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なんでも持っているなんてずるい!


いとしのお兄様


 荘園には、最初四人の人間がいた。四人のサバイバーに、化け物じみたハンターが一人。四人は一緒に館で暮らしていたので、生活はこの四人で回っていたと言って良い。クリーチャー・ピアソンは当たり前の様に不信と不安とどうにかうまくやっていこうという気持ちで臨み、過去をつっつかれてはちきれたりもしたが、結局四人は一緒にゲームで生死を共にするに至った。ことこのゲームに関しては彼らほど習熟したものはいないだろう。

故に、段階を経て荘園に人が増えて行った際にはこの始まりの四人が新人にものを教えるのが常になっていた。フレディ・ライリーは舞台の全体図と暗号機の解読方法を、エミリー・ダイアーは負傷時の手当の方法や回復すべき時の見極め方を、エマ・ウッズは椅子の機能を、そしてクリーチャーは道具の使い方と逃げ回るための技術を伝授したのである。新参者たちは誰しも得手不得手はあったものの、結局は良い戦力になった。

 図らずも、一人前としてゲームで活躍する”元生徒たち”を見ると先輩として誇らしく思いさえしたものだ。誰かに、真の実力を元に上に立ったのはクリーチャーにとって生まれて初めてのことかもしれない。頼れる先生、先輩、兄貴分、良い響きじゃないか。上機嫌はゲームの調子にも反映され、エマには前よりも笑顔が増えたと指摘された。心が落ち着くのだから不要な暴言も暴力もない。万々歳だ。

「あのさ、一個だけ話しといたほうが良いかなって思うんだけど」
「なんだねサベダー君」

そんな元生徒の一人、ナワーブ・サベダーは中でもとびきりのお気に入りだった。何しろチェイスがうまい。傭兵をしていたからこその身のこなし、精神的にも肉体的にも頑健であること、機械こそ苦手だがクリーチャーが教えたことを彼以上にこなしていた。ナワーブが活躍できれば、それはクリーチャーがせっせと育てた故である。よって、クリーチャーは素晴らしい。Q.E.D.

 だから彼のために軽食を作ってやるのはちょっとしたご褒美気分である。カウンターに肘をついてこちらを見上げてくる顔立ちは彫刻の様に秀麗で、そのくせちっとも鼻にかけないし威圧感もないから好きだ。表情が間延びすると一層親しみもわく。クリームチーズとオレンジのスライスをはさんだサンドウィッチを渡すと、ナワーブはひよこのように口を広げてありがとう、と喜んだ。食欲も旺盛で折り目正しい。完璧だ。そんな素敵な弟分の話は聞かないわけがなかった。

「俺ね、あんたより年上なんだ。昨日エミリーさんに聞いて知ったから、まあ俺も今更だし別に気にしてないけど、一応言っておいたらって言われてさ」
「へ」
「だってほら、ピアソンさんって何かと俺をかばうでしょ?もっとゲームでは任せて欲しいし、頼って欲しいしさ……あと、クリーチャーって呼んでも良い?」
「……あー」

つらつらと流れる言葉についていけない。ナワーブが?自分よりも年上?何も年上の存在はナワーブに始まったばかりではなく、セルヴェ・ル・ロイやカート・フランク、それに古馴染みのエミリーだってちょっぴり年上である。彼らは彼らで苦手な部分もあるが、大人として接してきたので問題はない。だがずっと年下だと思い込んでいたナワーブはどうだ。

 顔が良くて、育ちが良くて、頭の回転だって早くてチェイスがうまい。背だってクリーチャーよりも高い。瞬間浮かんだのは、ずるい、という子供っぽい感情だった。ずるい。可愛いと思っていたアヒルがとんでもない白鳥だ。

「いいとも。サベダー”さん”」
「え、なんでさん付けになるのさ」
「あなたには敬意を評したくてね。それにセルヴェやカートよりもよほど中身が大人だからな」
「大人に見える?」
「ああ」

