ORIGINAL NOVEL
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GHOST AUCTION


◆オークションに先立って

 幽霊の話をしましょう。今時幽霊なくしては生活は干からび、不便で、まるで地に足がつかないように落ち着きませんね。とは言え、幽霊にもピンからキリがございます。野良の幽霊を捕まえてもロクな働きをしないとなれば無駄な拾い物、捨てるにも随分手間がかかりますから慎重に選ぶべきでしょう。

 幸にして、本オークションに出揃いますのは一定の品質が保証された幽霊ばかりです。物見遊山でも話の種でもよし、実際的な利用もよし、観賞用にするでもよし、よくよくご覧になってご自分に合った素敵な幽霊をお選びください。

 さあ、どうぞ。




◆バナナ・ピクニック

 本当は名前なんてつけない方が良いってわかってるんだ。でもおじいちゃんがつけちゃって……名前で呼ぶと喜んでいるみたいだから、良かったら「野点くん」って呼んであげてよ。そう、野点くん。野点くんは家族でピクニックに出かけたある日、家に帰ったら食器棚に住んでいるのを見つけたんだ。ちょっと湿気が多い時期だったのに、僕が掃除をサボったのがいけないかもしれない。

 僕の家は本当に幽霊が多くて、家の価値は上がるけど、住むにはどんどん狭くなるばっかりで全然良いことなんてありやしない。僕たちの家なのに!幽霊なんて勝手だよ、何かしてくれるでもないしさ。おばあちゃんは幽霊から家賃を取れないなんて損だって嘆いてた。でもさ、でもさ……ううん、良いんだ。僕たちと幽霊は違う世界の生き物だもの。

 野点くんは、どこからか来たんじゃなくて、もしかしたら急に食器棚に生まれたのかもしれない。野点くんが来る前から、食器棚にバナナを入れておくと本数が足りなくなっていたことが何回かあったから、多分あの時には育ち始めていたんだろうね。ピクニックから帰った時には、大人一人分の幽霊が食器棚にみっちり入ってたんだ。

 お母さんは食器が割れてないか心配してたよ。大丈夫、流石にそれくらいは気をつけてくれてたみたい。だから、安全性は保証できる。これって大事なことだよね?

 本当ならそこで捨てちゃおうかって話になるんだけど、おじいちゃんが野点くんを気に入ったんだ。ピクニックに出かけた日に来たなら、野点くんと呼ぼうってその場で決めたんだよ。おじいちゃんは茶道をやってたのかって?うん、確か水をお茶に変える修行みたいなものをしてたっておばあちゃんに聞いたことがある。すごい人は水をワインに変えられるって本当かな。

 ともかく、さっきも言った通り、うちにはたくさん幽霊がいるんだけど、野点くんはおじいちゃんの一番のお気に入りだった。おじいちゃんがバナナをあげたり、みんなが寝静まった頃にボソボソ話しているのを見たことがあるよ。野点くんは何を話してるかよくわからないし、僕からしたら真っ暗な穴みたいな顔がちょっと怖かった。

 まだ成長途中なのかもしれない。円天城の幽霊って知ってる?ここから遊覧船が出ているお城の幽霊だよ。三百年もすれば、まっさらな幽霊でもあんな風に綺麗なお姫様にだってなれる。ああいうのを、完成された幽霊って言うらしいね。野点くんはそうだな――ようやく六歳くらいかも。

 ご飯を食べるたびに、食器棚にいる野点くんからバナナの匂いがするからちょっと嫌だったな。だから、あなたがバナナを好きじゃなかったらお勧めできないや。好き?じゃあ気が合うね。おやつを食べる部屋に住んでもらったら、そりゃもう幸せだよ。時々バナナをあげるのを忘れないでね。

 ああ、うん、大事なことを言い忘れてた。おじいちゃんは野点くんを気に入ってたんだけど、もういないんだよ。もしかしたらどこかにいるかもしれないけれど、今はわからない。だから、野点くんも気分転換したほうが良いって僕たちは思ったんだ。うちには幽霊がたくさんいるし、野点くんを見たらおじいちゃんを思い出すからね。

 多分野点くんはあなたのお家に行くのを喜ぶと思う。だって、ピクニックの日にうちに来たんだからね。




◆はんぶん

 あら、盗んだものじゃありませんよ。もう使い物にならないからって、お店を畳む時にもらったんです。なんやかや私も十年勤めていましたから、一ヶ月分のお給金の代わりにいただいてもおかしくないでしょう?

