DREAM NOVEL
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わたしにだって、ひみつはあるのよ。


あなたには内緒



 時の政府の命により、審神者となったとその親友・唐梨勇夫は等しく中年男性にして揃ってオネエである。ついで、自分達が戦う仲間として呼び覚ました付喪神達を”夫”にしている点でも、彼らとともにあるために人の身を捨ててしまったところまでお揃いだった。唯一違うのは、男性の趣味と見た目だけ、と言われている。は見るからに”おじさん”なのだが、勇夫は多分に”お姉様”と呼べるような見目をしているのだ。ちなみにこの二人、一切人工的な手を加えてはいない。同じように試験管から産まれたものの、容姿に頓着されなかった乱暴な結果による。は今となっては然程容姿にこだわりはしないのだが、過去には思い悩んだことが多々あった。

さておき、二人は仲良しである。そのことは、二人の夫達もよく理解していた。共に机を並べて学んだこともある二人の関係は非常に長いので、尊重すべきものである。今もまた、二人は珍しく実際に横に並んでああだこうだと言い合っていた。

「いーい、勇夫。このクリックに全てがかかってるのよ。頑張って頂戴」
「任せなさいな、あんたよりも私の方がくじ運はいいってことを見せてやるわ!」

神妙な面持ちで勇夫が本丸に遊びに来た、かと思えば鬼気迫る様子で液晶画面を弄っている。どうやら何かくじを当てようとしているらしい。の氏神はアメノウズメ、勇夫の氏神はクエビコと、どちらも運とはほど遠い。とはいえうまくやれば不正のし放題だろうに、二人は真面目に勝負をしようとしていた。そうした真っすぐなところが好きなのだ、と本日の近侍である宗三左文字はにっこりと笑って卓子の上に茶を置いた。人でなしになった今でも、人らしさを残している様を目の当たりにすると、何故だかほっとするものを覚えるのである。

 それは横に控えている青年も同じようで、金髪碧眼の、どこか印象の薄い青年は嬉しそうに目を細めていた。自分達刀剣男士も皆、人としては異相であるとは思うものの、この勇夫の付き人として現れた青年は相当変わっている、と宗三は心密かに考えていた。戦う力があるようには思えない。だが、侮れぬ威圧感を放っているような気がする。しかし、当の本人は何度見遣っても印象が薄い。不可思議な人物であった。しげしげと見つめすぎていたからだろうか、青年はくるりとこちらを向くと、きらりと瞳を煌めかせた。

「ああして、自分の主人が喜んでいる様を見られるのは幸せですね。そうは思いませんか?」
「え、ええ」
「失礼。驚かせましたね。私はエニグマ。あなた方ほど年はとっておりませんが、かつては世界を左右したこともある暗号機の成れの果てです。以後、お見知り置きを」
「……打刀の宗三左文字と申します。暗号機、とは初めて聞きますね」
「あなた方には縁のないものですから、当然ですよ。天下人に所望された方に知られていなくても、”知られていないことに価値がある”私達には問題ありません」

益々得体が知れない。どうやらエニグマは宗三が何者であるかは知っているようである。相手が自分を知っているのに、自分は相手をよく知らない、というのは戦場においては最も恐れるべき事態である。だが、と宗三は落ち着いて思い出した。随分前に、が勇夫の扱う取り巻きについて、名うての諜報機関が利用していた選りすぐりの面々だと教えてくれていた。その後に観た「007」なる男性のスパイ映画は、宗三達の胸を熱くさせたものである。つまり、この目の前の男はスパイ道具であり、だからこそ地味で目立たぬようにしているのだった。

「エニグマさん、僕達の主が何をしているか、ご存知ですか」
「いいえ。実は勇夫様は何も仰ってくれていないんですよ。どうやらご旅行に行かれるおつもりだということだけは解っているのですが。様から何かお伺いされていますか?」
「何かのチケットを手に入れようとしているとは、聞いています」

旅行の話は全く聞いていない。勇夫とで行くつもりだろうか。で、あれば護衛も兼ねて誰かは傍について行くべきだろう。全員は無理だろうから、ぜひとも自分が選ばれるようにあってほしい。そわそわとしていると、エニグマはふむ、と顎に手を当ててじっと主達を観た。二人はくじを当てたらしく、狂喜乱舞して手を握り合っている。傍から見れば中年男性達の戯れで実に見苦しいのだが、人ではないもの達には実に微笑ましい光景だった。

