DREAM NOVEL
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僕の家には幽霊がいる。


枯れ尾花 1


 刀剣男士。それは神界と人界とを結びつけるいと気高き審神者により、数ある名刀の中から呼び起こされ、人の形をした付喪神として顕現した存在である。当然ながら態々呼び起こしたには理由があり、やっとうらしく、よく解らぬ敵を打ち払うことが目標なのだという。敵を打ち払った先に真の目的があるのだろうが、今のところは杳として知れないままだ。

 一見、線の細い(実際柳腰とはこういうものを言うのだろう)青年のにっかり青江もまた、そんな刀剣男士の一人である。同じような境遇の面々で盛り上がる屋敷の中で、今日はのんびりと庭掃除をしていた。地味だが、自分の手によって何かが育って行くというのはいい気分である。ものである時は、斬る事しかできなかった。今では触れ、育むことすらできる。便利な世の中だった。

「いやあ、今日も可愛い花を咲かせてくれたね、水仙さん達。主に後で見せてあげるとしようか……おや」

小さな池の畔に咲く花々に目を細めていると、青江は別のものを見つけて額に皺を刻んだ。もやもやとした塊で、ややもすると埃か塵かが大きくまとまったようにも見える。昔、これによく似たものを見た覚えがあるので、青江は直に正体が分かった。幽霊だ。だが、幽霊にも種類があることくらいは知っている。かつての主のように闇雲に刀を振りかざすつもりはこれといってない。そんなことをして、うっかり折れてしまったならば元も子もない。

 黙って潜行すると、青江はじいっと塊に目を凝らした。どうやら、中年男性のようである。ぼんやりと池の中を見つめている姿は妙に悲し気で、みすぼらしさも相俟って何故だか同情の念を抱かせた。しかし、見かけだけに騙されてはならない。たおやかな女性が抱いている赤ん坊が石とも限らないし、そもそもその女性が鬼とも限らないのだ。更に近づくと、青江はそうっと男の後ろに立ち、息を吸った。

「君」
「ぐぇっ」

一発で首に上手く腕を絡めて拘束する。訓練で学んだ技で、刀剣を弄る自分に必要があるものかと思っていたが、中々馬鹿にはできないらしい。霊体だというのに、矢張りそこは付喪神の力なのか、男は確りと腕の中に納まった。苦しいのか、じたばたと手足を動かしてもがいている。まるで虫けらだな、と鼻で笑うと青江はゆっくりと尋問を開始した。

「うんうん、そのまま大人しくするんだ。君の名前は?どこから来た?何をするつもりなんだい?」
「……。ここに運んで来た土に墓があったもんだから、ついでに来たのさ。俺の意思じゃない。行く先もないからいるだけさ」
「自分が死んだ事はわかってるみたいだね」
「そりゃそうだ」

腕を緩めてやると、はげほげほと噎せて薄く笑った。そいだような痩せた顔立ちが一層悪質に映る。無造作に生えた髭も、気を使わないような服装も貧相で、青江はううんと唸った。自分の美意識からすれば、これは中々許せないものと言えよう。

「いつ頃死んだんだい。あと、理由と、何をしていたのか教えてくれないか」
「俺が死んだのは2035年の……2月かな。誕生日の前だったからなんとなく覚えてるよ。42歳で、システムエンジニアをしていたんだ。死因は多分、過労なんだろうなあ。仕事以外のことはなんだかよく覚えてないし」
「しすてむえんじにあ?」
「この時代にはいないのか?いや、あるけど知らないのか……ここの屋敷の周りに、塀があるだろ。ほら、あれだ。あそこにセキュリティシステムが働いていて……要するに、人間が入ったら排除するように出来ていると思う。そういう風に塀が動けるよう、仕組みを作る仕事だよ」
「へえ」

機械については一応理解していたものだから、青江も納得していた。要するに、は機械の審神者のようなものなのだろう。機械に命を吹き込んでいるのだ。何かの役に立つのかもしれない。一通り必要なことは聞いた所で、青江はうん、と頷いた。やりたいことを自分はやろう。の腕を掴むと、青江はざっざと歩き出した。

「僕はにっかり青江。この本丸に住んでる付喪神だ。折角ここにいるんだし、君にも一働きしてもらおう」
「へえ、神さんか。道理でな。他の綺麗なお兄さん達も皆そうかい」
「そうなるね」

どうやらは、この屋敷の様子はうかがってはいたらしい。ただ何もする気がなかったのだろう。寧ろ、何ができるかも解っていなかった筈だ。幽霊は通常、何の力も持たないし、人間と同じで、何かの目的がなければ動きようもない。たった一人の幽霊は、ただ一人で佇むだけなのだ。

「で、青江さんは俺をどうするつもりなんだ」
「綺麗にする」
「は?」
「僕は汚いものが嫌いなんだ」

だから綺麗にするんだよ、と青江は風呂場にを放り込んだ。




 幽霊の身体を洗って綺麗に、身なりも整えてやるとは酔狂なものだ。実際できるとは思えないし、お話でも聞いた事がない。よって、は前代未聞というか幽霊として初めて風呂に入った事になるのではないかとぼんやりしていた。大人しく浴衣を着せられ、目下青江なる美麗な青年が自分の頭をせっせと乾かしてくれている。見た目が綺麗な青年は、綺麗好きでもあるらしく、神様は幽霊に触れるのだ云云かんぬんと言った挙げ句にを玩具にしたのだった。そう、玩具だ。神様に年齢はないからよく解らないが、見た目だけでは自分の年下である男性に玩具にされるというのは不思議で仕方がない。生前、そんなことをしてくれたのは幼い頃の両親くらいだった。

