溶けた氷も乙なもの
輸血袋の温度管理
ガタンガタンと揺れるチンチン電車には前面に物々しい網のようなものがついている。人がまだ慣れないのでよく衝突事故を起こすことから、せめてもの対策として据え付けられたらしい。百貨店から出て最初に目に飛び込んだのがそれで、はなるほど自分の知る時代ではないと改めて納得したのであった。ここは大正17年というあるはずのない帝都である。大正は15年までだ。当然あるはずのない場所には問題があるわけで、カルデアのマスターたる立香たちは早速調査に繰り出していた。
「前に来た帝都とは雰囲気が似てるけど、また別物なんだね。坂本さんの事務所があったりして」
「はは、僕がここにいるのにそれはないんじゃないかな」
レイシフトしたのは立香とマシュ、それと帝都に縁のある坂本龍馬と岡田以蔵だ。苦笑する龍馬のセリフを聞きながら、このメンツで十分だろうと土産を頼もうとしていたら、当たり前のように立香に引きずられても異界入りである。旅は好きなので構わないが、戦力にならない人間が行っても良いものだろうか。もちろんいざという時のためには人間をやめてしまったのだから腹を括らねばならない。しかし心配は尽きないので、こっそりと百貨店で服を仕立ててもそわそわする気持ちは収まらなかった。の身なりは見事で、普段のふざけたアロハではなく、紺青に染められたパナマ帽に揃えた仕立ての良い麻のスーツ、飴色が美しいイタリア修行から帰ってきた職人の手による革靴、そして極め付きは頭をカタツムリを模したステッキを身につければ、気分は大正浪漫の銀幕俳優だ。誰だってこんな物慣れない格好をすれば浮き足立つ。170cmというこの時代にしてはやや長身であることもあって、顔に特徴こそないものの、雰囲気だけで周囲を魅了していた。何事も得なものはある。
「こら、わしを置いて先に行くな言うたち!」
だがが優勢であったのもそこまでで、後ろから追いかけてきた青年でのまがい物の空気は霧散してしまう。言葉こそ土佐訛りがきつく、ボサボサの髪が垢抜けない雰囲気を醸すのだが、すらりとした長身に適度に着崩した黒いスーツがたまらなく良く似合っている。シャツはうすく黄色く染まった生地に青いストライプを入れたもので、全体の堅苦しさを和らげていた。靴は大きなバックルの目立つ黒革靴で、全ての見立てによる。好いた男が自分の見立てで耳目を集め、魅了するのは小気味が良い。自慢してまわりたいくらいだが、大人のふりをしては堪えた。
「よく似合ってるね、以蔵さん。なんでも着こなせるなんてすごいよ」
「ほうがか?ま、こがな服くらい、似合うんは当然やき。……もよう似合うとる」
「君が気に入ってくれたなら嬉しいな。少し暑いから苦手なんだ」
「おまんは暑がりやきのう」
照れた以蔵に可愛いと言えば怒られるだろうから、はそっとほくそ笑んだ。あじさい祭りの触書が街のあちこちで見かけられるから、今は五月の末か六月に入ったばかりだろう。にわかに蒸しあがるのは今も昔も変わりないらしく、ネクタイを首元まできっちりと締めてしまうのは窮屈だ。おまけにこの時代には空調設備もない。津久戸町で待っている、という立香たちとの約束に従い、は手を挙げて円タクを呼んだ。立派な装束からわかる通り、この時代に通用する架空の通貨はふんだんに与えられている。一歩間違えれば立派な犯罪集団に成り変われる能力に対して純粋でひたむきな立香というマスターの存在がどれほどありがたいことかとは密かに拝んでいた。
タクシーの中で、風景を楽しむふりをしながらはそっと以蔵の手をつついた。びくりと肩を揺らした以蔵が、何かの間違いではないかと言うような顔をする。この男は生前商売女と遊び歩いた割りには符丁を解しないのだ。焦れて自分から指を絡ませてやると、ようやく握り返してくれたがどうにも面映ゆい。以蔵とはひとまず恋人じみた関係になったものの、仲の良さは密な親友から一線を越えることはついぞなかった。先日改めて口付けを試してみたのだが、気に入らなかったのかもしれない。感想を聞くのは野暮、様子だけ見たには悪くない感触だったが、以蔵はやめとうせ、と三度軽く口付けた時点で拒否をした。初めてこそ勢いのままに共寝してみたものの(身体中あちこち噛まれて触り合って終わったので、としてはいささか不完全燃焼な出来だ)、同性との付き合いはも以蔵もよくわからない。異性と同じだろうと思うのがで、きっと違うと思っているのが以蔵だ。他人がどうこうするのではなく、いざ自分自身が経験するとなればまた考えは変わってしまう。は急ぐつもりはなかった。壊さないほうが大事だ。
「お客さん、着きましたよ。この辺りでよろしいですかね?」
「少し進んで、毘沙門さんのところで降ろしてくれ」
「わかりました」
津久戸町を含む神楽坂一帯は、かつても歩いたことがある。昔とそう変わりない街並みだと聞いていたが、実際体験してみれば前評判の通りだった。甘味処として有名な紀の善が寿司屋であることや、不二家がまだないことなどは面白い。朱塗りの門が特徴的な神楽坂の毘沙門さんこと善國寺の前でタクシーから降りると、はむわりと押し寄せる湿気で唇をへの字に曲げた。
