DREAM NOVEL
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諸君、これは本当に生きているのです!産地直送の新鮮さを是非どうぞ、味わってください!


点滴袋は汗をかく


 吐く息が瞬時に白い雲へと変化して行くほどに寒い日だった。空は冴え冴えと澄み渡っているが、皮膚に伝えてくる情愛は冷たい。は日課の体操を終えると、さっさとカルデアの中へと舞い戻った。今日はこれまでが研究して来た事象の効力を証明する、記念すべき日なのである。ゲートを潜り、いくつかの廊下を折れ曲り、合間合間で顔をあわせた職員や英霊に挨拶をしたが、ほぼ無意識で行なっているのでの記憶には残らないままだ。研究職に付いていることを示す白衣を途中で脱ぐと、丁寧に畳んで小脇に抱える。向かう先はレオナルド・ダ・ヴィンチーー何かを追求する人間であれば震えずにはいられない、万能の人の待つ部屋である。

「時間通り。さすがだね」
「大事な日ですから」
「ああ。君には期待しているよ」

おそらく、レオナルドの言葉にはさほどの熱はないだろう。あるべき言葉を投げかけただけという風に聞こえる。期待も何も、すでに明白なことをただ実践するだけだからだ、とは骨ばった手を軽く握った。部屋の中心部にある電力炉に近づくと、Tシャツを脱ぎ電力炉から垂れているチューブを掴む。ほんの少しだけ躊躇すると、はズボンを少し下げ、へそのあたりを外気に晒した。通常ならばただ母体と繋がっていた名残であるへそがあるだけだが、のそれにはカルデアのマスターたる藤丸立香がその手に抱く令呪のごとき紋が描かれている。ちょうど、このチューブの先に見える紋と同じだ。今度はためらうことなく、はチューブをへそに接着させた。

「ぁ、う、ひっ……ぐぁ、あー、ぁあっ」

身体中に満ちて行く熱と、細胞という細胞を無理やり活性化されて行くそのスピードに体感が追いつかず、はただただ情けない声を上げ続けた。痛い、と言わないのは、意識した瞬間から途方も無い地獄が待ち受けているからで、の脳は必死に素数を探し続けている。数を数える、一から十。十から百、そしてまた一から。体に満ちているのは電力から変換された魔力で、は魔術師の素質を持たない生物に魔力を充填させるという彼自身の研究を実証していた。

 この身の毛のよだつような実験から遡ること、三ヶ月ほど前。カルデアでは一つの事象が問題となっていた。サーヴァントと呼ばれる英霊達をこの世につなぎとめ、世のため人のためというには些か聞こえの良すぎる戦いに身を投じてもらうためには一定量の魔力が必要である。幸いにしてカルデアでは電力を魔力に変換し、供給する設備が整えられていたものだから、当座は問題ないと思われていた。しかし、ここは悲しむべきことにマスターたる藤丸立香が優秀であるために大型英霊達がぞろぞろと現界し、合わせるかのように敵が強くなってきているという、実にシビアな現実が呈されていた。一度特異点に降り立ってしまえば、どんなにカルデアの魔力供給力が潤沢と言えども無関係、不足すればマスターたる立香から供給することとなる。

 熱量というものは、使えば失われるのだ。当たり前の話だが、これでは立香が消耗してしまう。もちろんある程度であれば立香とて最早歴戦の強者、さして動じることもない。だが限界は確実に存在していた。危機的な状況に対する救済策としてが提唱したのは、これまで異端として切り捨てられていた自身の研究である”生ける魔力供給炉”の携帯である。詩的と言えなくもない命名は、彼が過去に読んだ”生きた血袋と同行する吸血鬼”の話に基づくのだが、誰も笑うことはなかった。

「魔力が人に宿ることは魔術師の存在から確かです。また、魔術師同士での魔力供給の事例も存在します。ですから、魔術の素質がない人間をただの魔力供給炉として誰にでも供給可能に作り変えてはいかがでしょうか」
「人道に悖る発言だな」

苦々しげに呟いたのは、今目の前で静かに状況を見守るレオナルドだ。彼は舌打ちするようにして、一理ある、と認めた。だが誰がそんな危険な役割を担うのか?は自分が、と答えた。勝算はある。誰にもいうことはないだろうが、魔術師としての才能にからきし恵まれなかった自分を少し救う気持ちさえあった。ただ多数の幸福に自分を犠牲にするのではない。なりの目的があるのだ。

 人一人に宿るには十分だと算出された魔力が充填され、は汗でぬるついた手でチューブを外した。身体中が熱い。目の前が真っ赤でチカチカして見えた。おそらく魔力に酔っているのだろう。次の実験に移るよう見えない状態のまま手で伝えると、横合いから手が伸びてくる。立香の手だ。今度は少年の手の甲がのへそのあたりに触れる。同時に先ほどチューブに対して抱いた感触とは逆に、自分の体の中の熱量がどんどんと吸い込まれて行く。先ほどカルデアの外で感じたような冷たさに身を震わせると、はようやく落ち着いた視界で高揚する立香の顔をとらえた。

