貴方のために積み重なった、
貴方のために働いた、
貴方のために身を裂いた、
使われるだけの我が身は悲し
寄り集まってばらまいて
ぷつん。ばらばら、ばらっ、ばららららっ。こん、こんこんこんこんこ
「なあに、これ」
磨き抜かれた木製の床に屈み込み、緋色の玉を拾い上げると、は首を傾げた。見れば、同じようなものがあちこちに散乱している。まるで目印を辿るようにして拾い集めてゆくと、緋色の他に、綺麗な橙色も目に入って来た。自分の所領であるこの本丸で、一体何が起きているというのだろう。はなんとなく嫌な予感を抱くと、だんだんと近づく騒音に眉を顰めた。
「おんし、あやかしい事を言うなや!」
「お前こそふざけるんじゃねえ!」
ぎゃんぎゃんとわめく声に続いて、明らかに暴力の音がする。壁がどん、と揺れる様には指先で額を叩いた。目眩がする。先に声をあげたのが陸奥守吉行、返したのが和泉守兼定で、どちらも審神者であるにとっては刀剣男士という可愛い部下であり旦那様である。そう、妙な話ではあるが、は人の身でありながら彼ら刀剣男士と縁を結び、神になるに至って居た。お陰で今では以前に比べて飛躍的に能力が上昇している。
そんな事はさておき、元の主の関係性のためなのか、そもそもの刀としての性質が合わないのか、この二振りの刀は何かとぶつかりがちだった。何と言っても彼らは付喪神、戦に駆り出されるだけあって力も強い。普段は加減しているのだが、かっとなってしまうとそれもままならず、建物への損害も大きい。政府からの給与でやりくりしているとしては、実に頭の痛い問題だった。いくつかの事務仕事をが内職で受け持っているため、どうにかなってはいる。だが、喧嘩はやめなさい、特に暴力だけは何であろうとも許さないと再三再四命じているのにこの状態なのだから、物悲しささえ覚えていた。
「ご機嫌いかが、旦那様達」
「げっ、」
「あっはは、ご、御機嫌よう」
がっと半分開いていた扉を開け切ると、は笑顔で二人をねめつけた。予想通りにつかみ合いをしていた陸奥守と和泉守が慌てて動きを止めるがもう遅い。掌に集めた玉を指で摘むと、は哀し気に溜め息をついた。
「これ、一生懸命に作ったのに」
落ちていたのは、先日刀剣男士達にが揃いで作った紐飾りだった。それぞれの男士に印象づいた色の玉で出来ていて、我ながらよく出来た、と完成時にひどく満足したものである。喧嘩をしていた二人は気付いていなかったらしく、肩を落とすに慌てて駆け寄った。謝るだけではいけない、と思っているのか、青ざめた顔で土下座をしている。
「ごめんちや、。ちゃ、ちゃんと拾って直すきに、許しとうせ!」
「悪い、壊すつもりはなかったんだ……許してくれ!この通りだ!」
「……良いのよ」
首を振ると、二人はあからさまにほっとして見せた。その顔に、この紐飾りの死体を投げつけてやりたいな、という凶暴な望みを捨てると、はどうでも良い、と殊更に表情を込めずに続ける。解ってもらえぬものに対して努力をし続けるには、ある程度の達成感や何処まで自分がたどり着いたかを解らなければ辛いもので、延々と戦い続ける程にはの精神的体力が無かった。
「?」
何かがおかしいと思ったのか、陸奥守が頭を上げてこちらを伺って来る。彼も元はものであったのに、とは小首を傾げた。同じものであったのに、何故ものを大事にしないのだろう。ものを大事にするという事は、ひいては彼ら自身を大事にする事にも繋がる、とは思っていた。戦場で彼らが傷つく姿を見る度に、の心もまたひどく痛む。よくよく見れば、二人の衣装には喧嘩によるものか、掻き裂きが出来ていた。和泉守の装束についた裂け目をなぞると、傷を撫でているかのような錯覚に陥る。もののあはれ、とはこのような事を言うのだろう。
