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喰って喰われてぐるぐるり


明星鳥と地を這う虫


「ああ、口惜しい。なんだって時任(ときとう)なんだ?俺の方が絶対に良い男なのになあ、そうだろう島田。モテるのは俺の方だって、絵梨子も言ってたのに」
「その辺にしておけ。言ってる端から株が下がってるぞ、小坂(こざか)」
小坂健介(こざか けんすけ)は今日も酔っぱらっている。原因は明々白々で、自分に気があるらしい女性が他所の男に摘み取られてしまった、ということだった。つい、一時間程前に明らかになった事実である。おかしな話で、気があるらしいというのは単なる思い込みに過ぎない。島田宗平(しまだ そうへい)は件の女性・槙島絵梨子(まきしま えりこ)から、時任雅喜(ときとう まさき)を好いているという話をもう一年は前に聞いていた。小坂に対する槙島の評は所謂社交辞令であって、事実は少しもない。第一小坂という男はこれといってモテる要素等少しもないのだ。

 ILUという実にふざけた頭文字を持つ大学(しかしそれが何語をもとにした、どういう略称なのかは教授も学生も皆知らない)で、小坂と島田は机を並べる仲だった。ついでに言えば、高等学校時代からの友人である。その頃の島田は巣取という、空を舞う金色の星鳥達を捕まえる公職に挑むべく、特別課程で学んでいたのだが、どういうわけだか今は平々凡々な課程をくぐり抜けた小坂と共に大学で巣作りを学んでいる。巣作りは、既に手に入った星鳥から卵を入手し、養殖を行うための技術で、空高く飛ぶことのできない面々がつく、地味な役職だった。

何故、島田は巣取の道を捨ててしまったのかを小坂は知らない。知らない方が良いと島田は思う。世間一般でエリート階級だと属される世界に自分が身を投じなかった理由を知れば、小坂は慌てるだろう。背中に折り畳んだ藍色の羽根の具合を確かめると、島田は小坂に帰ろうと告げた。居酒屋に長居しすぎたせいで、小坂は飛ぶことも歩くことも覚束ない様子だ。自分で帰れないのであれば、島田が運んでやるより他にない。のんきなものだ。雀斑が散った、愛嬌があると無理矢理言えなくもない小坂の鼻を摘んでねじってやると、ぱちりと腫れぼったい瞼が開いた。尚、この瞼は生来のものであって決して酔いどれが故ではない。要するにーー小坂は醜男なのだった。羽根も身体の割には小振りで不格好と言える。だが面白い。この頭には諧謔が詰まっていて、仲が良くなれば悪くはないと思えるようになる。だがとっかかりが難しい。それで良い、と島田は思う。それで良いのだ。
「起きろよ。勘定はもう払っておいたから」
「いくらだった」
「三枚」
「明日返すな」
「ああ。明日で良い。今は帰ろう」
「……島田はモテるなあ」
「またその話か」
溜め息をつくと、とうとう島田は無理矢理小坂を抱え上げた。背中に負ぶってやると飛べないものだから、抱き上げるしかない。幸い島田は膂力があるものだから、小坂を抱きかかえるなど造作もない。赤ん坊のようにむずかる小坂を伴って居酒屋の窓を潜ると、島田はそのまま夜空を飛んだ。風が火照った頬にあたって実に爽やかだ。小坂は、というとまたぞろすいよすいよと眠りこけてしまっている。太平楽め、と舌打ちすると島田はこのまま小坂を落とさない自分の優しさを笑った。これは優しさではない。優しさではない。




 島田宗平という男は実に不思議である。高等学校時代から、小坂は不思議でならなかった。島田はなべて平均よりもできる男で、顔立ちは些か西洋の血が入っているとかで彫りが深く、異であるからこそ美しい。魅場舞、というご公儀の舞台では女王やら姫やらが仮面をつけた状態であるというのに溜め息ばかり漏らしていたという。将来が期待されていた、完璧という言葉の相応しい男だった。女遊びが激しい訳でもなく、性格も優しく、それでいて厳しいとかで評判が実に良い。小坂には少し意地悪だが、それは特別扱いのようで小坂にとって少しも苦労する類いのものではなかった。

