DREAM NOVEL
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きょうもいちにち


輸血袋は夢を見る


 昨日はいい日だった。一昨日もいい日だった、その前の日も、その前も、前もずっと良かった。そう思える日が多くなったのはとても良いことだと岡田以蔵は思う。失望し、失望しないために意味を失わせ、全てをゴミだと嘲笑った無為な日々のなんと味気なかったことが。塩には塩の味わいがある、さりとて旨味を知ればつい目はよそへ向く、腹は頭よりもよほど素直で、欲しかったものに喜んで食らいついた。目覚めれば今日もいい日だと気負わずに信じることができる。いい日にできると自分を信じられる、その素晴らしさを以蔵は死んでから知った。世は皮肉なものである。死んでからの永遠にこそこの気持ちが必要だったとは!

体に染み付いた日の移り変わりに目を覚まし、時計を見やれば朝七時を指している。支度をして朝食をとるには十分だ。そのあとはカルデアの道場に出かけるのも一興だろう。確か青竹斬りを見せてやろうと恋人のに話していた。生きる人間は夢を見る。彼は今どんな夢を見ているだろうと、寝汚い恋人の方へと向き直り、以蔵は首を傾げた。少し、小さい。少しではなく小さな顔がこちらを向いて寝ている。目鼻が近く子供であることを感じさせた。真っ黒な髪は艶やかで、ほんの少しだけ長めに伸びている。これは誰だ?カルデアにこんな子供はいただろうか。そもそもはどこへ行ってしまったのか。自分を置いて、としんみりしかけたところで以蔵は慌てて意識を振り払った。今は自分よりも子供の方が大事だ。幼い弟妹を世話してきたこともあり、以蔵は小さな生き物には滅法弱い。実際彼らはとても弱く、ややもすると儚くなってしまう。

「起きや。おまん、どこからきたがぞね?」
「んー」

むずかるような声を上げると、子供がぎゅっと眉間にシワを寄せて瞳を開いた。子供の目は澄んでいるというが、以蔵にはとびきり澄んだ真っ暗な湖のように見えた。子供はパチクリと目を瞬かせると、以蔵を見てぴょんと飛び起きた。

「あの、あの、ここ」
「おい」
「ここ、どこ?おじさんは誰?」

完全に見知らぬ子供であるらしい。しかもなぜ裸なのかとあたふたする子供に、以蔵は自分も裸であることを思い出した。見る人間が見れば以蔵が外道な振る舞いをしたと勘ぐられるかもしれない。慌てて自分の体に服を纏わせると、以蔵はが脱ぎ散らかしたTシャツを子供に着せてやった。すなわち、はどこかに裸のまま出かけたらしい。これは由々しき事態だ。子供は服を着たことで少し落ち着きを取り戻したのか、先ほどの問いをおずおずと繰り返した。誘拐されたとでも思っているのかもしれない。迷惑な話だが、以蔵は自分をお兄さんと呼ぶように強調してなだめすかした。

「えいか、ここはお兄やんに任せときや。おまんくに連れて行かあよ、安心しとうせ。わしは岡田以蔵、おんしの名前はなんちゅうがか?」
「僕は、えっと、この前13歳になりました。常盤中学校一年生です。家は代々木坂上の」

おそらく親に自己紹介のセリフを仕込まれでもしているのだろう。つらつらとよどみなく子供の口からこぼれでる言葉に、以蔵は頭の中身が宇宙へと飛んだ。どこへ行ったも何も、ここにはいたのである。それも冗談でもなく頭の中身も体も全部が過去に持っていかれたらしい。

「よし、ほいじゃあマスターのところに行くぜよ。おまんくに行く方法を知っとるやき。ひだりいけ?」
「はい、以蔵お兄ちゃん」

ニコッと微笑んだが、以蔵は子供の割りに作り笑いがうまい子供だとほんの少し心に影をさした。立ち上がって並ぶと、本当にひどく小さい。今のは以蔵よりも少し小さいくらいなのだが、子供の頃は平均よりも小さかったのではないだろうか。迷子にならないようにと手を差し伸べれば、少し戸惑った後でぎゅっと握ってくれた。小さく、柔らかく、しかし不安を映すように力強く握られ、以蔵はますますこの子供をどうにかしてあげなくてはと決意した。廊下を出て気づいたのだが、職員や他のサーヴァントがあからさまに気にした目をしても、実際に話しかけてくる輩がいないのは奇妙である。子供に靴を与えられなかったのが申し訳なくて、地面に足の裏に刺さるようなものがないかとハラハラした。

