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クイニーアマン


 ワインとパンチ、チョコレートにクッキー、昨日の狂騒の余韻で空気は変に甘ったるい。玄関ホールに散らばった薔薇の花びらをせっせと掃き集めながら、ジョゼフはいらいらとしていた。物事が整っていない状況はどうにも落ち着きが悪い。ひび割れたガラスを見ているようで早く元どおりにしてしまいたくなる。荘園内での掃除は各人の自由に任せられているが、流石の今日という今日はジョゼフ自らが手を下すことを決めた。

下手人のリッパーは酔い潰れ、腕が筋肉痛で死んでしまう(何を寝ぼけているのか)などと言って倒れ込んでいる。美智子は見て見ぬ振りをしているし、レオとジョーカーはそれぞれ大切な人と過ごすわずかな休みを惜しみに出かけた。ヴィオレッタとハスターは元より掃除向きではないし、白黒無常とベインはゲームの真っ最中である。あともう一人は、

「まあそうかっかせんでも良かろう。リッパーに妬いてるのかと着物の嬢ちゃんに言われておったぞ」

カツンカツンと杖をついて甲高い音を立てるバルクである。片足が不自由であるため、彼もまた掃除の助けになるとは思われない。実年齢が近しいこともありジョゼフとバルクは軽口を叩きあう仲とはいえ、見た目は祖父と孫ほどかけ離れている。老体に鞭を打つ趣味がないので、ジョゼフはイライラとしながらも居間の椅子を指差した。

「手伝う気がないなら、その辺りにおとなしく座っていてくれ。勘に触る」
「手伝う気ならあるとも」

ニヤリと笑うとバルクは腕のリモコンを操作し始めた。咄嗟にジョゼフは警戒から身を低く構える。毎度バルクが新しい発明をするたびに犠牲になった故の悲しい習性だった。シャッシャッシャッシャとブラシが床をこするような音がし、耳鳴りのままにそちらを向けば毛むくじゃらの犬のような丸い塊がうごめいていた。どうやら底の部分にブラシが仕込まれ、それが動く音だったらしい。驚いたことに犬が動くと、食べられるかのごとく通った後のゴミが消えてゆく。初めてだ。こんなにも画期的でまともなバルクの発明品はお目にかかったことがない!

「失礼なことを考えておるな。瞬間湯沸かし器を作ったのはわしだぞ?」
「ん、ああ、もちろん!もちろんだとも。この僕が忘れるわけがないだろう。……すごいな、これは」
「姪っ子がアイディアを送ってくれたのさ。謂わばこれは合作というわけだ。少し休むと良い。お前さんも疲れたろう」
「そうさせてもらうよ」

こんなにもバルクの言葉を安心して受け取れることはそうそうない。犬(全自動掃除機だとバルクは言ったが、もう少し音感の良い名前をつけてやりたい)が仕事に勤しむ様を見届けると、ジョゼフは掃除用具を元に戻して居間に向かった。悪戯げに笑うバルクが、茶が入ったと手招きをしてくれる。思えばこの男のいれる紅茶はなんともちょうど良い味わいなのだ。勧めに従って座ると、ジョゼフはバルクが杖を火かき棒がわりにして暖炉から何かを引き出すのを見つめていた。

「姪っ子がまた贈ってくれたんだが、一人で食べるには多くてな」

暖炉から取り出した銀色のアルミホイルの包みを熱いと言いながら大皿に乗せ、そっと包みを広げる。途端にバターの芳醇な香りが漂い、ジョゼフは思わずうっとりとした。大地の恵みのようなブリオッシュの焼き目にオレンジピールとザラメが宝石のように光っている。ジョゼフには馴染み深い故郷の菓子、クイニーアマンだ。

「君の姪御さんに、感謝していると伝えてくれ」
「メッセージカードの一つでも書いとくれ。喜ぶぞ」

熱々の菓子から一口ちぎって口に入れると、溶け出した塩バターがざらめと踊り出す。差し出されたアッサムミルクティーが滑らかさを加えた。確かに、これは叔父と姪との合作と言えた。

「バレンタインおめでとう、だそうだ」
「なるほど」

バルクが可愛らしいメッセージカードを嬉しそうに見せてくれる。この偏屈な男はなかなかどうして情深い。たまにはこんな時間もいいだろう。思えば薔薇でうんざりした気持ちはすっかり消えていた。バレンタイン。悪くないじゃないか。暖炉でぱちりと爆ぜる焚き木を見つめて、ジョゼフはゆっくりと時の流れに浸った。

〆.