エリート階級になれる、ひょっとすると姫君の愛人にでもなりうる道のりを捨て、地べたを這う”なりそこない”達に混じって黙然と作業をする姿等、島田には相応しくない。当人は気にしていないとしても、小坂は見る度に切なく悲しくなってしまう。まるで求道者ではないか。なんのために?小坂に答えはある。正確には、おぼろげな当てがある。

 高等学校の頃、勿論今でもだが、小坂はまま島田の家に入り浸っていた。単純な話、家で姉達にいびられるよりも居心地が良かったからだ。女系家族の小坂家に、小坂の居場所はない。身体も小さく、両親の悪い所をかけあわせてしまったような出来を、両親は愛してくれたが姉達は危惧していた。このようなできそこないが親族にいると知れれば、自分達の婚期を逃す嵌めになりはしないか、というのである。別段結婚は全てではないが、気持ちは解る。羽根を持つものにとって、子供とは絶対に必要なものと言えた。羽根が腐って落ちてしまうその時に、庇護するものがいなければ地べたでもがくしかない。元々地を這うものとしての職業訓練を受けていれば良いが、その頃には年を取っていて難しいだろう。余程の蓄えが無い限り、将来の生計をたてる手だては絶対に必要なのである。羽根が不格好で、地を這うことを義務づけられた小坂と違い、姉達は真っ当な羽根を持っていた。その分、小坂は実に気楽である。ぶらぶらとして真面目に地を這っていれば、それでいい。それでいいと思っている。

さて、話は戻るが島田である。小坂は島田の部屋で待たされている時に、青年期特有の証を見つけようと僅かな時間をかき集めて遊んでいた。欠点のない男の弱点を見つけ出してやりたかったのだ。小坂は見目も悪いが、性格もさして良くはない。平々凡々、である。そうして本と本の隙間から、ようやっと薄い本を見つけ出したーー男性の裸身ばかりの、それを。当初は絵を描くための参考書だろうか、とポーズをとる男性を見ながら思っていた。島田は絵も上手く、嫌だという小坂の姿を描いてくれたものだ。だが、ページを繰っていくにつれてポーズは過激になり、とうとう性描写と言うべきものにたどり着いてしまった。つまり、そういうことなのだ、と小坂は眉毛を八の字にして困ったものである。見てはいけないものを漁ってしまった。申し訳なくて仕方なく、とうとう小坂はその秘密をしまったままだ。

 きっと、小坂が公儀の役目につくのをやめてしまったのは、あそこへ行ったが最後、姫君やら女公達の愛人という立場に陥らざるを得なくなるからだろう。公儀に行ってしまえば全ては闇で、帰って来ることはけしてできない。帰るのは棺桶に入るか、病院に行くか、ただそれだけである。正直、島田が去ることは小坂にとって寂しいものだから、嬉しくなかったといえば嘘になる。だが切なく思う気持ちだけは止められなかった。勿体ない、勿体ないと当人の意思とは無関係に思うのは、持たざるものの勝手なやっかみだろう。

 小坂にとって、島田は親友だった。他に友達もいるのだが、島田に並び立つ人間はそういない。だからその気持ちが恋慕に近かったとしても仕方がないだろう。がむしゃらに番を求めてモテたいなどと言うのだが、小坂の心はいつだって島田に沿っていたし、振り切りたくて仕方がなかった。他に当てもない。が、行為だけならば金でどうにか算段もつく。島田を汚すことなく自分の欲を満たせるのであれば、等と都合の良い理由をつけて小坂はアルバイトで貯めた金を大概放蕩に使っていた。島田に良く似た男がいる、という店を聞けば必ず訪れたし、矢張り愛情を抱けないことに安堵もした。それはお互い様だった。