 駅前の、教会と神社の間を抜けた裏通りのティーショップを覚えてらっしゃいますか。そうそう、いつからあるのかわからないくらい古いお店。オレンジ色の屋根が目印の。先月閉めたんです。もうこういうご時世ですから。

 この幽霊が生まれた時のことはよく覚えていますよ。だって、私の目の前で起きたんです。なかなか忘れられませんよね。ティーカップが縦にこうして半分、中に入っていた紅茶もそのままに残るなんてあり得ない。幽霊でもなければそうそうお目にかかれないって保証できます。

 良いお値段をつけてください。ほら、少しも中身が溢れてこない。カップに触ってみればわかる通り、まだ温かいんです。飲むことだってできるんですよ、ええ。

 この幽霊が生まれた頃は毎日夕方過ぎになると来る常連のお客さんがいて、決まってオレンジトーストとアールグレイティーを頼んでいました。トーストを薄くカリカリに焼いて、バターとラム酒で蕩した熱々のオレンジを乗せたオレンジトーストは、うちの店の看板メニューでした。七分はちみつで味付けした、こっくりしていて病みつきの一品でね。あら、レシピは秘密です。別料金なら、まあ――考えないではありませんけど。

 その常連のお客さんは、窓際の決まった席に座っていました。まずは一口お茶を飲んだ後、オレンジトーストを半分食べたくらいの頃に窓の外を見るんです。晴れの日も、雨の日も。きっと誰かを待っていたんだと思います。ティーカップを持ち上げて、外に見せるようにした後何でもなかったように食事に戻ったら、もう外なんて目もくれない。まるで作業みたいな食べ方で平らげるものだから、あの人は本当に味がわかるんだろうかって、店長が不思議がってました。お代をいただければ取立てて文句を言うようなことでもありませんけれどもね。

 そんな日が来る日も来る日も続いて、流石の私も窓の外が気になって仕方がないようになりました。仕事がなければ見たでしょうね。でも、いつだってちょうど混む時間帯だったものだから、ずっと見られないままだったんです。

 あの日が来なかったら、私は知らないまま、こんなカップもこの世に生まれなかったでしょう。まだバター衣の製造工場があったせいで混み合った店内は、その日に限って少しも隙間がないくらいにぎゅうぎゅう詰めでした。決起会だ、ってマーマレードのお酒を回し飲みする工場の人で満杯だったんです。

 だから常連さんが決まったようにお店に来ても、いつもの席にご案内できませんでした。席の予約は取っていませんからね。少しびっくりされていたようでしたけれども、すんなり了解してくれました。それで、いつもとは反対側を向いた窓際の席を案内したんです。外が見えれば良いだろうって、考えて選んだんですよ。そうすれば明日も気持ちよく来てくれるんだろうなって。

 オレンジトーストとアールグレイティーをお席に運んだ後、店長に決起会の世話はしなくても良いと言われた私は、ちょうど窓の外が見える場所に立てたんです。こう、店の全体が見える場所でね。あの人はそれは美味しそうにトーストを齧っていました。新しい席で食べても、美味しいものには変わりありませんからね。そうしてカップを手にして外を見て――ガシャン、ってカップを落っことしたんです。まるで夢みたいにカップが真っ二つになったの。この幽霊がなかったら信じられないでしょうね。

 あの人の目の先を見たら、一体何が起きたかわかって悲しくなった。お客さんが反対側から見た、今まで挨拶していた相手は向かいの古いビルにある彫像だったの。光の加減か、それこそ幽霊が張り付いていたんじゃないかしら。お客さんはきっと、ずっと生きてる人だと思い込んでいたんです。

 反対側の席からは魔法が解けて、あれはただの彫像だった。立ち上がったお客さんに決起会の人がイチャモンをつけてたけど、それを振り払ってお客さんは外に出たの。誰かの名前を叫んでいるみたいだった。