しょげたり明るくなったりなんとも忙しいことだ。さっさとサンドウィッチを食べるようにと勧めながら、クリーチャーは胸の中のもやもやが広がるのを感じていた。ずるい。羨ましい。自分がナワーブだったらば良かったのに。ありがとうクリーチャー!とサンドウィッチの礼を述べるナワーブは以前と少しも変わっていなかったのだけれども、クリーチャーの目にはもはやまるきり違う生き物に映っていた。




 まるでよそゆきだ。ナワーブはふわふわのフレンチトーストを貪りながら首を傾げた。視線の先では、先ほどからクリーチャーが何やらトレイシーと小型飛行機で遊んでいた。監視カメラを載せたらバルクのような戦術もできるかも!と興奮気味の様子は少年同士がいたずらを企んでいる様で何やら可愛らしい。フレンチトーストから垂れたメープルシロップをスプーンですくって舐め、いつもならばとため息が出る。以前であれば、ナワーブがおやつを食べ終わるまではクリーチャーがそばにいた。お気に入りの世話をしていることがありありとわかる彼は穏やかで、母親の様でもあり、何やら胸が温まる。

荘園に自分が馴染めたのも、ここで頑張っていこうと思えたのも、全部思い出はクリーチャーと一緒だというのに、一度年上だと事実を告げたらばこれだ。けしてあからさまな避け方や嫌われ方をしたわけではない。だが、一人前の大人に世話は不要とばかりに完全に放置されてしまった。ナワーブの描いていた未来予想図では、クリーチャーに今までの分以上の庇護を返して頼りになる”お兄さん”の役所を獲得するはずだった。一体何がいけなかったのだろう。

「それは恥ずかしいからだと思うな。可愛いと思って調子に乗ってたのに、本当は違ってたら今までの自分がかっこ悪いっていつでも見せつけられてるような気がするものだよ」

同じくフレンチトースト(こちらはいつ手に入れたか知らないがイチゴジャムが添えられている、まさかクリーチャーがえこひいきをしたなんてことは、考えるのはやめよう)を豪快に食べていたノートン・キャンベルがのほほんとフォークを振り回す。この男は最初から誰が相手であっても変わらない。ナワーブの年齢が全体に明らかにされたところでふうん、と表情も変えずに言っただけだ。

「そういうお前は可愛げがないよな」
「俺はいつでも俺のままさ」

だって君は上司じゃないわけだし、と組織の一員であったらしい物言いまでする。なんにせよ、ノートンの見解はまずまずと言ったところだった。何よりもクリーチャーの照れ隠しのような行動がいたく可愛く映る。早く自分に可愛がらせてくれれば良いのに、一から手懐けし直すのは骨だった。と、クリーチャーと目が合うも、光の速さでトレイシーの方に戻されてしまった。ひどい。

「クリーチャー、可愛いんだよなあ」
「今朝の無理やり壁に閉じ込めたのは怖いと思うな。だいたい、君はやたらとべたべたしてるし」
「前と同じことしかしてないぞ」
「それが駄目だね。なあセルヴェ?」
「……私に話を振るな」

とうにフレンチトーストを食べきったセルヴェが迷惑そうに紅茶をすすった。この男はキザな仕草がよく似合う。エセ紳士ーーこの際なんでも良い、自分がもっと大人に見せられたならばクリーチャーも喜んで庇護下に入ってくれるだろうか?

「奥手なお嬢さんが相手の場合、いきなり近づくのは野暮だ。まずは下心を隠してさりげなく手伝ったり、優しく声をかけて自分の存在を相手になじませていけ。触るなんてもってのほかだ。早食いは嫌われるぞ」
「うわあ、泣いた女の子の数が見える話だ」
「ありがとうございますロイ先生!」

ノートンの批評はさておき、なかなか悪くない示唆である。何よりもセルヴェの場合は経験則によるところが大きい。これがカヴィンとなると、少々誇張されているのではないかと疑いも持ってしまうのは、そもそもの個性の問題だろう。今までずっとそばに張り付いていただけに残念でもったいなくて仕方がないが、いつかの未来のためであれば我慢する所存だ。何しろ我慢はナワーブの十八番である。フレンチトーストだって仕込みには時間がかかるのだとクリーチャーは言っていたではないか。

 少し冷めかけたフレンチトーストのかけらを口に含む。甘ったるいメープルシロップが、牛乳と卵の朝の様な香りで中和され、ふんわりと育ちあがったパンで包まれる。こんな風に美しい結末を自分も迎えたい。クリーチャーが自分がそうしていたように、いつでもそばにいてくれたならば、いつでも頼りにしてくれたならばどんなに幸せか!