「……私にとって大事な事は、貴方達にとって大事な事じゃないのね。好きになさい」
我ながら子供っぽい台詞で反吐が出そうだったが、それだけ告げるとは立ち去った。陸奥守と和泉守は何事か言っていたようだが、今は何にもかかわり合いたくはない。何もかもがもう、嫌になってしまっていた。
柔らかな土が、見事な畝となって見渡す限りに広がっている。土を一掬いすれば、実に細かに割り砕かれ、腐葉土を混ぜて肥沃にするべく育てられているものだという事がよく解る、良い物だった。実際、それを証明するかのように、土中には大勢のみみずがひしめいている。夏に向かおうとする世界に追いつこうと、ありとあらゆる野菜や果物が身の丈を伸ばし、太陽に挨拶をしていた。輝く緑は何ものにも代え難い宝石で、陸奥守は自分がこの任務に向いているのだとつくづく思う。一歩間違ってしまえば、戦場に出るよりも、ここで土いじりをする方が好きかもしれなかった。土いじりをしている陸奥守に、は哀しい顔を見せない。その理由は山ほど思いつけて、陸奥守は溜め息をついた。
「なあ、どうしたら良いと思う?陸奥守」
「わからん」
気の抜けた声で和泉守が尋ねて来る。何を、と言わずとも、の事であるのは直に知れた。自分と和泉守はまま喧嘩をする。これまでに何度も注意された事ではあるが、話し合いよりも簡単に殴り合いを行ってしまうのだ。その度に屋敷にも、この二人にも等しく損害が出ている。自分達刀剣男士は戦う生き物である。故に、暴力や怪我とは無縁ではいられない。だが、は何よりもそれを唾棄すべきものとして忌んでいた。
ものはいつか壊れてしまう。壊れてしまう事は、自分という存在が永遠になくなってしまう事だ。それだけでも恐ろしい上に、には二度と会う事が出来なくなってしまう。家族というものに憧れを抱き、自分達を心底慈しんでくれているにしてみれば、身を切る程に辛いだろう、と陸奥守は思った。だからこそ、自分達がしでかした事に対して、怒りを通り越して哀しくなってしまったのだ。それくらいの事は、流石に陸奥守も解る。多分、和泉守も同じ考えだろう。
に関心を向けられず、諦められてしまった自分が寂しい。もう二度と、自分は怒られないだろう。怒られなければ許される事もない。自分勝手な考えではあるが、もう一度機会を得たかった。土の状態を十分に確認した所で、水やりを始める。と、言ってもスプリンクラーを作動させるだけだから簡単だ。和泉守に合図を送ると、スプリンクラーがしゃっしゃっしゃっしゃ、と音を立ててくるくると回り始める。次はビニールハウスの状態を確かめに行こう、と立ち上がって、陸奥守は唐突に打開策を思いついた。
「に、プレゼントをする、っちゅうのはどうじゃろう」
「贈り物か。良い考えだな」
雑草とりに移りながら、和泉守は頷いた。ただ、単純に何かを買って贈るだけでは善くないだろうから、工夫は必要である。何か自分と和泉守が一緒になって作れるものが良い。素直に認めると、和泉守は趣味が良い。良い案はないか、と方針を告げると、少し照れたように明後日の方向を向かれた。
「そうだなあ。お前、手先が器用だろ?ここは一つ、模型でも作ってみるかね」
「模型か……確か、の部屋に幾つかあったのう」
「あれは18世紀頃の骨董家具の類いらしい。本物はもうこの世にないから、作ってもらったんだと……まあ、俺達が屋敷を壊してるせいもあって、最近じゃあ新しいものを買えてないらしいけどな」