「僕にはね、和也っていう弟がいるんです。あとはね、ボンっていう犬がいるの。お兄ちゃんの髪の毛みたいにもじゃもじゃしてて可愛いんだ」
「ほお、いつかわしにも見せとうせ。おまんが言うんじゃき、まっこと可愛いぜよ」
「本当に?そしたらね、見せてあげる!今はまだちいちゃいけど、こんなに大きくなるんだってお父さんが言ってたんだ。……あの、ここは、どこですか」
「ここはカルデアじゃ」
「かるであ?おかしみたいな名前なんだ、ですね。あ!」
「待ちや!」

一生懸命ピーチクと話しているときは調子がいいというのに、一度不安になると沈み込んでしまうらしい。なんとか機嫌をとってごまかしていると、不意に子供が声をあげ、以蔵の手を振り払って走り始めた。以蔵の本気に勝てる子供などはいない。だがの後を追いかけて行って、以蔵ははたと足を止めた。子供の向こうに子供がいる。それも、あのクー・フーリン・オルタの腕に抱きかかえられている。高みから臨む景色が嬉しいのかきゃっきゃと喜んでいた子供は、の姿を見るとわあっと歓声を上げた。

「にいちゃん!」
「和也!」

意外にも優しくオルタが和也を床に下ろすと、兄弟はひしと抱き合って泣いた。作り笑いがうまかろうが、つかの間のはしゃぎで忘れようが、子供は子供なのである。

「にいちゃん、にいちゃんがいでぐれでよがっだあ」
「うん、僕も和也がいてよかったよ、うん、あのね、以蔵お兄ちゃんが僕たちをお家に連れてってくれるって約束してくれたから、きっと大丈夫だよ」
「本当?クーにいも言ってた」

クーにい。あまりにも可愛らしい呼び方に以蔵はニヤニヤと笑い、オルタの視線に殺されそうになったので引っ込めた。流石の以蔵もオルタの火力の前では無事では済まされない。並べて見れば、ますますこの二人は兄弟であり、と和也だと知れた。はつり目気味で、和也は垂れ目で少し甘い顔立ちをしている。いかにも甘やかされるのが上手ですといった様子は坂本龍馬に通じるものがあった。ただ、現在の和也があまり表情豊かではないことを考えると、合間に紆余曲折あったのだろう。一方、が作り笑いも余裕を持ったフリもうまいのは幼い頃から変わらないということだ。

「まあ、正確には私が頑張るんだけれどね。このダ・ヴィンチちゃんにおまかせあれ!もう報告はもらってたから、原因は一応わかってるよ」
「おお」

さすがは万能の天才である。工房まで連れて行くと、器具やら何やらに子供達が気を取られているのを他所に、レオナルド・ダ・ヴィンチは嬉々として状況を説明してくれた。曰く、

「昨日魔力供給炉の調子が悪かったみたいでね。あの二人には毎日入ってもらっていたでしょ?半端にしか補給されなかった状態で君たちが存分に食べたから、体がもたなくなったみたいなんだ。心当たりはあるよね」
「おう」
「あー」

記憶にはある。そういえば昨日のは早い段階で眠いから今日はもうやめて欲しいと懇願してきていた。三日ぶりだったのでいつものイヤイヤだろうとタカをくくって押し切ったのは以蔵である。無理をさせたには、違いない。遡って説明すると、と和也の兄弟は、カルデア外での魔力供給を補佐するために体を携帯魔力供給炉に変えている。当然使った分だけエネルギーは補給しなければならず、食事だけでなく一日一回は必ず魔力の充填をすることが義務付けられていた。和也はオルタの、は以蔵の専用である。そんな彼らは消耗具合から体がもたないと判断したので小さくなり、ついでに思考もついていけなくなって記憶ごと退行したというのがレオナルドの分析だった。

「多分栄養が足りればいいと思うから、調整が終わったら魔力供給炉に寝てもらえば大丈夫さ。うんうん、私ってば天才!だからね、どんなに可愛いと思っても手を出しちゃダメだからね。私は君たちを大人だと思って信じてるよ」
「……もし出したら?」
「恋人が消えてもいいならそうすればいい」