「ここは花街だからね、運が良かったら後で遊ぼう。以蔵さんはこの辺りで遊んだことはある?岡場所も結構あるから、茶屋に寄ってもいいね」
「昔は散々遊んだち、今はそがな遊びはせん。おまんはわしを試しゆうか?」
「少しだけね」
「べこのかあ。ほどほどにせいよ」
多分、以蔵は自分がいるから女遊びはしないと言いたいのだろう。ならば先へ進めても良いのか?それともこの距離がちょうど良いのか。良いのかもしれない。このままでも不都合はない。ワンパターンな恋愛行為を当たり前だと思う自分は愚かだ。寺の境内に入れば、予想に違わず立香たちが待っていた。ミルクホールに行っていたとかで、学生服を着た立香とマシュが目をキラキラと輝かせねその美味しさを伝えてくる。お竜さんもカエルには一歩及ばないが良かったというのだから、本当に美味しかったのだろう。
「聞き込みをしてみたんだけどね、あまり大きな原因じゃないことがわかったんだ。なんというか……前回のイベントで少しやり残したことがあったみたいでさ。龍馬さんたちと回収してくるから、せっかく来てもらったんだし、以蔵さんとさんは少しのんびりしてくれたら嬉しい」
「マスターはマシュと甘味巡りをしてから帰りたいんだ。お竜さんも食べたい」
「こらこら、本当のことでも言っちゃダメでしょ」
イベント絡みとなればは全くのお手上げだし、思いもよらぬプレゼントはありがたい。せっかく良い格好になったのだ、以蔵と普段とは違う遊ぶのも一興だろう。
「それじゃ、おじさんとデートに行こうか。ぶらつくには暑いし、ボート遊びでもするかい」
坂下まで行けば貸しボートがあるはずだ。酒を買ってゆっくり漕ぐ時間も乙なものだろう。それともアイスクリームでも食べようか?ゆっくりと石畳を歩きながら、は以蔵の様子を見た。
「以蔵さんの話も聞きたいな。それとも、俺の身の上話でもしようか?」
「おまん、本当は何がしたいちや」
「え」
「わしはおまんとおるだけでえい。おまんがしとう思うことをしとう」
知っているか、と以蔵は寂しそうな目で言った。お前は自信がないと多弁になるのだ。
またやってしまった。道に佇む石地蔵のように口を噤んだと並んで歩きながら、以蔵は頭を抱えていた。こちらは苛ついているが、の方はしょげているらしい。帽子を脱いで暑い暑いと顔を仰いでいる。以蔵には上着を脱いで丁度良い程度の暑さだったが、は心底暑いらしく上着を脱ぎ、ネクタイを取り、シャツは二つほど前ボタンを開けて風を取り込んでいた。顎をツーっとしたたる玉の汗が陽光に光る。あの顎の味を思い出して以蔵は舌なめずりをした。魔力をふんだんに注ぎ入れられたは本当に美味しい。一度齧ると食べ尽くすまでやめられないのでなかなか手が出せないのが難点だ。
「氷菓子でも食べよう。喉が渇いた」
「お、おお。えいよ」
それよりもその顎に、首に齧り付きたいという獰猛な欲望をやり過ごし、以蔵はにのこのことついていってはっとした。ここは水茶屋だ。看板娘であろう可愛らしい前掛けをした少女が嬉しそうに二階へと案内する。気の早い夏への準備で軒先にかけられた風鈴がチリンチリンと鳴いて二人を出迎えた。
「氷菓子を二つ。梅と……お嬢さんはどれが好きだい?」
上っ調子のの弁は今日も見事で、龍馬をも凌ぐ流暢さだ。女給は杏が好きだという。梅と杏では似通っているが、はそれでいいと注文した。いつもであればこれに酒を加えるのだが、今日はなしにするらしい。今は水茶屋でも待合茶屋を兼ねているのか、隅に布団が置かれているのが気になった。のことだから、何を考えてるかはわからないが性懲りも無く女を呼ぶ可能性がある。いやいやここは信用しよう、この男は一途なのだ。開襟シャツから覗く以蔵の結い紐がきちんと結ばれているのを確認し、以蔵はにんまりと笑った。
好かれる気分は悪くない。自分ものことは好きだ。ただ、自分よりも余程洗練された遊びのできるには恥ずかしさを覚えることもあってついていけない時がある。そんな以蔵をはどう思っているのかはわからないが優しく見守ってくれているようだった。
「いい風だね。ここに決めてよかったな」
「涼しくなったがか?」
開けた窓から気持ちのいい爽やかな風が流れ込む。こんな気持ちのいい日だ、が言うボート遊びも良いだろう。さっきはの焦るような物言いに焦れて断ってしまったが、が楽しむものを一緒に楽しむことに異論はない。隣に並んだからすだちの匂いがする。溜め込まれた魔力によるものなのか、時折彼からはこの爽やかな匂いがするのだ。もう少しで手が触れそうになる程近くに佇むは、以蔵の問いにうっとりと目を閉じた。
「まだ暑いな、」
「お待たせしました」
が何か言いかけた、という肝心な時に女給が上がってきた。小さな氷の山が並べられ、見るからに涼やかである。はバツが悪そうな笑みを浮かべると、女給に代金にしては多い札を渡して何事か耳元で囁いた。油断も隙もない。女給がちらりと以蔵を見、を見て頷いて下がっていった。よく躾けられているのだろう。
「長く食べてるから人払いしてくれって頼んだんだよ。以蔵さんとゆっくりしたい。今は観光する人も少ないから、夕方過ぎまで居ても良いってさ。以蔵さん、杏と梅を半分こにしてもいいかい?」