先程蜂須賀虎徹が教えてくれたのだ、と和泉守は申し訳なさそうな顔で付け加えた。自分と和泉守による、どうしようもない喧嘩がの趣味をも潰しているという。自分や他の刀剣男士達の趣味は、渡されるお小遣いの範囲で十二分に満たされていたが、当の主には何も残っていないわけだ。本当に、自分達は悪い事をしている。彼を悲しませた分だけ、喜ばせてやりたいと、陸奥守は改めて思った。
悔い、許して欲しいと願う事は一方的だと陸奥守は思う。言うなれば行為を強請るわけであって、相手に何かを差し出す訳ではない。相手には何の益もないのだから、不幸な話だ。別段情のやり取りは須くして損得勘定に関わるとは思わないが、それでも謝り倒して許されるだけではいけないとは思う。一度険悪になった仲であるならば、一歩進んでより良い仲になりたい。和泉守に尋ねれば、意外にも同じ考えであった。
「お前とさ、真面目に話し合うってのがあんまりなかったからよ、その……悪かったな」
「お、おう。……ごめんちや」
「その語尾可愛いな。ずるい」
「方言やき、和泉守も話せばええ」
「……俺の出身地の方言は、可愛くないんだよ」
に話したならば嫌われる、と頬を膨らませると、後で図鑑を見ようと和泉守は言った。に贈る模型を選ぶのである。一体どんなものであれば、最愛の妻を喜ばせる事が出来るだろうか。途端、妙に嬉しい心地になって、陸奥守は雑草を抜く手を早めた。すぐにでも取りかかりたかった。
「ウェストミンスター宮殿」
「鹿鳴館」
「いや、ここはパリのノートルダム大聖堂だろう」
机一杯に広げられた図鑑を前にして、刀剣男士達はこっそり一堂に会していた。と、本日の近侍であるへし切長谷部は既に就寝している。事の顛末を他の面々に説明した上、和泉守と陸奥守は、他の男士の意見も聞き入れようと考えていた。蜂須賀が、の手元不如意を知っていたように、和泉守と陸奥守が知らない事は多い。だが、目と耳を増やせば自然と知るものも多くなる。
「素敵な提案だが、賛成しかねる。いつに渡すんだい?一ヶ月以上も先であれば、そもそも何故なのかも解らなくなってしまうだろう。もっと簡単に出来るものにした方が良い。確かに出来たら良いものばかりだが、僕達は誰も模型を作った事が無いんだよ」
「じゃあ、どうすれば良いって思うのさ」
歌仙兼定が、蜂須賀や加州清光らが口々に主張する意見を聞いた後、やや難しい顔で水を差した。尤もな意見ではある。だが、不適当に膨らんでしまった風船が弾かれて、ついつい渋い表情で返す。と、黙っていた燭台切光忠が、良いアイディアがある、と指を立てた。
「確かに、は昔のこうした建物が好きだけど、折角だから僕達にしか作れないものを贈ろう」
「本丸か」
「正解。流石、くりちゃん」
「その呼び方はやめろ」
大倶利伽羅が冷たく一蹴するのを他所に、他の面々も俄にざわめきだした。確かに、この本丸であれば自分達が誰よりもよく知っている。庭の一つ一つは自分達も協力して作ったのだ。そして、有り難い事に、単純に外身だけを作るのであれば、候補に挙がった数々の建築物よりも余程容易く出来る。もう少し作りやすい形で設計図を引く、と和泉守も了承した。
「装飾は僕も手伝おう」
「彩色だったら、僕でもできそうだな。あ、組み立てる時も呼んでね」
方向性が決まると、元々意見しか求めていなかった他の刀剣男士達も参加を申し出る。皆、を喜ばせたいという思いは一つなのだ。ふと、和泉守は嬉しそうな面々を見て和む自分に気がついて笑った。喧嘩は楽しくはない。その場の勢いではあるが、後々面倒だし、何より悪い事をしたと思う自分が嫌だった。こうして笑い合っている分には、だって嬉しそうにしているのだから、努めてこの状態を維持すべきだろう。