 は、社会人になってこの方、仕事ばかりをしていた。朝早く起きて、夜は誰よりも遅くまで、延々と、延々と無機質な液晶画面を眺めて手を動かしていた。座り過ぎて痔になることを恐れて、たまにヨガをやっていた(幸いこれは肩こりにも効いた)他は、土日も仕事で何もない。勿論出会いもないし、国が政策として奨励していた結婚と子づくりなどとうに遥か向こうのことだった。何故、あんなにも仕事を頑張っていたのかはよくわからない。自分しかできない、お客さんも喜んでいる、自分がやめたらばお客さんが困る、などと色んな理由を自分に言い聞かせていたし、会社も上司も同じ事を言っていた。自分の代わりがあることはよくわかっていた。誰だって、慣れれば出来る、大変だけれどもけしてできない仕事ではないのだ。それが、会社組織が請け負う仕事である。自分でしか出来ない独創性があれば、は会社を興す事だって出来ただろう。

 けれども今更他にできることもなくて、はただ働いた。現実を無視した。目を瞑った。そうしたらどうだろう、現実から本当にいなくなってしまったのだ。なんだか息ができない、胸が痛い、痛くて仕方がない、あ、あ、と言ううちに意識がなくなった。客先での出来事だったので、お客さんと同僚にはさぞや迷惑がかかったことだろう。何よりも申し訳ないのは両親で、こんなことになるとはと嘆息していたに違いない。兄弟が他にもいて良かった、無責任だがそうも思う。

 今、この青年は自分に何を求めているのだろう。働いてもらう、と言っていたのだから件のシステムをどうこうするようなことか、とは思案した。自分が死んでから随分と時間が経ったことだけは解っている(後々青江が教えてくれて、は驚いたものだ)から、自分が培って来た技術がいかせるかは今ひとつ解らない。他に何も出来ることはないから困ってしまう。ふんわりとした髪の毛をゆすると、青江が締めくくりにさっと香水を振りかけてくれた。この花の匂いはよく知っている。ジャスミンだ。大学の頃好きだった女の子がつけていたな、と思い出す。不意に青江が近づくと、検分するように首筋に顔を埋めてびくりと震えてしまった。

「うん、良い匂いになった。綺麗になれば中々良いじゃないか」
「お、おう」

自分は幽霊だというのに、何故だか青江の熱を感じては首を傾げた。青江は自分に触れることができるからだろうか。確かめるように青江の手に触れると、矢張り暖かい。陽の光にさえ暖かさを見いだす事はできないのに、彼の手に触れる自分の手までもが透けずにここにある。神様とはこういうことか、と青江の手を離すと、は改めて自分の姿を鏡に見た。そう、あれほど池の畔で水面を眺めても見る事の出来ない自分の姿が鏡に映っている!

「なんで俺が見えるんだ?幽霊は普通映らないもんだろう」
「うーん、そうだねえ。……ひょっとして、僕の神気が移ったのかな?よくわからないけど。そうだ、主に聞いてみよう。ここに住むなら許しも必要だしね」
「別に俺は庭の隅でも良いんだが」
「駄目だよ。折角綺麗にしたんだ、このままにさせてくれ」

多分、拾った玩具は大事にしておきたい性質なのだろう。は特に他の目的もないし、欲もない。頷いて立ち上がると、青江について部屋を出た。風呂場の外に出れば、そよぐ風が実に涼しい。まるで自分が再び血肉を得たようで面白かった。長く存在してみるものである。墓が掘り返された時には随分と慌てたが、希有な経験をするに至ったのだ。生前よりもずっと楽しいものだ、とは行き交う青年達(刀剣男士という付喪神なのだそうだ)に頭を下げた。を目にした面々は、驚いたように目を丸くし、つられるようにして頭を下げる。どの青年も形が整っていて、なるほど人ではないのだった。

「主、入るよ」
「応」

静かな声に応じて入った先は、まるでいつぞや観た箱根細工のように不可思議な木組みで埋まっていた。一つの機械のようだが、木材で出来ていることは明らかである。有機的な機械が開発されている、と生前聞いた事があるが、なるほど完成したのだろう。しげしげと観察しているうちに、青江と主とやらの話はついたようで、青江がぽんと肩を叩いて部屋を出てしまった。自分も出なければいけないのか、とまごついていると、主が手をこまねく。と、いうよりも、主には手しかなかった。それ以外は透明で、あちらの方が余程幽霊のようである。神の主もまた、神のように理解の範疇を越える存在なのだった。

「システムエンジニアだと聞いたよ。丁度良かった。何、学べば出来るさ。勘所は押さえやすいと思うよ。何せ、男士達は機械に疎くてね。ところで君は……君はどうやら人でも幽霊でもないようだが」
「さっきまでは幽霊だったんですよ。間違いなく。ただ、」
「ただ?」
「青江さんが俺に触っているうちに神気、とかいうものが移ったらしくて」
「ほほう」

これは面白い、と主が笑う。声と気配だけが伝わって来てそちらの方が余程面白い。青江が、青江がねえと主は繰り返し言った。

「人にそういう興味を持つようになったのは、青江が初めてだな。君はここにいなさい。あれらの成長を見届けるのも、私の仕事の一つだからね。きっと青江の傍にいないと、君の存在は薄れてしまうだろうから、出来るだけ一緒にいるようにすると良い。慣れたら少しずつ離れてみよう。私の気も分けてあげられれば良いのだが、どうも無理な様でね」
「男にべったりする趣味はないんですけどね」
「大丈夫、あれに性欲はないよ……多分」
「保証できないことを言わないでくれませんかねえ」

全く剣呑な話だった。大体、人の玩具になってくれと命じる人間があって良いものか。他にすることは確かにないとは言え、である。主は何事も挑戦だから、等と宣い、それで会談はしまいとなった。いつの間にやら部屋を弾き出され、は誰も居ない廊下でどうすればいいのかと頭を抱えそうになってしまう。そもそも、この屋敷の中のことは何一つとして知りはしないのだ。また、気になることに自分の今の姿は青江ありきであるというのだから、心細くてたまらない。勿論、この姿が消えたからと言って不便はないのだけれども、一度得たものを失うことを惜しむくらいの気持ちはまだ残っているのだ。

