明日も明後日も
クリスマス。それは襲い来る商戦の嵐であり、年末に一挙に押し寄せてくる浮かれ騒ぎの根源だ。学生の傍、運送業でアルバイトをしているナワーブ・サベダーにとっても例外ではなく、現代のサンタクロースとして呆れるほどの量をあちこちへと運んでいた。もうすぐ大型車両の運転免許を取るので、来年の今頃はサンタクロースを越えられるかもしれない。
実家にいる頃にはダラダラして、寝こけた後にクリスマスプレゼントを親から贈られていた。ありきたりの、コマーシャルにでも出るようなささやかな電飾がついたクリスマスツリーの下に、兄弟全員のプレゼントボックスが並ぶ様は圧巻だったと記憶している。瞼の裏に浮かぶようだ――滅多にないご馳走の山と、家族の団欒。今は遠く離れて一人暮らしだ。
そうして迎えた今日のクリスマスイブ。友人連中のクリスマスパーティーに行くことも考えたが、特別手当の四文字を前にしてすぐさま霧散してしまった。別段暮らしに困る訳ではないが、今のナワーブには元手が必要なのである。最終便の荷物を確認し、どうにか配達しきれそうだと安堵のため息が漏れた。冷凍ケーキの類は全て配り終え、今はプレゼントの類で荷台はごった返している。明日の朝には笑顔が待っているのだ。
ではナワーブ自身のクリスマスはどこへ行くのだろう。ここ数日現実逃避していた命題に向き合い、ナワーブは半ば観念しながらスマートフォンを取り出した。見慣れたメッセージアプリに新着の印はない。残念がるのは独りよがりだろうかと思いながら、常に一番上に存在する相手にメッセージを送る。もうすぐトラックを出すので手短に、心臓がぬるつくような緊張感でどっどと脈動する。
『今日、遅くなるけど行っても良いかな』
色良い返事があって欲しい。相手の姿を思い浮かべ、ナワーブは相方の乗車を急かす声に返事をした。
雪が降りそうな、微かな匂いが鼻をくすぐった。
クリスマス。それは紛れもない書き入れ時だ。サンタクロースのペラペラとした薄い衣装に身を包み、クリーチャー・ピアソンはハンドベルを鳴らした。商店街は一面催事場へと姿を変え、どさくさ紛れのようにしてセール品が飛び交っている。この熱気では、冷静な判断は難しいだろう。普段はあまり買うつもりがないものさえも、今日という日はお持ち帰りされる。今年は多くの企業でボーナスが多めに出たと言うから、景気づけにもなっているのだろう。
クリーチャーが買って出たのは、商店街の福引係である。今日一日限りの大仕事で、全てのクジが引かれるまでは帰れない。家族持ちならば敬遠したい役回りだが、クリーチャーは快く引き受けた。昨晩徹夜でケーキ製作のアルバイトも終え、気持ちは妙に昂っている。他人を出し抜き、富を手にする喜びよ!のんびり目先のものを楽しむ人間にはわからない、蜜の味わいだ。
「……そろそろ終わりか」
「だろうな」
金銀の目玉の商品が連れて行かれ、やや静かになった辺りでようやくクリーチャーにも余裕が生まれた。多分、あと少しで片付けに入る頃だろう。相槌を打つアンドルー・クレス(本業が葬儀屋であるためか、今日という日には似つかわしくない)もやる気を失って来たようだ。声を張り上げて人を呼んでいたノートン・キャンベル(こちらは『鉱石掘り』なる砂遊び場と兼業だ)も、商店街のおばちゃんが差し入れてくれたジンジャークッキーを貪り食べている。元々はエマ・ウッズという紅一点も手伝ってくれていたのだが、強面の父親が夕飯に連れて帰ってしまったのだ。むさ苦しいことこの上ない。
中弛みした空気の中で、思い出されるのは自分のクリスマスである。生まれて来てこの方、忙しかった以外の記憶のない日々だった。孤児院ではチャリティーイベントを行う日であり、ほんの少しだけ量の多い夕飯が出迎えてくれたことはかろうじて覚えている。学生になれば、アルバイトに精を出して稼ぐことに執心し、遊びもなければ色ごとにもかまけなかった。理由は単純で、どちらも散財が伴うからである。最早奨学金も返済が終わった今でもどこか強迫観念が残っているのか、稼ぐ機会を見逃すことは身を切るように辛い。
そんなクリーチャーが、少しばかり世界に色を添えたのはナワーブとの出会いだった。便利屋稼業の一つで出くわした青年は、使い出があると見込んで雇い、契約の幕切れとともに別れたはずが、まるで当たり前のような顔をしてついて離れなかった。友人とも仲間とも言い切れぬ空気は居心地が良く、去年の年末に二人は――そう、二人は恋人になったのである。人生何が起こるかわからない。正月の臨時仕事を放り出したことも前代未聞であり、尚且つ満足するなど想像もできなかった。