 それで?ええ、その後は通りに出たお客さんが路面電車に轢かれてそれきり。人を呼んで、店の中に戻ったら半分だけのカップがあの彫像に向かって掲げられていたわ。何が良かったのかしら?あんな冷たいものなんて、このカップの温もりほどにも意味がなかったのに。結局、残されたのはこのカップだけ。物珍しがって随分たくさんの人が観に来たわ。おかげで店は大繁盛。確か、観光ガイドにも載ったことがあるのよ。

 最新式の幽霊屋敷や幽霊店の類が流行るようになるまでは、偶然生まれたこの手の幽霊が持て囃されていたなんて、あなたに言ってもピンとこないでしょうね。なんにせよ、昔の話なんだわ。十年なんて、本当に遠い遠い昔、月の裏側くらい離れて見えやしない。

 ……不思議ね。店は閉まって、残されたカップだけが私と一緒にここに来ている。あの人のことを覚えてるのだって、もう私くらいなんだわ。ああ、懐かしい匂いがする。近づいてみて?そう、オレンジの良い匂いがするの。

 夕方、決まった時間になったらこうしてお茶が入ります。飲んでみれば少しだけしょっぱくて、切ないお話を書くにはピッタリだわ。それこそあの彫像の話なんてどうかしら。綺麗で、人手なしで、こちらになって少しも振り向きもしないあの彫像。

 あれは芸術の神様だったそうよ。




◆夢中夢

 見えますか?良かったら、どんなものが見えたか教えてください。……ええ、ええ、間違いない。この幽霊があなたも得ているようで良かった。まだ本当にここに残っているのか、鑑定にかけた後でも不安でしてね。

 ああ、私には何も見えないのです。こちらだろうと彼方だろうと、全部真っ暗になってしまった。はは、説明はこの目の話じゃありませんから安心して聞いてください。誰も目を失った話なんて用がないことくらいわかっていますとも。

 この舞い飛んでいる蝶たちが売り物です。本体はこちら。箱の中を見ていただいても?多分私の記憶の通りなら、ずらりと並んだ蛹たちが見えるはずです。箱を振ってごらんなさい。カラカラ音がするでしょう。みんなね、何かになることもなく眠りについたままのものたちですよ。

 蛹の中身がどうなっているのかを見たことはありませんが、きっと柔らかい生き物がぎっしりと詰まっていたでしょうね。蛹は常に夢を見ると言いますし、私が幼い頃は縁起物で、旅立ちには欠かせない贈り物として珍重されておりました。旅の合間に箱の隙間を覗いて、夢の切れ端を垣間見ようと必死だったなんて信じられますか?

 最近では、代わりに死者の靴を持ってゆく人がいると伺いました。幽霊に足はありませんが、ひどく早いからあやかろうとね。面白い考え方ですが、それこそ生き急ぎすぎだと思いますよ。魂まで飛ばしてしまったら、たどり着けるものもたどり着けないじゃありませんか。

 どんな蝶が見えたか、教えてください。青、赤、黄色、目にも鮮やかなダイヤモンドにルビー、太陽よりも綺麗だなんて言われたらば蛹たちも浮かばれるというものです。外の世界を見たのは一度きり、どんな姿で出て行こうか考えながら眠りに落ちた夢の果て、だからこその無限の姿がここにある。

 お分かりでしょう?こんな蝶などどこにも存在しませんからね。きっと普通の蛹たちは、起きた時にガッカリするんじゃないでしょうか。起きないこともまた、幸せの一つというわけです。

 実は、この蛹は私の友人が集めたものでしてね。私が前髪を長くした少年の頃に、夏休みの間だけ友人になった少女がみんなくれました。旅から旅を生きる彼女と仲間達には、蛹はつきものだったんです。あの子もいつかはどんな風になろうかと想像しながら、籠に揺られて移動していました。ええ、綺麗な子でしたよ。あの頃は私も目がよく見えて良かった。今でも彼女の顔は易々と思い出せます。

 だから、でしょうね。私はあの子に行って欲しくなかった。彼女のいない残りの世界が寂しいことはわかりきっていて、大きくなった彼女がどんなに外の世界を魅了するのか簡単に想像できたんです。今思えば、私は早熟だったのかもしれません。私が前髪を切って渡しても、彼女はただ笑うばかりだった。明日には行くのよ、と見せてくれたのがこの蛹たちです。一緒に夢を見て蝶になるの、なんてね。私の気も知らないで。

 別れを告げる宴会の裏側、私は銀の針を持って籠に近づきました。箱の中から夢が漏れてきて、本当に綺麗だった――多分、あなたが今見ている光景のようなものを見たのでしょう。一つ一つの蛹を確かめて、針で貫いて夢を夢のままにさせた私は残酷だったでしょうか?

