ORIGINAL NOVEL
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あなたのゴミは私の宝


医者のこと


 どれだけ愛しても尽きると言うことを知らない。海中の水流に揺らぐ、目の前にある美しい小骨を舐め、軽く歯で噛んで骨の頑健さを楽しみ、医者はぷいとそれを遠くの砂地に捨てやった。そうしておけば、誰かまた必要とするものが拾って役に立てるのだ。海とは実に合理的にその社会を形成している。医者もまた合理的で、常に趣味と仕事の利益を一致させて過ごしてきていた。両手に戦利品を抱え込むと、医者は満足げに温かな水の中を泳いで仕事場へと向かった。

 このところ海底で流行りものといえば足である。それもタコやイカのぐねぐねとした(しかしとても便利だ)ものではなく、陸地でしか意味をなさない人間のか弱い足が人気だった。海底の人々は泳ぎやすいようにできているものだから、多くは魚に似ているか、海蛇に似ているかがせいぜいである。便利なものを最初から持っているというのに、わざわざ不便なものに取り替えるという発想は全くもって理解できない。だが、医者は自分の商売が儲かり、客も自分も十分楽しめるので良しとしていた。何よりも、自分につけようとは思わないが、人間の足は医者も好きだーー酒のつまみに丁度いい。先日難破船から引き揚げたワインは久方ぶりの当たりだった。今夜もゆっくりと過ごせることだろう。

 二本足の人間は海の中にはいないから、沈んだばかりの船から死んだ人間か、死にかけている人間を連れて行くことになる。生きたものはまだ必要はないだろう。需要が供給を上回る、そんな日がくればまた別の話だ。できるだけいきがよく、形が綺麗で、健康で新しい持ち主にふさわしい足を選びとらなければならない。今日はシャコ貝が足を欲しいと言ってきた。随分と体が大きいので、見合うだけの足を探すのは骨である。

 以前、まだ鑑識眼がないために病人の足を植え付けた日を思い出して、医者は顔をしかめた。あれは可哀想な結末を迎えたーー人魚が一見人間になれたのもつかの間、陸地で半年も過ごさないうちに足が腐って死んでしまったらしい。海にも戻れぬままに苦労している様を、知り合いのカモメが教えてくれたものだ。生憎医者は陸の上になど出張する気は無い。可哀想だが、もうそれはそれとして教訓にするより他にない。

「お待たせしました」
「いいの、気にして無いから。いい足はあったかしら?随分たくさん持ってきたのね」
「大型客船でしたからね。これでも少ない方ですよ。もう鮫が手をつけていたものですから」
「あの連中はマナーがなってないものね!少しは他の人のことを考えたらいいのに」

生きるか死ぬかのために屍肉を漁ってる鮫を、生き死にに関係のない娯楽を味わおうとするシャコ貝がとやかく言うのは随分な話だったが、医者は黙って足を選んだ。

「いいわね、綺麗だわ。ずっと見ていられるなんて素敵」
「自分のものになれば尚更素敵ですよ!さ、殻を開けてください」
「はい」

躊躇うように開かれた殻を、ぐいと思い切り開いて医者は体を見聞した。どの辺りに付ければ良いだろう?まずは不便なので開口部を覆っている外套膜をうやうやしく剥ぎ取り、肝に目をつけーー涎を垂らすのを必死で止めた。この商売で唯一の問題が、大概の客は医者にとって美味しそうであることだった。毎度食べてしまっては商売にならないので、今日のところは我慢すべきだろう。

 ようやくちょうど良い空間を見つけると、医者は巧みに不要な肉を削ぎ、まるで最初からあったかのごとくに人間の足を据え付けた。外套膜を元に戻すと、少しだけその膜に穴を開け、自由に足を出入りできるようにする。あっという間の処置で、シャコ貝は呻くことすらなかった。

「まあ先生、さすがだわ!なんて素敵なのかしら」
「逆立ちで歩くのは無理ですが、鑑賞にも見せびらかしにも十分。これでよろしいでしょう」
「ありがとう、先生。それじゃあここにお代を置いて行くわね」
「はい、ちょうど頂きました」

シャコ貝がどこからか集めたらしい金貨の山を受け取ると、医者は満足げに頷いた。医者にとっての本当の報酬は他のものなのだが、患者が気付くことはまずないだろう。 患者が一人去り、二人去り、五人目をおやつがわりに平らげて、医者は今日の店を閉めた。今日の収穫の素晴らしいこと!家に帰ると、医者は我慢し続けていた涎を余すところなく垂れ流して喜んだ。貝に魚にクジラにイルカ、どれをとっても一級品の味わいの肉である。手術で不要になった部分はこうして全て医者の腹に収まることが決まっていた。

 人間の足も最高だ。何よりもあの骨の部分はなかなか楽しめる。医者はこの仕事に無常の愛と情熱を注いでいた。こんなに楽しい仕事が他にあるだろうか?医者の看板を掲げたのは我ながら大正解だった。至福の晩餐を終えると、食べきれなかった分の足を医者はそっと海に流した。食べ残しの食べ残しだが、きっと誰か必要とするだろう。海は合理的にできている。

その足が誰にも必要とされず、どこかの浜辺に延々打ち上げられることになるなど、医者のーーダイオウグソクムシの知ることではなかった。


〆.