「半分でもなしでもえい。……さっき、おまんは何を言いかけちょった。まだ暑い、」
「もっと脱ぎたいくらいにね」
だが今はそれよりも大事という様子ではかき氷の器を手に取る。半分白く濁ったガラスが涼しさを演出して居た。熟れた杏の色がの口元へと流れていく。たまらずに梅の方に手を伸ばし、以蔵は優しい冷たさに喉を鳴らした。ああ本当に今日は暑かったのだ。キーンと額の奥が唸りだす。サーヴァントもかき氷に頭を悩まされることを以蔵は初めて知った。同じように顔をしかめたと目が合い、なんとなしに笑えてきて仕方ない。今ならいいな、と思う。スプーンを氷にざくりと差し込んで器を脇に置くと、以蔵はに顔を近づけた。あと少しで口付けできそうなほどに近い。
「氷が溶けるぜ」
「もういらん」
氷を食べたからか、腹がすうすうとする。その分を埋めるように以蔵はの唇を吸った。破れかぶれの行動に対しても、は自分の持って居たかき氷の器を遠くに追いやるほどの余裕があることが腹立たしい。なんだ、と以蔵はようやく気がついた。自分は主導権を握りたかったのだ。
「俺とするのは嫌なのかと思ってた」
「わやを言いゆう」
先日口づけを交わした時のことを言っているのだとすぐにわかった。あれは余りにも気持ちが良くて、ほんの少しで溶けそうになるならその先がどうなるのか恐ろしくなってしまったからだ。食べ物は食べたらなくなるし、氷は溶ければなくなってしまう。だが本当のことを言えば可愛いと言われることは必定で、以蔵は頬に口づけを受けながら首を振った。赤子のように扱われるのはごめんだ。
ちゅうちゅうと唇だけでなくその中も、顎も、首も見えるところを丹念に味わった。酒よりも余程酔える魔力がにじみ出て得も言われぬ心地になる。小舟に乗って揺られているようだ。じんじんと下腹部が熱を持ってきて、先ほど冷ましたばかりの体はもう氷のことを忘れていた。いつもよりずっと着込んだの服は脱がせにくい。よく似合って入るけれども遊びには不向きだ。先日エミヤに手伝わされたキャベツの葉を剥いたことを思い出す。あれも随分と骨だった。シャツのボタンをもつれる指で一つ一つ外して、首元に結ばれた結い紐をぎゅっと掴めばがヒュウと息を漏らした。もっと力を入れたらば簡単にこの柔らかい体は冷たくなる。暑さなど二度と感じない。そんなことは嫌だと手を離して、以蔵は慰めるように喉を舐めた。
「以蔵さん、以蔵さん、」
「今更いかんちゅうたてもう遅い」
「うん、俺ももっとしたい」
でも時間切れだ、とが腕時計の形をした通信機器を指差す。文字盤の部分に、レイシフトをするので戻るようにとのメッセージが綴られていた。間が悪い。悪いにもほどがある。どこがゆっくりだと?まだ序の口も序の口しかしていない。舌打ちをしていると、お互いの身なりを整えていたがちゅっと可愛らしい音を立てて唇の横に口付けてきた。こんなことで絆されてたまるかと思うが、絆されてしまうのがこの岡田以蔵である。惚れた相手に弱くても罪はない。魔力不足で足をもつれさせるを支えながら店を出る。また毘沙門さんまで歩くのだ。いつのまにか夕暮れが闇に溶け込む頃になっていて、街は人を誘うようにぽうと紅白の明かりをつけ始めている。三味の音、女たちの笑い声、天ぷらに寿司、うどんすき、なんだってここでは楽しめるのだが、ぬるいかき氷ほどの快楽は味わえまい。
足がよろけているのをいいことに、の肩に回した手での手をぎゅっと握る。自分からしたのは初めてかもしれない。とても大事で、壊したくはなくてどうにも奥手になっていたのだ。それを嫌がっていると解釈されたのは心外でもあり悔しくもある。嫌がられたのだと思っても、は自分を見捨てないでいたことは嬉しかった。
どうやら悪くはないらしい。帝都へレイシフトした日以降、朝な夕なに戯れる以蔵を愛しく思いながら、はさてどうしたものかと自問した。以蔵は犬のように舐めたり噛んだりして満足してしまうらしく、このところこそが口で奉仕してやるものの、それ以上には進まないのである。とんでもなく進歩したのだからこれで良い気もするが、はどうにも態度を決めかねていた。いっそ自分が以蔵を抱けば良いのか?戦力であることを考えても自分が抱かれる側の方が良いが、経験がないだけに恐ろしい。無論そんな恐ろしい無体を以蔵に働かせることはできない。進退窮まった挙句、は経験者に聞くことにした。
「兄貴、だからって聞かれても答えにくいよ。大体兄貴の方が遊んでたんじゃないか?」
「お兄ちゃんはお前が思うより貞淑で真面目だからね?どうしてそう思うようになったのかは後でよく話そうか。お前以外に誰に聞けばいい?話したくないものは無理に聞かないから安心してくれ」
「俺はちょっと特殊なんだよ」
なにがしかの難しいレポートを作っていた弟、和也はの要望に落ち着かない様子で椅子を揺らした。どうやら大変言いにくい事情があるらしい。弟のプライドを尊重することは大切だ。
「ダ・ヴィンチちゃんに話すのが一番手っ取り早いんだけど、兄貴があんな目に遭うのは可哀想だし……うーん、この辺にいいものがあったりなかったりするのかな?よし兄貴、この『良い大人の一歩進んだ夜の講座』をダウンロードしてみたらいいんじゃないかな」