今日はそんな二人が迎える初めてのクリスマスである。道ゆく恋人たちがプレゼントをあれこれ選び、騒ぐ様をクリーチャーは冷めた目で観察していた。今日の成り行きは理解しているが、それでも落胆の色は隠せない。先月末に、アルバイトのシフトを告げるナワーブの顔は切なく、クリーチャーもまた反論する勇気を持たなかった。ナワーブもまた、奨学金を返さねばならないのである。兄弟が多い彼ならではの悩みでもあった。
「クリーチャー。少し早めに帰ったらどうだ?入りが早かっただろう」
知らずため息でもついていたのか、アンドルーが柄にもなく心配そうに声をかけてくる。こんな声を聞くのは初めてだった。
「……その分さっ引いたりしないか?」
「時間通りに働いてるんだ、抜いたりはしないさ」
代わりに答えたのはノートンで、いつの間にやら売れ残りのケーキを手に入れたらしくフォークで突いている。否、その向こうに気恥ずかしそうにする品の良い男性が見えるので、彼から差し入れを受けたのだろう。噂では、ノートンの恋人は年上の男性らしい。詮索の目を掻い潜るようにノートンはクリーチャーに手を振って見せた。
「安心して帰ると良い。お疲れ様」
「わかったよ……ありがとうな」
「どういたしまして」
後で何か請求されるだろうか。ほんの少しだけ心配するも、クリーチャーは足取りも軽く仮初の職場を後にした。手に持つのは帰り際、ケーキ屋から顔を出したエマが渡してくれたものだ。勿論、差し入れではなく取り置きしていたものである。切り株を模した、理由のわからぬケーキの上で二人の小人が遊んでいた。
少しずつ、街の明かりが消えてゆく。家では今頃仕込んでおいたシチューの肉が程よく馴染んでいる頃だ。食べる相手を想像しながら作ることがこんなに楽しいとは、去年の自分に教えてやりたいくらいである。吐く息は白く、頬を刺す冷たさは雪の到来を告げていた。
「すっかり冬だな」
そして今年が終わる。今頃俄かサンタクロースのナワーブはどうしているだろう。もうすぐ寂しい我が家だと思う頃になって、尻ポケットでスマートフォンが震えた。
『今日、遅くなるけど行っても良いかな』
「ばーか」
良いに決まっている。そうでなければ誰が徹夜明けのわずかな時間にご馳走を用意するのだろう?自分はすっかり狂ってしまった。そのツケを払うのは当たり前の話である。指を滑らせて、クリーチャーは妙なところで鈍い青年に苦笑した。
『良いぞ』
早く帰ってこい、と打たなかったのは理性の賜物である。仕事は仕事だ。手抜きやサボりは許し難い。もちろんナワーブは真面目なのだが、万が一ということもある。
無事に家に入り、あれこれ料理を温めるなりなんなりしているうちに、ようやっと返事が来た。サンタクロースは大忙しらしい。
『ごめん、ピアソンさん!プレゼントに欲しいものってある?』
「……あー」
うすうす勘づいていたことが証明されて、クリーチャーは天を仰いだ。忙しさにかまけて、ここ数日ろくに連絡を取れなかったことからしてもありうる話である。第一彼は学生だ。直接尋ねてきた勇気を讃えて、クリーチャーは自分の中の大人を総動員させた。癇癪を起こすならば、もう少し先だ。今は優しく受け止めてやる方が長続きするだろう。それに何よりも、クリーチャーは疲れていた。
街ゆく恋人たちの会話が蘇る。指輪にネックレス、シャンパン、セーター、スノードーム、人々が求めるものはバラバラで、中には耳を疑うようなものまであった。自分は何が欲しいだろう?そんなものは決まっている。迷うことなく答えを打ち込むと、クリーチャーはニヤつきながら送信ボタンをタップした。
『いつも使ってるシャンプーとボディソープが切れそうだから、買ってきて欲しい』
そんなもので良いのかと驚く様が目に浮かぶ。大正解だ。聞かれたならば答えてやっても良い。君が使うから、予定よりも早く切れたのだと。これから先も使うだろう、だから自分は馬鹿馬鹿しいプレゼントを用意したのだ。御馳走を待ち構えるテーブルの上には、銀色に輝く鍵が載っている。
プレゼントはまだまだ続く。明日も明後日も、その先も。何せ自分は強欲なのだ。サンタクロースは思い知ると良い。
窓の外にチラつく白い光に目を細め、クリーチャーは唇を舐めた。
〆.