 島田の部屋で見たあの本を、あの男達を、小坂は今でもよく覚えている。どれも美しい見目と羽根を持っていて、公職についていないことが不思議でならなかった。あれはあれで地面に落ちたのだろうな、否落ちたのではなく舞い上がるのを敢えてやめたのだ、と思う度に解釈は変わり、ついで小坂は自分が忌々しく思えて来た。敢えて選ぶも何も、自分には選択肢等ないではないか。金でそうした面々を買いたたくのは気分が良かった。翻せばただ自分を蠅のように叩き潰していると知っていてもやめることはできない。日の目が見えるまで、星鳥が自分の目の前で死に絶えるまでけしてやめることはできないだろう。
「因果だ」
「何がだよ。起きたなら言うことが他にあるだろ」
「……おはよう」
夢なのか現実なのか解らぬ思考の波間から顔を出せば、長い睫毛が傍近くにあった。島田だ。彼はいつでも距離が近い。だから勘違いしてしまいそうになるが、小坂は解っている。同性愛者だからといって、誰彼構わず襲ったり好きになったりはしない。異性愛者のそれと同じで、性欲だって年がら年中あるわけではないのだ。ただ、島田の顔が近いというのは小坂の心臓に悪い。自慰をしたのは何時頃か、成人になろうとするから別段毎日しようとは思わないけれどもたまっているような気がする。むらむらしてしまうではないか、と瞼をぎゅっと閉じると、鼻をつねられた。
「痛い」
「人のベッドで何時までも寝るからだ。今日が休みで良かったな。講義があったら叩き起こしてる」
「今何時?」
「十一時。お昼作るところだな。今日はバイトか?」
「うん。もう行かないと」
「飯、食べてかないのか」
「遅れるから止しとくよ。ありがとうな。後で金も返すし、お礼もさせてくれ」
本当は、バイトではない。バイトではなく腐れ縁の男の所に行く約束があるのだ。島田は何も知らなくていい。知って欲しくはない。だと言うのに、島田は少し悲しそうな顔をしていた。薄情な自分がいけないのはよく解っていたが、どう言葉で伝えたら良いのか解らず、小坂はただ島田のふわふわとした髪を撫でてやった。恋人であれば、ここで口付けをして宥めるのかもしれないが、それは小坂には許されていない。そういえば、島田には恋人がいるのだろうか?あれ程の理想であれば見つけ出すのは難しいだろう。ただ、島田程の条件であれば、欲をまき散らす対象を得るのはさして難しい話ではない。今度、酔ったついでに話してみようか、と小坂は乱暴に立ち上がった。島田とかかわり合いになって数年になるが、下世話な話をしたことは一度もなかった。脱がせてもらったらしい服を手にとり、小坂が酒臭さに顔を顰めていると、黙っていた島田がもじもじし始めた。
「なあ、小坂」
「うん?」
「……お前の、その」
「なんだよ、歯切れが悪いな。俺が昨日吐いたんだったら素直にそう言え」
「違う」
冗談で紛らわせようとしたが、妙に強い調子で遮られる。しんとした鳶色の目に捕まえられて、小坂は暫し言葉を失ってしまった。なんて綺麗で悲しい目なのだろう。俺を見ないでくれ。俺を哀れむな。俺は十分上手くやっている。
「早く言ってくれよ。遅れちまう」
「お前のその羽根、どうしたんだ」
「羽根?」
「毟られてるだろ、明らかに。誰にされた?」
「誰にも。かゆくなると抜いちまうんだよ。病気じゃないから安心しろ」
嘘だった。見られてしまったことに対して冷や汗が流れそうだったが、小坂は寸での所で押しとどめた。羽根は確かに毟られていた。これからあう腐れ縁の男は、性行為の最中に小坂の羽根を毟ることが好きなのだ。頭がおかしいとは思うが、毟った瞬間にあげる小坂の悲鳴がたまらなくいいらしい。この見た目に欲情できる人間はそこまで多くないから、無料でできることもあって小坂は黙って受け入れていた。島田が知ったならば、心底心配することだろう。軽蔑をするかもしれないが、心配だけを見せてくれるに違いない。どうしようもない程にできた人間なのだ。小坂にはただそれが辛くてたまらない。
「身体が硬いくせに、嘘をつくなよ。ここの羽根を抜ける奴があるか」
「痛っ」
背中の中心の中心、羽根の構造上けして自分で触れることのできない箇所を引っ張られ、小坂は思わず身体を曲げた。羽根を引き抜くぎりぎりまで引っ張られるとどうにも痛くて涙が出てしまう。情けないとは知りながらも、こればかりは我慢できない。島田の腕を叩いてやめてくれと強請ると、不満げに鼻を鳴らされた。
「誰だか教えろ」
「拘るなよ、誰だっていいだろ。どうせまた生えるし」
「俺に隠し事をするのか?」
どうしたって自分に圧力をかけて吐かせるつもりだ。恐らくはこのままどこにも行かせないつもりだろう。虐められているのか、誰かに不当な行いでもされたのではないかと憤っているのだろうが、やり過ぎだと小坂は嘆じた。島田には些か行き過ぎた正義感がある。ほんの少しくらい許して欲しいと小坂は思った。ほんの少しの後ろ暗い、秘密を持つことくらい許して欲しかった。秘密を抱えて、小坂に教えてくれないのは島田も同じ筈なのに、と思うと苛立が募る。とうとう背中に回された島田の力が強まり、すぱんと羽根が引き抜かれた。血がにじみ出る。痛さに声を上げて戦く小坂を抱きしめると、島田は更に手を伸ばして来た。まさか、と思う。行き過ぎた正義感は小坂をも制するつもりなのだろうか。恐ろしくてたまらず、小坂は窮鼠猫を噛む、という言葉が頭にちらついた。