「成功かい?」
「うん!すごい、すごいよさん!」
「それは良かった。……さて、次は本命か。誰に手伝ってもらうことにしたんだい、立香君」

そう、本命は対サーヴァントへの魔力供給である。とりわけ火力が高く、主要メンバーとしているサーヴァントに供給できれば、この実験は全て終了となる。

「でも、大丈夫?汗がこんなに出てるし、今日はここまででいいんじゃないかな」
「今日レイシフトする羽目になったら困るだろう?できるなら一気にやったほうが俺も楽だ」
「……わかった。でも、辛かったらすぐにやめよう。約束して」
「心配性だな。約束するよ」

何しろここで自分が倒れてしまっては、積み上げてきた研究成果の全てが無駄となる。にとっては我が子を殺すようなものだし、自分自身も損ねてしまうから、そんな難事は避けたかった。立香が手を振ると、隣室でカメラを通じて観察していたらしいサーヴァントが部屋に入ってくる。堂々たる長駆、人のようで恐竜を彷彿とさせるシルエット、ずるりと這う尻尾には顔をしかめた。確かに火力が高いサーヴァントこそが実験対象なのだが、彼はーークー・フーリン・オルタは些か敷居が高い。

「よお、もやし。せいぜいくたばるなよ」
「くたばらないさ。そのための研究だ」

心配してくれてありがとう、と言うにはとオルタとの関係はよくなかった。最初に魔力供給炉を彼用に調整した際に何かが気に障ったのだろうということはわかるのだが、それを問いただしてどうこうしようという気持ちをは持たなかったし、オルタが歩み寄ってくることもない。微妙に不機嫌さを抱えたまま日々を過ごすという状態が続いている。不便でなければ問題はない。

 気を取り直して向き合うと、用意されたクッションに座り込んだオルタが手招きをしてくる。体格差が開きすぎているので、先ほど立香としたように立ったままではできないのだ。少しふらつく足を叱咤すると、も正面に置いたクッションの上に座り、オルタと正面から顔をあわせる。

「で、どうすりゃいいんだ?オレには令呪なんてないぜ」
「特別な関係であれば粘膜で摂取するらしいが、俺とお前さんの関係じゃあ絆がないから無理だ。噛んでくれ。ああ、加減はしてくれよ?俺は治りが悪いんだ」
「わかった」

の理論が正しければ、サーヴァントに噛み付かれた際に吹き出るのは血ではなく、魔力の奔流であるはずだ。噛みやすいように首元を差し出すと、大きく開いたオルタの口が見える。ギザギザに生えた獣のような歯が恐ろしい。きっと痛いだろう、と思いそうになっては数を数え始めた。痛いと思ってはいけない。冷や汗が流れ出る。存外温かいオルタの体が近づき、首元からぶつりと嫌な音が響いた。目玉の裏が真っ赤に染まり、それきりは数字を失った。




 人間というものは脆い。すぐに死ぬ。耐久力がない、持続性がない、存在し続けるためには大量の熱を食べ散らかす。そのくせ食べたものを全て還元できないとは、なんと不便な体だろう。単純に物理的な意味において、オルタは人間に呆れていた。現に今、目の前では青ざめたが自分に凭れかかっている。もやしの癖に頑張ろうとするからだ。忠告を無視したからこうなったのだ、と舌打ちすると、オルタはそうっと自分が受け取った魔力を持ち主に戻してやる。この程度のことであれば、ただ触れ合うだけでも十分できるというのに、妙なところで頭の回転の悪いこの男は気づいていないのだ。

「やっぱり慣らしていかないと駄目だね。このままじゃさん、そう何回もしないうちに死んじゃうよ」
「もやしだからな」
「オルタが加減しなかったから、っていうのもあるでしょ。オルタも練習していこうね。大事なもやしがなくなったら、寂しいもの」
「大事でもなんともない」

もやしはもやしだ、とオルタはニヤつくマスターを睨んだ。この少年は見た目に反し、なかなか老獪である。不思議と心地の良いやり取りは、カルデアに来て以来少しずつオルタの心を和らげていた。このもやし男は一目見たときから危うそうで、これまでオルタが抱かなかった庇護欲をそそられている。実際のところはちょっかいやら意地悪な言葉を投げているだけだが、オルタにはオルタなりのコミニュケーション方法しかないからであって、決して目的に沿った行動ではない。ランサーのクー・フーリンやキャスターのクー・フーリンから『本体が上手いことがオルタになると反転するから仕方ない』と軽口を叩かれる始末だった。

 は薄い。骨だらけで筋張っていて、もし肉だとしたら最低の部類に入る。だがこの体は見た目よりも頑丈でよく働いていたし、その体に宿る精神力はなかなかのものだった。オルタと同じか、それ以上に感情のやり取りは下手で、当初抱いた印象は同族を見つけたようなものだったかもしれない。短く刈った鈍色の髪をなぞるように頭を撫でてやると、オルタは収まりの良い体をぎゅうと抱えた。彼がもたらした魔力は確かに良質に違いない。故に、立香もレオナルドもこの携帯魔力炉を実現することを決定したのだ。要するに、自分がいれば自分が使えるが、自分がいなければ他人がを使うということで、もし相手が慣れていなければ倒れうるということではないか?低く唸ると、オルタはモヤモヤとしたものが胸のあたりに広がる気持ち悪さに舌打ちした。