「やったわね、勇夫!流石よ、流石私の親友だわ!」
「当たり前でしょ!転送の手続きは済んでいるかしら?」
「勿論よ」

散々喜び合うと、二人は液晶画面に映っていた何かを閉じて、くるりと宗三とエニグマの方を向いた。満面の笑みである。ここまで嬉しそうな主の顔を見るのは本当に久方ぶりで、宗三は吊られて微笑んだ。隣のエニグマも同じ様子である。

「ね、宗三君。あとで皆にも言うんだけれども、来週三日間、私と勇夫で旅行に行こうと思うの」
「私達、この任務に着いてから休みが一度もなかったから、たまにはいいと思ってね」
「それは、構いませんが。誰をお傍につけるおつもりなんですか?」
「まさかお二人だけで、というわけではありませんよね」

心中密かに案じていたことを口にすれば、と勇夫は目配せをしあった。少し無言のやり取りが続いた後、仕方ないというようにが口を開いた。曰く、この旅は旧友二人の水入らずで楽しみたい、と。どちらの近侍も必要ない、二人とも自分の身を守る程度のことはできるから大事にはいたらない、と切々と説くのである。勿論、到底受け入れられる話ではなかった。エニグマも宗三も穏やかにのけるのだが、勇夫はさておき、珍しくまでもが一歩も引かない。

「そうやって意地悪して!勝手に出て行っちゃうんですからね!」
「そうよ!私達が本気を出したら、いなくなるのも簡単なんだから!」

殆ど脅しの台詞まで吐かれてはどうにもできない。かといって、ここでわかりました、と宗三とエニグマだけで決断することもできなかった。他の男士達にも話をすべきだ、と伝えれば、むすくれたは、とうとう言霊を吐いた。曰く、出かけるので構わないように、と。恐ろしい一言である。宗三がの言霊に縛られることが初めてだったこともあり、頭の中を鷲掴みにされるような目眩に気分が一挙に悪くなってしまった。

 しかも、とてやりたくないことをやったのだろう、顔色が優れない。それでもやりたいことなのだ。たかだか旅行である。そう、たかだか、ただの二人の楽しみなのだ。ここは了見の広いところを見せてやれば良かった、と嘆じながらも、宗三はとうとう頭を下げて拝謁した。同じくエニグマも、若干頬をひくつかせて頭を垂れた。




 かくて取り巻き連中は泣く泣く自らの主を見送ったのであった。行き先は杳として知れないが、海外であることだけは解っている。自分達の持つゲートは国内にしか使えないがために、と勇夫が飛行機のチケットを取っていたからだ。この情報は口惜しいことに、宗三達男士ではなくエニグマ達諜報部隊から齎されていた。流石はそのための道具であっただけはある。行き先が解るのも時間の問題だろう。やきもきしながらも時間は過ぎ、男士達は大人しく遠征と日常の勤めを続けていた。

「宗三さん。我らが主君達がどこに向かっているのか解りました」

待ちくたびれたその頃、エニグマから一本の打電があった。内容は正に待望のもので、ついで意外なものでもあった。

「すごい……!どこですか?」
「中華人民共和国の首都・北京です」

隣国である。比較的近い場所で良かったが、一体何をしているのだろうか。少し考え、宗三は何となくではあるが、ちらりと脳裏を掠めた嫌な存在に顔をしかめた。まさか、ではある。だが可能性は拭いきれない。

「……なんのために、でしょう」
「楊陽明様のコンサートに赴くためです」
「ああ」

やはりそうだった。嫌な予感が当たったことに、宗三はぎりりと唇を噛み締めた。楊陽明。それは男士達がどれほど努力をしても追いつくことのできない、にとっての憧れの”お兄様”である。それは恋慕の情ではないと説明されているし、実際自分達こそがの夫なのだから、ここは度量を見せなければとも思うのだが、つい苛々してしまう。あんなにも必死に努力し、喜び、内緒にしてまで出かけられたとなれば、自分達の立場さえも危うく感じてしまうというものだった。否、そう感じると思ったからこそは隠していたのだろうが、どう足掻いてもいらだってしまうのだから無理な相談だろう。

「問題は、そのコンサートです。楊陽明様は審神者含め、多くの神職の方々に羨望の眼差しを向けられております。今回のコンサートも例外ではなく、多くの方が競って参加されるとのこと。もしここが敵に襲われたならばーーお分かりでしょう」
「……どうしたら、僕達も”そこ”に行けるんですか」