一緒に暮らしているのだな、と和泉守は今更のように感じた。この全員が皆等しくして家族なのだ。皆の夫であり、共に戦う戦友であり、朋友なのである。その割に、彼らが一体普段何を考えているのか、という事に対しては、これまで余り注意を払っていなかった。元の持ち主の関係で縁のある面々とは多少気安く口をきいているが、そうは言っても心胆相照らすような相手とは言い難い。強いて言うならば、この中で互いをよく知っているのは陸奥守かもしれなかった。
「よっし、んじゃあ、始めるとすっか。くれぐれもには内緒で進めるように気をつけてーー皆、一緒に良い物を作ろう」
ちらりと壁にかけられた時計を見て、和泉守は一ヶ月後の完成を目標に掲げた。鬨の声が控えめに上がる。きっと良い物が出来る、というよりも出来るように互いに最大限頑張りあう事は出来るだろう。只それだけを祈念して、和泉守は陸奥守と頷き合った。
何かが隠密裏に進められている。さして大きくもない空間において、互いの動向を把握する事は難しい事ではない。は朝食のクロワッサンを堪能しながら、うっすらと隈の出来た和泉守と陸奥守を交互にちらりと観察した。喧嘩を見とがめたあの日以来、と彼らとで親しい口はきいていない。悪い事をしたという負い目が向こうにはあるだろうから、手を差し伸べるのはの方からが良いだろう。だが、はでまだ踏ん切りがついておらず、今日もテーブルの下で足をぶらぶらさせてしまうのだった。
と、言うよりも自身にも罪悪感があった。刀剣男士は見目は成人した人間に見えるが、人の形を生し、生活を営むようになってまだ日が浅い。感情の処理の仕方であるとか、互いに円滑に行き交う術はまだまだ学ぶべき事が多いだろう。の方がその点においては余程先輩で、導くべき存在なのだ。にも拘らず、まるで子供のように自分の不満と不安をぶつけてしまったのだ、と今では大変反省している。
あの転がりばらばらになった飾り紐を見た瞬間、これまで自分が頑張って来たと思っていた全てを否定されたような気がした。もう頑張れないと思った、だがそれは元から只の自己満足ではないだろうか。あるべき、正しい物等この世には何一つとしてない。ただ、”その場に関わる人々にとっては良い方向”という無言の同意がある、それだけだ。いわば、はあの瞬間に、自分が勝手に信じ込んでいた無言の善良さを彼らに押し付けていた事実を知ったのである。
刀剣男士はある意味純粋で、故に何も知らない。子供を全力ではり倒すような、捨て去るような真似をした自分が嫌で溜まらなかった。自分を罰してくれる存在はもう居ないし、自分自身の制御も反省も自分でしむけてせねばならない。大人とは、時に孤独だ。だが後ろを振り向けばついていくものが居る。彼らの様を見る時に、再度歩み行く事が出来るのかもしれない。
「様、いかがなさいましたか。お加減でも宜しくないのでしょうか?」
「え?ああ、ううん。ちょっと考え事をしてただけよ。心配かけてごめんなさいね。チーズとってくれるかしら?」
「はい」
心配そうな表情で問うて来た長谷部からオレンジ色のチェダーチーズを受け取り、スライスしてクロワッサンに挟み込む。横にあった薄い、パプリカを散らしたハムとレタスとを合わせて入れれば、の大好きなサンドイッチに早変わりだ。物欲しげな顔をした歌仙に目で問えば、小さく頷かれる。微笑むと、はもう一つのクロワッサンに手を伸ばした。