要するにあれは食べ物なのだ。食べたら補給しなければならないし、補給しなければなくなってしまう。石鹸だって使えば消えちゃうだろう?とレオナルドは事実を述べた。彼女は奇妙なまでに感情を廃した話をするのがうまい。以蔵とは大違いだ。尚、補足をすればそんな不穏な質問をしたのはケルトの英雄であって遺贈ではない。衆道盛んで何よりもほどの年頃の少年は持て囃されていたが、以蔵は無体なことをする気持ちはなかった。何よりもこの子供は純粋に以蔵お兄ちゃんを信じてくれているのである。信頼には信頼で応えたい。

さて子供達はと言うと、体に見合った服をもらい、マルタとエミヤの手料理に舌鼓を打っていた。鉄拳聖裁のイメージが強いマルタだが、彼女は料理が上手く主婦の守護聖人でもある。子供が好きなものを把握しているということで、エミヤ共々子供達の心を舞い上がらせることに成功したらしい。

「こんなに食べていいんですか?」
「もちろん。あなた達のために作ったんだから、食べてくれなくちゃ困るわ」
「ありがとうございます、お姉さん。ほら、和也も……食べる前にいただきますは?」
「いただきます!もう良い、にいちゃん?」
「良いよ」

しかし気になるのはこのの態度である。おおよそ子供らしさが少ない。礼儀正しく食べる様は小さな大人のようだ。確かに士族の嫡子ともなれば厳しく躾けられたと以蔵自身の経験からも理解できるのだが、は一般家庭の子供のように見える。弟の和也が奔放であることを考えればそれは明らかだ。マルタ手製の子供向けカレーライスを食べてキュッと満面の笑みとなるに、以蔵は不覚にも心が震えるものを覚えた。美味しいね、とありがとう、を言ってはスプーンを運んでいる。折があれば、どうしてこんなにも何かを思わせずにいられないのかを本人に聞いてみたいくらいだった。横に並んだオルタにもカレーのおすそ分けをする和也を、が眩しいものを見るような目で眺めている。自分も横に並ぼうと思ったが、するりと横から邪魔が入った。

「良いものを食べているな!お竜さんにも一口くれ」
「わあ、あ、はい!どうぞ」

ぬるりと明らかに人外と思われる動きで入り込んだことに驚いたのだろう、瞬間の顔から仮面が剥がれ落ちた。ああ、こんなにも子供だというのに。小さく舌打ちすると、以蔵は食べ終わってうまいぞ!とのたまうお竜の肩を押した。

「こんスベタァッ、そこをどきや!わしもまだもらっちょらんに!」
「お?なんだナメクジ、嫉妬か?嫉妬は醜いぞー?なあ、。大人気ない大人は嫌だな」
「以蔵お兄ちゃんは優しいから好きです。お兄ちゃんも食べますか?」
「ほお」

お竜が感嘆したが、以蔵はどうにも悲しかった。そつのない答えをしないでほしい。あーんと開けた口に柔らかくカレーが溶け、実に美味しかった。パイナップルを入れてくれたんです!とニコニコとが微笑む。好物だろうに、そのパイナップルを以蔵に寄越したのは好意からなのか、そうあった方がいいという処世術からなのかがわからない。押し付けかもしれないが、もう少しのびのびとしたって許されると思うのだ。現に弟の方はオルタに散々甘えて食べこぼしを拭いてもらうなどしている。遅れてやってきた龍馬にまでカレーを振る舞おうとするの手を路線変更させると、以蔵は腹いせに自分の口へと収めてやった。

「こがな美味しうえいもんは龍馬にはもっちきないきに、わしにくれとうせ」
「子供のご飯を奪い取る不届き者はここですか」
「ひっ」

うまく格好つけられたと思ったのも束の間、顔すれすれのところを十字架が飛んできて壁に突き刺さり、以蔵は心底肝を冷やした。一切気配を察知できなかかったのである。この、人斬りとしてもアサシンとしても十二分に気配を探れるはずの自分が。下手人の顔をみればもちろんそれは竜退治で名を馳せた聖女でーー既に拳が唸りを上げていた。

「ま、待ちや!わしは別に」
「往生際が悪い!」
「なぜじゃあああああああ!」

ライダークラスからルーラークラスへと華麗な変貌を遂げた拳は、どんな奇跡よりも美しく苛烈で的確だった、と後にナイチンゲール女史のもとで目を覚ました以蔵はコメントをした。