 少し前なら、私は自分を罪深いものだと認めたでしょう。でも今はもしかしたら、自分は慈悲深かったかもしれないと思うんです。だって目が覚めた後は、夢ほど綺麗になるだなんてあり得ませんよ。現実は夢よりもっと色褪せて厳しいものなんだ。

 翌朝、旅立つ時に彼女がこの箱を丸ごとくれたんです。どこにも行けないあなたでも、せめて夢が一緒にいたら寂しくないでしょうとね。最後まで他人の心がわからない人だった。彼女が今どうなっているかはわかりません。私はその日から幽霊を見るようになり、もう何年も何十年も経ちます。

 まぶたの裏にはまだ幽霊の残像が見えます。チカチカと眩しくてね。どこもかしこも真っ暗だっていうのに。え、私の夢ですか?面白いことを聞きますね。

 もちろん、蝶になることですよ。




◆あの子に送った手紙

 よく来てくれたわね。あらあらあらあら、ちゃんと見て!私が持ってきたのはどれも一級品なんだから。幽霊は大きければ大きいほど良いってものでも――コホン。

 ゆっくりそのまま近づいて。見えてきた見えてきた!ね、本物でしょう。これね、切手。切手の幽霊。小さくて薄っぺらくて、それでも確かに存在してる。すごいでしょう。

 私は手紙を集めるのが趣味なの。古い手紙ばかりよ。中身がぎっしり詰まって過去から今にも伝わる手紙だなんて、どんなに大事にされてたのかしら?考えるだけでワクワクしてくるわ。封筒に触るだけで景色が目に浮かぶ。世界中を回って手に入れてきたのよ。自分宛だけじゃ感じられない喜び、自分宛じゃないからこそ楽しめる物語がここにはあるの。中でも私のお気に入りはなんだと思う?

 恋人への最後の手紙、母親への感謝、昇進の辞令に結婚の報告、突然の逝去のお知らせ、なるほどなるほど、あなたもいろいろな手紙を見てきたのね。あなた自身もよく書くのかしら。いつか私にも見せてちょうだい――私宛じゃないものをね。もちろんよ。

 答え合わせといきましょうか。私のお気に入りはね、出せなかった手紙。出したくても出せなくて、ずっと引き出しの奥に入れていたものがいっとう好きよ。何度も出そうとして失敗した封筒や、書き直してビリビリになった便箋、訂正された宛名書き。あともう少しで出すだけだったのに、っていつも思う。出せないには出せないなりの理由があったはずだわ、ロマンね。

 そこでようやく出たのがこちらの切手の幽霊というわけなの。まっさらな、出されなかった手紙にしか生じないお値打ちものよ。幽霊として売る理由は簡単、これはまだ使えるものなの。

 この切手を封筒に貼って、宛名書きをすればいつかどこかの昔に向かって手紙を送れるわ。本当よ?だって考えてもみて、私たちが普段使う切手は未来に出す手紙のためのものでしょう。幽霊は過去にいるものだから、過去に引きずられる性質があるの。過去に向かって生きることのできない私たちが、振り返った向こう側に出したければ幽霊を使わない手はないわね。

 信じられないなら、こう言いましょうか。私がこうしてここで切手の幽霊を出すのは、ある手紙を受け取ったからなの。夕焼けが染み込んだ手紙、涙でシワシワになった手紙、破りかけた手紙、私が欲しいのはいつも中身の方なのにね。あなたは居るかしら?記憶の中で、送れば良かったと思う相手が、うしろ髪引かれる心残りが。

 書いてごらんなさいな、過去に向かって。わたしたちの矢羽はどこまでも明日しか見えないもの。良い?書いたらこの切手を貼って、その切手に負けないくらい強く念じるのよ。

 どうか届きますように、って。




◆遙かな調べ

 良い音でしょう。どんな曲かは知りませんが、きっと良い音に響いていると思います。楽器もなければ演奏者もいない、ならば幽霊だ――なるほどなるほど、ご明察です。素晴らしい!良い耳をお持ちの方にこそ、この幽霊はおあつらえ向きですよ。私はこう見えて利き耳だけはよくてね、その形を見ればピタリと当てることだってできるんだ。