「島田、何のつもりだよ!俺にばっかり聞いてさ、お前だって俺に隠しごとの一つや二つくらいあるだろ?お互い大人なんだ、馬鹿な真似をするなよ」
「隠しごとって何だよ。俺は小坂に対して何も隠してなんか」
「……今は違うか知らないけど、島田は」
言ってはいけない、と理性が全力で小坂を止めた。島田が何れ程おかしな行動をしようが、それでも小坂は島田が好きだったし、何よりも友達でいたかった。ここで関係をやめてしまう等勿体なくて、そう勿体なくてたまらなかったのだ!ここで離れてしまったら、小坂は島田のような人間に会うこともなく一生を終えるだろう。そんな人生は寂しくてならなかったし、腹立たしかった。島田、けして手に入りはしないと知りながらも小坂には島田のいない人生が想像できない。そんな人生は欲しくないのだ。
「ごめん、後で話すわ。だから離してくれよ、バイトに行きたいんだ」
「駄目だよ。許す訳がないだろ」
「島田?」
「今日、お前にバイトがないって知ってるんだよ、小坂。今日は間宮(まみや)に会いに行くんだろう。あれはバイトって言うよりもボランティアじゃないかな」
「まみや」
「そうだよ。間宮美明(まみや よしあき)。右側にピアスを嵌めてるやつ」
人違いだと思った。小坂が会いに行くのは波田晶(はだ あきら)という、同じ高等学校の男だった。しかし間宮という男にも覚えがあって、それは先月買った男の名前のように思われた。どうしてその名を島田が知っているのかは解らないが、この沈黙は島田に有利に働いたらしい。小坂の羽根の根元を島田の手が何度も這う。まるで根元からもぎ取ろうとしているかの様で、恐ろしくてならなかった。島田にそんな嗜虐の趣味があるとは知らなかったが、本当は人が好いというのも建前だけで、残虐性を上手に隠していただけなのかもしれない。何れにせよ、小坂は一巻の終わりということだ。
「あいつは同じ大学なんだよ。態々俺に教えてくれたんだ、お前の横にいるのは金で男を買うような奴で、澄まし顔で横に置いていて良い奴じゃない、きっと俺に邪なことを考えているだろうから遠ざけた方が良いってさ」
「……暇な奴だな」
「間宮は俺が好きらしいからな。勿論最初は信じなかったさ、お前が金で人を買うような奴だとは思わなかったし」
「付き合ってる相手がいないんだ、やりたい時に金を払って済ませたって良いだろ。借金しているでもないんだ」
「でも、男を買うとは思わなかったけどね。そんなにあいつが良かった?」
「ああ」
「羽根をやるくらい?」
「痛いって!抜くのはやめてくれ、本当に痛いんだ。それに俺は自分からやった訳じゃない。あっちが勝手に抜いたんだよ」
確かに間宮も小坂の羽根を毟っていた。あれは本当に嗜虐趣味の男だった。おまけに精神的にも不快な目に遭わされたものだから、二度と買おうとは思っていない。波田はまだましだ。それに、間宮よりも波田の方が余程良い男だ。今度結婚すると言っていたので、そろそろ関係も終いだと互いに了承もしている。島田はしつこいくらいに何度も確認すると、ごめんね、と頬を擦り寄せて来た。春の花のように爽やかで、心を誘う香りが漂う。色男はこんなところまでもよくできているのだ。その分だけ、神は小坂を手抜きで作ったに違いない。
「別に良いよ。心配してくれたんだろ?……俺を軽蔑しなかっただけ、ありがたいと思うよ」
「軽蔑されるのは俺の方だ」
「え?」
「何で俺が、今日のお前の予定を知ってたと思う?」
「ああ、バイトのことか。どっかで俺が話したんじゃないのか?対明閣のエレベーター・ボーイと、洞穴屋のレジだろ、それと青本売りの在庫処理だから、すぐばれるっちゃあばれると思うけど。それか、間宮と話したとか」
「エレベーター・ボーイは良いよね。制服がよく似合ってる」
「……お前、見に来てたのかよ」
「うん」
対明閣は所謂快楽園の類いで、高級な夜の店だ。そこに見に来たということは客ということだが、なるほど島田は女ともするらしい。どの子と遊んだのだろう。あそこに勤めて一年半になるから、大体の女の子の顔と名前は覚えている。店の裏でのだらしなさやはしたなさも怖さもよく知っている。どんな女が好みなんだろうか、等と考えていると、今度は尻をつねられた。
「い、一々つねらないでくれよ。痕になるだろ」
「俺は女の子とは寝てないよ。お前を見に行っただけ。それに、お前がどこにいるのかはいつも知ってる」
「……なんで」
「お前の羽根にGPSつけておいたから」
「は」
嘘だろうと思った。羽根のどこかに埋め込んだと言うことなのだろうが、一体いつのことなのかが解らない。第一そんなことを小坂にするという理由が見当たらない。空恐ろしさに身をよじって探そうとするが、島田の腕が益々きつく抱きしめるばかりで身じろぎ一つできないのだ。流石は舞手としても一流と褒めそやされていただけに腕力も強い。片腕だけでやすやすと小坂を押さえると、もう片方の手はそろそろと背筋を撫で、尾てい骨までを舐めて行く。友人としてもやり過ぎで、小坂は恐ろしくてならなかった。こんな島田は知らない。できすぎていて、自分のために産まれた幻影のような島田を小坂は知らない。
「俺はね、小坂。お前を毟って食べてやりたかったんだよ、最初からね」