「おや、妙な気配だね。新しい男士、というわけでもなさそうだ」
「元・幽霊ですから」

染み通るような柔らかな声の方角に向かえば、神主のような衣装を着た青年が立っていた。雅やかで実に平安貴族のようである。薫きしめているのか、香の匂いが風にのって流れていた。丁寧に頭を下げると、青年は石切丸という、と軽く自己紹介をした。も返し、ここへは自分の意志ではなく青江に連れられて来たのだと弁明を付け加える。何と言うか、この石切丸を怒らせない方が良いような気がしていたのだ。

「そうか、君は客人というか、ここで働くのだから下男のようなものか。ならば、調伏するのは止しておこう。青江も悲しむだろうしね」
「はは、有り難い。青江さんが悲しむかはよく解らないがな」
「悲しむさ。あれはあれで情が深いんだ。妙に人間ぽくてね」
!」
「ほらね」

神が人間くさいとは、と苦笑していればすぐさま風が走ってきた。確りと腕を掴んで来たのは青江、何か作業でもしていたのか、先程の礼装とは打って変わってジャージ姿である。僅かに汗ばむ青江に、はジャージの上着の下には何も着ていないようだ、と冷静に観察していた。隙間から見える肌は筋肉の上に確りとのっていて、もとが武器だからだろうと推測される。一方、青江は苛々とした様子で駄目だよ、と繰り返していた。

「一人でうろうろしたら駄目だよ。主にも言われただろう、僕と一緒にいなくちゃいけないんだ。石切丸に調伏されなくて良かった」
「ひどいな。まるで私が所構わず調伏しているようじゃないか。そこまで暇でもないよ」
「だとしても、調伏するつもりだったろう」
「まあね」

間違ってはいない、と肩をすくめる石切丸が恐ろしい。なるほど彼は神、なのだった。つまるところは青江も同じ穴の狢である。けれども藁を掴むのならばこちらの藁を掴むより他はない。わかった、と頷くと、青江が宜しい、とまるで子供に対するように宣う。否、自分は玩具なのだ。妙なことになった、と思いながらもはただ流されることを選んだ。その点において、生きていようが死んでしまった後であろうが何も関係なく、だった、のかもしれない。




 神は昔、人を作った、という神話がある。人にせよなんにせよ、最初の生き物から進化を繰り返して来た結果に過ぎない、と習いはしたものの、青江は一つの確信があった。その最初の生き物はどこから来たのだろう?無生物が生物にならない、それだけは確かであるならば、それは突然どこからか生じたのではないか?それこそ神が入り込む隙間は大きくある。勿論、青江はそうした偉大な神でもなんでもないのだけれども、今は小さな征服感とでも言うべき満足を得ていた。

 ままごとだ、と宗三左文字には鼻で笑われたが構いはしない。拾った幽霊を人間もどきに仕立て上げ、綺麗に身繕いして服を与えて食事をさせる。そんなことまでしなくても良いのに、と自分より余程人型の生活に慣れているは文句を言ったが、世話をすることが楽しいのだから好きにさせて欲しい。風呂に入れば隅々まで洗ってやる。近頃のはやや諦めている風だが、風呂だけは相変わらず抵抗していた。隠し所を洗われるのを嫌がっているのかとも思うが、そうではなくそもそも身体を見られたくないということらしい。今日も風呂場で、青江はを羽交い締めにしていた。勿論、他の男士はおらず、二人とも裸の状態である事は言うまでもない。

「いい加減諦めなよ。それに、今が一番僕の神気に触れられるんだからさ」
「寝る時も張り付いててよく言えるな」
「明日、遠征に行くんだ」

遠い所だ、と言うと、が抵抗を止めた。無理もない。これまでも、戦に連れて行ったことはなかった。そして、彼が来てからというもの、主に遠征を命じられたこともない。要するに、長らく彼と物理的に離れても問題ないかを確かめようとしているのだろうが、青江は心配でならなかった。この自分が再生させた生き物を、どうやってつなぎ止めておけるか等見当もつかない。抵抗が止んだのを良い事に、青江は背中を洗ってやるのを続けた。近頃になって、漸く健康な程度に肉がついた背中は、自分や他の男士と異なり、確かに年齢を刻んでいた。若返ることはできないらしい。

 肩から背面をくるくると小さくスポンジを動かして擦り、背骨をなぞる。腕を上げて脇を洗ってやれば、毎度のようにくすぐったいのか身を縮めてしまう。叱咤して戻すと、今度は前面だ。腕は最初に洗い上げてしまっている。胸板も腹も、背中と同じく小さく円を描き、丁寧に擦ってやる。このところは、洗っている最中にが妙な呼吸をすることがあった。今日も小さな声を出して、時折我慢するように唇を噛んでいる。その音は嫌いではない。流れでそのまま隠し所へと進めて行く。面倒なので、この辺りはスポンジを一度置いて素手になる。石鹸を泡立てて草叢に差し入れ、髪の毛とおなじ容量で洗う。陰茎も陰嚢も丁寧に揉み洗いすると、がぶるぶると震えた。

 実は、この時が一番楽しい。世話をしていて何よりも面白いのがこれだ。実験のような気持ちになってしまう。の陰茎を揉み、洗っているとそのうち硬くなり始める。不思議でならない。最初は柔らかかったのに、どうして硬くなるのだろう。文献を漁った結果、生理的な反応で正常な身体のつくりだとは解ったが、それまで自分にも、恐らく他の男士にも起きなかった事象なだけに面白くて仕方がない。それに、今日は新たな変化も起きた。青江もまた、同じようにして飾り物のような陰茎が硬くなるようになったのである。

「ね、、」
「やだよ、はなしかけんなぁ、って」
「僕もなっちゃった」
「何が」

揉んでいた手を止めると、が溜め息を漏らしながら青江を振り返る。もう少し自分の方に向かせると、青江は自分の陰茎を指差した。が息を飲む。ひょっとすると、他人がそうなる様を見た事はもなかったのかもしれない。ならば嬉しいな、と青江は矢張り初めての気持ちを抱いた。

「……ええと、俺にどうしろと」
「どうしたら良いのか教えて欲しくて。初めてなんだよ」
「今まで一回もなかったのに?なんで急になるんだよ……くそう、あの審神者許さん!性欲なんてない、って言うのはやっぱり嘘だったんじゃないか!」
「性欲!なるほど、こういうことなんだね。納得したよ」
「一々思わせぶりなことばっかり言う割に、解ってなかったんだな」