「わかった。レオナルドさんだな」
「待って兄貴!ダ・ヴィンチちゃんのところに行くのはやめてくれ!兄貴いいい」
優柔不断な弟が慌てて叫んでいるが、の知ったことではない。このままでは永遠に夜明けを迎えないままだ。通路を歩く職員に、レオナルドならば工房にいると聞き、はずんずんと迷わず向かった。レオナルドは突拍子もないことをする人物であり、自分の好奇心探究心を第一にするために甚大な被害がもたらされるだろうことは容易に想像される。そこまでわかっていながらも出かけるほどに、今のは焦燥感で一杯一杯だった。
「失礼します。今少しお時間をいただいて宜しいでしょうか」
「なんじゃ、か。ここに来るんは珍しいのう」
自動扉をくぐった瞬間、今最も会いたくない人物に出会ってしまい、はどう拒否反応を示さず対応できるかと冷や汗をかいた。以蔵がレオナルドに用事があるとはなかなか考えにくい。なんの用事があって来たにせよ、これは弟が危惧していた以上に碌でもない展開を迎える予感がしていた。
「それは俺のセリフでもあるよ。なんでここに以蔵さんが?」
「私が呼んだからだよ。正確には立香君に頼まれてね。おめでとう!君たちの絆は晴れて満了、今ならお願い事をなんでも一つ聞いてあげちゃうぞ☆」
「そりゃあえい!豪気じゃのう。なんでもちゅうはえい」
「……レオナルドさん、ちょーっとだけ耳を貸してもらっても良いですか?」
「お、もちろんだとも」
「なんじゃ、わしにも聞かせとうせ」
「以蔵さんには内緒。後でちゃんと話すから。ね?」
ちょっとだけ上目遣いにして話されるのに以蔵は弱いらしい。この程度のことは把握済みである。モゴモゴと不満を言いながらも明後日の方向を見る以蔵にはどうにも庇護欲をそそられる。やはり自分がこの男を抱くべきか?抱いても良い、とは埒外なことを思った。だが同時に恐ろしくもあり気持ちが良いらしい行為を味わってみたいという好奇心がむくむくと沸いている。弟の和也が夢中になっているらしいことはすでに立香に聞き及んでおり、あの自分と違って淡白な弟が耽溺するのだからさぞや良いだろうと思ったのだ。もちろんクー・フーリン・オルタの技巧などが優れているというのもあるかもしれない。以蔵は女遊びをそれなりにこなした(否、それなりというレベルではない、博打と酒と同じくらいに好きだったと聞く)のだから女性相手は嗜むだろうが、本当に上手いのかは未知数である。聞くのは野暮なので開けてみて初めてわかる話だった。
「抱かれた時に面倒くさく思われないように、準備の仕方を教えてください」
「ほほう。いいねえ、どんとこのダ・ヴィンチちゃんにお任せあれ。開発するだけなら私がやってあげても良いよ」
「浮気だと思われたくないので対人は遠慮させてください」
多分とてつもなくうまいのだろうな、とは嘆じた。少しだけもったいない気がする。だが、花街で遊ばないときっぱりと言い切った以蔵の態度からして、彼がとの関係を大事にしていることはありありと伺えた。その誠意に応えたいと思うのは、わずかなの良心による。今日から始めようというレオナルドの声をありがたく聞きながら以蔵の元に戻ると、所在なさげに唸っていた以蔵がぱっと目を輝かせた。
「終わったがか?ほいたらわしの番じゃ。ダ・ヴィンチちゃん、わしはこの前行った帝都に行きとう。とボート遊びをするちや」
「うっ」
そのあまりにも純粋な願い事に、は身も心もけがれきっている自分を消し炭にしたくなった。レオナルドがチラチラとこちらを見てくることが腹立たしい。
「了解だよ。立香君とスケジュールを調整しておこう。ボート遊びなら、この前の帝都でなくてものんびりできる頃を選んであげるから安心しておくれね。それじゃあ君、行こうか」
「あ、はい」
「楽しみにしちょるき。、後でちゃんと話しとうせ」
にかっと屈託無く浮かべた以蔵の笑顔に、は絶対この人を幸せにしようと心に決めた。猛烈に抱きたい。やっぱり自分が抱かれる前提でことに当たるのは、いや準備は一応しておいてあとは流れで、などとモヤモヤしていると、スイっと近寄ってきた以蔵が両手での顔を包んだ。
「待っちゅうが。はよう行ききて。遅れたらお仕置きじゃ」
「ん」
ぎゅっと凄まれて噛みつかれると、の中のモヤモヤはほろほろと崩れ落ちた。こんな時ばかり急に雄々しくなるのは反則ではないか?自分とは段違いの修羅場をいくつもくぐり抜けた男の強さを感じ取り、はじんと痺れるものを覚えた。この男になら抱かれたって幸せだし、向こうが大満足になるように努めたい。頭がクラクラしそうになっていると、ぽかりと後ろからレオナルドに打たれて我に返った。以蔵はとうに部屋を出ている。
「まあまずは人体構造の把握から行こうか!ご覧の通り、凸凹は凸凹で繋がるようにできているから、人間の男性同士では肛門性交を行う。だが本来ここは排泄に使う場所なので準備が必要だ。君は痛覚を失ってるけど、体が破けたらその分だけ体力をなくすし、わかってる通り、君の賞味期限は早まる。ここまでは良いね?」
