ORIGINAL BL NOVEL
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貴方は花、美しく咲く
貴方は夜、 暗闇で包み込む
貴方は水、普く潤す

私の血を、肉を息衝かせ、私の瞳を輝かせるのは貴方、ただ貴方だけ。

 

花のようなひと

 凛として清楚、高潔にして優雅、それでいて不吉な思いを巡らす香りが辺を漂っている。今日は雨が降っているというのに、ここまで強い香りが漂うというのも珍しい。地面から吸い寄せられ、どんどんと上がってゆく水滴を眺めながら、篠崎道生(しのざき みちお)は香りの元を辿っていた。雨が降る日は建物の中に避難しなければならないのだが、道生はついつい外出してしまう。この干上がる感触が溜まらなく心地良く感じてしまうのだから、きっと一種の異常性癖とも言えるのだろう。
「百合か……道理で」
道生の視線の先には、大輪の百合が歩いていた。正確には、頭が巨大な百合となった人間がドレスを纏って歩いている。服装からするに女性なのだろう。道生はそこまで見届けると、大人しく目的地に向かった。普段はじめじめと湿っている道が、ことごとく渇いて色合いを変えて行く。雨上がりの街の様子が道生は一番好きだった。砂漠のように渇いた街は、いつもよりも絶望を帯びている。この街のどの建物もそうであるように、煉瓦塀にびっしりと生えた苔を眺めながら、道生は白い無機質な建物の中へと入った。
「今日は、面会に来ました」
「篠崎さんですね。おかけになってお待ちください」
「はい、有り難うございます」
受付に立つ、はきはきとした口調の男性に、道生は小さく会釈した。声と身体で男である事は解るが、頭部は先程の女性同様に花開いている。彼はあじさいで、余り香りはしないが、目にする度に赤から青へ、青から赤へと色を変えてゆくところが好ましい。恐らく体調や気分に依拠するのだろう。医療カードを渡すと、道生はビニール椅子に腰掛けた。そう、ここは病院なのだった。それも特殊な人間に向けた精神病院である。今日もいつものように他の客は居ない。受付の男ももうすぐ帰る筈だ。そういう手筈になっている。道生は産まれてからこの方ずっと患っていた。周囲の人間が言うには病人であるという。心ない人には異常とまで言われることさえあった。残念ながら、道生にとって世界は今見ている世界しかなく、正常というものが何であるかは未だに解らない。解らないままに37を迎えてしまった。
「篠崎さん、篠崎道生さん、診察室1番へお入りください」
「はい」
呼ばれた声に返し、道生は診察室に入った。いつもどおりの順番で、何も違いは無い。要するに安全という事だ。窓に引かれたカーテンは今日も苔緑、壁にかかった写真はオーロラを映し出している。そして、目の前には笑顔を浮かべた年若い医師が座っている。小野田清人(おのだ きよと)・27歳、この小野田医院の跡継ぎにして最も人気のある医師である。道生にとっては、清人が小学校に上がるくらいからの長い付き合いでもあった。僅かに笑みを浮かべると、道生は静かに椅子に腰掛けた。ふわふわとした髪を振ると、清人が間合いをつめる。
「2週間ぶりですね」
「診察予約がとれなくて。人気者は辛いな」
「意地悪だな」
子供のように呟くなり、清人は道生の肩口に顔を埋めた。傍から見れば、医者が患者に何をするのかと物議をかもすだろう。柔らかな清人の髪をくすぐるように撫でてやると、道生は目を閉じた。

 清人は、道生が珍しくきちんとした人間として認識できる人間である。そう、道生は産まれてこの方、殆どの人間の頭部が花に見えるのだ。幼少期は何の疑問も持たなかったが、成長するにつれ、その異常性に気付いた周囲に寄って病院通いをせねばならなくなってしまった。面倒ではあるが、何かあった際に抗弁するためにも必要なのだから仕方が無い。そんな訳で、中等学校からこの小野田医院にかかっている。当初は清人の父親である雅治(まさはる)にかかっていたが、ここ数年で清人に完全な世代交代を果たして居た。
「道生さん」
「ん」
自然な様子で清人の顔が近づき、道生の唇に軽く口付ける。挨拶のように離れると、確かめるように指先で唇を摘まれ、舌先を捕えられる。人の急所の一つでもある箇所を握られ、ほんの少しだけ道生に焦りが芽生えるが、清人は気にせず、その舌先を味わうように自身の舌をすりあわせた。初めての試みだったから、恐らくはどこかで学んで来たのだろう。自分と楽しむために、積極的にその手の知識を得ようとする清人を道生は好ましく思っていた。