「んー」
「起きたか、もやし」
「起きた起きた!実験は成功だな!後は慣れ、そんなとこだろ」
「……聞いてたのか?」
「いや、何も。あったかくしといてくれてありがとうな」

少し迷ったようだ、とオルタは不思議に思った。はどこか面はゆそうである。理由はわからなかったが、立ち上がって尚ふらつくを支えて床に落ちたTシャツ(そう、面倒だったためにをずっと上半身裸のままにしておいたのだ)も拾って渡してやる自分は面倒見が良いのではないかとオルタは思った。もちろん、”こうすることがマスターの望むサーヴァントのあり方”だと理解した上での行動である。立香は心根が優しい。同様にしてオルタにも人間らしい柔らかな情を持つことを望んでいる節がある。本当にそんなことが可能かはオルタにはわからなかったが、わかったふりをすることは可能だ。

 だが、人間らしい感情を持ちうるの方は、というと服を着た後もぼうっと立ち尽くすばかりだった。どうやら何事か考えているらしい。もういい加減放置して外に出ようとすると、がぎゅっと尻尾を掴んできたので閉口した。正直なところ、他人にこの収まりの悪い尻尾を触られるというのは気分が良くない。

「今の魔力供給のやり方だと、時間と負荷がかかりすぎる。慣れで解消するよりも、他の方法を考えるべきだと思うんだ」
「それで?」
「理論上は、手をつなぐくらいでもできるんだ、穴さえ開けてやればね。それは俺がどうにかするとして、時間を早めるためにも絆があった方が良い。ま、物は試しだ。お前さん協力しちゃくれないか?無理は言わないが、できたら手伝ってもらえると嬉しいよ」
「オレと絆、ねえ」

この男は愚かだ。断られることを前提に持ちかけてきたところがまず鼻につく。ついで、断られたらば他の誰かを紹介してもらおうとしているところは更に腹立たしい。このカルデア最大火力にして最も魔力を必要とする自分を差し置いて、他に誰を相手にすれば効率が上がると言うのだろう。噛み跡が生々しく、未だかさぶたが塞がりきれていないの肩口をちらりと見やると、オルタは盛大にため息をついた。

「わかった。マスターの願いでもあるからな、協力してやるよ」
「よろしく頼む。殺されないように俺も頑張るよ」

そこは無駄にならないように、の間違いだ。オルタとて、そうやすやすと貴重な人的資源を減らすつもりはない。絆ができたならば理解されるだろうか?一体どのような絆を結べるかもわからないまま、オルタはただイライラと尻尾を床に叩きつけていた。




 実用化に向けて、なすべきことは山ほどある。より高速に魔力を吸収させるため、面倒なチューブ充填ではなく供給槽に横たわったままでの充填により、第一段階はクリアできた。続いて立香との魔力のやり取りでの負荷を軽減するため、の側で供給量をセーブできるようにする必要がある。これは些か難事で、速やかな供給と加減というのはどうにも相性が悪かった。だが、サーヴァントと異なり、供給先は一人で固定されている。回を重ねることにより、こちらはどうにか解消できそうだった。

 さて、最も重要なのが、対サーヴァントの供給である。この魔力を凝縮したような生き物への理解と同調を目的に、は日々オルタと生活を共にしていた。当初はそばにいれば勝手に絆が深まっていくものと思っていたのだが、そこはマスターとの主従関係ではない故、なんの助けにもならない。気づいたのは一週間経っても何も変化を感じられなかったためである。オルタにこのままでは駄目なようだ、と伝えたところ、矢張り盛大なため息をつかれてしまった。もともとを好きではないオルタにしてみれば、面倒なことこの上ないだろう。思えばオルタではなく、まだと友好的な関係にあるキャスターのクー・フーリンと試せばよかったのだ。

「もやし、最終的に誰に魔力供給することになるんだ?」
「誰にでも、かな。行くならどこにでもついて行くことになると思うしね」

故にレイシフトにも慣れねばならないと、このところ種火の回収やら素材やらをマスターいわく”収穫しに行く”簡単な旅路であればもついて行っていた。もちろん現段階においてができることもすることも何もない。ただどこにいれば安全で、誰が一番魔力を消費するかを見ているだけだ。当たり前の話だが、高火力であればある程魔力を必要とするので、必要な魔力の量が飛び抜けているのは目の前にいるオルタに他ならない。絆があろうがなかろうが、慣れるだけでもしなければ意味がなかった。

「オルタは優しいな」
「勘違いするなよ、もやし。オレはマスターの希望で協力しているだけだ」
「知ってるよ……クー・フーリン!おおい」

漂う香りに目を輝かせると、は香りの元に手を振った。隣にいる男と根幹が同じだとは思えないほどに柔和な顔つきのキャスターは、に気づくと手招きする。予想に違わず、彼の手に抱えられた包みはフィッシュ・アンド・チップスのそれだった。もしかしたらオルタも好きかもしれない。問うこともせずにその手を掴むと、はキャスターの元へと歩み寄った。

「目ざといな。お前の鼻は犬並みって言ったところか。一緒に食べるか?」
「好きなものはすぐ気づくんだなあ、これが。お言葉に甘えさせてもらうよ。久しぶりだなあ。あ、俺のにはレモンをかけないでくれ。オルタはどうする?レモン、かけるか?」
「……かけねえ」