先程から、自分は疑問しか口にしていない。なんら有益な情報を与えることができない自分に歯噛みしながらも、宗三は頼れるものに頼り切ろうとしていた。エニグマは優しいのか何を狙っているのかよく解らないが、これまた用意周到に回答した。曰く、自分の伝手を使えば、飛行機なしでもあちらに行ける、と。何故勇夫やがその術を使わないのか疑問だが、何か後ろ暗い事情でもあるのだろう。目立つので一人だけ選んでくるように、と言われて宗三は他の男士に告げることなく自分が行くと宣言した。

 男士達の中で、自分の腕は最上とは言い難い。どう足掻いても太刀には劣るし、打刀の中でもやや低いのではないかと思う。流石に担当を凌ぎはするものの、素早さは劣ってしまう。自分の本分はそこではない、とかつては決めつけていたが、今ではの傍に立つために強くありたいと思う日々だった。あるいは武器としての本分に目覚めたとでも言うべきかもしれない。そんな宗三を気遣うように、はこのところ逞しくなって来て申し訳ない気もするわね、などと言うのが、宗三は密かに好きだった。と、言うのも当初、ここに来たばかりの宗三は自身を美術品として見做し、にもそれを求められていると決めつけていたからである。今でもその自負はどこかにあって、忘れていないを愛しく思っていた。自分の特別な部分を、好いた相手が想ってくれればそれは僥倖だろう。

 他の男士達には、エニグマ達の元で情報を仕入れて来る、と告げ、宗三は単身中国へと赴いた。勿論傍にはエニグマがついており、道案内をしてくれることになっている。エニグマが言うには、中国の諜報部隊と連絡が取れているので、道中災いはないはずだった。しかし何故こうも自分によくしてくれるのか、宗三にはとんと見当もつかない。ひょっとすると、自分はとんでもない泥船にのせられているのではないだろうか。無事にたどり着いた異国の町並みをほうと溜め息をついて見遣れば、エニグマがこちらの心情を察したように、ざっと目的を説明してくれた。

「宗三さん。ご存知の通り、私達諜報道具は、潜むためにあります。時折武器としても使えるものもありますが、暗殺が目的ではないので能力は実に低い。その点貴方方は武器、その道のプロと言って良いでしょう。いざとなれば、私は主君を潜ませることができますが、敵を退けるには至りません。故に、貴方にご助力いただきたかったのです」
「なるほど。そういうことであれば納得いきますね」

コンサートは明日、ということで事前偵察がてら会場へと向かう。場所は”鳥巣”と呼ばれる、文字通り鳥の巣を模した奇妙な建物で、エニグマの説明によれば2世紀程前の遺物なのだという。宗三の認識する中国は、が振る舞ってくれた食事や、物語、万里の長城などの遺跡であったものだから、入ってから目にするもの目にするもの、全てが近代的で拍子抜けしてしまった。はこの街の中でも、特に安全な場所に宿を取っているのだという。ただ、そこは他の審神者連中もいるので、自分達の存在がばれやすい。本来ならば間近にの姿を見て安心したいのだが、できぬ相談であった。

「近代的な街であっても、日本とさして変わりませんよ。人々の精神的な部分を支えているのは、日々の営みから産まれるのですから」

黒々とした目を煌めかせて話すのは、簪から産まれたという”小白菜”なる少女だった。見目は宗三よりも遥かに子供だが、数千年を優に生きる神格としては遥かに上のものである。聞けば皇族の守護に当たる面子の一人だそうで、エニグマの情報源はここにあるのだった。何故エニグマと中国当局が結びつくのかは不可思議だが、道案内がいるということは良い。宗三はなんら気負うことなく街を歩くことができていた。小白菜についていけば、近代的な集団住宅の向こうに、やや貧しい平屋が続いている。その向こうには、遥か昔には豪奢な邸宅であったろう建物がそびえていた。所謂四合院と言われる、ここ北京独特の建物である。このあたりは”胡同”というのですよ、とエニグマが説明してくれた。

 こうした場所は、可能であればと共に歩きたかった。思えば自分達は日々仕事に追われているようなもので、日常から解放されることがついぞないままである。旅行等二の次だ。奇しくもこうして自分とだけが異国にいるのだから、観光くらいは一緒にしてもいいのではないだろうか。この機会を逃せば次はなかなかこないだろう。嘆息していると、エニグマが今夜の宿に案内してくれる。今夜は北京ダックが出ます、と小白菜が言う。異国での初日は、こうして悪くない形で始まった。