 後悔はほんの僅かな話で、寧ろ喜びと怒りの方が遥かに勝った。元より小坂のことをよく知る島田だが、男性との性行為に及んでいることは、間宮の注進が来るまで知らずに過ごしていた、実に口惜しいことである。知っていたならば、金で買われる男達よりも余程良い目を見させてやる自信があった。何しろ自分には小坂に対する欲があるのだ。最初に出会って、その奥深い瞼の先にある目を見た時、不格好で飛び難い羽根をどうにか広げている時、虐められても尚諦めずに突っかかった挙げ句、結局相手と仲良くなったり(忌々しい話だ、因に相手は波田である)した時に、どうにも獰猛な食欲が沸き起こって仕方がなかった。両親に言わせれば、島田の家には猛禽類の血が強く受け継がれており、同族をも補食する強者なのだという。見るからに小坂は戦力に乏しいから勿論補食の対象だ。敢えて手を出す人間はそういないだろうから、島田は大事に大事にとっておいた。

 女の柔らかさも好きだが、猛禽の血の性なのか、強い男を屈服させる方が楽しいように思われた。同性愛者という訳ではない。両性愛者だ。良い顔をしていれば群がってくる相手はつまらなくていけない。ただ、小坂は別だ。群がるというよりもぴいぴいと傍で歌っているような暢気な生き物で、島田を心底打算なく慕っている。大事な大事な蓄えであり餌であり、余計な虫がつかないように細心の注意を払って管理して来た、つもりである。甘かった。エレベーター・ボーイのぴっちりとした衣装に包まれた小坂を面白く思っている端で、あれは他の人間に食べられていたのだとは信じられないし、信じたくもない。ましてや大事な羽根を毟られていただなんて全く許しがたい。