 そう、道生と清人は患者と医師という関係以前に、肉体的な関係を持っていた。一応、清人の方から好意は告げられている(それも清人が中学生の頃からだ)が、道生には解らぬ感情故に返すことが出来ずに居る。だが、こうした行為を唯一許しているのは清人だけだし、そもそも清人以外と致した事が無い。花との交合等道生には想像もつかなかった。そういう意味では、道生もまた清人を愛しているのかもしれない。ただ、恋人と呼べるようなものではないが故に、二人が会うのは何時だって夜の医院だった。
「俺は寂しかったんですよ……貴方にとってはどうでも良い事でしょうが、ほんの少しだけ俺の気持ちもくんでください」
「それが出来ないなら、ここには通ってない」
「……そうですけれども」
何故、多くの女性の引く手数多である青年が、自分に好意を寄せているのか道生には理解できない。可愛らしい少年が自分に愛をさえずった時も、道生は他の人間のような思考回路も視界も無かったし、今だってない。もっとまともな人間と付き合えば良いのにと心底思う。学生時代も、白百合の女性は鬼百合の男性と付き合って居たし、金木犀は銀木犀と、木通は桑と結ばれていた。同性同士であっても、釣り合いが良いものだったという確かな記憶がある。

 だが、道生には清人が人間にしか見えない。そして、自分自身はと振り返り見れば、なんの魅力もないように思われる。余り多くの人間を目にした事が無いので解らないが(雑誌に掲載されている写真は全て人間に見えるので主なサンプルはここからとられている)、一般的な人間が敢えて自分を選ぶようには思えなかった。
「考え事をしないでください。少しは集中してくれませんか」
「……すまない」
「全く」
拗ねたような声を出すと、清人がきつく首筋を吸ったので、道生は小さく喘ぎ声をあげた。気付けばすっかり裸に剥かれている。自分は余程ぼんやりとしていたらしい。この行為に慣れたからといって、相手を完全に放置する等良い事とは言えないだろう。恐らくはマナー違反というものだ。ベッドに移動したいと訴え移動すると、道生は清人を押し倒して服を脱がせた。道生が自発的に行為に参加する事で、少しでも清人の気持ちに応えてやれればと思ったのだ。若く張りのある皮膚を掌全体で感じながら、道生は清人の香りを嗅いだ。

 不思議と清人は何の香りもしない。強いて言うならば清人の香りがする。他の人間は花の香りがするというのに、ひどく不思議な感覚だった。清人の父親の雅治は山梔子で、それこそむせ返るようだった、にも関わらずである。道生は不思議に思うと同時に、この香りを嗅ぐ度に安堵を覚えていた。これは、ヒトで、自分と同じ生き物で、要するに自分はこの世界の中で生きる、何の変哲も無い存在だということを確かめられるのである。
「ふふ、道生さんは俺の匂いが好きですね。何もつけてないのに」
「つけてないから良いんだ」
「……貴方は口がうまい」
「あ、」
くしゃりと顔を歪めると、清人は覆い被さる道生の乳首を摘んだ。これまでの行為ですっかり慣らされてしまったそこはやや肥大化し、ジョギング等をすれば、シャツに擦れるだけで感じてしまう程である。実はこっそり一人で楽しむ際に弄る程度に道生も気に入っていた。清人に楽しんでもらおうとクリームで手入れをしているために、肌触りも良い筈だ。きゅ、きゅ、と摘まれる度に身を震わせると、道生は下半身をぴったりと清人のそこに擦り付けた。
「可愛い。もう勃ってる。前より感度が上がりましたね」
「君がそんなことするから、」
「俺のせい?本当に俺にしかさせてないんですか?」
「させてない」
静かに返せば、清人は小さく頷いて道生に横たわるよう命じた。道生に触れたくてたまらないという様子だった。口角を上げると、道生は余裕を持って体勢を入れ替え、乳首に吸い付く清人の頭を抱いた。焦げ茶色の柔らかな髪は、緩く渦を巻き、小さな犬を彷彿とさせる。今ちゅうちゅうと中年男性の乳首を吸う様は、何方かと言えば幼児のそれだが。
「ここ、母乳が出るくらい弄りましょうね。俺、道生さんのおっぱい飲みたい」
「……そんな風になったら、外で張ったりして困るだろ」
「呼んでいただければ何時でも吸いに行きますよ」
「馬鹿」
だがいつか出るようになってしまうのではないかと思う。近頃は胸に僅かなふくらみを感じるような気がするのだ。だが乳首を弄るのは気持ちが良いし、どうにも止められないでいる。恥ずかしさを覚えながらも、道生は両脚を開いて清人の背中に回した。このままでは乳首だけで達してしまう。流石に年齢の事もあり、そう何回も交える事は出来ないから、折角ならば他の方法で吐精したかった。
「貴方が出なくなっても、いくらでもするのに」
「二度と来ないぞ」
「嫌ですよ、冗談ですって」
自分もやりたいから、と笑う清人に口付ると、道生は清人が用意したローションとスキンをベッドサイドから取り、手渡した。毎度の事なので、腸内洗浄は自宅で済ませてしまっている。本当はそこからしたいのだ、と清人が強請る事も多々あるのだが、道生はこれだけは譲りたくなかった。どんなに惨めな思いをしようとも、自分の汚らしいものまで見せたくはなかった。道生は美しくない、多分花ならばもう萎れていると言っても過言ではない、だがだからこそ、出来うる限り綺麗でありたかった。