 お聞かせしたのはこの五線譜。ご覧の通りにまっさら、ただし年季はどっしりしてます。書きたくて書きたくて、でも結局書けなかったのか――そもそもまるで書けなかったのか。残念ながら私は聞くのが専門でして、書く方はさっぱりですよ。少しでも才能があったらなあ、と思う余地もありませんね。なくて良かった、とは思いますが。

 耳ばかり見てるとね、いろんなことがわかるんです。耳の形は指紋よりもごまかせないと言ったら、わかってもらえますかね。医者の前に首を晒すよりも正確に言い当てる自信がありますよ。あなたの生き方は――いえ、よそ聞をするのはよしましょう。

 さあて本題に入りましょう、あなたの気が削がれないうちに!この五線譜こそは音符の幽霊、いつ住み着いたか曰くもわかりませんが、こうして指でなぞれば不思議といい音色を立てる。触ってごらんなさい、食いちぎられやしませんから。――ね、ね!あなたの耳に届いた音と、私の耳に届いた音はまるで違うでしょうが、なんにしたって良い音には違いありません。

 手に入れたのは、もう耳を無くしてしまった人に、代わりの耳を探している時でしてね。驚いたもんだ、耳がなくなって聞こえるって言うんですから!最初はバカにされているような気もしましたよ。そりゃあ耳あっての仕事をしてますし。他人の耳の方が出来が良いだなんて、そうそう簡単には認められやしません。

 聞いた話が確かであれば、この五線譜は昔々のいるはずのなかった作曲家が死んだ時に握りしめていたものだそうです。実際しわくちゃなのはそのせいでしょう、ええ、ええ。その人はね、他の大先生の名前で曲を出していたんですよ――『自分』なんてものはなしに音だけを世に送り出していたんだ。こっちの方が幽霊になりそうなものがねえ、世の中は皮肉なものです。残ったのはこの五線譜、何か書かれるかもしれなかった、可能性だらけの五線譜です。もしかしたら、名曲が、今度こそ『自分』の名を冠したものができた、そんな希望の名残でしょう。

 ……時々、この音はどこからくるんだろう、って自分で触っていても不思議に思うんです。頭の中にだけ響く良い音だ。耳のあるなしも、聞いているのが誰であるかも関係なく素敵なものを聞いている。それって結局、どういうことなんでしょう?訳のわからないものを売りつけるつもりはありませんが、不思議は不思議でしてね。もし、あなたが秘密を突き止めたらば、この耳に届いて欲しいものです。

 グッと音を辿って行ってください。切れ端を掴んだらこの五線譜の上に書き留めるんだ、そうしたらもう何も聞こえなくなるかもしれませんし、あるいはそれこそ、この世で一番綺麗な音が響くかもしれません。私?私はどうにも興味が湧きませんで。

 指をどうぞ。指揮棒はあなたの指先だ、ずーっと先までなぞってください、終わりまで。




◆集いの輪

 お腹が減っていませんか?そろそろお疲れでしょう。もちろん商談を続ける必要はありますが、それにしたって少しは休んでも良さそうなものじゃないですか。ねえ、お座りなさいな。

 見てください、良いお皿でしょう。両手で抱えてまだ余って、少しばかり縁が盛り上がって。絵柄はありふれた吉祥紋の類ですが、昨今なかなか作れない、失われた名工の技術――とまで言うとお手盛り。昔の、当時では極ありふれたハレの日に使われてきた皿です。骨董品としてもそれなりのお値段ですが、これはさらに特別。ここに参加している通りの幽霊付きです。

 さあ目を凝らして。目を逸らさないでください、そのまま。

――ご馳走よ、出ろ!出ろ!出ろ!