 非凡とは、平凡ではないということだ。よって、良い意味でも悪い意味でも”異なる”ものに相応しい物言いだろう。見た目は至って平凡だが、非凡になってしまったは、自分と勇夫は非凡というよりも常軌を逸しているだけだな、と苦笑した。非凡とは常に畏敬の念を抱かれるものだが、自分達のそれは忌避されるものである。だが、今ではのような”人間だったもの”はそこここにいる。お伽噺よりもひどい話で、このままもし、純粋に”人間”と呼べるものがいなくなったならば、それこそこの裏側で繰り広げられている歴史をどうのこうのする戦いに意味はなくなるのではないだろうか。

敵の狙いは歴史の修正だという。どのような方法で、どのような形に直すというのか、は知らない。ひょっとするとそれは、修正ではなく別の目的であるのかもしれない。敵を捕えることができたものはまだいないから、全ては憶測に過ぎない。ただ、これだけは確かに言えるーー自分達は、自分が選択しない形で変化させられることを拒んでいるのだ。

 理不尽な変革を齎せるのは、いつでも勝者であり支配者であり人知を越えた神のみである。歴史修正主義者とは何なのであろうか。例えばそれは、自分や勇夫などとどう違うというのだろう。幾度か殺されそうになったし、事実彼らと出会わなければ、今のは存在しない。蜂蜜を練り込んだ麻花を齧ると、は豆乳を啜って天壇からの景色を眺めた。広い。茫漠たる広さこそが大陸なのだと思わせる。と勇夫は、元より楊陽明のコンサートに向かうべく来ているのだが、時間もあるのでついでに観光も楽しんでいるのだった。二人で旅に出る等、二十年以上もない。海外旅行に一緒に行くことは初めてだ。

横に並ぶ勇夫はいつも通りの、どこかVOGUEであるだとかELLEであるだとか、そういった海外の迫力ある女性が似合いそうなズボン姿で階段に片足を置いていた。名は体を表すとはこういうことだろう。勇夫の綺麗な稜線を描いた顔に、大陸の風があたって黄砂を容赦なく叩き付けていた。相当腹が立ったらしく、勇夫が無駄に神威を使って撥ね除けているのがには見えた。格好着けるには努力が必要だが、今回のこれは不要にも思われる。

ここ天壇は世界遺産に選ばれた、遥か昔の中国王朝で、皇帝が神事を行うために設けられた数々の祭壇である。天壇、とはこの国の言葉で天国を表す。つまりはあの世であって、と勇夫にはうってつけなのだった。冷やした酸梅湯を勇夫に渡すと、はすっかりぐしゃぐしゃになった相方の髪を少しずつ解しにかかった。秋の北京は清々しく、過ごしやすいのだが風が強いのは難点だ。否、このなにものも遮ることのない大陸では、いつでも風が力強く駈けて行くのだろう。普段、自分が接するよりも遥かに荒々しい自然に、は自然と心奪われるものを覚えていた。

 横に並ぶ勇夫も同じ思いなのか、ただただ開けた景色の向こうを見遣っている。と、勇夫のズボンのポケットに入れた小型情報端末が震え、着信音を奏でた。曲は英雄ポロネーゼ、勇夫の好きな勇壮で軽やかな曲である。勇夫はに目配せすると、端末のディスプレイを指でなぞって表示させた。”完了”という、たった二文字だけのメッセージが着信している。勇夫は黙ってそのまま自分も”了”の一文字を送り、再度端末を沈黙させた。

「行きましょうか」
「そうね」
「……ところで、うちの子があんたの子と来てるみたいね。気づいてた?」

勇夫の指摘に、はにやりと笑って頷いた。先程から、そう遠くない場所に慣れ親しんだ気配を感じ取っている。観なくとも解る、あれは愛しい夫の宗三左文字だ。どうしてどうやって現れたのかはよく解らないが、恐らくは勇夫の夫によるものなのだろう。さぞや自分を心配し、やきもきしているに違いない、と思うだけで薄暗い笑みを浮かべてしまう自分がは恥ずかしかった。昔はこうした感情を知らなかったのだが、今では背徳的な思いを抱いてしまうことがままある。数多い夫の中でも、特にそんな気持ちを抱かせるのは宗三だった。は限りなく夫達を公平に扱おうとしているものの、矢張り個別に抱く感情というものがあるらしい。