何をするか、が解っている時は、どんなものも難しくはないとは思う。何を目的にするかが明確であれば、それに相応しいありとあらゆるアプローチに意味が見いだせる。勿論技術的に困難な事はままあるが、そんなものであっても、何を目的にするかが解らないよりはましだ。要するに、今の自分は何を到達点にすれば良いのかが解っていないのだ、とは出来上がったクロワッサンサンドイッチを歌仙に手渡した。歌仙は着物もよく似合う、他の男士同様に和風ではあるが、クロワッサンサンドイッチのような洋風なものも上手く溶け込んでいる。今度、自分好みのスーツを着せてみたいとは密かに思っていた。
和泉守と陸奥守には、互いを傷つけて欲しくはないと思う。彼らは唯一無二なのだ。互いに尊重し合って大事にして欲しい。だが、彼らが望まないものを押し付けるのは許されないだろう。解って欲しいが、それは強制したくはなかった。要するに、は自分の独善性に嫌気がさしている。咀嚼をするサンドイッチの味はさっぱりよく解らない。紅茶を飲み、ごちそうさまと笑顔で言っても、そこに心は無かった。
こんな時に、自分にも母親が居ればと思う。試験管で生産されたに親という概念はない。遺伝子的には居るのかもしれなかったが、提供者に親の気持ちは無いだろう。親代わりの存在として、師匠であるとか仕えているアメノウズメであるというような存在はあるのだけれども、矢張りどこか違うようにも思う。一方で、刀剣男士達には、未熟で子供と大人の境目も未分化ではないかと危ぶまれる自分しか、その役割を担える人物が居ない。おまけに直向きな気持ちだけで、を妻にもしてしまった。その気持ちは心底有り難いと思うし、嬉しいからこそ受け入れたのだが、未だにわだかまりは残る。
おや、と気付けば、いつの間にか外で散歩等をしていた。余りにもそぞろに出かけたものだから、今日の近侍の歌仙も気付かなかったらしい。帰ったら随分と心配されるだろう。少しの小言は覚悟せねばなるまい。本丸から出た先は、ランダムに決まっている。設定すれば特定の場所に繋ぐ事は可能だが、敵から隠れる目的もあるので、常に移動しているのだ。要するに異次元にあると言っても良い。この国には複数のエアーポケットのような隙間がままあり、その間を複数の本丸がスイッチしている形になっている。住人が外に出払っている際は移動しないため、戻った頃には他所の本丸にたどり着いた、という事故は発生しない事が有り難い。
見回せば、今日は海辺に来ているのだと潮の香りで知れた。もう夕方過ぎなのだろう、薄紫の空に鰯雲が浮かんでいる。家々からは支度される夕餉の香りがしていた。時代も次元も行き来している本丸は、こうして繋がる外の世界と些か時間の流れが異なっている。10年程度の誤差で現在は納まっているらしいが、いつか遠い未来にたどり着いてしまうのではないかとは危惧していた。自分達の存在自身が歴史にとっての異物になりかねない。そもそも、自分達が過去に行く事自体が歴史を変えているようにも思う。堂々巡りになってしまう思考を放り投げると、はぼんやりと夜釣りに向かう舟を眺めた。恐らくはイカを釣りに行くのだろう、煌煌と光るランプを大量に船体に括り付けている。が子供だった頃に見たイカ釣り漁船は、まるで死の国から旅して来た神々を載せたようにも思わせる、不思議な存在だったが、こうして陽の光の下で見遣れば同という事もないみすぼらしい様相を呈していた。
自分にとっての、良識であるとか偽善というものは、この電球にも等しい。太陽の光かと思って近づかれても、所詮はまがいものに過ぎない。は不安でならなかった。それでも前に立たねばならぬとは何と辛い事だろう。人ならば長くはあるが、いつかはその生命を絶ってしまう。だが、はもう人ではなく神になってしまった。永遠に刀剣男士と共にある事を選んだが、それは永遠の幸福であり不安でもある。
