人形遊び
身代わり人形のようなものを作るサバイバーが荘園に来たらしい。死化粧と呼ばれる技が施された人形は本人と見紛うほどの出来で、棺桶に収まっている様を見た人は自分がそこで死んでいるような錯覚を覚えるそうだ。自分が生きていた頃の技術ではあり得ないことだな、と白無常は素直に素晴らしいと手を叩いた。范無咎であれば興奮した挙句に見せてくれとゲームの趣旨を放棄して見に行きかねない。
生前からどこか現実的に物事を考える(范無咎はそれを考えすぎの心配性とからかっていた、単に范無咎が謝必安のためと無謀なことをするせいだというのに!)ため、認識しただけで終わっていたのだが、本物を前にした途端にどうしようもない欲が湧いて白無常は目を見開いた。まるで本物だ。生きた死体は完璧で、傘こそ冷静に振るったものの、動揺は拭えない。鏡を見るよりもよほど確実ではないか。
「聞こうか。君は人を複製できるという理解で良いかな」
ゲームも終盤、手を焼く空軍とカウボーイを荘園に引きずり戻し、まさに残り一人の味方のために死化粧を施そうとしていた納棺師を前に、白無常は静かな声を出そうと必死で自分を抑えていた。まだだ。希望を持つには早すぎる。頭を抱えて這いずり回っていた納棺師はすすり泣きを止めると、半ば眠っているような目を白無常に向けた。そう言えば、彼に出会うのは初めてだったように思う。
「できるのかな」
「……生きていれば」
まだ棺に眠らぬ生者のために、寝床を作るのだという。さもなくば死体そのものを通常通りに葬る手助けをするのだ。形のないものは不完全なものにすらなれないという条件を突きつけられ、当たり前のことだったが白無常は絶望した。希望しかけていた自分がおぞましい。もしここに黒無常ではなく范無咎を蘇らせることができたならば、自分が許されても良いなどと虫のいいことを考えはしなかったか?誰が、誰がそんな馬鹿なことを思うのだろう。罪は罪で、そこにあり続ける。
「誰を、望むんです」
「私の全てだよ」
半身と呼ぶには余りにも烏滸がましかった。自己治癒が終わったらしい納棺師は、しかし逃げようともせずこちらを見ている。観察しているのだ。
「あなたの望むことはわかりませんが、似たものを作ることはできるかもしれません」
白無常そのものを葬り去ることも考えたが、完成を見届けることはできない。謝必安は今一度罪と向き合う必要があった。逃げる事は二度と許されはしない、死んで救われるのは本当に一瞬だけのことである。鷹揚にうなずくと、納棺師は早速人形の準備にかかり始めた。背格好は?なるほど。あなたと同じくらいで、服はあなたと同じ?そう。瞬く間に外形ができて行き、白無常の心は再び沸き立った。あなたにまた会えるのか?自分はまたあなたに会えるのでしょうか。
「顔を、教えてください。あなたの顔とは違うんでしょう?」
「ええ」
ちょうどこう――と指示しようとして、白無常は長い指先を動かすのをやめた。どんな顔だったのか、まるで磨りガラスを通すようにぼんやりとしか思い起こせない。あんなにも日々思い出を貪っては自分を罰しているのに、記憶はどこへ消えたのか?
「顔は、」
目が二つ、鼻が一つで口も一つ、耳は二つで、一体それらはどんな形だったろう。くるくると動いた瞳の輝き、まるで紹興酒に入れたざらめが爆ぜるように弾けていたさまなどが、何故か切れ切れに浮かぶばかりでまとまらないのだ。指が震え出す。
「……また今度にしましょうか」
「いや」
額にびっしょりと冷や汗を浮かべ、白無常は力強く首を振った。今を逃せば、もう次がないように思う。どれほど時間が経とうとも、時間は奪うばかりで与えはしないだろう。
「私を、作ってくれ」
これでいい。許しなど元々必要ないならば、許されなくて当然だ。ならば寧ろ自分がなすべきは、痛みの強化こそがふさわしい。納棺師が筆で器用に白無常をかたどってゆく。こんな顔をしていたろうか?自分を見るというのはなかなか新鮮な気持ちで、白無常は少しだけうっとりとした。穏やかな、いい顔だ。
「できました」
「ありがとう」
人形の完成を見届けて、白無常はぐるりと世界を反転させた。私はあちらへ。あなたは向こうへ。さて黒無常、あなたは私の中にどれほど謝必安を見つけられるだろう?どんな言葉をかけるだろう?
私を忘れないで。
〆.