NOVEL
  / HOME





遊戯の時間


 今日のゲームは軍需工場が舞台だ。いつものように指令が荘園の主人から手紙で送られ(時には電話やモールス信号だったりもするが、どれも無機質で人間味がない)、囚人のようにおとなしく仲間たちと指定の場所のゲートをくぐる。くぐると不思議なことに仲間たちがそれぞれべつの場所に飛び出すのだから不思議な仕組みだ。ひょっとしたらまだ全員荘園の食堂に腰掛けていて、集団幻覚でも観ているのかもしれない。

 フレディ・ライリーはアイロンがけが完璧になされた白シャツの袖を軽く捲った。この場所はどうにも気味が悪い。建物の脇に何が書かれているのか、なぜそこに書かれているのか、全てを知っている荘園の主人のことを考えたくはなかった。これはゲームだ。ゲームに過ぎない。手元にある地図に従って近場の暗号機にたどり着くと、安全であることを確認して解読に取り掛かる。自分の職務は弁護士で(この肩書きはなかなか気に入っていた、マーシャの気を最初に引いたのもこの肩書きだろう)、あとは工場長くらいしかしたことがないというのに実に滑らかに進む。時折発生する調整も手馴れたものだ。このゲームが全て終わった日には軍部で働くというのも良いかもしれない。そうとなれば抜け道は見つけ放題だ。

 鼻歌が出そうになるのを止めると、解読を仕上げる。残りは四台で、他の皆はあまり進めていないらしい。遠くで誰かがハンターとチェイスを始めている。万が一、を想定してフレディは近場の工具箱を探った。筒状の形には見覚えがある。信号銃だ。自分はチェイスに向いてはいないが、万が一生き延びるためには便利だろう。地図はもう覚えている。あとはゲームを進めるだけだ。

 次の暗号機にたどり着き、解読を始めたところでフレディはむ、と額にしわを寄せた。黄色い影がちらつく。先程チェイスをしていた相手ではないだろうか。こっちに来るんじゃない、暗号機は残り三台なのだ。うまく持ちこたえてくれと信号を発したが、よろついた歩きの相手には通じなかったらしい。

「よりにもよってお前か、ピアソン。慈善家じゃなかったのか?」
「わ、悪い、下手打って、」

哀れに震える髭面は自称・慈善家の胡散臭いクリーチャー・ピアソンである。激しく殴られたのか、しきりに背中をさすっていた。哀れみを覚えないわけではない。だがタイミングというものがあるだろう。舌打ちした瞬間、ドクリと心音が高鳴る。荘園の主人が施した何かで、ハンターとサバイバーは互いの存在を痛いほどに感じ取れるのだ。腰に下げた信号銃の存在を再認すると、フレディは仕方なしにクリーチャーの手当てに取り掛かった。ハンターの足取りが自分の思う通りであればきっと間に合う。

「ありがとうよ、ライリー」
「きっちり働いてもらうからな」

暗号機は残り二台。クリーチャーを犠牲にしてでも勝たせてもらいたいところだ。あと少し、あと少しで手当てが終わる、というところでバッと赤い光が目に入る。ハンターのお出ましだった。

「これはこれはレオ。相変わらずでかい図体のせいでとろくさいんだなあ?」
「うるさい!」

現れた巨体は紛れもなくレオ・ベイカー、復讐心の塊となった男である。当たり前のことを指摘しただけなのだが、カッとなったレオの顔は見る間にゆでだこのようになった。こんなにも単純な男に彼の妻だったマーシャが飽きたのも無理はない。生活には奥深さも必要だろう?例えば汚れない、白いままのシャツだとか。

 クリーチャーの治療を終わらせて立ち上がると、後ろ手に暗号機を解読しろとクリーチャーに指示を出す。このゲームならばレオは大得意だ。もう何年も続けていて、今のところは負けたことがない。

「おっと、そんな工具で殴ろうとするなよ?ルール違反だ」
「ルールなんて関係ない、お前が、お前のせいで、」
「これはゲームだ、レオ。お前だって知ってるだろう?ルールは絶対だ。勝てなくなっても知らないぜ。その手元の可愛いぬいぐるみを握るんだ。良い子だから」
「俺にはゲームなんてどうでもいい!フレディ、お前を殺す!」

いきり立つレオに鼻を鳴らすと、フレディはちらりと暗号機の調子を見た。この時ばかりは流石のクリーチャーも部品のちょろまかしをやめて真面目に取り組んでくれたのか、あと少しで終わりそうである。頭に血が上ったレオはそんなことも気づかないらしい。馬鹿な奴。本当にゲームには不向きだ。

 暗号機は残り一台。セルヴェ・ル・ロイとフィオナ・ジルマンはいい仕事をしてくれている。今日のゲームは勝ちで決まりだ。なんてかわいそうなレオ!本気で取り組むには純粋すぎる。そんなところは少しも変わらない。

「それでいいのか、レオ。俺を殺せば、お前は俺に一生勝てないままだぞ。ああ、負け犬は性に合ってるんだったなあ?ゲーム一つも満足にできないだなんて、お前は俺と勝負する価値もない」
「違う!」

バン、とレオが握っていた工具を床に叩きつける。同時にクリーチャーが解読を終えて走り出す。ゲームはもう終わりだ。流石のレオも気づいて顔を上げたが、負けが込んでいるならばいっそのこと、という気持ちになったらしい。

「俺たちはゲームをしていなかったら会えないんだ。お前は何度でも俺に復讐できる。嬉しい話だろう?」
「……それで、お前は何が楽しい」

何が?この男はそんなこともわからないのか!わからないから続けられているとも言えるが、フレディは一足す一は二だと教えるように教えてやろうと唇の端をあげる。レオに放り投げられたパペットに向けて信号銃を撃つと、びくりとレオが震えた。乱暴者に見せかけて、子犬のように臆病な男。

「ゲームだ、レオ。俺はゲームがしたいんだよ!悔しかったら勝ってみろ」
「性悪め」
「かもな」

レオはいつまでも気づかずに、堂々巡りで元に戻る。時間切れの合図が鳴って、来た時同様に強制的に戻される。レオはレオで同じ目に遭っているか、はたまたあの思い出の場所で地団駄を踏んでいるか、その様子を見られないのは実に残念だった。

 出会ったその時から、自分たちは延々とゲームを続けているのだ。場所と役割が変わろうとも、フレディに負けるつもりは少しもない。一回戦では自分が勝った。この荘園での戦いはどんな気分にさせてくれるだろう。

仲間たちの喝采に応えるように気取って頭を下げると、フレディは前歯を光らせて笑った。


〆.