「はい先生」
工房の奥で人体図を眺めながら、は真面目な生徒として振る舞った。賞味期限?その前に時が追いついて自分をこういった欲望から遠ざけるだろう。以蔵は今がずっと続く。とうの昔に時は彼を放棄した。の今は瞬きする間に燃え尽きていく。死んだ時間の灰をかき集めて、自分も灰になるのだ。宗教観を特に持たないだが、自分は死んだら火葬してもらいたいと思っている。どんな火を最後に燃やすのかを知れないことが残念だ。
レオナルドの講義はどこが性感帯になりうるのか、だんだんと性感帯として目覚めさせなければなりえないためどう開発していくべきか、おおよその目処、および事故を防ぐための準備の要点へと続いていく。まずは座学、次に映像を見ながらということらしい。
「君は対人はだめだって言ってたけど、人を使わない方法もあるよ。それも正しいやり方がわからない自分でやるよりも楽だし、その後も自分でやる時に参考にできるんだ。君の弟君も利用したんだよ」
ちらりと、の頭に弟の制止する断末魔、言いにくそうな表情などがよぎった。なるほどあり得る話だった。研究職ではないが、は弟よりもこのカルデアの資材事情に通暁している。
「用法容量を守って清く正しく過ごしたいと思いますので絶対に嫌です」
「うーん手堅いなあ。弟君はもうちょっと柔軟だったよ」
「あれを頭でっかちに育てたのは俺の責任ですね。今まで無事に生きてこれたのが奇跡のように思えてきましたよ」
弟は理にかなってると思えば簡単に転がる。は理を解したからといって従うわけではない。シミュレーターで他の人間が交わったり前準備をする様を見ることで手を打ち、は必要な道具一揃いを手に入れた。覚悟は決まりきっていないが、泥沼に足を踏み入れたのは今度も自身である。選んだ泥沼は渡り切らねばならない。導入部分をまず見せてもらい、風呂で綺麗にする方法で顔を赤らめたのは一瞬のことだ。元々勉強熱心なので先程レオナルドの話を聞いていた時のように真剣に耳を傾ける。唯一気が散るといえば、シミュレーターで見せられている人間が自分そっくりであるところだった。
「趣味が悪い」
「素直に実験台にならない君が悪い。おっと、今のは聞かなかったことにしておいてね。ひとまず、自分の部屋で体を洗ってから隣の部屋においで。そこまではできそうかい?」
「なんとか頑張ります」
我ながら返事だけはいい。先程見た手順のことを思い返しながら、は自室のシャワーを目指した。ともかく、善は急げなのである。
早く帰っておいでとは、随分とまあ可愛い物言いをしてしまった、と以蔵は少しだけ恥じていた。元々を兄貴分として慕っていたため、武市半平太相手にしていたのとは違う柔らかさを露呈してしまう。そんな調子だからについ可愛いと言われるのだ。もちろん嫌ではないが、可愛いというよりもかっこいいと言われたいと思うのは道理だろう。ではは?ただ愛しい。強いていうならば、時折じんと痺れるほどにゾクゾクする。先日の帝都でのんびりとかき氷を食べた時、以蔵は自分たちの周りだけ空気がひどくゆっくりと流れているのを感じた。の頬を滑り落ちる汗だとか、乱暴にシャツをはだける仕草だとか、そうしたもの全てが細切れの静止画のように以蔵の目に映ったものだ。
が自分たちの関係に安堵しながらも焦れているのを以蔵は把握している。いくらが自分の気持ちを隠すことがうまいとは言え、これほど近くに居続ければわかろうというものだ。彼を噛むように決定打を与えなければならない。男女の機微は履修済みだが、以蔵はどうしたものかと頭を抱えて居た。幕末は土佐は尚武の地、念友関係にある人間たちは目にしているし、彼らが何をどうするかは悪友たちとの物見遊山で知っている。自分はついぞ経験せずに居たが、ああすれば喜ぶだろうなというあて推量ができるようになっては居た。ただ、どちらがどちらをやるのかが問題である。にならば抱かれても良い。見た目の上では彼のほうが年上で、いつも兄やのように接してくれる。以蔵の知る念友とは義兄弟のものであった。彼は自分を可愛いと言うし、可愛がってもくれているから自然だろう。
だが、である。以蔵は抱かれることに恐怖を感じてもいたし、何よりも誘うようなの様子から彼を押し倒すことを望んでもいた。触れ合っているだけでも気持ち良くて溶けて怖いと思っていた頃が嘘のようである。齧って舐めて触って互いに悦んだが、この先を言い出すことがどうしてもできない。が口で奉仕してくれた時には頭の中身がどこかへ飛んでいってしまうかと恐ろしくなってしまった。情けない、このままでは主導権を握ることなど不可能である。呼吸をするように人を斬った自分が?先手必勝間髪入れずに剣撃を叩き込んだ自分が?京都の街を震わせた自分がどうして意気地なしなどになりえよう。何かきっかけを取り戻したくて思いついたのがボート遊びだった。ここではないどこかゆったりとできる場所に行けば気分も変わるだろう。そこで自分は必ず勝負をするのだ。ふつふつと決意を固めて大浴場で風呂に入り、いちご牛乳をせしめて籐椅子にだらしなく座る。休憩用に設けられたこのささやかな場所が以蔵は好きだった。それに、この部屋からはの部屋がよく見えるのだ。今のように。