 あまりにも間宮の注進が腹立たしいので、酔った小坂を体よくお持ち帰りをし、身体を十分に検分した。思えば、もっとこま目に点検をするべきだった。羽根が減っていることから、後背位で毟られたのだ、と悟って頭に血が上ってしまった。だが懸命に理性を総動員させて、落ち着いて話し合えば落としどころも見つかるだろうと自分を落ち着かせたのだ。それを覆したのは小坂だ。バイトがないことは解っているというのに、どうして抜け出そうとするのだろう。間宮か。鎌をかければ、あっさり小坂は捕まった。小坂の短く、くるくるとした髪の毛を撫でてやり、今まで保存しすぎて何もしなかった臀部の具合を確かめる。平均的な男性のそれだが、指で触れた菊門はいくらか緩いようだった。既に使われていたという事実が腹立たしい。どうせならばここも自分で早くに仕込むべきだったのだ。気の強い兄ならばそう言って島田を馬鹿にしたことだろう。そんな島田の兄は洋上で魚人を従えている最中らしい。
「今入れたら切れるかな」
「切れるよ。ついでにお前も病気になるかもしれないぜ。風呂に入らせてくれないか」
「随分諦めが良いね。驚きもしないのかい」
「夢みたいなもんだからな」
色気のない会話だと思った。どうやら小坂は大人しく腹の中に納まる覚悟らしい。良い傾向だ。飼いならして来た甲斐があろうというものだ。風呂で洗ってやるよと言うと、汚いものは見せたくないと頭を振られる。ここでつむじを曲げられても面倒なので、致し方なく一人にしてやった。風呂場の窓は狭い。逃げようにも逃げられないだろう。戸口に寄りかかって待っているうちに、どうにも妄想が止まらなかった。小坂がこの扉一枚隔てた向こうで自分のために準備をしている。着替えている様を見たのは何度もあるが、こんなにも興奮することはなかった。ご公儀に従って舞った時よりもずっと楽しくてたまらない。

 しかし都合のいい話だった。ハナから島田は小坂に入れてやるつもりだったが、小坂が受け入れる側として存在して来たのは好都合だろう。ついでに言うならば、そもそも男を恋愛対象として見做していること自体が好都合だ。これぞ小坂が島田のために存在している所以と受け取った所で何ら不思議なこと等ない。風呂から上がった島田の身体を拭きながら検分する。肌艶は悪くはない。感度も良し、清潔に全て洗われている。ここを使うのか、と大人しく腰を上げるように四つん這いになった小坂の尻たぶを広げると抗議の声をあげられた。少し縦に割れたはしたない孔で、呼吸をするのと合わせて開閉している。ただの生理現象だとは知りながらも、島田は指先を孔につけたり離したりして弄んだ。絶対にそのまま入れるなよ、何か潤滑油のようなものでも入れてくれ、という小坂は哀れで可愛らしい。動画の記録装置でも持ってくれば良かった。次回はそうしよう。
 孔で遊ぶのをやめて、外側から精のうを刺激してやると、驚きと喘ぎ声が返ってくる。どうやらここは使ったことがないらしい。目の前がちかちかして仕方がない、と訴えるのだが陰茎が緩く立ち上がっているから、気持ち良いは良いのだろう。柔らかな袋を下生えと一緒に揉んでやりながら、ここの毛は剃った方が美味しそうだと判断した。ついでに言うならば、機能としては不要になるし、全身が柔らかくなると聞いているのでこの袋の中身も潰してしまいたい。そこまでするのは流石に可哀想だからやめておこう、と少し陰茎を突っつくと、島田は小坂に立ち上がるように促した。獲物は大人しく言うことを聞き、困ったように明後日の方を向いている。つくづく食欲を誘う、と島田は笑った。平均的な男性のそれだが、矢張りこの瞼が好きだ。瞼に口付けてやると、とんでもないものを見たかのように目が見開かれる。ここまで来て漸く驚くというのが小坂らしかった。
「変な奴だな、お前。俺を食べたいとかさ。綺麗な方が好きだと思ってたんだけどな」
「ああ、好きだよ。お前は非常食」
「……失礼だな」
「違うって、そういう意味じゃなくて……大事にとっておきたいというか、とっておき過ぎたんだ。天朝園の明星鳥、見たろう」
「校外学習の時のか。お前のスケッチ、あの時も上手だったよな」
天朝園というのは、ご公儀が擁する自然公園である。そこでは本来外の世界で狩られる筈の鳥達が自由に過ごしている。かつての自分達の祖先を尊ぶ場所とされていた。ただの星鳥と区別し、天朝園の鳥は明星鳥と呼ばれる。大事に、大事にとっておかれるべきもので、本当に綺麗とはああいうものを言うのだろうと島田は思う。だが、その日のスケッチの半分は目を輝かせてはしゃぐ小坂の顔と尻(丁度良い大きさで島田のお気に入りだ)であることは秘密である。
「そう。ああいう存在なんだよ、俺にとっての小坂は」
「やっぱりお前は変な奴だな。俺にとって都合が良過ぎる」
「どういう意味?」
吐き捨てた台詞の冷たさに驚いていると、少し背の低い小坂が背伸びをして口付けして来た。支えてやって、島田からも口付ける。舌を入れて柔らかさを甘噛みして確認し、唾液のぬるさを味わった。別段甘さも何もない、さらりとした健康的な唾液で申し分ない。酒も抜け切っているようだった。硬くなった小坂の股間が擦れて、島田の中にも熱がこもる。離れてしまうのが惜しくて、鼻筋を噛んでいると、うう、と唸られたので止めた。獣のような声だった。
「俺はお前に食べられたかった。食べられて、ずっと一緒でいたかった」
「俺のお腹の中で?」
「お前の腹の中で」
親友でも恋人でもなんでも良くて、ただ傍にありたかったという小坂はどうしようもなく愛しかった。なるほどこれは恋なのだ。ついでに言えば都合が良いのだから、これを逃す手はないだろう。小坂は矢張り勿体ないなと顔を顰めた。小坂を食べてしまうのは簡単だ、だが一度平らげてしまえば二度と食べられなくなってしまう。傍につなぎ止めておくために、自分は努力をし続ける方が良さそうだ。小坂の尻を揉むと、島田は何度も口付けてやった。もっと前に教えて欲しかったと思う。もっと前に気づけば良かったと思う。エリート階級を望まれた身の上が阿呆のようだ。こんなにも簡単なことに気づかなかった自分が口惜しい。
「島田、寒い」
「ん、ごめん。可愛かったから」
「寝言は寝て言え。あと尻を揉むな」
「良いんだよ、小坂のお尻が好きなんだからさ」
「……確かお前、俺の尻のスケッチ描いてなかったか」
「うん」
あの頃から変態だったのか、という物言いが腹立たしかったので小坂の尻をつねると、島田は漸くベッドへと運んでやることにした。大事なものだから傷つけずに済む場所で食事をしたいと思っても当たり前だろう。




