雄”と呼ぶべき男なのである。剣だこのできた手が結い紐をぐるりとの首に回し、正面で締めるようにちょうちょ結びを作った。何を言わんとするかはわからないでもない。ああ、弟が悲しむだろうなとはほんの少しだけ申し訳なく思った。お兄ちゃんはやっぱり弟が思うほどの人物ではないのだ。崇高ではなくただの人間、俗物に過ぎない。そうでなければどうしてこんなにも胸が高鳴り嬉しかろう!
「以蔵さんが食い尽くしたら良いんじゃないかな?残さずに俺を食べてよ、そうしたら君を世界一にしてあげる」
「は、そがなばぶれたち知らんき。覚悟せえ」
満月によく似た以蔵の瞳に赤が過ぎる。そういえば、月にはブラッドムーンという真っ赤な表情があるそうだ。この月は他に何を見せてくれるだろう?散々に食い散らかされた後、は以蔵がなんと言うだろうと想像して笑った。きっと彼は自分に尋ねる。世界で一番は誰なのか?
「世界で一番ちゅうんは誰ながか」
「弟。他に家族がいなかったからね」
今度は彼を傷つけずに済むだろう。今日はなんの遊びをしようかと思い巡らして、は以蔵の結い紐を解いてやった。
〆.
あとがき>>
帝都で射抜かれて多分私の中で最初のLV100到達予定の以蔵さんです。悔いはない。明るく楽しくをモットーに、みんな幸せになっておくれという気持ちでいっぱいです。以前の点滴袋〜の微妙なスピンオフで、あえて省きましたが主人公たちの親は米国に移民後排斥運動に巻き込まれて亡くなっています。以降は兄が弟を養っていたという〜故に数学のセンスを使って豪運と共にディーラーとして働いていたということを考えていました。勝負師ではなくディーラーなのは身の安全性がより高いためです。
以蔵さんは生前も懐に入れられたところでころっと転がされてそのままだったので、今でも警戒しても引っかかってしまいそうな印象があります。根は情深いということなのかな?という解釈で今回の作品に至りました。龍馬とお竜さんも書けて満足至極です……!土佐弁はせっせと調べたものの、違っていたらご愛嬌とさせてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!