ひどく不機嫌そうな声色に、は自分はまた何か失敗したらしい、と肩をすくめた。カフェコーナーで空いた椅子とテーブルを見つけると、は二人に腰掛けるように勧めて二人分のエールと、自分用にホットワインを注文すべくスタッフに声をかけに向かう。このところ、魔力供給の実験のせいなのか体が冷えて仕方がないのだ。血が出入りするようなものだから体が追いついていないのかもしれない。レオナルドには折を見て相談すべきだろう。

 メニューパネルから吐き出されたレシートを受け取ると、は受付カウンターに肘をつきながら唐突に閃いた。は人の心情を汲み取るのが下手で、とりわけジョークというものを理解するのが不得手である。何かオルタのジョークで気づかないものがあったのではないだろうか。エールが出されるまでしばらく考えたが、やはり思いつかない。この仮説は棄却だ。では次の仮説に移ろう。キャスターだろうとオルタだろうと、二人はどちらもクー・フーリンだ。ホットワインが差し出され、は合格をもらったような心地で席へと舞い戻った。優しい二人はこの数分間、どうやら食べずに待っていてくれたらしい。飲み物を置くと、適切な判断であったことが二人の表情から見て取れた。

「キャスター」
「おう」
「オルタ」
「なんだ」
「俺はちゃんと解ってるぞ、二人ともクー・フーリンだってことは。ただ最初に出会ったのがキャスターだったもんでな、名前で呼んでたんだ。これからは公平を期すことにしよう」
「……、お前って本当に人の気持ちがわかんない奴だな」
「ムカつくが”俺”の言う通りだ。もやし、オレもお前がだってことくらいは知ってる」
「つまり?」
「大人な”俺”は名前くらいで一々騒がないってことさ。くだらない話はここら辺にして、食べようぜ。冷めちまう」
「いただきます!」

やはり自分の判断は今ひとつのところでズレるらしい。いい線を行っていた気がしたのは、本当に気がしただけで終わってしまった。まだ熱々のフィッシュ・アンド・チップスは湯気を立ててを迎えてくれている。レモンをかけない分として避けてもらったあたりから一切れつまむと、ためらいもなく口に入れる。カリカリとした衣の後に津波のように押し寄せてくるマダラの滋味と言ったら!程よくエールに漬け込んだらしく、じんわりと苦味が主張するのもの好みだった。惜しむべらくは、マダラが少々淡泊であることだろうか。養殖担当のスティルトンに後でコメントを寄せよう、と考えながらはオルタに顔を向け、さして食の進まない彼に小首を傾げた。

「オルタ、やっぱりレモンかけた方が良いんじゃないか?俺は苦手だけど、かけるのはかけるので美味しいと思うぞ」

「おう」

また間違えていたらしい。キャスターが苦笑しながら、サーヴァントにとって食とは、と問うてくる。なるほど当たり前の話で、サーヴァントには本来食事など不要だ。ただの娯楽である。そしてオルタのこの様子からして、彼にとっては楽しみなどないのだろう。単なる事実であって、同情を催すものではないから、は悪かったと軽く謝るにとどめた。

「お前が好きなら、それを食べて理解した方が早いだろう。まぁ、それが絆の足しになるかはわからないけどな」

すい、とこちらに向けられるオルタの眼差しはどこか優しい。この男は優しいのではないか、に十分な哀れみを与えてくれているのではないかという期待に胸が踊る。は感情的思考が乏しいものだから、自分に対する他人の好意の程度を測ることはできない。だが、この瞬間確かにの胸はキュンという音を立てた。これが絆であるならば、紛れもなく足しになっている。

「どうしようオルタ、俺今めちゃくちゃドキドキしてる」
「はあ?脈絡がないのも良い加減にしろ」
「そうだぜ、。こんなことでドキドキするなら心臓がもたないだろう。落ち着いて食べてな」

キャスターとオルタの異なるようで根底が同じ発言に頬を緩ませると、は黙って命令に従った。何せチップスにはまだ手をつけていないのだ。まだまだお楽しみを続けるだけの喜びは残されていると言えよう。




 絆、というものはマスターとの間であれば何故だかすぐにわかる。立香は時折「後少しで絆6だ!長かったねえ」などと具体的な数字を上げて喜ぶのだ。オルタにはわからない。そもそも絆が数値化されるという現状が理解の範疇を超えている。相手であれば尚更把握しようもないのだが、どこか能天気な男は今日もせっせと実験に勤しんでいた。レイシフト先での魔力供給、というのがテーマで、つなぎのジッパーを下げたは黙って立香に腹を触られている。手を握るだけでもできるようになったらしいのだが、この方が早いそうだ。

「もうこっちは実験をしないでも十分だね。さんはオルタとの方を頑張ってくれるかな」
「ああ。進んでなくて悪いな、立香君。まだ絆が見えてなくて」
「絆?オルタとさんの?それがどう結びつくのかわからないけどーー待ってて、今見るから」

驚くべきことに、この少年は他人の分まで見通せるらしい。タブレット端末を取り出すと、なにやらキーワードを打ち込んで探し始める。ピロリロリーン!ピロリロリーン!と愉快な音が流れ出すと、立香はこれだねえ、と開いた画面を見せてくれた。