「まあね。自分の旦那様のことくらい解るわよ。宗三君達は気づいてないかもしれないけど」
「んー、そこは微妙ね。うちの子は気づいているんじゃないかしら。元はそういうモノなんだし」

勇夫の夫達は優れた諜報道具達で、揃いも揃って美形だということは解るのだが、一様に印象が薄い。自分に対してだけは違うのだ、という勇夫がどこか羨ましかった。の夫達も美しいには違いない。万屋等で見せびらかしたいと思う一方で、彼らに熱いまなざしを向ける女性達を見て妬心してしまう。私だけが知っていれば良いのに、と思うは、夫達が同じことを思っている等ついぞ考えもしなかった。一般的に、は持て囃される容姿ではないが故の、真っ当な判断である。

 宗三がやきもきするとすれば、それはが弱いと考えているからだろう。確かに武芸に秀でているかと言えば、そういったやっとうのことなど不要な生活を送って来たものだからさして得意ではない。だがそこは元禰宜であるから、術の心得はある。同じことは勇夫にも言えた。だからこそ今、二人は頑張って中国まで来ているのだーー他の多くの各国戦線を為す仲間達と共に。

「そろそろ始まるわね。行きましょ」
「ええ」

コンサートホールである鳥巣は少々遠い。オリンピックのために建てられたものだから、何もない場所にできる必要があったのだ。今では別の意味での祭典が開かれようとしている。人間らしくタクシーに乗り込むと、は遠ざかって行く町並みをただ呆然と眺めた。この大陸の国は、常に激動している。たった一つの国が連綿と続く日本と異なり(とはいえ各人に国としての意識があったかは別問題である)、大陸とは常にせめぎあうものなのだ。近年は、百年程前まで問題になっていた環境汚染がようやく踏みとどまり、空気が澄んだものになってきている。もし明日余力があれば、万里の長城や北海公園などにも足を運びたい、とは勇夫と話していた。二人で何かを、それも遊びを企画できる機会はそうない。先日甘いものを食べに行った際にも、背後にぴったりと夫達がくっついていたせいで碌碌気楽な話ができなかった。

 一応、勇夫もも慎みはある。夫の前で他の男性を褒めそやすのは余りよろしくない。勿論問題のない人もいるのだが、元がモノであったが故か、二人の夫達は実に嫉妬深いのだった。モノ、は使われなければ存在できない。飽きられれば、壊れれば、愛されなくなれば捨てられる運命である。それを見事に乗り越えたからこその付喪神なのだが、本能的に恐れているのだろう。危機感を抱くことは存在を切磋琢磨させることだから、は一向に構わなかったが、時折煩わしさを感じてしまう。

「楊陽明様以来、あそこまでカリスマ性のある方は中々出ないわね。天才も名将も名君も産まれ難いというけれども、いい加減効率よくできても良さそうなのに」
「あんたみたいに試験管で産まれてまともにやってけるのは稀でしょ、。大抵は人間の代替物扱いなんだからーー悪く思わないでよ、事実を言っただけ。あんたの兄弟は今、何してるの」
「みんな死んじゃったわ。多分ね」

は試験管で量産された人間である。中々なり手のいない、農業従事者として生み出されたのだ。土木建築なども学び、は一人の労働力となるべく生きていたのである。師匠が自分を見いださなければ、体力が衰えた時点で次へと投じられる。役に立たない”もの”を置いておける程、国に余力はなかった。が審神者になり、更には神になってからもう大分経つ。確実に自分の同胞は老い、戦力にはならなくなっているはずだ。彼らは眠らされ終わらされそして、次に産まれるべき彼らの兄弟姉妹の土台になる。それは悲しいことではなく、当たり前の事象なのだが、勇夫にはそうではないらしい。親兄弟のいる唐梨勇夫にとって、死は実につらいものであるらしく、自分から持ちかけて来たくせに深く傷ついている。

「まあ、そもそも私達が考えるイケメンが、もう時代遅れなのかもしれないわよ?」
「……可能性はあるわね。確かに番組を見ても”若いわねえ”くらいしか思わなくなったし……まずいわ、おばさん化が進んでる」
「でしょ?私も最近そんな気がしてて」
「あんたのそれはお手入れのさぼりすぎよ、ブス!」
「うるさいわね、化粧のテクがちょっと上手いからって思い上がるんじゃないわよブス!」