「なんじゃ」
いつの間に戻っていたのか、の部屋から出ると、人の目を憚るようにして通路を抜けて行く。異様なのは彼が浴衣を着ていたことで、すなわち個室の風呂に入ったということを意味している。は一人総務課長をしていたので少しだけ部屋が優遇されているのだ。一人で風呂に入りたいことは誰にでもあることだから構わないが、それにしてもこそこそと部屋を出るとは異様な事態である。ゆったりしていたのも束の間、以蔵はキュッとまなこを険しくさせると静かに追いかけた。こんな時はアサシンクラスに召喚されたことがありがたい。人斬りの頃のように気配を消し、そうっと生かさず殺さずの距離を保つ。が使う石鹸の香りがそこここに溢れていた。髪は洗っていないらしい。なぜ体だけを?がシミュレーターのある部屋を開くのを見届けると、以蔵はすぐさま距離を縮めて部屋に滑り込んだ。
「、わしをおいてどこへ行くがかえ?」
「野暮用だよ。内緒」
意外にもは落ち着いていた。このシミュレーターの中には誰かが待っているというわけでもないらしい。大人が三人くらい寝転がれるようなふかふかのベッドが一つあるきりだ。
「遅れたら仕置じゃと言うたち、覚えちゅうろう。わりことせられん」
「よし、以蔵さん。俺と勝負しようか」
ぎゅっと腕を掴んでやっても、の余裕は崩れない。自分を信頼しきっていることへの喜びと、もう少し自分を恐れて欲しいと言う物足りなさから以蔵は舌打ちした。は元々ディーラーである。数々の海千山千の人間たちと駆け引きを繰り広げていた分、坂本龍馬のような一筋縄ではいかない面倒臭さがあった。真っ向勝負で行けばいいように絡め取られてしまうことは必定であるが、どうにも勝負と言われると弱い。断れば怖いのかと見透かされた上で揶揄されるし、この揶揄は以蔵に条件反射で言ってはならぬことを言わせてしまう。唸っていると、はちゅっちゅと口付けで宥めにかかってくる。物慣れた仕草の全てが苛だたしい。
「俺がしたいことを当てたら、ここで一緒にシミュレーションを見よう。外れたら、以蔵さんはこの部屋を出てって帰る」
「がしたい言うんは」
なんだろう。浴衣の袖に少し手を入れ、しっとりと汗ばむ肌に指を滑らせる。こうして肌を合わせるようになってから、彼の体は少し柔らかくなったような気がするのは気のせいか。体を弄るうちに、以蔵は尻のあたりで違和感を覚えてぽかんと口を開けた。この男、こんな薄着をしておきながら下着を穿いていない。少しでも裾がはだけたらばあっという間に見られてしまうと言うのに!試すような素振りに以蔵は答えを見つけたような気がした。半ば確信、残り半分は完全な期待である。ゴクリと唾を飲み込むと、以蔵は声がか細くならないように腹に力を込めて口を開いた。
「……おまん、わしに抱かれたいがならや?」
「以蔵さんが逆がいいなら逆でもいいよ」
「いらん気ぃまわさんでえい。ほいたらわしの勝ちやき、はようシミュレーターゆうを見せとうせ」
「うん、約束だからね」
頷くと、は寝転がろうとベッドに誘った。きっとこうやって女性たちを招いたに違いない。優しく、丁寧で誠実さを感じさせる手腕は見事だ。その彼が自分に抱かれたいと思ってここにいるというのはひどく以蔵のプライドをくすぐった。並んで横になると、はベッドの横に転がっていた袋から道具を取り出し始めた。とろりとした赤い液体の入った透明なボトル、紙巻きタバコの箱に似た見覚えのない箱、まっさらなタオルにティッシュボックス、どれも以蔵には今ひとつここで必要なものとは思えないものばかりだった。そもそも用途がわからないものがある。以蔵の視線を受け止めると、は頬を上気させてそっぽを向いた。
「見てればそのうちわかると思うよ、多分。始めよっか」
「おう」
あのから余裕を奪うシミュレーションとは一体どんなもなのか。一度すうっと部屋が暗くなり、だんだんと景色が変わる。先ほどの狭い部屋ではなく、部屋の地続きが広がってもう一つのベッドが増えていた。ベッドの上には今と同じようにと以蔵がいる。それも裸で、向こうはこちらのことがわからないらしかった。
「レオナルドさんめ……相当根に持ってるな?こんなの恥ずかしくておじさん見ていられないよ!以蔵さん、ちょっとプログラム変更してもらうから待って、」
「しまかにせい」
あわあわと動き出すの腰を引き寄せて黙らせると、以蔵はが強請ったご褒美にほくそ笑んだ。シミュレーションの二人が口付け始める。シミュレーションの以蔵は現実よりも余裕綽々でを御しているらしい。一度見たものは必ずものにできるのがこの岡田以蔵、千載一遇のチャンスを不意にするはずもない。いつぞや見た暗闇での行為は女性相手に似ているようで、前戯に関しては自分の経験で概ね問題なさそうだ。あちらこちらを噛んだり舐めたりするのは既に行なっている。体勢を変えてを足の間に引き込んで捕まえ、以蔵ははだけていた相手の浴衣をガバリと開いて胸板に手を滑らせた。いつもは、どこも同じように味わっていたが、女性と同じであればもう一段階可愛がってやれる。シミュレーションから目を外さずに検分を続ければ、粟立った肌の中で波打つ粒に指先が触れた。形を確かめるようにゆっくりとなぞり、きゅっと甘く摘む。の吐息が溢れ、以蔵は急かされるように乳暈を揉み、硬くなった乳首を引っ掻いて弾いた。シミュレーションとは違い、現実のは心地よさよりもくすぐったさを覚えているらしい。段々と慣れてきたならば変わるだろう。
