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花の弔い


 花は何故咲くの。このいとも幼き素朴な疑問に、クリーチャー・ピアソンは今もって答えられずにいた。おそらくはその場しのぎで答えたのだろうが、自分自身でも引っかかってしまった疑問はずっと胸のどこかに残っている。花は何故咲くの?質問を投げかけた側はもうとうにそんなことを忘れてせっせと花を育てており、クリーチャーは疑問とともにずっと置いてけぼりを食らわされたままだ。

 荘園に来てからというもの、慣れぬ環境で混乱することも多かったが、確かな軸を作るようにクリーチャーは日々を築き上げている。例えば、うら若き乙女に恋心を寄せる、といったことをだ。エマ・ウッズはクリーチャーと浅からぬ因縁を持つ女性で、まさにうってつけと言える。彼女が花を好きならば、自分も好きになるだろう。それが自然だ。故にゲームがなければ庭師である彼女が花を育てることを手伝うことが当たり前だろう。故にクリーチャーは手を泥で汚して意味もわからぬ儀式を行うのだ。他にはなんの、意味もない。

「はい、これはお礼なの」
「う、うう、ウッズさん?いいのか、こんな、」
「頑張ったピアソンさんにご褒美なの」

この後お茶にでも、と誘おうとしたクリーチャーを制するようにエマが渡してきたのはマーガレットの花で、クリーチャーの返事を待たずに勝手に上着のボタンホールにさしてくる。我ながら全く似合わない。笑われる自分の姿が想像できて、クリーチャーはどこか寂しかった。そこでこれは好きな人にもらったのだから、と胸を張るほどにクリーチャーは実際、まだ愛というものを理解していなかったのである。エマには重ねて礼を言い、お茶に誘うことなど速やかに忘れて胡乱な足取りで庭園を出たことなど前代未聞と言って良い出来事だった。

 小さな自然を崩した一幕は、クリーチャーの頭に奇妙な問いを取り戻した。花は何故咲くの?この胸元にあるのは言わば、切り取られた首と言っても良い。花はもうすでに死に体で、ただ虚しくしおれてゆくばかりだ。クリーチャーは植物に明るくないが、この花が再び咲かないことくらいは知っている。花は一度きり。人間の目には可憐に映る花、無意味に咲いて無意味に広がりゆく花々はなんて無駄で愛らしいことか!同じ無意味に生まれ落ちたとしても、花ですらないクリーチャーと比較しようもないが、頭の中ではずっと悩みが色濃い影を引きずっていた。

「俺は、なんでここにいるんだろう」

馬鹿げた問いである。何故なんて、どうだっていいではないか。ゲームに勝って賞金を手にさえすれば、全部忘れられる。孤児院を作ろう、慈善家になろう、社交界の面々をだまくらかして金を巻き上げよう、さあ皆さん一緒に笑いましょう。我らが?きクリーチャー・ピアソンさんです!

 だが想像はいつだって壁にぶつかってしまう。気づけばゲームの待機室に移動していて、さっさと連れて行かれてしまったほどだ。多分、本当は自分ではなくフレディ・ライリーが行くはずだったと記憶しているのだが、タッチの差で自分が入ってしまったらしい。入れ替えは効かないので、混乱した風のウィリアム・エリスにエミリー・ダイアー、それにイソップ・カールにはすまない、と軽く連絡を入れた。

「あー、全くついていない」

パシャン!顔をしかめた瞬間、記念にしておこうとでもいうような瞬間が撮影された。今日のハンターは言わずと知れたジョゼフである。写真機がなんとも言えず優美で、クリーチャーは素知らぬ艇を決めて近くの暗号機へと出かけた。抜き足、差し足、としたところで鐘が鳴る。音の聞こえた方角を見れば、開始早々にイソップが見つかったらしい。棺桶を出さなければ彼の仕事はないので、まずはそこからとでも言うことか。そうして写真世界でおそらくは近場だったらしいエミリーが殴られる。あそこに行かないとな、と少し暗号機を触って走り、同じく反対方向から走ってくるウィリアムと目が合った。