「すごいよオルタ!君とさんはもう絆7なんだね。僕の次に親しいみたいだ。メイヴちゃんがくる前にここまで仲良くなれる人ができたなんて、僕は感無量だよ」
「絆7……って、10が満点だとして、つまり一体どういう仲なんだ?俺はてっきり、絆が浅いから供給がうまく行かないんだと思ってたんだが、これは他のやり方をもう一度考えないと難しそうだな」

オルタにとって、数値自体はさほど驚くものではなかった。自分自身に変化は見られないが、とはただ一緒にいるだけではなくて、互いになにを思っているのか(勿論主にはがどう思うか、だ。何しろオルタはこれという感想を持たないことの方が多い)を話し合うようにしている。先週は高名な遊園地に出かけ、仮装をしても良い日だからバレないと笑うと着ぐるみを着て遊んだのだった。確かに自分の尻尾はまるきりバレなかったし、もともと血色の悪いの古典的解釈におけるフランケンシュタインの仮装も悪くなかったように思う。少なくとも、こうして親密な時間を過ごす相手は、オルタには立香以外にしかいない。絆というものの種類はわからないが、数値が他人よりも上だと言われれば十分納得のいく成果だった。

「なるほどね。さんは難しいことを考えていたわけだ。絆7っていうのはね、親友を越えて漸く互いの将来を展望し合う仲になろうとしているところかな。要するに一線を越える手前だね!」
「思った以上に深い仲なんだな。ついでだ、俺と仲が良いサーヴァントがいたら教えてくれないか」
「勿論だよ。……キャスターのクー・フーリンが6、ランサーのクー・フーリンも6、プロトタイプのクー・フーリンが5、エミヤが4かな。さん、ひょっとしてクー・フーリンの顔が好きだったりする?正直なところ、とても面白い、いや興味深い結果だと思う」
「態とらしく言い直すな。面白がるなら素直に面白がれよ。で、。お前は一体どういうつもりなんだ?」

自分と親しんでいる間は、当然ながら他の人間の入る隙間などない。にも関わらず、着々とと他のクー・フーリンが絆をあげているのは解せない話だった。しかし当のもわかっていないようで、少し首をかしげた後、もともと仲がいいだけだろうと返すのみである。その元々が気になるのだが、追求すればする程自分がこだわっているように見えることをオルタは恐れていた。恐れ?自分にはあり得ようもないはずの感情である。愚かなる王である自分は恐れることなくなすべきことをなすのみだ。

「顔が好みか、っていう話で言えば、好みには違いないな。男前だし、戦ってる時なんてモテそうだなあって思いながら見てるよ」
「へえ」
「おい、あんまりベラベラ余計なことを話すなよ。厄介なことになりそうな気しかしねえ」
「”令呪を以って命ずる、オルタ、口を閉じよ”」

笑顔のままに反撃を喰らい、オルタは思わず口をつぐんだ。勿論抵抗は可能である。ただ、ほんの少しーーほんの少しだけ、立香とのやり取りを見守る方がいい流れになるような予感を抱き始めていた。ならば自分が黙ることは仕方がないことだし、第一自分の信条はマスターが望むサーヴァントとしてあることなのだから黙っているに越したことはない。手近な石に腰掛けると、オルタは承諾の姿勢を見せた。

「こんなことで令呪を使ったら、また魔力供給が必要になるぞ。第一、もう帰る時間じゃないのかい」
「はは、5分もかからないから大丈夫。ね、さっきの続きだけどさ、さんってクー・フーリンの中で誰が一番好きとかってあるの?」
「顔の話だったら、顔が一番好きなのは男だとベオウルフだな」

話がずれている。半ば落胆しながら、オルタは心の中で舌打ちした。にはどういうわけだか微妙に他人を苛立たせる欠点があって、ほんの少しだけ他人の真意と異なる回答や反応をするのだ。当初はわざとかと思っていたが、単純にそのやり取りに深い興味がない場合のみに発生するとわかってからは怒る気も失せた。何か脳に問題を抱えているわけではないが、情緒面に問題があるのかもしれない。とは言えベオウルフが好みというのは些か意外な話だった。傷だらけの男臭い顔立ちをしたベオウルフは確かに”格好いい”と呼ばれうるのだろうが、の好みとは計り知れない。

さん、クー・フーリンの中でだよ?顔に限らず、誰が一番好きなのか教えてくれないかなあ」
「お、また間違えてたか。ごめんよ……うーん、一番ドキドキするのはオルタだな。断然かっこいいし、なんだかんだ言って俺に根気よく付き合ってくれているしな。で、一番構いたいのはランサーで、つるみやすいのはキャスター。プロトは今後が楽しみな若者だから、見守っていきたいというかーーずれたな。一番はオルタ。それが君の望む答えだろう?」
「ちょっと違うんだけど、合格点だよ。オルタ、もう喋っていいからね」

一番はオルタ。まるで天声のような響きに、オルタは確かに全身が震えるものを覚えていた。ドキドキする、というのはこのところが話していることでもあるから嘘ではない。平時となんら変わる様子のないが驚いたように尻尾に触れてくる。どうやら己の尻尾は主人の意思を無視して勝手に揺れているらしかった。