 島田の部屋のベッドに寝転ぶ時、小坂はいつだって優越感に浸っていた。恋人でも家族でもなしにこのベッドに寝転がれるのは自分だけなのだ。この柔らかな、いかにも出来物の島田に相応しいベッド、日向に咲く花のような暖かさ、どれもが特別でかけがえのないものだった。今日は少し嫌だとも思う。昨日自分が寝たせいで、酒臭さが染みてしまっているのだ。思えばあの愚痴も愚痴というよりも、単純にくだをまいて島田に構って欲しかったからだった。それを告げたら、今の島田は喜びそうである。吐いてなかったか、と尋ねると、吐かなかったよえらかったね、と母親のような顔で言われるものだから閉口した。其の癖母親とは違って乳首を捻ったりするものだからひどい。
「お金を払って来たことを後悔させてやるからね、あとで間宮にも教えてやるよ」
「それだけはやめてくれ。死ぬ程恥ずかしい」
「俺をあいつの兄弟にした罰だ。それに、良い虫除けになる」
「ひどいな」
「お前が知らなかっただけだよ、小坂」
くだらないやり取りに小坂は笑った。腹の奥、前立腺なのか精のうなのか、じんじんしてたまらない。自分はすっかりそういうことの虜になっているのだろうか、否そうではない、矢張り島田の前だからだと言い訳をしておいた。この夢が夢でないならば、これからも島田がどうにかしてくれるから大丈夫だ。安心しておこう。島田が筋肉を揉んでくる。合間に尻を揉む。いい加減にして欲しいくらいに尻を揉む。この男は本当に自分の尻が好きなのだと思うと、小坂は泣きたくなってしまった。皆の憧れが自分の尻に夢中だなんて、誰にも言えない秘密である。だが同時に可愛くも思った。

