BL NOVEL
  / HOME







同物同治


 血には血を、肉には肉を、骨には骨を。足りないものがあるならば、別の誰かの同じもので補えば良い。それは必ず自らを補い力となるだろう。失った目玉は戻らないけれども、視力が良くなるからと、医者がクリーチャー・ピアソンに何かの目玉を食べるよう推奨したのはそんな悪趣味な理由からだった。確か、あの時差し出されたのは豚の目だったような気がする。まるで人間のような目で、尻込みをしたクリーチャーは逃げ出しガラス玉を眼窩にはめ込んだ。補うもののない目はいまだに少しだけ力弱い。

遥か昔に捨て去っていたそんな記憶を掘り起こしたのは、目の前でぐったりとした男を少しでも助けてやれないかと思ったからに他ならない。事故が起きたのは昨日のことだ。聖心病院の二階で解読をしていたナワーブ・サベダーの元にクリーチャーがジョゼフを連れてきてしまい、咄嗟にクリーチャーをかばおうとしたナワーブは深い傷を負った。その上穴から転落し、かろうじて堪えたものの結果は散々なものである。慌てて信号を送りきれなかった自分のミスだ、とさすがのクリーチャーも素直に責任を感じていた。ぬけぬけと言いのけて逃げるほどに間抜けではない。外の世界に紛れこめるのであればまだしも、今の自分は荘園という閉ざされた世界に入ったままなのだ。目的を叶えるまで外への扉は開かないだろう。扉を開けるには他人の協力が必要で、ましてやクリーチャーはーー止そう。ともかく、問題はナワーブの容態だ。ナワーブの部屋に向かうと、ちょうどエミリー・ダイアーが経過観察をしている最中だった。

「血が足りないのね。ともかく今は静養して、栄養をよく摂ること」
「これくらいどうってことないのに」
「あなたの分のゲームはモウロさんが出たいと言っていたわ。知ってる?あの人、最近猪で走り回ることが楽しくて仕方ないんですって」
「でも」

言い募る仕草はさながら子供のように幼く頑なでいじましい。だから、自分は彼に素直さを見せても良いと思ったのかもしれない。子供くらいは、なんの嘘もない残酷さと優しさの両方を味わって知るべきだと常々思っていたのだ。大人になって誤魔化しに気づくよりもよほどその方が幸せのように思う。

「落ち着きがない患者には監視役が必要ね。クリーチャー、後は頼んだわよ」
「私にかい?」
「あなたの言うことなら聞くでしょ。ご飯を食べきるように見張っていてちょうだい」
「そいつはどうも」

頬が緩みそうになるのを抑えると、クリーチャーは努めて面倒臭そうな風を装って見せた。そんなことをしたところでエミリーには全てお見通しだろう。彼女はいつもそうだし、自分も彼女のことはよくわかっていてもやはり口にはしない。二人の関係は一言では言い表せないほどに複雑で密で、そのくせ疎遠だった。ナワーブの青瓢箪のような顔色を笑い、パサパサの髪の毛を撫でてやる。普段は後ろで一括りにしている髪がすっかり降ろされていて、彼の幼さを際立たせていた。

「さて、君は不満だろうが私とディナーを楽しんでくれ。何か希望はあるかい?」
「肉がいい」
「食欲があるのはいいことだ。いい子に待ってたらおまけもつけてやる」
「ん」

本当に具合が悪いんだな、とクリーチャーは一層愛しさを増して足取りを軽くした。普段のナワーブであればおっさんとなんて、とかなんとか言って自分を拒んでいただろう。ナワーブのお気に入りは、普段ふざけあっているのは同年代の青年ばかりだ。あるいは男勝りなトレイシー・レズニックだとか。クリーチャーは馴れ合いはしても、どこか蚊帳の外だった。もともと、自分で選んだ立ち位置でもある。しかし蚊帳が風で揺らいで中の賑やかさを目にするたびに心惹かれてしまうのだ。もう何十年も捨て去った自分が蚊帳の裾を掴んでいじっている。諦めるようになだめたのは一体何度目か。