「こじゃんと見とれや」
「……以蔵さん結構エスっ気あったりする?ぁ、やだって、そっちと一緒にいじっちゃ、んんっ」
「えすゆうはわからんが、おまんが啼くんはここちえい」
「そういうところ、だってば、あんっ」
反応が今ひとつ鈍いため、下腹部へと片手を滑らせの軽く勃起した陰茎を揉むと如実に反応が変わった。女性のような掠れて甲高い声をあげて悶えるに至極満足すると、以蔵はその先へと進んだシミュレーションへと目をやった。ありがたいことにシミュレーションの二人は何をしているのかがこちらにわかるような角度で動いてくれるので真似をしやすい。少し手を止めて、先ほどが取り出した透明なボトルを手に取る。シミュレーションに突如として現れた説明文が、これで十分に中を慣らさなければ流血沙汰になると警告していた。ローションというものらしい。ぱきりと蓋をあけると花のような人工的な香りが漂った。
「ええとね、以蔵さん。下は綺麗にしてあるからシミュレーションのままに真似してくれるので良いよ」
「おまん、初めてやち思うちゅうたがなんじゃ、おぼこじゃないがか?」
「さっきレオナルドさんに教えてもらったんだよ。以蔵さんが面倒臭く思わないようにしたいし、あれは、あまり見せたく、んひゃぁっ」
「可愛いにゃあ。わしのためにか、殺しに来よる」
の脚をかぱりと開いて自分の脚に引っ掛けると、以蔵はぬるつかせたローションを指に絡ませた。ねっとりとした感触は少し気持ちが悪かったが、段々と人肌で温まると体液にも似て興奮を煽る。尻の奥の奥、の菊門に触れれば硬いはずのそこは僅かに緩んでいるようだ。痛覚がないとはいえ傷つくことは避けられないため、慎重に慎重を重ねて指を入れる。体勢の都合上あまり奥まで入れられないことに今更気づき、以蔵は自分の想像力が不足していたことに胸の内で舌打ちした。シミュレーションを見ながら行うためにとった体勢だが、シミュレーション同様に対面に押し倒した方がやりやすい。浅いところだけではあるが抜き差しして緩ませ、前を弄ってやればもシミュレーション同様に心地が良いようだった。もう少し奥だと説明文が促している。シミュレーションの自分は既に一歩も二歩も先に行っていてを中で悦ばせており、自分ではない幻影だとわかっていても腹立たしい。
「ちくっと我慢しとうせ」
指を抜くと、以蔵はゆっくりとの上体をベッドに倒した。顔が見えなくなるのは残念だが、これならば十二分に用は果たせる。絡んだ脚を整えると、以蔵はの尻が高く上げられるように体勢を変えてやった。無体な運動をさせている自覚はあるので罪悪感がないわけではないが、乗りかかった船で諦めてもらおう。ずるい考えだが、絶対には自分を許してくれる、範囲のはずだ。そして自分は天才である。柄にもなく自分を鼓舞すると、以蔵は再度の奥に指を滑らせた。浅い部分は散々弄ったので柔らかく、人間の中身の温かさを切々と伝えている。やっとうで鍛えた無骨な指を一本、また一本と飲み込ませていくのはひどく達成感があった。シミュレーションの自分が先に交合に入り、焦るままに以蔵はここぞと思う箇所を擦りあげる。柔らかい中で少し膨らんだ箇所を最初は優しく突き、撫で、乳首にしたように摘んでこねればようやくが喃語を吐いた。
「もうほがな我慢はせんでえいよ。いくらでも言いゆう」
「ふ、んんっ、頭が、あたま、おかしくなる、」
「おまんはまっこと、えい子ぜよ」
可愛いとは自分のことを言う。だが以蔵は心底を可愛いと思った。全て経験済みで泰然自若と構えていた男が、人生で始めてのことを一挙に全てやりあげる程に以蔵に入れあげている。あられもない声をあげて涙を零す。多分何度か軽く達しているようで、にも自分にも限界を感じた以蔵はようやっと自分のものの準備をした。ぐちぐちと水音を立てて拓いた新天地が愛しい。全部自分が征服したのだ。最早以蔵はシミュレーションなど見ていなかった。ただもう早く繋がりたくて、入り口に押し当てて侵入する。の腕を引いてずりりと入れ込むと、吊られたことが辛いのか啜り泣きが聞こえた。これは良い。可愛そうだが大層気持ちがいい。許しとうせ、と以蔵は祈るような気持ちで呟いた。
「手、手はなして、ぅうっ、くるし……も、ゆっくり」
「もうちょっとじゃ、堪忍しとうせ」
サーヴァントに食べられて困らないようにの体には痛覚がない。故に僅かながら以蔵の良心を揺らがせずに済んでいたのだが、圧迫感はあるらしく、先ほどよりも一層可哀想だった。入りきったところで一度腕を解放し、前に触ればすっかりのものは意気消沈してしまっている。やわやわと揉みしだいて慰めてやるときゅう、と以蔵を包み込む肉が収縮した。背中に口づけを落として吸い、絵を描くように痕をつける。ゆっくりと包む体の力が緩まり、呼吸が落ち着くのを待つためだった。ちらと見たシミュレーションの方は随分と激しい動きをしていたが、以蔵はもう少し丁寧に大切にしたいのである。