くだらない話に持って行けば、見る間に勇夫の顔が明るくなる。彼にはこの方がずっといい。自分の親友には笑顔で居て欲しいのだ。一頻りいつものやり取りをしていると、煩そうにしていた運転手が、もうついたよ、と車止めに止めた。鳥巣だった。




 古来より、人は力を合わせて巨大な建造物を造る。かつては神に挑戦するものまで出た程で、その得体の知れない野心は計り知れない。古代の建造物の多くは神々に向けられており、人に対して開かれたものではなかった、ということだけが事実として残っている。人に向けた巨大な建造物が着目されたのは、平和と豊富な物資を多くの人が享受できるようになってからだ。2200年を過ぎた現代に置いてもそれは言えていて、巨大な建造物は富と権力の象徴である。

そんな最中、祭りのために作られた近代の建造物である”鳥巣”は珍しい存在と言えよう。いわばこの場は神に向かっているのだ。祭りとは祀りであり、重要な儀式である。達審神者など、神職にとっては非常に重要な場所であった。そして今日、稀代の道士である楊陽明がこの場で一代コンサートを開く。これがただのコンサートではないことは、左右を見る限り容易に察せられた。ただ、宗三左文字には解らなかった。彼は元より人ではない。そして彼のよく知る人間は審神者達であったから、何が異様であるかは感じ取れないのだ。無理もない。ただ、自分の良く知る主の姿を目の端で捕え、ほっとした、それだけである。胸を撫で下ろす宗三に、隣に立つエニグマは実に冷静な乾燥を述べた。

「……聞いてはいましたが、異様な光景ですね。これほどまでに腕の立つ神職の方々が一同に会するなど、まずあり得ない」
「楊陽明師は神職の方々に人気だと聞いていますから、当たり前の風景ではないのですか?」
「それであっても、です。私が知る限りでも最高と称される方々が参席していますからね。しかも、我々の主と同じように、供を連れていない」
「たしかに、」

それは異様なことだ。エニグマが指摘するまでもない。いつぞやについて行って顔を合わせた各国の神職達は一人ではなく、常に某か人ならざるものと共にあった。いつなんどき、敵が襲って来るとも限らないのである。敵にしてみれば、達指揮官が寄り集まっていれば格好の餌食だ。少しでも多くの頭を潰せば、彼らの仕事はより一層容易となる。時の政府側に立つ人間は、過去にさかのぼることはできるが、敵を倒す以外に歴史に影響を及ぼすことをよしとされていない。仲間が倒れようともそれはそのままにしなければならないのだ。

 顔見知りの遺骸に出会った際の、の表情を宗三はよく覚えている。敵がこのような惨事を修正しようとして行っているのであれば、確かにその気持ちも解らなくはない、と呟いていた。確かに、自分達刀剣男士も、が倒れたとなれば死に物狂いで時を遡り救ったであろう。それがこの星という歴史の全てに由来するならば、この世界など失っても惜しくはない。宗三以外の男士も同じことを思ったらしく、思わずにそう漏らした加州清光に、は優しく叱責した。曰く、自らが定めた正道を真っ当としようとしなければ、何も信じることは叶わないのだ、と。宗三には理解のできない話なのだが、その時のの表情と台詞はやけに頭の中に残り続けていた。

 派手な音楽が鳴り響き、鳥巣の中央の空間にばっと光が集められる。まるで蛍の光のように小さな丸が光り輝いたかと思うと、一人の人物が姿を結んだ。楊陽明だ。が見ている横でこっそり盗み見たのと同じく、苦みばしった男性である。ただ、が見ていた映像よりも更に年を重ねていた。恐らくは未だに生身の人間なのだろう。更に言うならば、肌はまるで死人のように白く、赤い斑点が浮き出てまるで病人のようだった。例えて言うならばそう、幽鬼のような姿で、宗三はぶるりと身を震わせた。これが人なのか。人である筈がない。人とは、もう少し暖かいもののはずだ。ましてや、自分の愛しい妻が若い頃から慕う程に、彼の人は熱意の人であった、そうでなくてはならない。

『我らが同志諸君、今夜のこの儀式に参席していただいたこと、心より感謝する。諸君には重要事態のため、厳しい条件を設けたが、それを乗り越えてこれ程多くの方に来ていただけたことは何よりも幸いだ』