「……ごめんよ、オルタ。また怒らせたかな」
「怒ってねえ。一番なんだろ?お前にしちゃあ上等な答えだ」
「本当だよ、さん。オルタはね、貴方に好かれて嬉しいってさ……だからこれは僕なりの解釈なんだけど、僕がサーヴァントにするやり方で魔力供給をしてみるのはどうかな?絆が7まで上がってるから、できるような気がするんだよね」

何よりも安全だし簡単だよ、と笑顔で立香は宣う。事実ではあるが、一度も挑戦したことのない事象を耳にしたは思い切り顔を顰めていた。当初魔力供給を試みようとしていた時点でが切り捨てていた選択肢である。思えばさっさとすれば良かったのだ。オルタの顔を見ることもできないでいるに舌打ちすると、オルタは屈んでの顔を両手で包みこむ。なんとひ弱な頭蓋よ、少しでも力を込めれば容易に弾け飛んでしまいそうだ!鳶色の瞳がはっきりとこちらを見つめてきた瞬間、オルタは明確な意思を持って生贄に口付けた。




 オルタの歯を見るたび、は小さい頃に飼っていた大型犬を思い出す。柔和で吠えること一つせず、防犯用にはならないねと父親が言っていた犬。だが、食事のために開かれた口は何よりも尖る歯を抱えていた。オルタ・クー・フーリンの歯も同様に、当人は静かで口調ほど意地悪でも苛烈でもないにも関わらず、開いた口は地獄の入り口を想像させる。その歯がまっすぐに自分に向かってくれば怯むのは当然の話だった。思わずぎゅっと引き結んだ唇にオルタの歯が当たり、軽く噛まれる。どうやら開けと言いたいらしい。思えば魔力供給以外の他意はないのだから腹をくくればいいものを、は懸命に手を伸ばしてオルタの頬を軽くつねった。

「おい、魔力供給するんじゃねえのか?さっさと口を開け」
「心の準備くらいしても良いだろ!オルタは気にしないだろうけどさ」

オルタが、と口にした瞬間、の心臓は破れんばかりに拍動した。なんだ、これでは自分が意識しているようではないか。立香が意味ありげに笑みを含んでこちらを観察していることが恨めしい。深呼吸を二、三度試みると、その背をオルタは黙って撫でてくれた。以前の彼であれば、もっと文句を言いそうなものだし、マスターが望む目的を果たすために無理やり魔力供給を試みてもおかしくはない。

「もう良いか、
「はい」

緊張して答えながら、は自分の名前を呼ばれるようになったのはいつからだろう、と真っ向から相手の目を見つめた。絆とはそういうものか、と思う。僅かな変化だが、胸に広がる暖かさは心地良い。自分が感じるものを相手が感じているとは思えないし、そもそもいつも答えを間違えるにはわかりようもないのだが、嬉しいということだけは明白だった。

 再び身を屈めたオルタに合わせて口を開けると、は襲いくる熱量に目を瞬かせた。体熱というよりも魔力の奔流で、平時魔力を体に溜め込むために感じ取るものとも異なる。オルタと幾度も試してはうまくいかなかった供給と異なり、の体も熱くなっていく、与えると同時に代わりの何かを得ているということが全身で伝わってきていた。毎朝、カルデアの外で浴びる陽の光よりも眩しいと例えるのは矢張り見当違いだろうか。離れようとするオルタのフードに手を伸ばして顔を寄せると、ぎゅっと相手の眉間に皺が寄った。嫌か。用事は十分に果たされたから真っ当な反応だ。しかし、フードから手を離そうとした瞬間、返されたのはオルタの獰猛な舌による蹂躙だった。

 の口付けに関する経歴を紙に書けば4行ほどで終わってしまうし、人によってはそのうちの2行は事故に等しいと笑う程度のものしかない。故に、オルタが披露した絶技はには過剰な供給であって、蕩けさせるにはものの20秒とかからなかった。脳の中身が全部溶け出してしまったのではないか、と思ったのは束の間で、ようやく意識が戻った頃にはただオルタにしがみついているばかりである。軽い嘆息と共に頭を撫でられる喜びに、はオルタの熱い胸板に頬を寄せた。

「顔色が良いな。成功だ、。次からはこのやり方で行くぞ。……だよな、マスター」
「そうだね。もう少しだけ加減はした方がいいと思うけど、今までで一番よかったよ!さんも早く慣れてね」
「ん」

生返事をなんとか呟きながら、は漸くこのやり方こそが立香とサーヴァントたちの間で交わされるものだと思い当たった。本当に、特別なことだと感じるのは自分だけだというわけだ。長い挑戦の果てに得た成功だというのに、の胸はどうにも痛んで仕方がない。帰ろう、という立香のセリフに頷くと、どうにも疲れてしまってわざとふて寝した。

 一日が過ぎ、二日が過ぎ、一週間が過ぎて、特別なことは日常の一場面へと組み込まれた。立香がいうには、絆はジリジリと上がっていっているらしい。初めての時ほどではない、半ば習慣的な口付けで魔力供給を終わらせると、はまだ慣れない自分を叱咤した。オルタは平然と戦いに戻っているし、周囲の誰もがこの状況をおかしいとは思わない。給水タンクから出る水を飲むことと同じくらいに当たり前のことだからだ。今日のレイシフト先は磯の香り漂うギリシア近郊のどこかの浜辺、である。地理に弱いはどこであるかを知らないので、ただ黙って持ち運びされている。

