DREAM NOVEL
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男にしてください。


臥龍昇天


 奥州に来て早七年、一所に馴染むことなどまず無い自分がすっかり馴染んでしまっているのを実感しつつ、は自分の率いる軍団を眺めた。

ずらりと並ぶのは蝦夷地より共にやってきた赤鹿軍団、その異装は笹色をした他の軍団から遥かに浮いている。恙無いことを確認すると、は愛騎を降りて前方で待ち構える政宗の下へと駆け寄った。

「赤鹿軍団、皆無事に参りました」
「そうか……良し皆のもの、勝鬨を上げよ!」
「オオオォォォォォ!」

どん、どん、と激しく打ち鳴らされる鉦や太鼓の音を押し切るほどの声が上がる。そう、今日も伊達軍は勝利したのだ。最早打って出ての勝利は当たり前とも言える破竹の勢いには目を細めた。

今宵は宴じゃ、という政宗の揚揚とした声を何処か遠くで聞いて、は踵を返した。空は今にも雪が降りそうな様子で酷く寒い。

霜が降りているのだろう、さくさくと音を立てて地面を踏むと故郷のことを思い出した。もう、ここへ_______今は無事に上洛を果たし、京ではあるが________来てから七年経つのだ。

その間は一度も故郷に帰っていない。文の遣り取りこそしているものの、交代で帰している部下達とは異なりは直接故郷で待つ家族に会うことは無い。寂しいとは思わないが、胸の何処かが開いているような心持である。

「久勝、か」

会わないうちに名前の変わった弟の名前を呼んでも実感が湧かない。出会ったばかりは子供子供していた政宗が、今ではすっかり大人らしくなっているのだから相当姿形は変わってしまっていることだろうと思う。

確か、政宗と同じ頃の年であるはずだった。ぼんぼんぼんぼん、とぼやけた皮の太鼓をたたく音が町に響く。静かに並んだうちの一軒の前に辿り着くと、は黙って上がった。何を隠そう、ここは京に来た際にが借り受けた屋敷なのである。

「遅い」
「うわっ」

下女が来ないなと手桶を探していたならば、暗がりから声をかけられて数寸は飛び上がった。

「ま、政宗!何でここに」

暗がりに目が慣れれば、上がり框に先ほど朗々と声を張り上げていた当の政宗がぶすくれたようにして座っていた。どうやらの行動は全てお見通しであったらしい。政宗の象徴とも言える兜が傍に転がっているのが見えた。

「それは儂の台詞だ!貴様、今宵は宴だと言ったであろうが!」
「いやちゃんと後でちょっと顔を出そうかと思ってたって。大体、それを言うなら政宗の方こそ今頃仕度に大童じゃないのか?」
「小十郎に適当に繕えと言ってあるわ!が帰るのを見とめたから儂は連れに来たまでよ」
「……わざわざ先回りして?」

そんな酔狂な、とが問えば政宗はぷいと顔を背けてしまった。どうやら完全につむじを曲げてしまったらしい。こうなってしまうと機嫌を直すまで相当時間がかかる。

苦労性の彼の守役のことを思い出しては短く嘆息した。ただでさえ今頃無体なことを申し付けられて困っているであろうに、これではあんまりだろう。数瞬ばかり考えては手桶を探すのを止めた。

「それじゃ、行きましょうか」
「何処にだ」
「宴なんだろう?行くよ」
「行かずとも良い」
「あ、そう」

あっさりと突き放すように言うと、政宗の追いすがるような目がこちらを見たのとかち合った。そんなところは子供の頃から少しも変わらない。失うことに怯えを見せるのは本当ならば大人であるはずなのに、子供の頃から政宗はそんな目をする。

そんな目に弱くてこんなに長くも傍に居続けることになってしまったのだけれども。苦笑するとはくしゃりと政宗の髪をかき混ぜると隣に座った。下人たちはどうしたのだろう。彼らも宴の仕度に向ったのだろうか。屋敷はへんにしんとして静かだった。

「なあ、政宗」

沈黙の間に空気が冷える。かき混ぜ続けるのも微妙だったので引っ込めた手が、今では熱から離れたせいでひどく冷たい。窮屈な篭手を外して、は思い切りよく掌を擦り合わせた。

「政宗……あだっ!いきなり殴るか、そこで?ほーらほら、拗ねない拗ねない」
「子ども扱いをするな!」
「っ」

宥めすかせようとしていた手が思い切りよく跳ね除けられ、はっきりと苛立ちを持った目がを睨んだ。ああ、まただ。子供は好きだけれども、扱いが難しい。感情の動きが全く読めない。密やかに独り言るとは諸手を挙げて降参の意を示した。

何せの行動方針が『無理をしない』なのだから、わからないときにはあっさり引き下がってしまうに限る。そうでもしなければ余計に事態はこじれるばかりだろう。ひょっとすると単に面倒くさがりなだけかもしれない。

「そういう貴様の態度が儂を子ども扱いしてると言うのだ。、儂がいくつか知っておるのか?」
「二十数歳でしたっけ。充分大人でしょう」

大体これより昔は十二、三で初冠だったのだから、そこから鑑みても矢張り政宗は大人の部類に入るのだろう。ただの目に映る政宗が未だに子供であるという、それだけのことなのだった。

「わかっているではないか。して、何故何時までも儂を子ども扱いする気だ?
「さあ」

何故だろう。少しばかり首を捻ってはそのままごろんと後ろに倒れた。今更ながらに疲れが出たのだ。どうせ宴席ではこれ以上の痴態が演じられるだろうから全く問題ない。

寝転びながらおかしげに此方を見る政宗と、出会った当初の政宗とを重ね合わせる。虎の子供だとばかり思っていたのは自ら竜と名乗り、今では実際に天にも昇る勢いだ。まるで虎に翼が生えでもしたかのように。

