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もらい火


「第二坑道で爆発だ、早く戻れ!」
「排水路が第四坑道になだれ込んできたぞ!」
「誰がまだ残っているんだ?落盤したって本当か!」

ギイッコギイッコ、ドンドンドッドッド、軋むような破裂するような音に、ノートン・キャンベルは薄眼を開けた。世界は真っ暗だった。先ほどまで自分が落ち込んでいた場所が夢だとはわかっているが、今目を開けた場所はあまりにも暗くてそう差がない。あるいは今もまだ夢の中にいるのかもしれない。

 暗い場所によく慣れた目は少しずつ闇を解き明かし、ここが坑道の中だと教えてくれる。要するに、やはり夢なのだな、とノートンは結論づけた。今の自分が鉱山の中になぞいるはずもない。あそこから手に入れられるものは利幅が薄い。結局、山師のままでいてはだめで、土地や人を雇う力を持つものが何もかもを総ざらえしていくのだ。もっともな仕組みではあるものの、お宝を見つけた人間が手に入れられないということを直感的には理解しがたい。

 だから、まだ人間が見つけていない土地であれば、何かあるだろうと思う。仄暗い坑道の奥底で手にした奇跡のような宝にまた出会える、そんな予感がする。旅には先立つ物が必要で、そのために荘園という場所で開かれる金持ちの酔狂に付き合うことにしたのだ。

ゆっくりと起き上がり、風の向きを確かめる。酸素は十分にあるらしい。夢の中とは言え、出口を探すに越したことはない。ポケットを探ってマッチを取り出すと、ヘルメットにつけたロウソクに火をつける。にわかに明るくなった周囲の様子に、ノートンはやっぱり夢だ、と強く頷いた。ここはあの場所だ。宝が眠ると聞き、時間がなくなる前にと焦って取り掛かった場所。記憶と照らし合わせても、細かいところまでが一致している。

「ヒッ」

ブラブラと歩く人影を目にし、ノートンは小さな悲鳴をあげた。到底人には見えない、腐乱したままで動く奇妙なひとでなしがあちらこちらで作業をしている。どうやら彼らは坑夫らしい――じっと見ていると、だんだんと知った顔になるような気がしてノートンは慌てて首を振った。馬鹿らしい。死者はもう生き返りはしないのだ。第一、みんな同じじゃないか。一攫千金を狙って自ら危険を買って出た、金が、宝石が取れるならばなんだって良いと言ったのは誰のことか。月々の給与をろくに貯めもせずに瞬く間に溶かしてしまう連中を、ノートンは遠い目で眺めていた。見よ!結局は誰よりも勤勉な自分が一歩先んじたのだ。生きている。どうしようもないほどに、自分は生きている。

 持ち物を確認したが、爆発物の類がないらしいことにノートンは少々がっかりした。死にかけたとは言え、自分が自由を得た手段は常にそばに置いておきたいものだ。ゾンビの群れを避け、アリの巣状に広がる坑道を慎重に歩む。ほんの少しだが、自分が知る頃よりも歪んでいるように見えるのは気のせいだろうか。あるいは夢特有の何かなのかもしれない。

 と、上の坑道からどんと大きな影が降り、ノートンは咄嗟に後ずさって避けた。反射的に磁石を投げ、俄然勇気が湧いてくる。自分はこの隕鉄からできた磁石で生き延びられたのだ。これからだって、ずっと。

「こんなところでお泊まりでもするつもりかね。何をウロウロしているんだ」
「……ルキノさん?」

ロウソクの灯りを向ければ、大きな影の正体は見慣れた魔トカゲことルキノであった。ひとでなしの群れにひとでなしが追加されたわけである。現在のノートンにとっては慕わしい感情を抱く唯一の存在でもあり、こんな状況にも関わらずつい頬が緩んだ。

「君の仲間はもう帰ったぞ」
「ええと」

今一つ状況が理解できず、ノートンはふらつくゾンビたちに見つからぬようルキノを引っ張り、横穴に潜り込んだ。ここならば比較的安全だ。もし自分の記憶通りであれば、この先はふさがっているはずで、作業をする人間は入り込まない。この先に、本当は大きな金脈が隠されているはずだ、とノートンは記憶の中の日記を捲った。生き延び続けた老坑夫は山を知り尽くしている。どこに何があり、何が手付かずのままなのか。ノームに聞くように全ては詳らかでありがたい。おかげでノートンの仕事は何倍にも効率化され、評価されるに至った。だというのに雇用者たちの仕打ちと言ったら!世の中はままならないものだ。