童貞め、とが笑う。引きつったような笑い方で、そこだけは幽霊らしいと青江は認めていた。普段は気にならないのだが、今はただただ苛立たしい。ぎゅ、と強くの陰茎を握ると、流石の笑いもぴたりと納まる。

「痛いって!一回死んでても、大事な場所は、もっとデリケートに扱ってくれよな。人の尻の穴まで洗ってる癖に知らないから驚いたんだよ。悪気はないぜ」
「見えないところって気になるよね」
「俺の尊厳の問題だから、もう少し気にしてくれ」

はぁ、と溜め息をつくと、は青江の手をやんわりと退け、向き合う形なって座った。少し躊躇いはしたものの、の手は先程青江がにしたように、やんわりと青江の陰茎を握る。途端、痺れるような感覚が走り、青江は目を剥いた。震える青江をみとめて、は緩く笑う。初めて見る種類の、余裕がある者の目をしていた。いつだって青江の前でのは、掌の上で踊る人形に等しかったのだ。その人形に良いようにされている、と考えるのも何故だかぞくぞくしてしまう。が、数度この感覚を味わせると、はさっさと手を離し、青江の手を代わりに添えた。

「何で止めるんだい。いつもの君と同じだったら、ここからあれが出るまでしないと、おさまらないんだろう?」
「そうでなくたって、萎える時は萎えるけどな。やり方は教えたんだ、後は自分でやってくれよ。俺はね、男と触り合いっこする趣味はないんだ、青江さん」
「でもさあ」

言われるままに動かすが、先程がしてくれたような感覚はちっとも沸き起こらない。自分は器用だし、へたくそな訳ではないだろう。どうにもうまくいかない、と青江は舌打ちした。

「君がしてくれないと、気持ち良くないんだよね」
「そりゃあんたの都合だろう。第一俺のだって、ぁ、やめ、」
「じゃあ一緒にするなら良いってことだ」
「違う!いやだ、こんな、」

近づいての陰茎と自分の陰茎を寄り添わせてぬるぬると擦ってゆく。これならば確かに気持ちが良い。要するに、向こうに神気を渡すが如く肌を触れ合えば気持ちがよくなるということらしかった。ならば、も同じ筈だと確信をこめて見遣れば、いつになく乱れている。この眺めは悪くはない。嫌だと言いながら離れないのは何故だろう、と人型になって初めて精を放ちながら青江はぼんやりと考えた。はいつも抵抗しない。都合良くそれを利用して来た自分が思うことではないが、彼もこの行為が好きなのではないだろうか?考えれば考える程ぞくぞくして、青江は後から達したの陰茎を再び弄んだ。実に自然な流れで自分のものも硬くなり始める。は目を剥くと、ぎゅうと青江の手首を握って来た。

「おい、二回もやらなくたって良いだろ!もう十分だよ」
「君だって気持ち良いんだ、悪い話じゃないさ。現に、君は碌に抵抗しないじゃないか」
「違う!俺がしないのは……俺がしないのは、お前が離れたら俺がいなくなるかもしれないから、それだけで……他には何もない」
「一理あるね。でも、君は嘘つきだ」
「あぁっ」

を抱き寄せると、青江は浮いたの尻に手を這わせた。慰めるように揉むと、先程放った互いの体液が混じり合ったものを使ってするりと尻の合間に入り込む。指先を孔へと差し込めば、毎日洗ってやっているそこは柔らかく青江の指を迎え入れた。今のところ、洗う以外の目的は青江にはなかったのだが、日々弄っているうちにの側は変わってしまったらしい。慣れ親しんだ孔の、柔らかな膨らみを引っ掻いてやると、先程の青江のようにが痙攣する。心底嫌そうに、だが気持ちが良さそうにするを見るのは中々楽しい。そうして更に青江も昂って来るのだが、妙に不公平な気がしてならなかった。だけが心地良くなっているというのは損ではないか。

「ああ、なるほど」
「は?」
「使い方が漸く解った」

どうすれば自分も良くなるのか、という疑問に対して、唐突に答えが浮かんだ。




「頭がおかしいとはな、ずっと思ってたけどよ……何でこういうことになるんだよ」
「良いじゃないか、これなら絶対に今までよりたくさん神気をあげられるって!それに僕は気持ち良いし、君も良さそうだ」
「俺に、そういう、趣味は、ない!」
「息吸って」
「ひ、」
「吐いて」

は声にならない悲鳴をあげた。今日の戯れは本当にひどすぎる。青江が初めての精通を迎えたのは自分もおもしろがっていた、それはみとめざるを得ない。だが、その後どうして自分が筆おろしまでしてやらなければならないのかは解らなかった。人間相手が難しいならば、女神だってこの世界にはいるだろう。何も、幽霊の男とする必要などないのではないか。幸いなことに、実地経験がない青江は急かずに進めているので痛みは少ないが、否、そう言う問題ではないはずだ。

 とはいえ、毎日弄られたせいで快感を覚えてしまった尻孔はひどく喜んでいての気持ちを裏切っていた。元・幽霊であっても体液が出るのだから、恐らく怪我もするし血も出るだろう。明日青江は遠征に行くそうだから、裂けなくて良かった、とは自分を慰めた。うわあ、全部入った!等と青江は単純に喜んでいるから頭が痛い。こういう行為を興味本位でしたくなった、というのは解らないでもないが、次はないことを確と言い聞かせねばなるまい。

 口から色々なものが飛び出てしまいそうだ。そこは出口であって入り口ではない、と心の中で舌打ちしていると、青江が容赦なく動き始めた。不可抗力で対面座位の形になっているのだが、流石元は刀剣なのか付喪神なのか、軽々とを揺さぶっている。風呂場なので音がよく響いてしまうし、何より洗い流してくれなかった石けんの泡がべたついて気持ちが悪い。つくづく自分は玩具扱いなのだ、と思う。それで良いと放置したのはだが、少々頭痛のような悲しさを覚えた。