 厨房に立って腕をまくり、何がふさわしいか考える。今日の夕食はすでに用意してあり、ウィラ・ナイエルの希望でフランスの家庭料理であるトマトファルシがオーブンの中で湯気を立てている。上品な形をしたのは女性陣のもので、肉がはみ出んばかりに大量に詰まったものは男性陣に対するものだ。ただ、これだけではどうにも足りないだろう。食材を漁り、ふと頭をよぎったのが何時ぞやの目玉だ。血には血を。まさかそのまま飲ませるのは馬鹿馬鹿しいが、代わりになりそうなものならば丁度あった。

「いつ見ても不気味だな」

芋のように連なったソーセージを取り出し、クリーチャーは片眉を上げた。ブラッドプディングはまさに血の塊で、脂身やオートミールが入り混じるもほぼほぼ新鮮な血液から出来上がっていると言える。ひとつ、ふたつと切り離してスキレットで焼きながら、マッシュポテトも付け加えた。チーズは惜しみなく盛大に、普段よりもずっと濃厚な味わいはナワーブを元気付けてくれるだろう。肉も所望されていたので、分厚く切ったハムをローストしてりんごのジャムを添える。ローリエの香りは食欲を増進させてくれるはずだ。

 もし、と涜神的な思いがクリーチャーの胸をよぎる。自分の血もこんな風に詰めて彼に届けられたなら、それが彼の力になれたならばどんなに良いだろう。そう、クリーチャーはナワーブに対して一途に不気味な情を抱いていた。エマ・ウッズに抱くものに似ているようで異なるものをなんと呼ぶのか、知っているのは蚊帳の外でうじうじとしている自分の過去だけあ。多分に一生発露されることはない、不要な気持ち。最後にパラリと胡椒を振りまいて夕食のセットを完成させる。自分にはブラッドプディングなしにした。あの豚の目を思い出して気分が悪くなる。

「サベダー君、夕飯を持ってきたぞ」
「ありがとう」
「……本当に具合が悪いんだな」
「おかげさまでね。それで?何を持ってきてくれたのさ」
「君の血と肉さ」
「良い匂い」

すん、と鼻を動かしてナワーブが食事の載ったトレーを受け取る。フォークを手にしたのを見届けて、クリーチャーもナワーブのテーブルを借りて食事を始めた。彼の食欲は堅調で、何も恐れずに次々に口へと運んでいる。自分の監視など本当は不要だと言うのに、エミリーも妙な気をまわしたものだ。エマから対象がそれれば良いと計算したのであれば大間違いで、この気持ちは萌芽しない。

「このソーセージ、血の味がする」
「……よくわかったな。ブラッドプディングだよ。こっちじゃまあまあ食べられてるものなんだがーー初めて食べたんじゃあびっくりしたろう」
「ううん。あんたの血なのかと思ってさ」

じっと、ナワーブの視線がクリーチャーの体をなぞる。鮮血を噴き出す傷口がありやしないかと探る目はただクリーチャーの胸の内を熱くさせた。傷口ならばこの胸の中に開いている。どうしようもなく開いてしまって、閉じる方法などわかりはしない。

「まさか。不気味だろう?第一不衛生だ」
「俺は別に構わないよ」

スーッ、とナワーブがナイフでブラッドプディングに切れ目を入れる。赤黒い断面図はクリーチャーの指先だろうか。切り取られたブラッドプディングと一緒に自分の指も食べられたような錯覚を抱いてクリーチャーはブルリと震えた。どうかしている。彼は調子を崩しているのだ。

「あんたが俺の一部になったら、きっと頑張れる」
「病気になるさ」
「もう病気なのに?」

もう一口、入り込んでいく。その唇から目が離せない自分はどうかしている。狂った、意味ありげな手つきが蚊帳を揺らす。カーテンの隙間から覗く月光のようにクリーチャーを誘い、めまいがしそうだった。血の道が幾重にも分かれて広がりゆく。

いつか、心臓を捧げたら彼は食べてくれるだろうか。頭を振ると、クリーチャーはトマトファルシにナイフを突き入れて顔をしかめた。

シャツに跳ね飛んだトマトの汁は、さながら血しぶきのようだった。


〆.