 以蔵がお休み中の間、子供達は同じ子供という位置付けのジャックやナーサリーライムのお茶会に招かれ、追いかけっこをし、存分にくたびれていた。以蔵が戻ってきた頃には和也の方は興奮しているものの、体は眠りを求めているようである。一方、は責任感からなのかパッチリと冷静に目を覚ましていた。

「ねえ、にいちゃん。いつものあれを見せてよ!」
「……他の人がいるからやめよう。あとで家に帰ったら見せてあげる」
「僕、みんなに見てもらいたい。あのね、クーにい、以蔵にい、僕のにいちゃんはすごいんだよ!あのね、こうね、」
「和也」
「にいちゃんがやってくれないなら僕、おうちに行かない!」

以蔵の姿に目を留めた和也は突如として駄々をこね始めた。一体何を見せてやっているというのだろう?目を輝かせ始める和也と対照的に、ぐっとの表情は暗くなる。しかし腕にしがみついてくる弟を邪険にはできないのか、最後にはゆっくりと力なく頷いた。

「わかった、わかったよ!あのすみません、どなたかトランプを貸していただけないでしょうか」
「トランプ?ちょっと待っててね」

しゃくりあげ始めた和也を宥めていた藤丸立香が慌てて立ち上がる。多分マイルームに置いてあるはずだ、という彼の発言に、マシュ・キリエライトが先んじて歩いて行った。この二人は阿吽の呼吸とでも言うべきものを持っていて、以蔵は時折ひどく羨ましさを覚える。自分もそんな風に幼い頃は龍馬と過ごしていたものだ。そして未来は二人の道を分け、死んでも尚絡み合う。合流した頃には新しい道筋が開け、今隣にいるのはだ。瞬間感じた涼しさは、寂しさだと気づいて以蔵は苦笑した。寂しい?もう随分と忘れていた感情である。

 トランプを渡されると、は丁寧に礼を言ってトランプを箱から取り出した。慣れた手つきで捌く様は今のと寸分違わない流麗さである。たかが紙札に過ぎないというのに、の手の中では魚のように飛び跳ねる生き物に見えてくるのだからたまらない。相当鍛錬している証拠ですよといつぞやメフィストフェレスが言っていたが、こんなにも幼い頃からとは思ってもいなかった。十二分に切ったと思ったのか、はペラリとこれまた綺麗に札をテーブルの上に並べて見せる。

「それじゃあ和也、好きなものを一枚だけ引いて。僕は後ろを向いているから、内緒にしてみんなにも覚えてもらうんだよ」
「はあい」

慣れた調子で和也が立ち上がってカードを一枚するりと抜き出す。見せてくれたのはスペードのエースだった。そうして再び元に戻してに声をかける。振り向いたはカードの束をするりと手元にまとめると縦向きに整えた。

「それじゃあおまじないをかけよう。アブラカダブラ、チチンプイプイカードよ現れろ!」
「おお」

が手のひらをカードの束の上で回すと、セリフの終わりと同時にポンとカードが飛び出してくる。狙いたがわずスペードのエースだ。思わず周囲からどよめきが起き、和也が誇らしげにすごい!にいちゃんすごい!と無邪気に拍手している。の方は手慣れたもので、優雅に一礼をして見せた。見世物に慣れた子供だ、と以蔵は漸く腑に落ちた。この子供はこれで商売をしている。しかし、他の人には見せたくないと拒否していた理由はわからない。訝しげに首を傾げているうちに、は3枚のカードを取り出して、1枚はアタリで残りはハズレだと説明した。

「では、混ぜ終わったらどれが当たりか僕に教えてくださいね」

たった3枚である。外れるわけはなかろうと大人たちも真剣になって当てようとするのだが、何度やってもアタリを引くことができずじまいだった。続けてカードは赤と黒を4枚ずつ選び出して混ぜ込み、パッと開いて見せれば生き物のように赤と黒に分かれて表を向く。そうした幻戯が淀みなく繰り広げられ、観客は飽きることなく楽しんだ。も嬉しそうに、さらに上手な作り笑いを浮かべている。そうこうするうちに会はお開きとなり、和也も漸く眠るに至った。

「すみません、面白くありませんでしたか」
「違うちや!しょうまっことすごいぜよ。あげな手妻をわしは初めてみゆう、驚くぞにゃあ」
「良かった。僕、ドキドキしてたんだ。以蔵お兄ちゃんには喜んで欲しくかったから、僕頑張ったんだよ」
「しゃんとせい。こじゃんと凄いにゃあ、どんと胸を張るぜよ」
「そうですね」