「これ、すっごく気持ちが良いねえ。他の人に知られないようにしないといけないな」
「……な、んで、ぁひっ」
「僕以外が君に神気を注いだら困る。君には僕だけじゃなくちゃね」

独占欲というものか。拾ったのは青江だから、ということだ。実際他の刀剣男士も、せっせとシステムの保守点検等仕事をこなしているというのに、未だに”にっかり青江が連れて来た、下手に手を出さない方が良い人”扱いをしている程である。ある意味、この遠征で自分達が離れるというのは良いきっかけなのかもしれない。仕事中も、青江はびったりと張り付いていて(流石に作業の邪魔になるので近場で掃除やら何やらをするように審神者を通じて取りはからった)他の者が入る隙間もないのだ。例えば、たまに茶菓子をくれる歌仙兼定であるとか、青江に臆せずこちらに接してくれる陸奥守吉行やら和泉守兼定ともきちんと話をしてみたいのである。こちらを興味深そうに見つめてくる、後藤藤四郎を筆頭とした短刀達も気になっていた。

 そう、は死んで初めて自由に自分の時間を持っている筈だった。そしてここは現世よりも余程奇妙なことがたくさんある。だからこそあちこち見て回りたいというのに、この目の前の男がそれを阻んでいるのだ。拒否しなかった、敢えて言いもしなかった自分がいけないとも思われるが、自分の生活の大部分を占める青江が邪魔だと思う事は止められない。

「今度からは、これもやろう。君は見えないだろうけど、僕が出したの、君は全部吸収しちゃったよ」
「……最悪だ」
「気持ち良かったくせに」
「俺の心は最悪に気持ちが悪いんだよ」

神に人の心が解る筈もない。求めるだけ無駄だ、と嘆息すると、は吐精して抜けた青江の痕をなぞるように尻孔に指を入れた。確かに、入り込んでしまった筈の精液が感じ取られない。元・幽霊のおまけがこんなことになるとは、と頭を抱えていると、青江は何でもなかったかのようにの身体を洗い直してくれた。そう、まるでありふれた遊びの一つのようで、こうした行為を軽く思うこと自体がそもそも煩わしいのだ、とは声を大にして教えてやりたい。自分は、風俗に行きたいと思った事が一度くらいしかないので違うのだろう。他人もそうだとは勿論思わないが、自分を相手にしないで欲しかった。

「この遠征で、離れても大丈夫だと解ったら、当分張り付くのはなしにしよう。審神者さんも言ってたろう、慣れて行かないとな」
「まあ、それはそうだね。あの人を怒らせてもいけないし、考えておくよ……君が大丈夫だったら、ね」

思わせぶりな物言いをされても、大丈夫だろうという確信がにはあったので、適当に頷くに止めておいた。遠く離れるのは初めてだし、遠征に行くと言われた時には微かに恐れも抱いた、だが今は妙に地に足がついているような安心感がある。青江にいれられたからだ、とは絶対に考えたくはなくて、は必死でシステムのコードを思い出して止めた。




 実際のところ、青江のいない本丸の生活は問題なく楽しい。遠征部隊が出発してからもう五日になるが、存在が消えるようなことも特にはない。審神者曰く、もう十分神気がたまったからいらないということではないか、ということらしい。つまるところ、遠征前の約束は果たされることになったのだ。これまでは青江と同室扱いだったのだが、個室も与えられ、中々待遇もいい。今は炬燵の間(専用の部屋まで作られた理由は、炬燵が複数個並んでいることから直に解る、ここの人数に対して炬燵は小さすぎるのだ)で温もりながら、加州清光に蜜柑の皮を剥いてやっていた。

「ほれ、清光。白いところもとっておいたぞ」
「有り難う。さんってさあ、妙なところ器用だよね」
「誰でもできるよ。清光は爪の間に挟まるのが嫌なだけだろ」
「あ、ばれてた?」
「ばればれだ」
「清光さんばっかりずっるーい!僕にも剥いてくれない、さん」
「乱ちゃんが言うんじゃ仕方がないな」

清光を甘やかしているのがばれて、横合いから乱藤四郎が割り込んでくる。こちらは計算尽くの甘え上手で、ぎこちなさの残る清光とは異なり百戦錬磨の強者だ。適当に乗ってやるようにしながら、はせっせと蜜柑の皮を剥いてやった。剥き終えると、お裾分けだと乱がにも食べさせてくれる。畑で作った蜜柑は爽やかな甘さで、の気に入りだった。確か、青江は一度冷凍したものの方が好きだったな、等と思う。遠征中に何を食べているのか知らないが、流石に冷凍蜜柑は持って行けないだろうから、食べたがりそうなものだ。

「なあ、遠征の最中って何食べるんだ、お前さんたち」
「弁当かな。あと、好きなものは持って行っても良いんだよ。俺は鮭とばと日本酒、これが最高だね」
「飲んだくれか、清光は。鮭とばと日本酒は日持ちしそうだけどさ、お腹空かないのか?」
「うーん、空くには空くんだけど、絶対食べなきゃいけないわけじゃないしね」

乱の回答に、確かに神は食べ物を必要とするかと言えば必要ではない、とも理解した。そうした意味では、習慣で食事をしているも同じだ。可愛さを売りにしようとしている清光が酔いどれセットを持ち込んでいるのは面白い。乱はキャロットケーキとマカロン!とこればかりは計算なしで言う。誰が作るのか、と尋ねれば、歌仙が作るということだった。つくづく、器用な男である。

「何、君たち。ご飯の話してるの?晩ご飯はカレーだって、さっき言ったよね、僕」
「ああ、聞いたよ燭台切さん。楽しみにしてるぜ」

敏感に反応して来たのは燭台切光忠、献立を考える係であり、調理場に立つ事がもっとも多い男である。男の料理というよりは、母親のような料理を作るので、心密かには楽しみにしていた。尚、助手は真面目な秋田藤四郎や前田藤四郎等を選んでいる。短刀は手先が器用で包丁とも相性がいいらしい。