「。こんなところに居たのか。そんな薄着では風邪を引く」
「歌仙君、」
優し気な声に振り向けば、歌仙が息を切らして立っていた。どうやらそこら中を走り回って自分を捜してくれたらしい。その力は、自分ではなく戦場で役立てるべきものだ、と思うと申し訳なさに胸が潰れそうになった。柔らかくかけられる上着からは、歌仙の香りと温もりがする。横に並んで帰路を辿りながら、はありがとうとぼそぼそと告げた。
「……君は、随分と元気が無いね。どうしたんだい?」
「子供っぽい話よ。自分が嫌になっただけ」
「どうして?」
何があったのか話して欲しい、と言われ、は暫し戸惑った。こんな物言いをすれば歌仙が食いつくのは目に見えている。にも関わらず零してしまった自分が忌々しかった。自分がもっと神として全能であれば、こんな弱さを露呈する事はなかったろう。まだまだ自分は人間で、人間としても未熟な部類だ。溜め息をつくと、は正直に、自分に何があったのか、何が思うのかを話した。歌仙は優しい、と思う。彼は何も一つ口を挟まず、じっとただ聞いていた。ただ、聞いてもらうだけでも胸がすうっと幾らか軽くなる。全てを話し終えると、歌仙は僕だったら、と漸く話し始めた。
「そうだね、僕だったら……どうなるかは解らないけど、謝るかな。”そこまで言うつもりじゃなかった”とか、”もっと自分を大事にして欲しい”とか。ともかく、今解っている範囲で僕が思っている事を伝えると思うよ」
「言われたら、どう思うかしら。嫌だって思う?」
「僕は彼らじゃないから解らないよ。誰かを慮る事は確かに出来るけれども、その誰かにはなれないんだから、完璧には慮るも何もないだろう」
真っ当な物言いに、はほれぼれとする思いだった。彼らは彼らなりに進んで行っている。それは別段の押し付けでも何でもなく、彼らが伸びたいように伸びているのだ。
「そうね」
水をまこう、肥料をやろう、陽をかざそう、出来るのはそれだけだ。それは向こうも同じだから、矢張り自分は自分なりに最大限を尽くすしかないだろう。頭の中で擬似的な陽光が輝く。そうっと扉を開いて本丸に入りながら、は遠くに汽笛の音を聞いた。
今夜、話したい事がある。少し難しそうに主に告げられて、和泉守と陸奥守は顔を見合わせた。このところ、ずっと疎遠だった主からの申し出は嬉しい。反面、どこか不安も覚える。だが、今夜は自分達にも用意があった。自分達もあるのだ、と告げると、は目を丸くし、少しだけ怯えるような目つきになって諾と答えた。まるで闇の中で手をつなごうとするかのような焦りを覚える。
不安を抱えたまま、それでも他の刀剣男士達と話し合って準備を進め、夜更けに呼ばれるままにの自室へと滑り込む。いつも通りの風呂上がりの様子ではあるが、の表情はどこか固く、つい悪戯をけしかけたくなるような気安さはない。は立ち上がると、和泉守と陸奥守を座らせ、いきなり頭を下げた。
「……あのね。その、この間はごめんなさい。私、貴方達に、怪我をして欲しくないの。本当は戦場にだって行って欲しくなくて……ごめんなさい、我が儘ばっかりで。貴方達は貴方達なりに考えがあるのに、子供っぽい事を言ってごめんなさい」
「、顔を上げてくれよ!あれは俺達が悪いんだって、なあ、陸奥守」
「あ、ああ、そうじゃ、。なんも謝らんでええ」
「でも、私」
本当に悪い事をしてしまった、とうなだれるを見るのは、正直に言えば陸奥守にとって辛い出来事だった。ちらりと和泉守を見れば、向こうも同じ事を思ったらしく、黙っての背中を撫でている。互いに、どこか悪い面はあると言えばあるだろう。それでも主に謝られれば、自分達が謝る機会を失してしまう。そうまでして気に病んでいたのか、と思うと哀しくなってしまった。