 やられてばかりは辛いので、舐められ撫でられるくすぐったさに身を捩らせながらも島田の身体に触れる。胸筋も腹筋も皆硬く、飛ぶためにできた身体だった。よくこの腕に抱えられて飛んでもらったっけ、と思うと恥ずかしくなる程に照れくさい。つるつるとしたこの肌も好きだし、何より匂いが好きだ。変態めいた物言いになりそうだったので黙っているが、小坂は島田に身を寄せているだけでも陶然としてしまう。陶然としているうちに達した感覚があったが、体液は少しも出ていない。島田は気づかずに羽根の根元を弄っている。腹の奥の疼きがひどい。小坂は顔を上げると、にやついた笑顔が止まらないらしい島田に舌打ちして見せた。
「島田、ぁ、楽しい、っかよぉ」
「すごく楽しい」
言いながらも島田の顔には「お前が何を望んでいるのか解っている」と書かれていた。態と焦らしているのだ、と悟って小坂はカッと頭が熱くなるものを覚えた。ひとでなしだ。人が好い等とは誰が言い始めたのか。少しも性格の良さが見当たらない。矢張り意地悪だし、小坂の尻が好きな変態だし、勃起しながらも自分は関係ありませんという顔ができるなど普通の人間とは思われない。その間も緩く射精感は続いていて、小坂はこれが噂の牝になるということだろうかと危険信号が頭に灯った。流石に何か二次元の出来事だと信じたい。島田の指がローションを伴ってぬるぬると小坂の体内へと突き入れられて行く。この男は前々から自分の身体を知っていたのではないか、と思う程に的確な動きだった。鼻声を漏らすと、小坂は自分の顔がさぞや醜いだろうなあと悲しくなった。多分、島田は小坂の尻の方に惹かれているようだから気にもしないだろう。気になるのは小坂の挟持だけだ。
「小坂、入れて良い?」
「どうぞ」
ごめんください、等と冗談を言う島田の頭を叩くと、小坂は自ら脚を大きく開いた。慣れてはいるのだが、島田の前に晒すのは緊張してしまう。びりびりとする身体を震わせていると、達っているのか、ととぼけた物言いをして笑われた。この男は閨で嫌われる性質だな、と小坂の中で島田の株が一層下がった。島田の雄は小坂とそう変わらないようにも思ったが、体内に入ってくるともなると若干の恐怖が伴う。入れられる瞬間が見たくなくて、これまでの行為では背中の羽根を言い訳に後背位にしていたが、今日は初めての正常位で、全てが曝け出されているのだった。肉の中に異質な肉が入るとは空恐ろしくていけない。それを越えれば悦楽が待つとは一層恐ろしい。島田が興奮していることだけは救いだが、と思っているうちにずりずりと遠慮会釈なしに入り込んで来た。もう少しおしとやかに入っていただきたい。入った箇所は丁度良く、島田が溜め息をついている間に二度程達してしまった。陰茎をぎゅうと絞るように弄られ、思わず体内の楔を締め上げてしまう。気持ちが良いのか、まるで牛を搾乳するようにそんなことを何度も繰り返された。
「健介、気持ち良いよ、ぁ、ひっ、そんな締めないでって」
「ひかたないらろ、ひゃぁや、ごりごりしな、」
一杯出してあげるからね、と何かの読み過ぎのような台詞を耳元で吐かれると同時に、島田の思いのたけが小坂の中に注ぎ込まれた。ようやっと小坂も白濁を飛ばしたが、その満足感よりも、島田に対する愛しさのようなものが遥かに勝る。確かに、金で買うのとは全く違っていた。恥ずかしいし、心地良い。島田の喘ぎ声は存外可愛かったから、またやっても良いなあと思う。食べられることも良いのだが、これはこれで気分が良い。まだ足りないからもっとしたい、と島田が強請る。ちらりと時計を見たらば、それがばれて怒られた。間宮ではなく波田が相手だが、これはこれでばれたらば面倒そうだ。俺の羽根はもう毟れないよ、と言うしかないだろう。冷やかされるのは面倒だな、と思ったが、背中に回った手に肝を冷やして想像を止めた。ぎゅ、と羽根の根元に回った島田の手が震えている。
「宗平、やめてくれ」
「名前で呼んでくれるの?嬉しいね。でも、次、余計なことを考えたら毟るから。その方が逃げ難いし、丁度いいと思わない?」
「飛べなくてもお前が連れてってくれるからな」
「馬鹿」
島田が顔を赤くする。こいつは根が純情なのだ、と小坂は微笑んだ。馬鹿はお前のことだ。もっと自分の名前も呼んでくれ、と強請ると俄然島田が喜び出す。明星鳥だ、と小坂は島田の向こうに鳥を見た。取ってはいけない、取られてはならない鳥が、愚かにも地を這いに来ている。二度と空には帰れまい。帰さないのだ、と島田を抱きしめると、小坂は心の底からその名を呼んだ。


〆.