さんはね、青江が遠征に何を持ってたのかが気になって仕方が無いんだってさ」
「ちょ、おい清光、俺はそんなことは一言も」
「ふうん。そうなんだ、青江君が聞いたら喜びそうだね」
「……何でだよ」

やぶ蛇な展開に顔を顰めると、だって、と燭台切が煎餅の袋をあけた。どうやらここでおやつを食べようということで、気づけば大倶利伽羅が黙って茶を運んで来た。用意周到なのは良い事だが、妙に自分を囲むような状態になっているのは気がかりである。

「だって青江君、遠征に行く時君が気がかりで仕方がないみたいだったからね。余計なことはするなって、散々言って来たし。ねえ、くりちゃん」
「ああ。煩かったな。だが、丁度いい。お前に聞きたいことがある。お前と青江は、どういう関係なんだ?」
「どういう、って言われてもなあ。持ち主と玩具みたいなものじゃないかな」

言いながら、はうんざりし始めていた。玩具に甘んじている自分は頭がおかしいのではないだろうか。一つ唸ると、はもうそれもおしまいなのだ、と宣言した。

「もう離れて生活しても大丈夫だ、って審神者さんにお墨付きをもらえたからな。俺はこれから独り立ちするって訳だ」
「じゃあ、これからも蜜柑剥いてくれる?」
「蜜柑くらいは自分で剥け、清光」
「ちぇ」

言ってしまえば実に清々しい心持ちになった。同時に少々寂しくもある。審神者が命じれば、恐らく青江も従うだろう。その後の自分は文字通り一人になるわけだが、ずっとべったりとしていた存在がなくなるというのは妙にもの馴れない。明日には帰る、と聞いていたが、何方かと言えば自分は嬉しく思う。そこまで考えて、まるで恋をしているようだとは苦笑した。青江が、ではない。自分が、青江に張り付いてしまっている。

「おーい、遠征行ってた人達が戻ったよ。皆無事みたい」

堀川国広が顔を出し、存外早く帰って来たが問題はない、と告げる。仲の良い者等が出ていた男士は早々につられるようにして部屋を出て行った。意味有りげに大倶利伽羅がこちらを見やるのを無視すると、は立ち上がって部屋を出た。玄関はそれぞれ遠征の途中で手に入れたもの等を披露するなどで忙しい。まるで行商人が来た時のようだ。その中の一人である緑の髪を見つけると、は近づいてその長い髪を軽く引っ張ってやった。

「青江さん、おかえり。無事で何よりだな」
「ただいま。君も僕がいない間、大丈夫だったみたいだね」
「ああ」

疲れているのだな、と髪の毛の具合を確かめながらは労うように頭を撫でてやった。美しく艶のあった髪がすっかりくたびれてくすんでしまっている。このところは青江がを洗うように、もしっかりと青江の頭を洗い、手入れをしていたものだからひどく残念だった。

「遠征の間って、風呂に入ったりしないのか」
「毎回は無理だね。穢れを祓うという意味では必要なんだろうけど、温泉とか、そういうものが見つからなければ入らないよ。今回は海辺に行ったものだから、特に塩気に参った」
「はは、石切丸さんでも流石に塩には勝てないか」
「多過ぎる塩は、誰にとっても毒だからね」

何も言わない青江の代わりとでも言うように、同じく遠征に出ていた石切丸が返す。そういえば今回はの時代で言う所の九十九里浜に出かけていた筈だった。確かに遠征部隊の面々は皆磯臭い。風呂が沸いたよ、という手際の良い鯰尾藤四郎の声に、応と返して人の移動が始まった。青江も行くだろう。そう思って手を離すと、今度は逆に掴み返されてぎょっとした。

「僕は君と入るから、後でにしよう」
「別に俺も入っても良いけどさ、今他の奴と一緒の方が楽じゃないのか?」
「君を全部洗うところを見られても良いなら入ろう」
「ぅ、」

言ってつるりと青江がの尻を撫でる。意図を持った動きには動悸が激しくなるのを感じた。もう自分は一人だ。確かにこうして青江が触れるのは嬉しく思う(と、みとめることにした、今更恥ずかしがることも何もない、死んでしまったのだから)のだが、そう易々と行為に及ぶつもりはない。相手にその気がない状態で、玩具扱いされることはやめると、そう決めたのだ。

「変なことするなよ。後で審神者さんから話があると思うが、俺はもう一人でも大丈夫なんだってさ。部屋も自分用のをもらった」
「そうなんだ。……でかける前に話した通りになっちゃったね。でもさ、僕は君を綺麗にしたいんだ」
「汚いものが嫌いだからか?言っておくが、毎日風呂にも入ってるし、歯も磨いてる。爪だってほら、清光が綺麗にしてくれたんだぜ」
「汚いよ。今の君は他の奴の手垢だらけだ」

玩具が他人にとられたような心地なのだろう。清光と揃いの赤いマニキュアが塗られた指先を、青江は憎々し気に握りしめた。先端部分なので実に痛い。青江程に近づいた存在は今のところ誰もいないというのに、ひどい扱いだとは思う。何か他の話題に変えたくて、は青江が携えていたふろしき包みを指差した。

「それは?」
「ああ、君への土産だよ。竜宮城の玉手箱」
「それは浦島にあげないといけないな。喜びそうだ」
「冗談だって!お土産なのは本当だから、開けてご覧」

ふろしき包みをそうっと開けると、中から出て来たのはべっ甲の櫛である。見事な細工物で、さぞや高価だろうとは慌てた。蒔絵で池の畔に咲く美しい水仙の花が描かれている。思わず溜め息をついていると、青江がこれは特注したのだと笑顔で説明し始めた。