そうしたいです、とはポツポツと事情について話してくれた。曰く、の家は祖父の代までは博打打ちであったらしい。父親は山師となり少々路線変更をしたのだが、周囲の人間はあまり良い顔をしてくれなかった。子供のは何も知らずに趣味の手品を極めて大会に出るなどしていたが、どれほど優秀であろうとも学校の同輩や周囲の大人たちには良い顔をされなかった。中学に入ってからは目立たないようにするために、人前ではやらないことにしているらしい。

「みんなと遊びたかったら、変に目立っちゃいけないんです。ここは家じゃないけど、みんな遊んでくれるし、優しいから良いなあ」
「……ほんなら、ずっとここにおるがか?」
「ううん。でも、みんなにも、以蔵お兄ちゃんにもまた会いたいなあ。ここは夢なんでしょう?ダ・ヴィンチさんが教えてくれました」
「おん」

なんと残酷で良い夢だろう。以蔵は蝉時雨が耳元で聞こえるような気がしてを抱き込んだ。

「お兄やんは、ずっとここにおるき、待っちゅうがよ」
「約束ですよ」
「男に二言はない」

いつか、この子は自分がそう思うように、明日を楽しみにするだろう。今日も明日もいい日だと無上の信頼を持つだろう。それはがくれたものであり、自分が渡したものでもあるのだ。塩辛い思いは続かない。どうかそれまでは元気でいて欲しいと、以蔵は子供が眠りに着くまでそうしてずっと抱きしめてやった。子供の体温はひどく暖かい。あれもいつかは冷えてしまうのだ、という約束された儚さが愛しかった。




 なぜだか長い夢を見ていた気がする。はぼんやりと薄暗がりで目を開けた。懐かしい昔々の不思議な夢を見た日のことだ。あれで世の中が変わったわけでも、自分の気持ちが変わったわけでもないのだけれど、漠然とした将来への希望のようなものが生まれたことを今のははっきりと意識している。目が覚めて、珍しく魔力供給炉の中で寝ていたことに気づいた。確かに昨日はよく疲れた。だが、求められることが無性に嬉しい自分も悪かったなあとのんびり思う。内側からスイッチを押して開けると、慣れた手順で服を着る。時刻は朝9時、誰か起こしに来なかったのが不思議なほどに常よりも遅い。よほど状態が悪かったのかもしれない。以蔵が肝を冷やしてないかと思っては笑った。あの人は気にしすぎる。

 誰かに気にされるという感覚は不思議なものだ。両親は放任主義だし(しかし子供のために経歴を洗う努力をしたことは十二分に認めるべきだ)、弟は世話をされる側である。学校も、勤め先も、を気にすることはなかった。学校では70点くらいの出来をこなし、勤め先ではピカイチだが目立った特徴は持たないようにしていた。それが楽だったので不満はないが、今は気にされていることが嬉しい。こんなことを思うのは子供の時に区切りをつけるべきだろうが、どうにも頬が緩んでしまう。岡田以蔵は世話好きだ。それでも甘やかしてしまう方なのがの側だが、たまには甘えたくなるのも道理だろう。今日はなんということもなしに誰かに甘えたかった。部屋を出ると、ずんと暗い空気で立っていた以蔵が顔を明るくして駆け寄ってきた。どうやら夜通し待っていたらしい。

「起きゆうか、。体はなんちゃあないがか?」
「うん、大丈夫だよ。……以蔵お兄ちゃん」
「っおまん」
「今日はちょっと肩を貸してくれ」

何かを言いかけたようだが、寄りかかるとぽんぽんと背を叩いて抱きしめられた。優しい人、なんと暖かで愛しい人!

「えいよ、お兄やんに任しちょき」

約束したからだというセリフは不思議だったが、は素直に受け入れた。何かに許されたように胸のつかえが降りた心地である。嗚呼、大丈夫だ、今日はいい日になる。きっと明日も、その先も、ずっと先までいい日だろう。


〆.

あとがき>>
 友達と「お兄やん」というセリフを以蔵さんに言わせた時の破壊力よ……と話したことから生まれました。いないならなればいいのよ弟に。ショタ化を書いたのは自分史上初のように思います。子供がよくわからない……!ということもあってなんだかいい話になりました。以蔵さんは甘やかし上手な(ちょろいともいう)いいお兄ちゃんなんだろうなあと夢を見ています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!