本当は、いつでも。
バッドステータス祭り2:感電
ひょっとすると、自分は運が悪いのではないだろうか。今日も中嶋の誘いを受けてタルタロスに登ったのも束の間、本日新たに探索した階でシャドウに遭遇するなり転がる羽目になった自分をは心の底から情けなく思った。他の面々が_____広原は今日用事があるだとかで居ないので、当然乍らに年下ばかりだ_____ぴんしゃんしているというのに、何だって最年長の自分は感電なんぞになっているのだろう。
「大丈夫ですか、さん」
「ん……なん、ていうか、その……身体が、」
隣り合っていた真田の顔を見上げれば、何故だか顔を真っ赤にして背けられた。加減を聞いて来たのは向こうの筈なのだが、思春期とはかくも不安定ということだろう。どうせ時間が経過すれば収まるのだ。敵に攻撃を受けないと良いのだが、と床に這いつくばったままもう片側に立っている桐条を見れば、どういうわけだかガッツポーズをとって真田に何事か指示していた。
「素晴らしい、敵ながらエクセレントだ!明彦、今を逃す時は無いぞ!」
「美鶴……今は戦闘中だぞ」
「据え膳喰わぬは何とやらとも言いますよね」
さらりと物騒な一言を付け加えたのは勿論、我らがリーダー中嶋である。コメントをしながらもしっかりと敵の攻撃を避けることは忘れない。益々不穏さを増す様相には眉を潜めるとびくびくと身体を蠢かせた。初めてこのバッドステータスにかかった時も思ったものだが、つくづく人間というものは電解質を多く含んでいるものであるらしい。昔実験した蛙はこんな気分では済まなかったのだろうと思うと、今更乍らに申し訳なく感じられた。
「明彦、リーダーである中嶋もこう言っているんだ。ここは私達に任せろ」
「暫く帰って来なくても大丈夫ですよ」
「……解った。中嶋、美鶴、後は頼んだぞ」
何の話をしているのだろう。口が開いたままだったせいでだらしなく涎が垂れたことに顔を顰めると、ぐいと襟元を真田に掴まれた。
「何、」
「離脱します」
「ちょ、おい!」
まだ途中だろうというの台詞は、麻痺した身体では何の意味も為さず、ただ為すがままに真田によって引きずられるのみだった。戦闘の輪から外れ、再び元のタルタロスに引き戻される。用心の為か階段状になっている踊り場までを引き上げると、漸く真田は手を離した。
「大丈夫ですか?」
「……もう、少しく、らい」
かかりそうだ、という僅かな一言すらも言うのが億劫だった。真田と目が合うと、再び顔を赤くしての傍に腰を下ろした。ゆっくりと引き上げられる感触から察するに、どうやら所謂膝枕というものをされたらしい。普段ならば断っている所だが、身体の自由が利かない為にどうにもならない。抵抗することを諦めると、真田が優しくタオルで口元を拭ってくれた。
「……やっぱり、こういう時につけこむのは中々踏ん切りがつかないものだな。美鶴はああ言ったが、」
「な、に?」
「ああもう、喋らないでください。話は回復してから聞きます」
随分と横暴な台詞だ。目を細めると、真田が首を振っての頬を撫でた。少しだけ、思わせぶりな手つきで指先が顎の下をくすぐり、首筋に触れる。今日は中嶋が盛んに夏らしい衣装であわせようと主張した為に甚平姿だった。思えば随分と無防備な装備であることに気付き、ははっとして身を固くした。
ひょっとしなくともこれはかなり危ない局面なのではないだろうか。それはつまり、桐条と中嶋は自分と真田の間のごたごたを十分知っているということを意味するのだが、はそこまで頭が回っておらず、ただ今自分の身にそれなりの危険が迫っていることを認知したのみだった。
確かに真田は滅多なことでは人の弱みに付け込まない人間である。しかし、実際にはかつてタルンダ・スクンダ・ラクンダのンダ系重ねがけでもっての身体の自由を奪い、襲いかかったという事実があっただけに、はこの局面をどう捉えて良いのか迷いが生じていた。と、の気持ちを読み取ったのか、性的な意味も特段持たせずにぺたぺたと触っていた真田がふ、と目を細めた。
「大丈夫です。今は何もしません________やろうと思えば、いつでも出来ることですから」
「っ」
すっかり忘れていたことだが、真田もまた電撃遣いなのである。恐ろしい事実に打ち当たっては舌打ちしたい心地になると、震える指先でそっと真田の服を掴んだ。
「真田」
「どうしました?」
「その、……お手柔らか、に、たの、む」