 この状況を提唱したのは自分であり、理論の実現は喜ばしいことである。にも関わらず満たされない、否確実にパサついてしまった日常を送る自分はずれている、とはため息をついた。控えに回っているキャスターの横に座り、正面からその顔立ちを観察する。四人のクー・フーリンの中で最も肌が白く、老獪な気配を漂わせている男は、の視線を受けて薄く笑った。

「なんだよ、。お前、本当に俺の顔が好きだよな」
「……どうしたらなれるか考える程度には好きだな。ダ・ヴィンチちゃんに頼んで整形でもしてもらおうかな。実験したいことがあるって言ってたし」
「俺そっくりの顔にするってか?オルタが気持ち悪がりそうだな」
「くだらねえこと話してるんじゃねえよ。交代だ、”俺”」
「はいよ」

長く落ちた影に、は夕方が近づいていることを知った。容赦無く肌を突き刺す陽光とはもうすぐお別れである。隣に座り込むオルタを特段支障がなさそうだと判断し、はキャスターたちの戦いへと目を向けた。キャスターの青い髪が揺れ、軽快な文句が吐き出されている様はなかなか見所だ。今日はが綺麗だと絶賛する玉藻御前も夏を満喫する装いでパラソルを振り回しているから眼福この上ない。

 素敵な生きものたちを見ると、別人になりたい、自分よりも素敵な自分ではないものになりたいという幼稚な変身願望を抱いてしまう。愚かだと自嘲すると同時に奇妙に愛しい。自分の愛されることのない欠点を愛せるのは自分だけなので、は密かに大事にしてやりたいと考えている。別人になっても、性根が変わらないから似合わない服を着るように気まずいままで終わることは目に見えていた。ただの、願望だ。泡沫のような思いを弾き飛ばすと、は今や自分よりも愛しく思うオルタの手をそっと握った。日差しとも体熱とも違う暖かさは、互いの魔力が交流しているからである。会話もなく、ただじんわりと触れ合う時間がは好きだった。言葉はいつでも強すぎる。

もし、自分が正しく相手を理解できるのならば、正しく返すべきものを返せるのならば、こんな思いは抱かないはずだ。何度も繰り返しているのに、何度もアプローチを変えているというのに変わらない自分は、流石のも愛せない。捨て去りたいものに限っていつまでも抱え込んでいる現状に歯噛みしていると、オルタがぐいと腕を引っ張って身を寄せてきた。

「しっかりしろよ、。お前はオレにはなれねえし、お前がオレになったら胸糞悪い。諦めてもやしのままでいるんだな」
「どうせお前に食べられるなら、もう少しカロリーの高い野菜が良い」

食べ出がないことは承知していたから、は繋いでいない方の手で自分の顔の輪郭をなぞった。以前よりは改善されているが、頬は些かこけているし、なぞる手に乗る肉は薄い。ランサーの指導を受けて腹筋だけは一人前になったことは唯一の救いだった。

「……カロリーが低かったら、たくさん食べたって問題ねえんだろ。イイじゃねえか」
「オルタ、心臓に悪いからあんまり甘やかさないでくれ。死んじまう」
「ばか」

罵声ではなく、慈愛の滲み出た発言には耳を疑った。また間違えたと、思う。都合の良い夢を見ようとしている自分は愚かだ。繋がっている手を離そうとするも、ガッチリと掴まれていて微動だにしない。かえってより密着するような体制をとられ、はハッとしてオルタの胸を押しやった。

「供給ならさっきしただろ。まだ元気なんだ、温存しておいた方がいい」
「供給じゃなかったら駄目なのか?」
「駄目だよ。駄目なんだ、辛くなるから暇つぶしならよそでやってくれ」
「知ってるか、。オレとの絆が一番強いのはお前だ」

考えてみろ、とオルタが頬を舐めてくる。獣じみた所作に思わず背筋を震わせると、は改めて自分は嫌われていないことを実感した。嗚呼なんて素敵なことか!緩みそうになる頬を引き締めようと意識したが難しい。多分中途半端なおかしな表情になっていることだろう。オルタの眼差しの優しさにキャスターのそれを重ねてしまった自分は愚かだ。

「……俺との絆が一番強いのはオルタか、はわからないだろ」
「オルタだよ」

なんとかして反駁しようという試みは、全てを掌握している少年のセリフに打ち倒された。どうやらオルタとやり合っているうちに戦闘は終わったらしい。玉藻やらキャスターやらの事態に興味深そうな視線では燃え尽きそうだった。

「さっき、二人の絆が9になったんだよね。だから、安心して戦場以外の場所でいちゃついて欲しいな」
「わかった」

が口を挟むより先に、オルタがあっさりと返事をする。何がわかった、だ。沸騰しそうな程に様々な感情が入り乱れ、体がぶるぶると震える。オルタに俵のように抱え上げられながら、はあまりの恥ずかしさにただ顔を覆って現実逃避を図った。もはや頭の片隅にくらいしか、逃げる場所は残されていないのである。