「えいようになっちゅうな」
「うん、大丈夫だよ。気を使ってくれてありがとさん。以蔵さんの好きなように動いて」
「おまんにも気持ちえいようにしちゅうき、安心しとうせ」
「以蔵さんは天才だからね」
信じてるよと笑うは余裕を取り戻していて、以蔵は唇をへの字に曲げた。には敵わない、が負けてばかりもいられない。再度腕を掴むと、綺麗にしなった背中に口づけてゆらゆらと揺らし、探し物をするように突く。反応が良い場所を把握するまでにそう時間はかからず、以蔵が全部食べられてしまうと思えるほどに中が締まった。喃語は歌のように流れて意味をなさず、しとどに流れる汗はの漏らす精液と混じってシーツを濡らす。こんなに気を使って頑張ったのは久方ぶりではなかろうか。長く楽しみたくて達しそうになるたびに少し休んでやり過ごすために、ゆるゆると達するは焦れたように啼いている。中で十分に喜ばせていることが嬉しく、以蔵はこのまま中だけで上り詰めさせたいと凶悪な欲望を抱いた。が自分を裏切ることはないだろうが、相手を勘違いさせて致し方なく、などということをしかねない。この男はだらしなく優しいところがある。水茶屋の娘にもなんのてらいもなく距離を縮めたあの不愉快さを以蔵はまだ腹の中で燻らせていた。
「気持ちえいがか?出すき、中でこじゃんと受け止めちや」
「ちょっと待て、あれは、え」
「待たん」
突然が覚醒し、待ってくれとジタバタし出す。この期に及んで何を躊躇しよう。ぐっと奥まで入り込むと同時に以蔵は我慢し続けていたものを長々と放出した。力が抜ける前にとの前も弄ってやるのはせめてもの優しさである。次回はもっと、否二回戦をもっと心地よくするためにも安らいで欲しい。しかしどうやらには違っていたらしく、以蔵の手に吐き出した後も唸っていた。
「この体になったからどうなるかわからないけどなあ。はあ、どうなっちゃうんだろ」
「……まさかおまん、ややこを孕めるがか?」
「多分それはないと思うなあ。あ!以蔵さんの子供だったら高齢出産になってもおじさん頑張っちゃうよ。そうじゃなくてね、子供ができない体に出されちゃうとお腹を壊すのさ。以蔵さんの頃にはなかったろうから用意してもらってたんだよ、これ」
ポワポワとした顔で何を言っているのかと以蔵は頭が真っ赤に染まるものを覚えた。自分との子供だったら欲しいなどと、最高の肯定ではないか!すぐにしたい、今度は顔を見たいと思って、以蔵は密着していた体を離してをひっくり返した。涙やらよだれやらですっかり顔が崩れているが、そうさせたのは以蔵である。息も絶え絶えな様子だったが、は乱暴に顔を拭うと、傍に転がっていたあの紙巻きタバコの箱のようなものを掴んだ。透明な包装紙を破ると、箱に入った薄く平たいものを取り出して以蔵に渡してくる。先日食べたがむなる菓子のように薄いが、菓子の仲間だろうか?促されるままに包みを破ると、薄いゴムが飛び出してきた。
「な、なんじゃあ?食べ物……じゃにゃあ」
「そう、食べ物じゃないんだなあ」
呆れを通り越して慈母のような表情では箱の横に書かれた説明を見せてきた。現代の避妊具で、男性同士の場合は特に衛生面の問題からした方が良いとのことである。お腹が痛くなってくだすのだ、というはひどく惨めそうだった。痛みがない分予兆がなくて困るのかもしれない。そもそも壊すかどうかもわからないから、その辺りも聞いておくよと乱雑に体を拭き始めるを慌てて手伝いながら以蔵は心底悔いた。ここぞというところで連戦の機会を失ってしまったのは惜しい。しょぼくれたのが伝わったのか、浴衣を着込んだは先ほどの箱とローションのボトルを以蔵に手渡した。
「今度は上手に使ってくれよ。以蔵さんとするの、とても気持ち良かったし……次は以蔵さんがもっと気持ち良くなれるように俺も頑張る」
「今じゃ」
その余裕をまとった物言いが一番いけないということを、この男はどこで学ぶだろう。呆気にとられるをよそに、以蔵は再びを押し倒した。ああ、驚いた顔よ!彼の世界が全て自分で埋まっている喜びは例えようもない。
「なあ、ちくっと教えとうせ」
「仕方ないなあ」
言いながら許すから、許してくれるから自分はここにいられるのだ。シミュレーションはとうに終わっていたが、二人にはどうでも良い話だった。現実はこんなにも楽しい。
ボート遊びの後はどこへ行こう。またぬるいかき氷を食べるのも良いな、と以蔵は恋人の鎖骨に溜まった汗を舐めた。
〆.
あとがき>>
私は……堪え性がない!デートで終わらして次回クライマックスの気持ちだったのに待てはできませんでした。今回は神楽坂周辺デートを書けて大の字です。今回も悔いは無い。この後主人公は下着を穿いてないことが災いして以蔵さんに取りに行ってもらうという……そしてお竜さんあたりにバレて全面的にバレてしまうんだろうなあと想像しています。次があるならば、もう少し長男属性を出した以蔵さんを書きたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!