「遠征に行く前に、店に寄って注文しておいたんだ。帰りに取って来たってわけさ。君に使って欲しくてね。これは君に出会った場所だよ」
「ありがとう、青江」

これは女性に贈るものであって男に贈るものではないし、髪の毛だって圧倒的に青江の方が長いのだから青江に使うべきだろうとか、そういったことを全部飲み込んでは礼を言った。後で青江の髪を洗って乾かしたら、これで梳いてやるとしよう。青江が自分にそれほどまでの価値を見いだしている、ということが純粋に嬉しくてならない。絆されたというか、思えば自分は青江が居てくれたから死んだ後の意味ができたのだから、これは依存で、尊崇の念だ。あるいは恋かもしれないが、叶うことはないだろう。相手が神では誰も太刀打ちできない。ましてや、人の心の解らない相手などに、この心が共有できることなどできるものか。

「海は良かったよ。今度は君も連れて行きたいなあ。主もたまには遊びに連れて行ってくれれば良いのに」
「……そうだな。俺も海は学生の時に行った以来だから、観てみたいよ」
のいた場所は、どこにあったんだい?」
「皇居の近く。今も皇居があるかは知らないけど、銀行で働いていたんだ。地下の暗い所でさ、まるで牢獄みたいだったよ。よく深夜にいたけど、幽霊が出るって噂があって怖かったなあ。俺が幽霊になるとは思わなかったしな」

外には晴れやかな空に広がる青、どこまで続くとも知れない緑の平野の向こうには森、都会の中に浮かび上がる歴史と、地下室の自分とを比べて随分と鬱々としていたことも思い出す。自分の目の前には、いつだって紙と液晶画面しかなかった。埃だらけの、夏は暑く冬は寒い、薄暗い部屋は人のためにある部屋ではない。自分の仕事は確かに世の中の人々の安定を齎していた筈なのに、自分の安全は何一つとして得られなかった。顔を顰めていると、青江がとん、と険しくなった額を押してくる。

「君程、無害な幽霊じゃないかもしれないから、遭わずに済んで良かったと思うよ。じゃあさ、行きたい所とかはある?」
「フィンランド」
「ふぃんらんど?」
「ああ。この国じゃない、ずうっと、ずうっと遠い場所だよ。雪と氷と森がある場所で、サンタクロースも住んでる。今もあるといいんだけどなあ。トナカイに乗ってラップランドを走るのが俺の夢だったんだ。子供の頃は、サンタクロースに毎年手紙も書いてたんだぞ」
「ううん、僕は君が言うことが少しもわからないけど、君が楽しそうだから、僕も行ってみたいな」
「青江さんも楽しめるさ」

ただ、きっと行く事はないのだと思う。審神者に、彼らは遥かに遠い遠い年月戦い続け、戦い続けて終わりは無いのだと聞いたことがある。休みなどそうもらえる筈もない。夢は夢だ。ひょっとすると、一人でならば行けるのかもしれない。はしゃぐ青江の姿は観たいが、諦めるより他はないだろう。

「そういう青江さんこそ、行きたい場所はないのか?」
「僕の産まれた所には行きたいね。最も、碌に覚えてないんだけどさ。君にも見せてあげたいんだよ」
「お、おう」

意図を図りかねて、は不審な返事をしてしまった。さながら、恋人に家に来てくれないかと言われたかのような心地である。どこかは知らないが、青江が楽しいならどこでも良いように思う。多分に、他の男士と話す際にも同じ事を言っているのだろう。青江に他意はない。暫く沈黙が続いた後、青江が当たり前のようにの手を引く。風呂場に行くのだ。確かに折悪しく、先に風呂へ入っていった面々が引き上げるところで、意味有りげに見られたことがひどく居心地が悪い。青江は怖くはないのか、ああ幽霊よりも、この生き物には人格などないのだと思い当たっては考えを放棄した。




「僕が居ない間、他の奴と風呂に入ってたんだって?」
「そりゃそうだろ。青江さんがこうやって妙なことをするから、俺の身体に妙なものでもあるんじゃないか、って最初は散々見られて恥ずかしかったんだぞ。これきりにしてくれよ」
「僕が、いらないのか」

手慣れた仕草で服を脱がせ、風呂場に入る。いつもと同じ順番だったが、今日は先にが洗うのだと聞かなかった。どうやら青江の髪が汚くなったことを気にしているらしい。相手が自分を気にしている、というのは悪い気がしないから、青江もそのままにさせておいた。第一、この男の洗い方は嫌いではない。だというのに、これからは二人きりで入りたくはない等駄々をこねて来るのだからたまらない。神気が十分になったから、青江はいらないということくらいは解るのだが、改めて口にしてしまうと猛然と寂しさが増して来た。

 ひと月ばかりの間柄だが、慈しんで育てて来たような感慨がある。にも拘らず、いらないから離れるという冷たさは文字通り目が覚めるような事態だった。いらないわけじゃなくて、普通になりたいんだよ、というの台詞が理解できない。他の奴と一緒にお前も入れば良いし、もっと他の奴とお前も関わった方が良い、という台詞の意図はわからないでもないが、そうではなくてもっと大事なものを自分は持っているように思われたのだ。が青江の髪を洗い、身体を洗い上げる。そこだけは自分でやってくれよと陰部だけは放置されたものだから、青江は無理矢理の手を掴んで握らせた。

「僕も君のを洗うんだ、洗ってくれないなんて不公平じゃないか?」
「いや、俺のを洗う必要もないだろ。大体子供じゃないんだ、自分の身体くらい自分で洗えるさ」
「君を洗うのは僕だ」

こんなにも自明であることに逆らうはどういう所存なのだろう。そうだ、彼はまごうことなき自分の所有物なのだ、と青江は漸く得心するに至った。青江はかつて、誰かの所有物だった。人型になった今でも、それに近しい感情を抱いている。ものを与えられても、どことなく”自分のもの”という感覚が薄い。しかし、を前にする時、青江は彼を所有しているのだと強く自覚できるのだ。ひとをものと呼ぶことに何ら抵抗感はない。

 そうと決まれば簡単で、青江は嫌がるの手を使って無理矢理自分の陰茎を擦り上げた。の手が触れた所が溶けそうな程に心地が良い。あられもなく声を上げて吐き出すと、青江はあっさりとシャワーのコックを捻って全てを洗い流した。泡がついているとべたついて仕方が無いのだ。一方、顔を顰めて手を洗うは、これで全てが終わったと思ったらしい。勝手に自分で自分の身体を洗い始めるので、青江は後ろから反逆者を羽交い締めにしてやった。