 絆が7であることを知った日から、オルタにとって歩むべき道のりは実に単純なものへと変化した。マスターが望んだ通りの絵図を描いているし、表現しがたいものだが、自分にとっても問題のない道のりだった。だから当初はにとっても支障のない流れとして受け入れられていたと理解していたのだが、どうやら事態は一筋縄ではいかないものであるらしい。戦場から持ち帰り、オルタの部屋のベッドに腰掛けさせたは、今も顔を両手で覆ったままだ。逃げ場を奪うために、正面から覆いかぶさってその手を剥がすと、真っ赤に染まって泣きそうな顔が現れる。一時期はこの顔がもやしよりも白くて密かに焦りを覚えたものだが、健康的な赤みがさすようになって何よりだった。

「絆が9にもなったっていうのに、今更な話だが、お前は言葉にしないといけねえようだから聞く。、お前はオレが好きか?」
「好きだよ、好きだから困ってるんだ。オルタが……クー・フーリンが立香君の望みを叶えようとしているのを知ってるからさ。お前自身がどう思ってるのか、俺は怖い」

怖いから知らないままでいたい、と蚊の泣くような声で言うものだから、オルタは唸って軽く口づけをしてやった。自分の名前を呼ばれることはひどく耳に心地よく響いた。この自分が、面倒なことを一切しない自分が求めている、その特別さを哀れな男は知らない。抱きしめれば、細い体は軋んで砕けそうにミシミシと鳴った。

「それじゃあ教えてやる。オレはお前が好きだ。お前が望むなら、愛してる、くらいは言ってやるよ」
「えっ、え、いや、あのそこまでは……俺、夢見てる?ぁ、痛い痛い痛い!」
「目が覚めてるかよ。聞いていないふりをしたら許さねえ」
「聞いてる、ちゃんと聞いてるって!噛み跡がやっと消えたってのに、これじゃ大浴場に行けなくなるだろ」

痛みから潤ませる瞳が見たかったのだ、と言ったらばきっと怯えるに違いない。あまりにもどうでもいいことばかり紡ぐことが許せなくて、久方ぶりに加減せず噛み付いたの肩は軽く穴が空いていた。時間が経てば痣になるだろう。こう言う時に脱がせやすい服は便利で申し分ない。

「風呂なんざ、オレの部屋でシャワーでも入ってるんだな。で、返事はどうした」
「あのさ、いちいち俺の心臓を撃ち抜かないでくれよ……嬉しくて死にそうだ。正解かな?」
「上等だ」

こんな時にまで、正解だと不正解だのにこだわるところはらしく愚かで、だからこそ愛しいのだとオルタは思った。愛しい?愛しているという台詞さえ心がこもっていなかったにも関わらず、オルタは今はっきりとこの感情を理解していた。口付けの雨を降らせて、つなぎのジッパーを引っ張り現れた肌の、ちょうど心臓の上に当たる部分を噛む。もしが魔力を消耗し、死ぬしかなくなったならばきっとここからまだ暖かい心臓を掴み取り噛み砕いてやろう。それがあるべき二人の姿だ。

「クー・フーリン、今日はまだ一線を越えないからな」
「いいだろ、別に。明日生きてるかわからないんだ、今できるならすりゃあいい。待つのは面倒だ」
「じゃ、するためにも明日も明後日も生きててくれ」
「おい!」

揚げ足を取るような物言いは、が本調子になった証左だ。が、賢しらなこの理屈は気に入らない。先ほどよりも強く首元に噛み付くと、はヒイと小さく叫んだ。相手が乗り気なことくらいはわかりきっているし、何よりもオルタは致したい。立香も自室であれば文句は言わないのだから申し分ないはずだった。

「すまん、俺の心の準備の方がまだ出来てなくてだな……あと多分体の準備も必要だし……絆が10になったらにさせてくれ!」
「わかった」

こちらの言い分であればなるほど理解ができる。が、安堵したはやはりまだ考えが至らない。もっと彼はオルタのことを知った方がいい、とギザギザの歯をカチカチと噛んでオルタは笑った。

「速攻10まであげてやる。その間に体の準備だけでもしてこい」

心の方は愚図つくのことだ、待っても海路の日和すらない。ならば体の方だけでも進めるように立香とレオナルドに根回ししておけば済むはずだ。オルタの哀れで愛しいもやしはオルタの考えなど知らず、かっこいいからあんまり話さないでくれ、と支離滅裂なことを言って呻く。

「ばか」

深く口付けてやるたびに、頭のどこかで光が煌めく。あれを絆と言うのならば、全て満ちるまではほんの少しだ。その時自分は、は一体どんな気持ちを味わうことになるのか。自分専用の生きた血袋の頬を舐めると、オルタは塩っぱい、と小さく呟いた。


〆.

あとがき>>
 FGOをプレイし始めた当初はさして推しではなかったオルタが、気づけばメインメンバーとして常に出張り、存在感を否応無しに増していったことで生まれました。FateシリーズをFGOしか知らないので、調べたものの、もし間違っている部分があればすみません。クー・フーリンはどれも美味しいと言う気持ちがダダ漏れている。絆が上がるたびに変わる関係をどうやって知るのかなあと思ったことがきっかけの作品です。この後二日以内に絆は10になる…!記念に何かもらうというのも趣深いので、機会があれば書きたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!