 純粋なものは美しい。それが美徳であれ悪徳であれ狂気であれ何であれ、純粋さはそれだけで貴重で価値がある。多くのものは歪み、濁り、変わって行ってしまう。勿論それはそれで面白みがあるのだが、清人は際立った純粋さに憧れを抱いていた。今、自分の下で喘ぎ、自分の指を体内で受け止めている道生も純粋な存在だった。彼の世界は美しい。聞けばヒトが花に見えるのだという。何人かのサンプルから、当の人物は花の花言葉に合致した人間だった。恐らくは共感覚の一種で、ヒトを幻視しているのだろう。

どんな薬を与えても、どんな刺激を脳に与えても、道生の症状が変わる事は無かった。清人の父はどうにか治療したかったようだが、清人は治らなくて良いとすら思っている。こんなにも純粋で美しい彼の世界を、色あせた人々が共有する世界に塗り替えたくはなかったのだ。清人は、暖かく滑り気を帯びた腸壁を優しく堪能し、手慣れた仕草で前立腺を軽く指先で叩いた。途端に道生の身体が反応し、前が元気になる。この場所を開くのは自分だけだ、という事実に清人はうっそりと笑顔を浮かべた。
「自分でする時も弄ってるんですね。そんなに気持ち良いですか?」
「ぁ、いい、いいよぉ」
「可愛い」
この遊びを道生に教えたのも、躾けたのも全ては清人だった。首都の大学で、医学部へ進学した際、専門が脳神経外科にも関わらず、下半身の事はやたらと夢中になって頑張って覚えたものだ。道生と初めて行為をしたのは、大学から帰省した時の事だった。それまでは、せいぜい口付け程度しかしていなかったため、道生は過ぎた冗談に捉えていたようである。だが流石にことに及んでしまうと本気さを汲み取って——結局甘やかすことを選んだのだった。

 道生にとって、自分が只の昔なじみで、それ以上でもそれ以下でもないことを道生は知っている。しつこく前立腺を弄っていると、道生がいやだと駄々を捏ね始める。快楽に身を委ね始めると、普段の物言いとは打って変わって子供のようになるところが愛しい。ぱくぱくと物欲しげに開く尿道口を弄ると、いってしまいそうなのかぎゅうと目を瞑って堪える様はたまらなく可愛らしかった。ひどく年上で、訳知り顔のこの生き物が、自分の下でただ料理されているだけというのは酷く清人を満足させた。