「そもそも相手があのクリーチャーで良いだなんて変わってるよな」
「聞くだけ野暮だぞ。恋なんてそんなものさ」

失礼な周囲のセリフは少しも耳に入らず、ナワーブはめくるめくバラ色の未来を脳内で繰り広げた。悪くない。ならば努力をするとしよう。




 ずるい。怖い。やっぱり、怖くない。クリーチャーはコインをころころと指先で転がしながら、中庭のベンチで呆けていた。たった一個の事実ですら以前と変わらないというのに、天と地がひっくり返った様な心地がする。ナワーブは何もかも変わらない。自分との距離がやたらと近いところも、ゲームで率先して前に出ようとするところも、美味しい美味しいと目を輝かせてクリーチャーの手料理に舌鼓を打つところも全て以前と同じだ。変わったのはーーどちらかといえばクリーチャーである。

 まず、ナワーブを可愛いと思う部分が大幅に減った。可愛いのだが、ひょっとするとそれは計算尽くではないかという疑いが混じる様になったのだ。うがった見方であることは重々承知している。ついで、自分の前に立つ時の肩幅の広さが眩しく見えた。以前は頼もしくなったなあと翻って自分の育成ぶりを誇らしく思ったが、今ではもともと彼に備わっていた資質だという現実に打ちのめされる。壁に押し付けられた時は、もう子犬がじゃれるような気持ちで受け入れることができなくなって呼吸が止まった。今までの自分はよくぞ平気で耐えていたものだ。あんなことをされてまともでいられる神経が信じられない。

エミリーに確認したところ、年上と言ってもエミリーとクリーチャーの間の地点で、セルヴェほど年長ではないらしい。にも関わらず、セルヴェには実にいけ図々しい態度で接するのは全く気楽なものだ。ナワーブのことはずっと一回りは年下だとたかをくくっていたのが間違いだとはよくわかっている。今では声を思い出すだけで、つくづくあの男は出来がいいと悩ましく思うほどだ。暗雲垂れ込めながらも少し頭がほわほわとするこの気持ちはできれば間違いであってほしい。

「器用だね」
「っ」

声が脳内から現実に飛び出し、クリーチャーはあまりのことにコインを取りこぼしてしまった。本能的に芝生の上を追いかけると、ほぼ同時に金色に手がかかる。自分よりも、たくましい腕、がっしりとした手に触れて火傷をしそうだった。それでもなんとかコインを受け取ると、クリーチャーはもごもごとありがとうを言いながら芝生を眺めた。この青々とした波間を眺めている方がよほど心が落ち着く。

「ごめん、驚かせちゃったね。そろそろ夕飯の仕込みをするでしょ?手伝わせてくれないかな」
「さ、ささサベダーさんの手を煩わせる必要はな、ない。一人でできる」
「ほんのちょっとで良いからさ。ね、野菜の皮むきがうまいって褒めてくれたの、覚えてるよ。クリーチャーほどできないかもしれないけど、手伝わせてよ」
「駄目!」

思わず子供の時の様な口をきいてしまい、クリーチャーは慌てて片手で口を覆った。緊張で吃音が出るくらいならばまだしも、こんな物言いではまるで格好が悪い。せめて少しでも自分は尊敬できる先輩であり続けたかったのにーーもうめちゃくちゃだ。おどおどと泳ぐ目でなんとかナワーブを見れば、どういうわけか顔が真っ赤に染まっている。

「か、」
「か?」
「可愛い」
「バカにするな!」

かっと頭に血が上り、クリーチャーは絶望を携えて走った。ナワーブが追いかけてくるも、自分はこの荘園に最初からいるのだから負けるはずもない。開いていた窓から中に入り込むと、速やかに閉めて鍵をかける。可愛いだと?何回か言われたことがあるが、今ではよくわかる。あれはこちらを軽視しての発言だ。せっかく、せっかく胸を張って先生役を楽しんでいたというのに散々である。恥ずかしさで死ねるのであれば、今まさにクリーチャーは寿命を終えたことであろう。何が可愛いだ。バカにするにも程がある。

