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遊びは楽しい


 ちょっといいですか。さりげない、だが確固たる信念を込めたような調子の声に、バルクは足を止めかけて振り向くのをやめた。今はダブルハントが始まって一分もしておらず、監視カメラをサバイバーたちに弄られる前にさっさと彼らを囲ってやらねばならないのである。今日出張した月の河公園は先日バルクたちが修繕したばかりで、壊さず、しかし適度に遊びながら狩を進めたいのだ。だがその気持ちは相方であるリッパーには届かなかったらしい。霧のこもったため息を漏らすと、いらだたしげに左手を振り上げた。

「バルクさん。私はお話をしたいんですけどねえ」
「三分待っとれ」
「長い!そんなに待ってたら四台は解読されちゃいますよ?今日来てる子たちが誰なのかわかってますよね」
「知っとるぞ」

準備時点で確認済みだし、どこにいるか今も大体把握できている。ジェットコースターに乗るよう仕向けた弁護士と泥棒が文句を言いあいながら追い立てられた。庭師は椅子を壊しているところをたしなめるべく囲ったので追い払われたし、納棺師は棺を立てた後にメリーゴーランドに乗ることを余儀なくされている。概ね順調で申し分なく、囲いたいだけ囲いきって顔を上げると、いつのまにかリッパーが空軍を風船にくくりつけていた。はて。

「あなたは!いつも!カメラを見てる時に隙が大きいんですよ。気持ちはわかりますがね、遊んでばかりいないでちゃんと仕事をしてください。それと、私が歩いている方向に柵を作るのをやめてもらえませんかね」
「なるほど」

空軍が椅子に座らされ、柵がガチャンと下から跳ね上がってはまる様子を見届けると、バルクは首を傾げた。リッパーの言わんとするところはようやく伝わった、ように思う。しかしながら自分が遊んでいると思われているのは全く遺憾だった。この遊園地の土台を作り上げたのはバルクであり、いつかは外に残された観覧車も復活させたいと願うほどに愛してやまない。リッパーが狩を紳士的に行うことを信条としているように自分にもこだわりがある。

「まあ、お前さんが気をつけてくれとるなら大丈夫だな。ありがとう、長いの」
「……ボケたふりをしても駄目ですよ。いいですか、今日はこれからあの川向うを私は回りますから」

きっちり半分向こうは来ないでください、などとのたまう。珍しく頭に血が上ったような物言いに、バルクは若いということは面白いものだな、と唇の端をあげた。空軍を助けようとした幸運児を素早く叩いてリッパーに引き渡すと、了解の意を伝える。乱暴な所作で引き受けるリッパーは正にバルクに対して怒り狂うジョゼフと寸分違わなかった。ちなみに、ジョゼフは恐らく高血圧が原因ではないかと(化け物にその概念が通用するかは知らないし、バルクは興味もない)思う。あとでバルクの特製オーブンで、レオにアップルパイでも作ってもらうとしよう。多分大体のことはそれで解決できるはずだ。




 散々である。オフェンスのラグビーボールに鳩尾を打たれ、庭師に椅子の半分を壊されたリッパーは珍しく心が折れそうだった。幸いにして、ただでさえ障害物が多い中でバルクの柵に邪魔されることはなく、歩みそのものは優雅で快適ではある。泥棒が叫んで煽ってきたので霧の刃を飛ばし、お尻に一撃を与えておいた。彼はリッパーに負けず劣らず足が速いのでそのまま放置し、探し出すべきはこの辺りで見失いかけた医師である。彼女は残しておくとあとあと面倒だ。

 反対側の様子はどうだろう。戦況を探ると、幸運児と空軍は荘園に送られ、弁護士はあと一発で捕まるところらしい。納棺師は棺を使ってしまって息も絶え絶えだ。悪くはない状況だろう。暗号機はまだ四台残っている。カメラで遊ぶのをやめたのか、バルクが板に挟まれたり信号銃を打たれるようなことはないようだ。あの瞬間は隙が大きすぎる。以前のダブルハントで、バルクの真横を機械技師(二人は因縁浅からぬ仲と聞く)が堂々と歩いていくのを見たときは仮面がずれるほど驚いたものだ。あの状態でタックルを受けるなりなんだりしたらひとたまりもないではないか。

 隠れていた医師を捕まえかけるところで泥棒の懐中電灯がいやらしく追いかけてくる。やはりこちらから捕まえておくべきか?いやいや医師だ。ここは医師を捕まえよう。ジェットコースターがこちらに向かって疾走する音がする。そう言えばすぐ近くは駅だ。医師たちが乗り込んでバルクの側に行かれては面倒だろう。ちょっとした心配と、前回自分が柵に阻まれた苛立ちから、あろうことかリッパーは分担を宣言してしまったのだから。

だが、駅に向かって見つけたのは親指を立てるバルクだった。前に納棺師が乗っている。

「すまんが、これが逃げるところだったからな。仕方なかろう?」
「あのですね」
「お、細いのが見えるぞ。柵を立てて置くから追いかけるといい」
「ああもう!」

ガチャンガチャンとバルクの柵が這い上がっていく音がする。忌々しいはずのものだが、何故だかリッパーはしてやられた気持ちよりも安堵の気持ちの方が大きかった。ひとまず納棺師を殴っておいて、バルクに手渡す。

「あんまりカメラに夢中にならないでくださいよ。あと少しですからね」
「わかっとる」

お前が見とくれとるのは安心だな、と続けられた台詞はなんともずるかった。これが年の功というものなのだろうか。そこまで年をとることがなかったリッパーにはよくわからない。わかっているのは、この老人にはどうもかなわないらしいということだけだ。

「仕方ないですね」

相方ですし、と肩をすくめるとリッパーは霧に自らの身を隠した。自然とハミングが口から溢れでる。楽しい。狩は楽しい。

泥棒と自分の間に生えてきた柵に、リッパーは盛大な舌打ちをした。


〆.