何でもない、同情と愛情がすれ違うこの行為だが、それでも清人は嬉しく思う。空しさが無いとは言わない。だが、きっと道生はその純粋さ故に欠けているものがあるのだと思えば我慢できなくもない。そしてその道生が、まともに人間として識別できる数少ない人間として自分を認めたのだという事実はえも言われぬ満足感を清人に与えた。
「もう少し楽しませてくださいよ。ほら、自分で押さえて我慢してください。チューブで縛る方が良いですか?」
「……ちゅーぶは、いたいから、やだ」
「じゃあ、頑張って我慢してください。出来なかったらお仕置きしますよ」
「ん」
清人の指示にこくりと頷くと、道生は自らの根元をぎゅうと指で押さえた。こんな卑猥な情景も全て清人のためのものだ。なんという幸せだろう!もしこれで彼に愛されたならば、自分は天に召される思いだ、とまで考えて清人は苦笑した。そんな事態に陥ったならば、耽溺して出来うる限り長く生きようとするに違いない。柔らかく解れた後孔部を撫でると、清人は指を引き抜いた。去り際にきゅん、と道生の内奥がうねって締め付ける。笑って道生を見れば、真っ赤になって口を開けた。誘うような仕草につられ、清人はためらいもなくその唇を貪った。自然、自分の陰茎と道生の陰茎が触れ合って切なさを増す。入れて欲しいのだろう、道生が腰をもじもじと揺らめかしては、喘ぎ声の合間に強請る。随分と乱れて来たものだ。これも調教の成果——もとい、道生が自分を受け入れてくれている心の広さによるものだろう。

 慰めるように道生の頭を撫でると、清人は今日のメインに取りかかった。机に戻って引き出しを引き、中からプラスチックケースを取り出す。ついで両手をまんべんなく消毒し、薄いラテックスを装着した。いつもとは違う動きに驚いたのか、じっと道生がこちらを見つめてくる。蕩けた目は、まるで水菓子のようだった。あの目が、これから何れ程の涙をこぼすだろうと思うと、それだけで清人の背筋にぞくぞくとしたものが走る。

プラスチックケースを開くと、清人は細長い金属の棒を取り出した。ブジーである。要するに尿道を刺激するためのもので、清人が手にしているのは医療用のものだ。割合に細身のものを選び取ると、清人はそれを道生に見せた。途端、ひっと小さく叫んで身をよじる。これまで数回慣してきた全てにおいて、道生の理性を完全に取り去った元凶だから、その反応は誤っては居ないだろう。
「ほら、きちんと押さえて。気持ち良いのはお好きでしょう?大丈夫、慣れたら貴方用の道具も差し上げますから、ご自分でも楽しめるようになりますよ」
「やだ痛い、痛いからいやだって、前も言ったのに、なんで」
「最後には気持ち良いって喜ぶのに?——俺は貴方が善がって、何もかも忘れるのを見たいんですよ」
「あ、あ、ああああっ」
「まだ入り口です」
道生が油断している隙に、速やかに尿道口にブジーを当て、するりと滑り込ませる。これまで慣して来た成果と言うべきか、この程度の細さならば余裕で入るようだ。痛みを感じるのだろう、ひいひいと道生が悲鳴を上げる。持ち主と反対に道生の陰茎は硬度を保ったままで、するするとブジーを受け入れていた。寧ろ、もっと欲しいとでもいうようにぱくぱくと開閉して涎を垂らしている。
「……もう、手を離しても良いですよ。出したくても出せませんから」
「やだ、おかしくなるっ、ぁ、うごかすな、ひゃああ」
「おかしくなってくださいよ」
ぐ、と奥までねじ込むと、前立腺に当たったのだろう、道生が唇の端から涎を零して啼いた。反らされた喉に噛み付いてやると、清人は道生の両脚を大きく割り開き、自身を挿入させた。呼吸をすることも辛そうな道生を無視し、先程弄っていた前立腺に当てるように突く。医院中に響くような大声で道生が喘ぎ、清人は他の人間がもう居ないだろう事を頭の中であわてて確かめた。全員居ない。ここには、自分と道生だけなのだ。

 こんな危機感を持って行為を行う事は、固より清人の本望ではない。だが、道生が恋人ではなく、ただの昔なじみの患者という立場から変わりがないのだから、外に連れ出す事は出来なかった。連れ立って恋人のように遊ぶ等夢のまた夢だろう。第一、道生は人が多ければ多い程、花の香りでえづいてしまう。厄介な病気なのだ。

時折、思い出したようにブジーを抜き差しすると、道生が我を忘れたように、もっと、もっととわめく。普段はあんなにも性的な事等興味がありません、という様子なのに落差がおかしかった。実際のところ、道生はこうした行為には人並み程度に興味があるらしい。目の前に飛び込んで来た赤く色づく乳頭を食むと、清人は薄く笑った。彼が普段からここを弄っている事は承知済みだ。勿論、後ろも弄っているに違いない。そうでなければ達せない程に慣れてしまっているのだ。