 ほうら出た。どうです、これはなんでしょうね……砂漠の国に聞く、葡萄と羊肉の羹かしら。いえね、私は若い頃随分あちこちで行商をしていたものだから、ちょっとはわかるんです。これは友人を艦隊するための料理ですね。フォークをどうぞ。本当に食べられますよ……お腹にはたまりませんけど。

 おわかりいただけましたか。こんな風に願えば、世界のどこかでこのお皿を囲んだ味わいが幽霊になって現れてくれる、そういう皿なんです。面白いでしょう?なんならこの皿に載った料理だけで、ざっと数冊の本が書けますよ。世界を巡り巡って楽しんだ私が言うのだから間違いなし、太鼓判を押しますとも。はは、フォークを止めるのも難しそうだ。良いですよ、全部食べてください。どうせまだまだ出るんですから。

 私は昔、南の熱い国で幻光都市に紛れてしまいましてね。死ぬにはまだ早いって言うのに、行き着く先はどこも幽霊でいっぱいで、あちらさんも遠くに行こうと必死なものだから誰も話を聞いてくれやしない。おまけにお腹も空いてどうしようもなくて、ああこのまま自分も幽霊になるしかないのか、って随分思い詰めましたよ。

 そうしたらば、今私がここにいるように助けというのはひょんなことから訪れるものなんです。都市を歩いていたお婆さんがこの皿を渡しにくれたんです。少しの間我慢すれば、まっすぐな道に戻れるとね。本当に助かりました。命拾いしたんですよ。歩いて歩いて歩いて――あんなに歩いたのはあれきりだ。

 どうしてこの皿を私にくれたのか、この皿がどんな曰くつきなのかは今でもわかりません。ただ想像だけはできるんですよ――確かに誰かがこの大皿を囲んで、誰かと楽しんでいたってね。食べたあなたにもわかるでしょう、この賑やかさが。懐かしくて、温かくて、どうしても泣きたくなる。けれどもやめられない。良い皿です。

手放したくないんじゃないかって?いえいえ。今度は私が誰かにこの皿を渡す番なんですよ、それだけははっきりわかってます。時は巡り巡るもの、落ちぬ星はなし、沈まぬ太陽はなし。

 この前ね、皿に思い出を願ったんです。親兄弟や、友人と囲んだある日の贅沢な一皿を。そしたらどうでしょう、いつも突拍子もないものばかり出す皿がすんなりと出してくれたんですよ。食べてわかった。これが私の一番食べたかったものなんだってね。だからもう、楽しい他人の食事は私には無用という訳です。

 あなたにはまだまだ色んなご馳走を食べる余裕がありそうだ。さあ願ってください、どんなものをお望みですか?

 ご馳走よ、出ろ!出ろ!出ろ!




◆偽物/似せ物

 マサカイ!なんだって席を立つんだ、君が売り込まなければ売れるものも売れないではないか。私は別にどちらでも――マサカイ!全く、話にならん。

仕方あるまい、私自ら説明するとしよう。売り物に説明させる商人があるかね?まあ、お察しの通りあの男は男は到底堅気の輩などではない。お近づきになりたくない類の人間なのだ。数多の生身の人間を見てきた私が言うのだから信じるに足るとも。

 この私こそ――フェロー伯爵、またはスイッツ博士、並びにボーボンド社長の幽霊だったものだ。何?どれも違う人間だろうと?そうとも。嬉しいものだな、きょうび今挙げた人間を知る者は少ない。時代が流れるとはそういう……いや失敬、本題に入るとしよう。君たちの時間には限りがあるのだからね。

 もちろん私は、先ほど挙げた人物のどれでもない。誰でもない。確か、記憶にある限りではさる屋敷に突然生まれたのだ。元々生きていたかさえもわからん。ただ、何かいると思われた場所に出たのだけは違いないよ。そうでなければ、こんな生業――死業と言うべきか?を営む羽目にはならなかっただろうからな。

 最初はドナとかナントとか、そんなあたりの古い屋敷でな。夜中になるとぼんやりしているうちに私の周りに人間が集まってくるのだ。どうやら私がその屋敷で無惨な死に方をした誰それに見えていたらしい。失礼な話ではないかね?もしかしたら本当かもしれないが、私は至って正気、正真正銘の幽霊として話を聞いているのだから。その辺の質の低い連中と一緒くたにされてがかなわん。

 ともかく誰であるかは別として、本物であることは認められたが故に、私は世界中の屋敷を巡ることになった。ここにはいそうだ、と思うところにはまさしく幽霊がいる必要があるのだよ。家には物語があるべきだからね。だからこそ、今でもこうして幽霊は高く取引されているのだし、私には数々の鑑別書もついている。安心したまえ。