「…………」
これまでの経験上、真田はこちらが甘えてみたり下手に出ることに弱いらしかった。ならば、と思い切って言ってみたのだが、どういうわけだか真田は無反応のままである。矢張り白々しかっただろうか。仕方なしにこちらを凝視する真田を見詰め返すと、思いきり溜息をつかれた。
「全く、俺の言った意味が解ってない」
「うわっ」
真田の顔が近付いた、かと思うとがぶりと鼻を噛まれた。名残惜しそうに離すと、真田はぺろりと唇を舐めた。まだ大人になり切っていない、過渡期の魅力とでも言うのだろうか、仕草の一つ一つが扇情的に感じられる。思わず見入られていると、真田は困った様にの瞳を白い掌で覆った。
「”お手柔らかに”して欲しかったら、治るまで大人しくしていてください。良いですね」
「ん」
大人しく頷くと、は痺れる瞳を閉じた。時間の経過とともに収まった痺れは末端に流れ、指先にぴりぴりとした刺激が走っている。だがそれが気に障ったのも少しの間のことで、は眠る様に意識を沈めた。
「全く、無防備だから困る」
寝息とともにの眠りを確認すると、真田はゆっくりと掌を外しての寝顔を見た。麻痺はもう治ったらしく、けいれんが無くなっている。随分前に伊織がふざけて麻痺状態になると筋肉疲労が刺激されて良いのではないかと言っていたものだが、矢張り余り身体に良いものとは言えないだろうと思っていた真田はほっと安堵の溜息を漏らした。
ついで、よく耐えたものだと自分の精神力を褒めてやりたくなって、軽くの鼻を摘む。息が苦しくなる程度のものではなかったが、死んだ様に凪いだの眉間に皺が寄った。生きているのだ、と思う。以前にも思ったことだが、寝に入ったはさながら死んだ様で観る人をぎょっとさせるものだ。時折瞼が震えるのと、微かに_____本当に微かに寝息と共に胸が上下していなければ、誰しもが死んでいると思うに違いない。まるで身体を置いて魂が何処かに出かけてしまったかの様だ。
「心配させないでくれ、と言っても解らないんだろうな」
恐らくは、ご自由に、等と軽くあしらわれて終わってしまうだろう。ひょっとすると、今後の為にも一度は思い知らせた方が良かったのかもしれないが、真田は苦笑しての頬をくすぐった。
「……さな、だ……」
「っ」
聞こえるか聞こえないかという微かな声がの唇から漏れ、思わず叫びそうになった自分の口を真田は慌てて覆った。聞き間違えではない。あのが確かに夢の中で自分を呼んだのだった。
「なんだ、何もしなかったのか、明彦」
「何とは何だ、美鶴。面白がるなよ」
もっと聞けないだろうかとそわそわしていると、この階での用事はもう終わったらしい桐条と中嶋がひょいと顔を覗かせた。中嶋が上機嫌な所を見るに、珍しいアイテムでも手に入ったのだろう。眠るの顔を覗き込むと、中嶋はさらりと落ちていた髪を撫で上げた。
「……知ってますか、真田先輩。さん、真田先輩と居る時だけ無防備なんですよ」
「まさか」
返したものの、真田はざわざわと騒ぎ出す胸の内を押さえることが出来なかった。確かに、真田は自分が居ないときの等知る由もない。もし、中嶋が言うことが本当ならば、それはひょっとすると自分がに信頼されていると言うことなのだろうか。いや、あるいはそれ以上のものを期待しても良いのだろうか。
「信じるも信じないも自由ですけどね。さん、そろそろ起きてくださいさん」
「んー」
思わせぶりに口の端を上げると、中嶋はゆさゆさとの身体を揺さぶった。気難し気にまた眉間の皺が寄ったかと思うと、幾度か瞳が瞬いた後、存外ぱっちりと開いた。
「あー、悪い。すっかり寝てた。有難うな、真田」
「身体の調子はどうですか」
「御陰様で絶好調」
真田の膝の上から少し恥ずかし気にが降りるのを、心底名残惜しく思って真田は膝の上に残った温もりに触れた。自分が伊織の様な性分であればきっとに抱きつけたろう、と思うとひどく残念だった。自分が出来ないのではない。がそれを受け入れないのだ。中嶋と立って歩き始めたの背を見詰めていると、横合いから桐条がふふんと鼻を鳴らした。
「明彦。紳士であるのは良いことだが、機は逃さない方が良いと思うぞ」
「逃した訳じゃない」
いつかは下の名前で呟いてもらえるだろうか。自分を呼ぶの声に返事をすると、真田はそっと心の中での寝言を反芻した。
「真田、」
それは、甘く痺れる様な台詞だった。
〆.