 他の人間が気付いてしまったら、と清人は心配になる事がある。道生には花にしか見えていない人々は、ごくごく当たり前のように人間で、一方道生は極普通の中年男性のようで居て——どこか艶めかしい。要因は自分にある事は解っていたが、清人は止める事等考えられなかった。彼が欲しい。目の前に居る彼の全てが欲しい。どうして、どうしてこの面会時間という僅かな時しか自分は彼を占める事が叶わないのだろう。

道生はどこまでも道生だけのものだ。道生の再奥に叩き付けながら、清人は丁寧な所作で道生の前を塞いでいたブジーを引き抜いた。びゅるびゅると道生の精が溢れ、清人の腹を汚す。ああ、ああ、と短く喘ぐ道生は、まだ快感が長引いているらしかった。どこかとんでしまった目に、少々気がかりになって清人は道生の頬を撫でた。僅かに刻まれた目尻の皺を確かめるようになぞっていると、手首を掴まれてちゅうと吸われる。どうやら意識はあるらしい。
「気持ち良いけど、怖いから嫌だって言ったじゃないか。もう来ないぞ」
「——それで他の奴のところにでも行くんですか」
「まさか」
冗談半分に告げた言葉は、すぐさま道生に却下された。男との楽しみを覚えてしまったとはいえ、道生の根本は変わらないらしい。要するに彼は、他人と進んで触れ合う気はさらさらないという事だ。と、きゅうと道生の内奥が収縮し、清人を誘い込むような動きをする。まさか、と思って見遣ると、ちらと情欲に濡れた目で見つめて来た。
「……こんなお強請りの仕方、どこで覚えて来たんですか」
「本で読んだ」
「俺のために?貴方が?」
意外な台詞に驚いていると、照れたように道生が目を泳がせる。恋愛感情を持たず、半ば同情のようなもので自分に抱かせているだけかと思いきや、意外にも期待してしまいそうなものがほの見え、清人の胸は高鳴った。せっつくように、きゅ、きゅ、と内奥が締まる。道生の唇を撫でると、清人は自分よりも老いた道生の身体を見下ろした。ずっと屋内活動に傾倒していた道生は、平均的な中年男性よりもやや痩せ気味で不健康そうに見える。精神的に不健康であることが後押ししているのかもしれない。いつまでも動かない清人に焦れて、中が懇願するように締まってくる。このまま奉仕されるのも悪くない、と思いながらも、清人は道生を拗ねさせないよう柔らかく動いて応えた。
「嬉しいです、道生さん。……勘違いしたくなる」
「勘違いしていれば良い」
「え?」
「どうしたって、君の言う愛だの恋だのが僕には解らないんだ、だったら幸せな方向に捉えた方がましだろう?」
「……作家先生は口が達者でいらっしゃる」
「くれよ」
清人の揶揄を無視すると、道生はあからさまに腰を振ってみせた。本当に、この手の行為をする相手が自分だけで、その中で全て覚えて来たというのが信じられない程に熟練された手管に、清人は暫し翻弄される。お返しとばかりに両脚を掴むと、清人は激しく道生の中を抉った。道生の強気な目がそんなものか、とでも言うようにこちらを見る。最初の頃は怯えてばかりだったくせに、いつの間にこんな風に慣れてしまったのだろう。失われてしまった初々しさを少々残念に思いながら、清人は面会時間をきっちりと楽しんだ。



「では、また——ああ、空きが1ヶ月後しかない!長期休暇の前はいつも混むから、ああ、もう」
全ての片付けを済ませた深夜、清人が机の上の端末を弄りながらため息をついている。自分の手帳を開いて予定を確認しながら、道生はふむと小さく頷いた。行為の余韻が残る清人の横顔は雄々しく、普段とはまた異なる魅力を放っている。宥めるように頬に口付けると、驚いたように動きが固まった。少し遣り過ぎたろうか。先だって資料として見た映画をなぞったままなのだが、と道生が思案していると、清人が柔らかく口付けてくる。少しだけ返して止めさせると、道生はぽんぽんと清人の頭を撫でた。
「休みは、いつあるんだ」
「え?」
「いくら人気者と言っても、休みくらいあるだろう。まあ、休みの日まで患者と会うのも嫌だろうが」
「あります!」
勢い込むと、清人はカレンダー上の数字をいくつか示した。どうやら来週に休みがあるらしい。道生は自分の予定を確かめると、休みがかち合ったことを伝えた。
「……実は、今恋愛小説を書いているんだ。花じゃない、人のものを」
「貴方が人の事を書くだなんて珍しいですね」
「自分が見えていないものを書ける程、器用じゃないからな。じゃあ、交渉成立だ。家に来ると良い」
「え、み、道生さんの家、ってそんな、良いんですか?」
「良くなければ呼ぶ訳が無いだろう。……それに、僕は恋する人間を観察したいだけだ。君には酷かもしれないが」
「いつもの事ですから、別に良いですよ。行かせてください!」
「解った」
少々引っかかる物言いではあったものの、予定を押さえて道生は医院を後にした。清人の嬉しそうな笑顔が最後まで頭を離れない。外はすっかり雨がやんでいて、道はまた湿り気を帯びていた。道生の家は医院から然程遠くはない。おおよそ一駅程歩いた場所にある。鉄道はもう終わっていたから、ほの暗い道を歩くのは毎度の事だった。清人は送りたいといつも言うのだが、彼がまたその道を帰らねばならない上に、翌日も朝から仕事であることを鑑みて道生は断って来ていた。