『同志們、謝謝』(同志諸君、感謝する)から始まるその声が耳に届いた瞬間、宗三は再度身を震わせた。見目は、まるで病人のそれだが、声は朗々とし、深く身体の奥底まで染み渡るかのようである。主の言霊以外で身体を掴まれているような感覚に陥ったのはこれが初めてで、横に佇むエニグマも同じように顔を強張らせていた。このコンサートは「儀式」なのだという。一体何の儀式だろうか?参加者は皆何の驚きもなく、全てを解っているかのように落ち着いていた。この場にいる人間は皆、選ばれた人間なのである。ただコンサートに参加する観客ではない、彼らもまた演者なのだ。

『ではこれよりーー我が生命最後の儀式にご助力いただこう!』
「「「「応!」」」

鬨の声があがり、周囲の熱と共に霊気とでも言うべきものが揺らめいた。その力は皆中央の祭壇へと渦を巻いて注がれているようである。ある意味、霊力の塊でもある宗三とエニグマの身体はずりずりと引きずられ、中央へと吸い込まれるかのようであった。なるほど、さてはこのために自分達は来てはいけなかったのだーー主の言いつけは聞くものだ、と宗三が冷や汗をかいていると、不意に腕を引かれた。

「こーら。だめって言ったでしょ?悪い旦那様ね」
さん、っ」

だった!気づいてくれたのだ、という喜びと、漸く傍近くに寄れた嬉しさに、宗三は蕩けるような笑みを浮かべて主に抱きついた。同じようにして、横ではエニグマが主である勇夫に小突かれている。どうやら自分達の動きは完全に把握されていたらしかった。

「エニグマも、スパイごっこはいい加減になさいな」
「すみません、ご主人様」

しおらしく見せながらも、エニグマがどこか嬉しそうにしているのを宗三は見て取った。矢張り、自分が特別目をかけられていると思えるのは嬉しいに違いない。自分達の本性はモノなのだ。主なしではいられない、故に主がいてこそ自分という存在は完結するのである。は勇夫と目配せし合うと、二人して何かの呪いを巡らせた。ぐるんと毛布に包まれたような、そんな感覚が宗三を襲う。何か守護の呪いをかけてくれたらしい。吸い込まれる力は断たれ、問題なく立てるようになっていた。そうなるとと勇夫は再度儀式に戻る。中央を見遣れば、霊力で一つの塔が出来上がろうとしていた。天をも貫くその塔は無数の字で壁面が埋め尽くされ、青く、黄色く不可思議に光っている。

 と、不意にその空に切れ目が入り、どっと押し寄せるものがあった。禍々しい気配は紛れもなく敵である。エニグマが見立てた通り、この儀式を嗅ぎ付けたらしい。しかしこれは罠だ。そうであるとしか思われない。空のあちらこちらが破れ、どんどんと異国の生き物のような敵軍がコンサート会場の空を埋め尽くして行った。まるで号令を待つかのような整然とした並びである。流石の宗三も、これには肝を冷やした。到底自分一人では立ち向かえない。を守れるか、守れないかすら怪しい。こんなものを呼び出して、一体この人間達は何をするつもりなのだろう?中央の祭壇で采配を振るう男は、朗々と何かの呪文のようなものを唱えているばかりだ。彼の周りには、今や淡い光を放つ蓮の花が咲き乱れていた。あれは霊力から産まれて来るものだ、と宗三は目を細めて見遣った。それも、楊陽明の身体から零れ出てしまっているもので、矢張りかの人は死の瀬戸際にあるということだろう。

ふと、宗三は人は死んだらどうなるのだろうと思った。宗三はこれまで多くの人を手にかけてきたし、そうでなくとも死ぬ人はいくらでもいた。人が人を殺さねば欲望を果たせない時代の産物なのだから致し方ない。宗三は人が死んでも身体が残ることを知っている、動かなくなるものだと知っている、だがそれ以上に何になるのかを知らない。自分が失われるのは本体である刀が跡形もなくぼろぼろに崩れてしまった時だろう。それを悲しくは思わないが、例えば神になる前のは残るだろうかと思ってしまった。許し難い話だ。死んで動けないなど願い下げだ。そんなものを見たら自分は悲しくなって錆びてしまうだろう。癪な話だが、宗三は怒りと喜びと同時に、によって寂しさを知った。神は死なないと聞いているからこうして胡座をかいているのだが、こんなにも敵に囲まれてしまっては焦らざるを得ない。本当に大丈夫なのだろうか。