「お、いじめられっ子発見」
「ウィリアム……お前まで俺より年上だとか言いだすんじゃないだろうな」
「なんの話?」
「いや、なんでもない」

能天気を絵に描いたような調子で現れたのはウィリアム・エリスだ。思えばこの男の方がナワーブよりもよほどたくましい体つきをしている。顔立ちは、下まつ毛がやたらと目立つが少年が青年になりきる過渡期の危うさが魅力と言って良い。いささか気が回らないものの、育ちだって悪くない方だろう。こいつが年上だったら、と考えてクリーチャーは首を傾げた。多分、ナワーブと違ってなんとも思わずに今まで通りに接する様な気がする。

「ちょっとじっとしてろ」
「良いよ」

ぎゅ、と正面から抱きついてみる。厚みのある背中は予想通りナワーブよりもがっしりとしていた。男の中の男だな、とのんきに思う。んー、と目を瞑るとなぜだか頭を撫でられた。バカにされた気分にもならない。これがナワーブだったら慌ててはねのけて逃げるところだ。だって、あれはなんだかずるい。素直に認めればーーかっこよすぎるのだ。可愛いならば、まだ耐えられた。

「ずるい」

地を這う様な声が響き、クリーチャーははっと現実に戻った。ウィリアムの後ろにナワーブが立っている。どうやらようやくこの場所にたどり着けたらしい。場所を移動しなかったのは失敗だったな、とクリーチャーはウィリアムの胸板に頬を寄せーー無理やり引き剥がされた。

「抱っこなら俺にしてよ!俺の胸板じゃ足りないなら、もっと筋トレするから、ねえ」
「離せ!」
「やだね」

懐かしい匂いと温度に、クリーチャーは頭が茹で上がりそうだった。そういえばここのところ、ナワーブがベタベタとくっつくのはおさまっていた様な気がしないでもない。久方ぶりの接触は熱した鉄板に押さえつけられた様だ。ぎゅっぎゅとナワーブの腕が締め付けてくる。正直に言えば、ウィリアムよりもしっくりとくる心地だ。そしてこの泣きそうな顔と言ったらどうだ?どこが年上だろう。以前と同じ様に可愛くて、ちょっと間抜けだ。変わってないんだな、と胸のつかえがおりた音を聞いた気がする。

「”ナワーブ”はずるい」
「え、え、なんでそんな話?え、待って今、今さ」
「皮むきするから手伝ってくれ。今日はヴィシソワーズを作りたいんだ」

ばりっとナワーブを引き剥がし、クリーチャーは高らかにここに勝利を宣言した。確かに彼は素晴らしいお兄様には違いない。それでも根本は大きな子供だ。これで十分だろう。多少のずるさには目を瞑る、それくらいクリーチャーにだって大人だからできるのだ。

「待ってよクリーチャー!」
「さっさと来てくれ。時間が押してるんだ……ナワーブ」
「すぐ行きます」

しゃきん、と背筋が伸びる様がおかしい。くすくすと笑ってクリーチャーは腕を捕まえたナワーブの熱さはやっぱり前よりも増した様に思った。けれども、段々と慣れるだろう。数年の差がなんだろう。自分だってそれくらい追いつけるのだ。悔しいことに、この男は少々かっこよくてずるいが、それだってきっといつかは慣れる。

ノルマはじゃがいも一箱。勇んで二箱むき切って胸を張ったナワーブに、クリーチャーが説教をするのは今から三十分後のことである。


〆.

あとがき>>
 さやぐさんとのお題交換で、「ピアソンさんとナワーブくんの年の差についてのお話」です。ずっと年下で見てきたけれどもさては美味しいのでは?と思っていたらば良作が溢れて目の保養でもありました。ナワーブ君が年上だと知ってピアソンさんはびっくりすることも多いでしょうが、根本は変わってないので何やかや慣れていきそうな気がします。さやぐさん、お題をありがとうございました〜!

そして最後まで読んでくださり、ありがとうございました!