 道生は作家だ。花咲病という、頭に花が咲いてしまう人間にまつわる話をずっと書き続けている。言うなれば、道生に見えている世界をもっと美しく受け入れやすくしたものだった。幸いにして世間には好評で、食うに困らない程度の生活はおくれている。一つ、作品を綴る度に、道生は自分が世界を理解したような心地になる。人はどういう生き物なのか?人は何を思うのか?何を感じるのか?

道生が知る、触れる事の出来る人間は清人だけだ。まばゆく、真っすぐで、何故か自分に耽溺してしまっている青年だ。彼はどこへ向かおうというのだろう。実も結ばないこの交わりは、一体何時まで続くのだろうか。今度の作品で、道生は一連の物語を終わらせようと考えていた。いつまでも続く話はない。だらだらと続けるくらいであるならば、一思いに切り捨ててしまいたかった。

 ふと、袖を捲ると、点々と朱が散っているのが目に入った。清人がつけた痕で、まるで花が咲いたかのようだった。花だらけのこの世界で、道生を安全に結びつける清人に、道生は深く感謝した。だからこそ、長年の彼の思いに対して、実ではないものの何かを与えたくなったのだ。今、道生に愛情が無いから、恋人ではない。劣情はあるから肉体関係は結んでいる。腐りきった関係だった。そして道生の身体の使用期限はそう長くはない。そもそも清人が目移りする可能性の方が遥かに高い。

だが、道生が提供できるのは、異常者である自分自身だけだ。花でさえない、取り柄の無い自分をどうやって提供するべきか、道生はずっと考え続けていた。だからこそ拙いながらも奉仕する術を覚えたし、愛情の振りを多少はまねてみたりもした。理解していないが故に後者は常に失敗してしまったので、最早諦めているが。全てはもう、手遅れなのだ。
「全部終わりにしよう」
大量の蔓草をかき分けて自宅に入ると、道生は自分の身体からもにゅるにゅると枝葉が伸びて行くのを感じた。頭部からは藤の花が垂れ下がり始めている。そう、幻視は既に物理的な存在感を得て道生を圧迫していたのだ。これまではただ、ほんの少しだけ枝葉が伸びる程度で、全身を覆う事は無かった。出すことを数時間我慢する事は可能だが、もう日をまたぐことはできなくなってしまっている。自分から発せられる花の香りに、道生は軽く噎せた。

 こんな自分を好いてしまった青年を、道生は心底哀れに思う。視界を無花果の葉が覆う。これは幻視か本物か。本物だと信じているが、誰にそれを確かめられるのだろう。道生は、この有様を清人に見せた時の反応を思い描いて、自然に涙を零した。終わりにしようと心に決めていたが、何故だか彼に異常者として認められる事は心底辛いように感じられたのだ。

舌先からは林檎の味がする。罪、と小さく呟いて、清人は寝台と思われる箇所に寝転がった。何も見えない、聞こえない、ただ触れるのは植物で、香るのは花ばかりだ。今度、清人には全てを見せようと思う。そうしてこの関係に終止符を打ち、道生はヒトではない自分を認めようと決めていた。それでも清人が欲しがるならば、この実を結ばぬ生き物の全てを彼に渡そうと思う。

 いつか自分は何も考えられなくなり、ただの植物になるだろう。だがもしそれが、彼の前だけに提供されるのならば、と道生はうっとりと微笑んだ。

それは悪くない結末だった。

〆.