「……あるいはひょっとすると、情が移っているのかもしれないな」
「情?」
「七年にもなるからな。情の一つや二つ、あったところでおかしくもないさ」
「情で儂を子ども扱いにするか。大したものだ」

皮肉気な台詞とは裏腹に、政宗は大層機嫌よさそうにしての兜を脱がせた。蒸していた部位にすうと風が入って思わず鳥肌が立つ。

「ならば、その儂に情があるかどうか聞いてみる気は無いか」
「無いって言ったら、俺は自分の判断を悔やむね」
「はは、心配するな」

どん、との上に覆いかぶさると政宗はにやりと笑った。何をするつもりだろう。少しばかり目を細めるとは見えない先を想像した。まだ政宗が小さいときはこのまま父親に対してするように抱きつかれたが、こうも大きくなってしまった今ではさっぱりなかった体制である。

色々考えあぐねては見たけれども、結局は放棄した。やっぱり単に面倒くさいのだった。

「儂のものは情などという生易しいものではないわ」
「と、言うと?」

の反語に対して政宗は黙ったままだった。仕方なく煌く独眼から手がかりを得ようとしたものの、何を考えているかは解らずじまいだ。ただこの距離の近さに、何故だかまたぞろ虎にじゃれ付かれているようなそんな気持ちになっては両手で政宗の頬に触れた。

「何のつもりだ」
「成長なさったなと今更実感しただけだよ。本当に大きくなったな」
「わかっておるではないか。ならば子ども扱いは金輪際止すのだな」
「どうだろうかね」

ふ、と笑ったの唇に、政宗は反射的に喰らいついた。自分自身でも口付けたのだということに暫く気付かないほどに衝動的で、誘うように開いていた口内を弄っているうちに段々と自分のしている行為への実感が湧いてくる。確かに自分が求めたことだった。そういえば自分はずっとずっとこのときを待ち望んでいたのである。

慌てたようにがもがくも、この体制では逃げることもままならない。抵抗は形ばかりのものとなって虚しく空を切る。逃げていた舌を政宗が絡め取る頃にはの眦は熱に浮かされたように朱に染まっていた。その眦も、困ったように彷徨う手も、何もかもを喰らい尽くせればいいと政宗は食い入るように見つめた。

、お前が欲しい」
「一体どういう冗談なんだ、これは」
「冗談などでは無いわ。儂はお前が」
「止せよ」

本気の調子で強く言うと、は懇願するように両掌で顔を覆った。飼い犬に手をかまれたような裏切られた気持ちと、男としての大事な何かが奪われたような情けなさとで一杯一杯だった。あんまりにも多すぎて既に放棄することさえ難しい。泣けるものなら泣いてみたい。泣いても何にもならないことは、よくよく知っていた。

「こんな、こんなこと_________こんなことになるなら、松前にもっと早くに戻るんだった」
「嫌か」
「わからない」
「儂に情があるのだろう?ならばここにいろ。帰るな」
「そう言われても、」
「行くな」

どん、と政宗はの上に倒れ、ぎゅうとその体を抱きしめた。戦の興奮から醒めた体は今やこの冷たい空気によって徐々に温もりを失いつつあった。それはまるで死んで逝くかのようでもある。離せばこのまま何処かへ行ってしまいそうだ、そうなってしまえば自分はこの人を失ってしまうのだろうか。恐怖よりは脅迫にも近いものを覚えて政宗はより一層の体を抱いた。

この温もりが失われてしまったら、多分きっと二度と安堵する場所など見つけられないに違いない。

「……行くなどと、言うでない」

今にも泣いてしまいそうな声音にはやれやれと背中を撫でさすってやることで答えた。確かに子ども扱いをしてはいけないのだろうし、そぐわないのだろう。それでもこんな風に泣きそうな弱い政宗は子供のようで、根っからの子供好きのには到底抗いようの無いものだった。

「まさか。こんな泣きそうな人を置いて俺が何処かに行ける訳ないだろうが。ほら政宗、宴に行くぞ」
「泣きなどせんわ!_________今お前、儂のことを」
「人にいきなり接吻かますような子供は流石に居ませんからね」

いつもならば『大きな子供』だとかそんな風にしか言われなかったのに、初めて『人』と呼ばれたことに気付いて政宗が顔を輝かせる。認められたという嬉しさと、彼が何処かへ行ってしまうという不安が取り除かれたという喜びとではちきれんばかりだった。嬉しさの余り、身を浮かしかけたをもう一度押し倒してしまい、思い切り頭を床にぶつけたが悲鳴を上げる。

「〜〜、いきなり押し倒すな!あー、ったくたんこぶでも出来たらどうするんだよ、兜被る度に痛いだろ」


艶を含んだ低い声にの背筋がぞわりと震える。影が差した表情は常になく一人前の男のものだった。独眼に射すくめられるようにしての呼吸さえもが止まる。

「儂を今、男にせよ」
「っ」

ひくついたの喉に、まずはとばかりに政宗は噛み付いた。殻の様な鎧をどんどんと脱がされながら、は漸く初めて後悔というものを覚えた。

子虎と思っているうちに虎には翼まで生えとうとう竜になってしまった。勢い良く天に昇ろうとする竜に人が抗えるはずも無い。

宴の莫迦騒ぎを遠く雪の向こうに聞きながら、は生贄のように静かに目を閉じた。


[終]