「君を洗うのは僕だと言ったろう。君は僕の言うことを聞いていれば良いんだ」
「……お前、おかしいぞ。俺はものじゃない。大体な、お前の言うように汚いなら、洗ったくらいで綺麗にならないぜ」

言葉を幾ら重ねても、自分は自分の思う事を伝える事ができない、と青江は唐突に理解した。それもその筈、何故自分が思うのかが解らないのだから伝えようがない。この時になって初めて青江はを哀れんだ。自分という未熟な所有者に所有されたために翻弄されるとは、彼は思いも寄らなかっただろう。だが許して欲しい、と青江は素直に甘えた。余計な口をきくを軽く締めて気を失わせ(どうやらこういったところは人間の摂理が働くらしい)、全て思うがままに洗い上げた。浴槽に入る事は諦め、さっさと拭いて乾かせる。抱きかかえると、風呂場でのぼせたのだと道行く仲間に言い訳をし、まんまとの新しい部屋までたどり着いた。憎たらしいことに、青江の部屋とは真逆のひどく遠い場所である。

「主も気が利かない。いや、利くからこうしたのかな?」

あの主がと自分とのこの不可解な状況を把握していないとは思えない。あの人間はあの人間で相当な人でなしだ。この屋敷の中に居るものは須く人でなしである。の趣味らしい、クリーム色の木枠が爽やかなベッドに標的を横たえると、青江はぱん、と手を叩いた。

「それじゃあ楽しもう」




 ひどい話だ。いくら元・幽霊相手だからといっても無体が過ぎる。は幽霊にも幽霊としての尊厳があると強く主張したいと心の底から思った。風呂場で気絶され、良いように弄ばれ、部屋に収納された上に無意識のまま犯される等そうないだろう。ましてや自分は多分異性愛者の男性で、相手を務めるのもまだ二回目である。どんなに深い仲でも特殊なプレイに及ぶには早過ぎるのではないだろうか?

「うーん、やっぱりこれが一番良いね。前より少しきつい気がするけど」
「いだ、痛い、ゃだ」
「確かに君は気持ち良くなさそうだね」

の身体の中を抉る作業を止めると、青江は心底不思議そうにのなえた陰茎に触れた。尻の孔が切れていないのが奇跡であって、ただただ痛い。相手を思いやらないで好き勝手動くからそうなるのだ、であるとか、そもそも今のは青江と気持ちが添っていないからだ、とか理由は多く考えられたが、青江は首を傾げるばかりで正解にはたどり着けなさそうだった。

「君も気持ちが良い方が、もっと気持ち良くなるのに」
「はっ、冗談、」
「本当だよ。この前君がここから出した時、すっごく中が締まったからね」
「ひんっ」

無理矢理に陰茎をしごきあげられ、はぴんと背筋を伸ばした。ぬるついた青江の手が這いずり回って気持ちが悪い。その瞬間に青江が言うように自分の身体が強張って締まり、は体内にありありと青江の陰茎を感じ取った。入っている、と視覚的に解っているだけでなく、触感で解るというのは奇妙な心地で、気持ちの悪さと嬉しさでは唸るより他ない。そう、嬉しいのだ。ひどいことが起こっていると冷静に判断できるにも関わらず、好きになり始めた相手に求められていることは嬉しい。応えることによって一層事情を拗らせてしまうと解っている、それでも嬉しいのだ。

「……どうでも良いから、早く終わらせてくれ。もう大分遅いだろう」
「確かに遅いね。もう十一時だ。まあ、明日もあるし、次はもうちょっと研究してくるから、我慢してもらって良いかな」
「は?次なんて、」
「良かったね、僕達はずっと明日があるんだよ」

次。また次があるというのか。嫌だと全身で訴えて、はこれから先、何度明日があるのだろうと頭を抱えた。元・幽霊に期限はない。元・幽霊が消えるにはどうしたらいいだろう?惜しいという気持ちもあるにはあるのだが、この状況よりは余程ましだ。何より、自分は既に一度なくなったことがある。二度目くらいはどうということもない。青江の傍に居られなくなるというのは寂しいが、傍に居た所で良いわけではない。

 あるいは他に行き先があるだろうか。かつて確かに人ではあったけれども、人としての経験が未熟なには未だに答えが見いだせない。青江が勝手に何事かを言ったまま吐き出して行く。当たり前のようにの体はそれを全て飲み込んだ。体を離して、青江がちゃんと全部飲み込めたねえと何処で覚えたのかよく解らない台詞を吐く。答えを出したくはない。明日等来なくて良い。ふてくされたような気分になって、は全てを無視した。ただ、当たり前のように背中に張り付いて共寝をする青江に対して、ほんの少しにやつくことを、許すくらいは良いだろう。

「短刀の子達とさ、こうやって横に並んで寝ることもあるんだけど、君と寝る方が気分がいいね。なんでだろう?」
「知らん」
「冷たいなあ」

何の打算もない青江が憎たらしい。せめてもう少し複雑で、狡猾な精神であれば良いのにと思う。青江の側を向くと、はただ黙って青江を抱きしめた。少し間をあけて、青江もを抱きしめ返す。

「煩いからもう寝てくれ。起きれなくなる」
「うん」

甘い甘いと自分を叱咤し、は目を瞑った。自分は甘い。そうしてそれは自分にも、青江にも、多分に良い事ではない。頬を張るような青天の霹靂が自分には必要だが、今はただ夜に身を任せたかった。


〆.

あとがき>>
 ぴくぶらさんの企画用に書いた、にっかり青江夢です。企画では審神者ではない主人公、をモチーフにしていたので、青江と言えば幽霊、おじさんの幽霊というのはいかがなものだろう、さてエロも書きたし、と全欲望を詰め込みました。なんやかやと互いに手探りで押し付け合って、傷ついたりなれ合ったりする、そんなぎこちない関係も好きです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!