「逃げろ、ピアソンさん!」
「おいおいおいおい」

全力疾走のラグビーボールが弾丸のように横を通り過ぎてゆくと同時に目に映ったのはジョゼフ、その人である。どうして普段であればやすやすと気づけたものに目が届かなかったのか不思議なくらいだ。イソップとエミリーは助け合っているようで、それが唯一の救いだった。ジョゼフのひび割れた顔がこちらを向く。まるで散りゆく花のようだ。

「おお、こわいこわい」

くるりと背を向け逃げ出しましたクリーチャー選手、いい走りです!窓枠をうまく使いましたね、ええ、ここは何と言っても病院ですから、彼もよく知っているはずですよ。二階なんてどうでしょう?恐怖を塗りつぶすために、ふざけたやりとりを頭の中に浮かべ続ける。背後からはぴたりとジョゼフが張り付いてきていて、どうにもうまく撒ききれない。他のメンツには解読に専念するように伝え、クリーチャーはこの瞬間だけを生きることに専念した。




「散々手こずらせてくれましたね。全く君は面倒で困る」
「そいつはどうも、良い褒め言葉だ」

宴も酣になった頃、クリーチャーは肩で息をしながらジョゼフと対峙していた。暗号機は解読終了、チェイスは途中でウィリアムが代わってくれたものの、救出後に速やかに捕らえられて空を舞った。人間の集中力には限りがあるとつくづく思い知らされる。官憲だってこれほど執拗には追いかけて来はしなかった。一発を食らったクリーチャーの背中は刀傷でジャキジャキに切れてしまっている。おお振りではないが確実に突き刺す剣さばきは痛みが凝縮されて辛いものなのだ。

 エミリーとイソップは手を取り合ってうまく逃げられそうだ。ならばここで惹きつけて彼らを逃がしてやる方が小利口というものだろう。すでに自分は一度つられているし、お世辞にも良い状態とは言えない。ふと、胸元の花に目が行く。もうしおれ初めてしまっている。

「珍しいこともあるものだな。君に花とは」
「俺もそう思うよ。あんたの方がよほど似合う」

とりわけ写真世界では、ジョゼフは目をみはるほどの美丈夫なのだ。何がどうしてこんなにひび割れた化け物になったのかはわからないが、元は美しく咲き誇る人物だったのだろう。近頃詳しくなったので思うだに、ジョゼフには白いカメリアなど似合いそうだ。エミリーとイソップがありがとうと言いながらゲートをくぐっていく。間に合ったのだ。気を抜いてしまったのだろう、壁を急角度で曲がって剣筋を避けようとしたが甘く、クリーチャーの背中には本日何度目かの手痛い攻撃が加えられた。じんじんと痛む傷から血が流れ出て、見る間に血だまりを作っていく。これで全てが夢で嘘だとは到底思われない。どこまでが本当でどこまでが嘘だろう。

 ジョゼフがクリーチャーを運び上げ、これまた舞踏のように優雅な仕草でロケットチェアにくくりつける。最後の一人の運命は常に過酷だ。と、ジョゼフは地面から何かを拾い上げてクリーチャーの上着にさした。

「忘れ物だ。似合わなくても大事にすると良い」
「全く、色男は気障だな」
「この花はそのためにいるんだ。敬意を払って当然だよ」

花は。空を舞いながら、クリーチャーはひょんなことから与えられた答えに目を白黒させた。ぼろぼろになって足を引きずりながら荘園に戻される。先に戻っていた面々が顔を輝かせ、フレディが小言と嫌味をぶちまける。適当な受け答えをしながら、クリーチャーは潰れてしまった花を大事にポケットにしまった。

 きっと明日にはもう無残な姿になるだろう。それでもこの花の最後まで見ようと、そう思う。花が何故咲くだなんてクリーチャーは知らないが、自分の慰めになることが何かくらいは知っているのだった。


〆.