だが、そうだからこそ変えたいとも思う。かつて、自分の持ち主であった坂本龍馬は日本を変えようと努めたが、陸奥守は今、この関係を変えたかった。
「……なあ、。わし等、おんしに見せたいものがあるぜよ」
「え?」
「そうそう。気合い入れたんだから、見てくれよな」
「ちょ、ちょっと!なんで一々抱き上げるのよ?お姫様抱っこは嫌だって言ったでしょ!」
「が大人しくしないからじゃ。我慢せい」
ぐずぐずするを強引に抱きかかえると、すぐさまぶうぶうと文句の声があがる。この程度であるならば、十分気力は回復したと見ていいだろう。相変わらずも見た目に反してひどく軽い。神気が満ちれば標準に戻るとも聞くが、一体何時になるのかはよく解らなかった。廊下を小走りに過ぎ行き、ずっと作業を続けていた男士達の遊び部屋(要するに空き部屋なのだが、男士達が息抜きに利用しているのだ)にたどり着く。ぐ、っと和泉守が扉を開けば、すぐさま歓声が上がった。広いテーブルをぐるりと刀剣男士が囲んでいる。テーブルの上にはこんもりとした小山が、シーツのような布に覆われて鎮座していた。
「「「「「「「いつも有り難う、(様)!」」」」」」」
「え、え、なに、」
「俺達から、お前にプレゼントがあるんだ。……見てくれ」
ゆっくりと降ろすと、はゆっくりとテーブルに近づく。目で尋ねて来るそれに頷けば、ゆっくりと布を取り払いーーは声を失った。見事なまでに出来上がった本丸がきらりと光る。瓦の一枚一枚まで忠実に再現された細工は、まさに男士達の魂が込められていると言っても良かった。
「これって、本丸?すごい、どうなってるの、これ……もしかして、皆で作ったの?」
「そうだよ。それぞれ得意な事を活かして作ってみたんだ。気に入ったかい」
蜂須賀の間の手に、がうん、と頷く。泣くのを堪えているのがよく解るので、皆一様に微笑んで押し黙っていた。この主は涙もろい。情が直に身体の外へと出てしまう。だからこそ、自分達が手を伸ばして掴みたいと思う面もあるのだ、と言う事を、いつか心の底から理解して欲しかった。
「……と同じくらい、皆大事にするって、約束する。だから、お前も自分を大事にしてくれ」
「そういうかっこいい事はあんまり言わないでよ。惚れちゃうでしょ!」
和泉守の台詞に、が真っ赤になってごまかしにかかる。彼ばかりにいい格好をさせるつもりはないから、陸奥守は素直に抱きついてアピールにかかった。
「なんじゃ、。わしには惚れてくれんのか?」
「おい、狡いぞ陸奥守!」
「おばかさんね」
惚れてなかったら、結婚するわけないでしょ、とが小さく返す。
「……これからも、一緒に居てね」
一緒に。ばらけた玉が繋がり合い、ぎゅっと一つの形を生す。自分達はこれで一揃いなのだ、と陸奥守は強く意識した。多分、どこかで綻びたり、もつれたりもするだろう。それでも元は一揃いだから、きっといつかは元に戻る。全てをつなぎ止めるのはだ。を抱きしめたまま、傍近くに居る和泉守も抱き寄せると、陸奥守はそっと笑った。
これも一つの完全だった。
〆.
あとがき>>
なんだか色々考えすぎて遅くなりました。考えすぎたらこまっしゃくれてもじもじ考えている話になってしまった……でも久方ぶりに多くの男士を一緒に書けて楽しかったです。審神者も男士もどちらも幼くて、一緒に成長して行ける関係は、それはそれでもどかしいけれども良いなあと思います。いつも年上ぶってる審神者が弱い所を見せても良いなあとも。でも皆仲良しなんだよ!多分。
最後まで読んでいただき、有り難うございました!