 ルキノの心音を耳にすると、生きた存在がそば近くにあることに安堵する。この暗い中にずっといるなど気が滅入って仕方がない。だって、だんだんと死んでいく人々を見て行くことしかできなかったのだ。助けることだってできたが、ただ時間を伸ばすだけに過ぎないことはわかっていた。誰だって、きっとそうする。

「ノートン・キャンベル。落ち着いてくれ」
「しっ」

早く夢から出なければ。酸素が少なくなっていくのか、呼吸が浅くなり始めた。巻き添えになった人々は、自分のせいでもありそうでもなかった。みんな運がなかった、そうだろう?一人死ねば酸素がその分増える。どうせ誰も助けに来やしない。最後の最後で爆薬も尽きた頃、磁石を手にできた自分は本当に幸運だった。

 ルキノの手を引いてさらに奥へと向かう。ゾンビどもがうろつく方面から抜け出すのはきっと難しいだろう。おとなしく付いてくるルキノは、なんだって自分の夢に出てきたものかとノートンは首を傾げた。ひんやりとした皮膚はかえって安心させてくれる。死に近くて、でも生き延びられたのだと感じられるのだ。自分の顔の傷と同じようにして生きる希望を与えてくれる。

奥の奥、立ちふさがるようにして坑道を突き破った岩の塊、に見えるものにぶつかる。触れた感触は当時のままだ。思い出せ。

「一緒にここから出よう、ルキノさん」
「君は何を言っているんだ?」
「ここから出ないと」

磁石を手に入れたのはこの先で、ならばこの岩は今一度砕かれねばならない。爆薬が欲しい。どうせならば管理小屋に戻るべきだった。少しくらい盗んだところで誰にもわかるまい。前も、そうだった。きっと次もうまくいく。

「ルキノさんは、ここで待っていてください。爆薬を手に入れてくる」
「そんなことをせずとも君も私も帰れるんだが」
「え?」
「坑道から落ちて頭でも打ったのではないかね。君にしては珍しい」

検分するようにルキノの手がノートンの頭を、肩を撫でる。遠慮会釈もなく触れられる親密さに、ノートンは心臓がドキドキと高鳴った。まるでハンターに近づかれている時のようだ。ハンター?そういえば、とノートンはゆっくりと現状を把握した。これは夢ではない。

「……もしかして、今ゲーム中?」
「ようやく思い出せたようだな」

良かった、と言うルキノからはゲーム中の緊張感がまるでない。続けられたのは、ここが新しく用意されたゲームの舞台であり、他の仲間はすでにルキノの手により強制送還されているとうことだった。最後の一人になってしまった、と思うとひどく胸が痛む。自分が残ったのは当然だ、そうして一人で残りたくはないと思って冷や汗が額に浮く。確かにあの時、自分は誰も助けられないと助けないことを選んだ。そうするより他になかった、死にたくなかった、だがその結果はずっと自分に付きまとい続けている。

「君を送ろう。本調子でない君を追いかけ回しても後味が悪い」
「あなたは、平気なんですか」
「暗くて狭い場所は得意でね」

かえって落ち着くよ、と言うルキノの体は結晶石でまばゆいほどに輝いていた。その生き生きとした様子は人よりも人らしい。気づけばロウソクの炎は消えていて、ノートンは先に立つルキノに続いてもと来た道を戻った。ご丁寧に指し示された先にはゲートがあり、唐突に現れた現実にノートンは安堵のため息をついた。随分と取り乱した自分が馬鹿のようで恥ずかしい。同時に現実に戻ってきた悪夢は実に恐ろしい。

「あの先に何があるかは知らないが、君は行かない方が良さそうだ。顔色が悪い」
「そうするよ。ここが本物でなければ、きっと何もないだろうから」

あるいは、あの日置いてきた自分のゾンビを見つけるかもしれないけれども。ふっ、と笑ったルキノがポケットからマッチを取り出し、ノートンのロウソクに火をつけた。ほんのりと暖かな光が広がる。生きている、とノートンは改めて意識した。呼吸をする火のようにして、自分は生きて、ここにいる。ゲートがゆっくりと開いた。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

またお会いしましょう。遠くで死者が語りかけた気もしたが、全てを振り払い、ノートンは光に向かって歩き始めた。


〆.