NOVEL
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その眼差しは、どこをみて、


煎られた話


「暑い」
「暑いな」

ぶーん、と唸る換気扇、そこから流れ込んで来る湿った熱気、僅かに混じった生暖かい、潮の香り。ざっざ、ぱちぱち、と忙しい音と、微妙に調整されたガスの火が余計に暑さを増しているように感じられる。日本の夏は今日も暑い。梅雨明けです、という声明と共に、太陽は容赦なく雲を蹴散らして陽光を注いでいる。

 こうなってしまえば、電気代をケチケチせずにクーラーを全開にするなり、扇風機で妥協するなり、いっそのことプールに行くなりやり過ごし方は色々あるのだろうけれども、尾崎と浜尾は小さなアパートでごろごろしている。尾崎の家の掃除を手伝いに来たと浜尾は記憶しているのだが、なあなあで気づけばこうして寛いでいた。と、言っても現状尾崎の家は最悪なことにクーラーが壊れてしまっているので、すこぶる暑い。すぐ傍は海で、潮風が心地良いというよりも、茹だった熱気が一挙に押し寄せて来るという地獄だ。

「まだ?」
「あと五分くらい待ってな」

台所に立つ尾崎の返事はいつだって素っ気ない。だが、彼が作るものは何時だって確かだ。五分、と言いはするものの、五分というのは火を使うのが五分というだけであって、まだ先の行程があるのである。それくらいは浜尾も承知していたから、しぶしぶオレンジチョコを食べていた。元々は浜尾の実家から送られて来た土産ものなのだが、掃除まで手伝った客人を労らない家主が悪い。つぶつぶが入ったオレンジチョコはなかなか美味で、溶けないように冷蔵庫に入れておこうと浜尾は誓った。今は少しも動きたくはない。尾崎のベッドで脱力するのがせいぜいだ。

「浜尾ぉ」
「なに」
「シーツ洗っといてくれ。コインランドリー、わかるだろ」
「なんで俺がやんなくちゃいけないんだよ」
「んー、今手が離せないから」

至極真っ当な様子で返すが、どう考えても理不尽だ。だが、結局それは自分のためにもなるわけで、浜尾はぐったりとした身体を引き上げて寝具を引きはがしにかかるのだった。乾燥機を回したとしても今夜に間に合うのだろうか?よくよく考えれば、多分そこは尾崎のこと、浜尾の家で寝ればいいなどと言い出すに違いない。いい加減な男なのだ。シーツやら何やらを引き剥がすと、それだけで体力がそがれたような気がする。ひどい話だ。と、キッチンの音が鳴り止み、ふわりと焦げた香りが漂う。焦げた、というのは正確な物言いではない。これは香ばしい、と言うべきだろう。

「はいよ。行く前に飲んでいきな」
「ありがと」

年季の入ったロウテーブルに置かれたのは、一杯のコーヒーだった。きちんと浜尾用にと用意されたマグカップに入ったそれは明らかに熱そうだ。だが、このコーヒーは挽きたての今こそが最も美味しいのだから仕方がない。それも、尾崎はつい先程までずっと焙煎していたのだ。つくづく凝り性の男である。マグカップを取り、汗が流れ出るままにふうふうと少し冷ましてから口へと招き入れる。黒い液体は一挙にその香りを花開かせ、口中と鼻を両方包み込んだ。舌触りの滑らかさ、苦みと甘みの度合いは正に浜尾好みだ。

「おいしい」
「だろ」

シーツ洗っといてくれ、と尾崎が言う。こんなにも美味しいコーヒーを作れるくせに、どばどばとミルクと砂糖を入れずには飲めない尾崎に笑うと、浜尾はアイスコーヒーにしておいてくれ、と頼んだ。


〆.

あとがき>>
 ゆるほも……野田さんからついったーでリクエストをいただいて、もぐもぐお題です。ゆるほもとは。書いていてどこまでをゆるほもと呼ぶのか解らなくなって来たので、なんだか普通よりは仲が良さそうな二人を書いていました。コーヒーを焙煎する真剣なまなざしの尾崎ですが、それ以外は割合に手抜きで生活力も余りなく、浜尾がお人好しなので世話をしてくれているような関係です。多分。土日はサーフィンをしている。

野田さん、ありがとうございました!