 だが、一方で自分だけがを独占できるのであれば、二人して跡形もなくなって”死んで”しまっても良い、という欲もわく。モノ故に主に対する執着は人一倍ある。自分以外のモノがいれば、即ち主から傾けられる愛情も減るというものだ。ここまでこっそりついて来たのも、他の男士を出し抜くために他ならない。には自分だけを見て欲しかった。

そんな宗三が悩ましく思う向こうでは、いよいよ敵の軍勢が動き、何故だか真っすぐに件の塔へと向かい始めた。他の面々には少しも目もくれない。楊陽明、ただ一人を追い求めるかのような愚直さで、敵はぐるぐると空を回ったままストンと塔のぽっかりと空いた口の中へと落ちて行く。まるであり地獄の巣に引きずり込まれて行くかの様で、宗三はぽかんと見つめていた。ぐんぐんと塔は敵を飲み込んで行き、脈打つように塔がぶれる。敵の数が減るごとに、塔の大きさは小さく、小さくなった。最後に塔が小さな壷になったところで、楊陽明がぽん、とそれを胸に抱き、呪いの声を止めてぐるりを見渡した。

『感謝しよう、同志諸君。我が大志は果たされたーーさらばだ、私の愛する友人達よ!』
「嗚呼」

先程から随分流れていた楊陽明の生命が皆流れ出し、先程の敵軍と同様に壷の中へと入っていった。小さな小さな壷は震えると、どこからか飛んで来た龍に咥えられる。儀式はここで終わりだ。会場の皆が一斉に拍手をし、白と黒の旗が舞う。なるほどあれも死なのだ、と宗三はようやく楊陽明という一人の男が死んだことを理解した。これは一命を賭した儀式だったのだ。

「……お兄様、最後は笑ってらしたわね」
「ええ。あの方のお手伝いができて、私も誇らしいわ。ちょっとブス、泣いてるの?泣くと化粧が崩れて余計にブスになるから止めなさいよ、
「だ、だってえ」

肩を震わせて泣くの頭を、宗三はそっと撫でてやった。は自分の信じた道を貫こうとした。楊陽明もまたそうだろう。だが、それでも辛いものは辛いのだ。神だろうが何だろうが、そこだけは未だにの柔らかなものなのである。宗三にしてみれば哀れでならなかった。こんな風に、自分も主の中に残り続けることができるのならば、あるいは自分もまた折れることも可なり、である。ひとまず今は、他の男士には見せていないの側面を自分だけが見ていることに満足しよう、と宗三は真っ暗な大陸の空を眺めた。ただただ広く、あの壷に吸い込まれてしまったかのように星一つすらない空だった。




 楊陽明は、にとって特別な人物である。憧れの先輩であり、こんな人間になってみたいと、その背中を追い続けていた相手である。それほどに彼の大陸の御仁は優れていた。多くの人間を助け、また多くの人間が彼を助けた。だから、死期を悟った楊陽明が、人として天寿を全うするのではなく、人として焼け石に水であっても敵に一矢報いてやろうという計略に皆が賛同したのである。いわば総出で楊陽明を葬り去ったようなものだ。

 だが、それ以上にはこの日、一つの秘密を持った。それは、ずっと気づいて来なかったもので、気づいてしまったが故に一層悲しいものだった。は、ずっと知らなかったが、楊陽明に初恋をしていたのである。紛れもなく、この喪失感は恋だった。”夫”のいる身で、けして誰にも言えないだけの秘密である。

今も、別の相手と恋をしている。否、これはずっと続くための愛だ。今夜のためにと設けられた、京劇の席へと向かいながら、はそっと宗三の手指に自分のそれを絡ませた。


〆.

あとがき>>
 宗三左文字、旅に出る。どうやら私は宗三が好きというか気になって仕方がないようで、気づけばこのようなものを書いていました。初心に返って、最初に書いた話(君が音を聞く)同様、オリジナルの要素が主なものです。ここまでオリジナルのキャラクターを詰め込むことはもうないので、ご安心ください。

元々人間だった、という主人公の設定なので、何もないのではつまらないでしょうと、過去には何かの秘密があっても良いと思ったのがきっかけです。それも、誰にも言えない、だけれども誰もひどく傷つけない秘密が良いなあという我が儘でした。北京の情景は記憶の底のものなので、今では大分違っていそうです。一言でまとめると、「大陸とは大きく広いということだ」を体現した場所でした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!