 私なら、多少の設定をくれればいくらでも成り代わって見せよう。見た目などどうとでもなるし、私は暇だ。時々、話し相手になってくれたならばそれでいい。生きている時間は短い!屋敷も所詮は形あるものだからな、崩されたならば私には居場所さえないという始末だ。

 ここに来たのは先ほどのヤクザものが、屋敷の主人から賭けで私を巻き上げたからに過ぎん。あの男は本当は――なかなか興味深いのだが、本人に直接話を聞いた方が良かろう。煙に巻かれるか騙されるか、運に任せてみても面白い。いずれにせよ、私には関係のない話だ。寄り道に惑わされる暇はない。

 さあどうかね、本物の偽物というものは。どんな本物も、たちどころに見抜いてなりすまして見せよう。偽物は言うまでもない。私こそが真実にして唯一解なのだ。見たいものはあるかね、君。覚悟を決めたまえ。

 君が見たいものを、見せてあげよう。




◆秘密の花園

 どうぞこちらに。よければ靴を脱いで、裸足でいらしてください。しっとりとして気持ちがいいでしょう。今どきこんなに具合のいい草地、なかなかお目にかかれませんよ。

 こんな建物の中にどうやって、ですって?ふふ、オークションにいらしたというのに面白いことを仰いますね。もちろん、幽霊に決まっているじゃありませんか。あなたの足に触れた緑も、あちらに見える沢も花も全部が幽霊。この扉の向こうから顔を覗かせた切れ端――そんなところです。

 奥庭をご存知ですか。あるいは秘密の花園。誰しも一つは持ちたい、夢のような場所です。とはいえ世知辛いもので、そう簡単には手が届かない上に場所もとるのが現実、という切ないお話を何度も耳にしました。

 ですが、ご安心ください。こちらの扉であれば、どんな花園も持つことができます。やり方は簡単。こうやって扉を閉じて――ほんの少しだけ、開く。ええ、先ほどまで、この扉は裏木戸でした。今はご覧の枝垂れ柳。奥を覗いてみてください。

 ここはどこでしょうね、あれは東の国でお殿様が拵えた兎小屋。ふわふわした白いてんが見えるでしょう。きっと話に聞く、笑うたびに口から兎を取り出したお殿様の庭に違いありません。こちらにまで兎の毛が散って、匂いまでする気がします。実際するんです――するんでしょうよ。私も、真偽の程はいつまで経ってもわかりません。

 扉が繋ぐのはいつかどこかの誰かの庭。あるかもしれませんし、失われたものかもしれませんし、もしかしたら頭の中にしかないものかもしれません。誰にも確かめられないものですからね、でも大事なのはもっと他のこと。

 この幽霊の始まりは、小さな女の子でした。寂しがり屋で、友達もいなかった子供にとって、庭いじりはどんなに慰めになったでしょう。扉を開くたびに嬉しかったんでしょうね、そんな気持ちは庭にはいつも溢れてる。笑い声だって聞こえてきそうです。

 もうその花園は失われてしまいましたが、扉は全部覚えていました。いつか、誰かが庭の主人になってくれる。扉を開いて、向こう側の喜びを楽しんでくれるってね。扉を開いたあなたにはわかるでしょう?

 扉の先には誰かの庭が待っています。たった一人で抱えた秘密、思い出、夢、いろんなものを詰め込んで。少し扉を開ければこぼれ出す庭を、あなたは眺めれば良い。簡単で素敵でしょう?

 ふふ、用心深いですね。扉の先には行けるのかどうか、疑問に思われても不思議はありません。お気に入りの庭を見つけたら、自分のものにしたくなりますから。行けますとも、もちろん。花園には主人が必要です。相応しい場所を見つけたらば、いつでもこの扉を潜り抜けてください。あなただけの幸せの場所、奥庭へ。

 そこはあなただけのものです。それこそ、扉なんていらなくなるくらいに。




◆スポットライト

 眩しい?悪いな、ちょっとずれてくれ。――こんなもんだろう。見えるかい、この光が。どんな場所でも周りを暗くしてパァッと光るんだ。どこだって舞台で、スポットライトが当たるところが唯一見えるべきものだって言われているような気がするよ。盛り上がってきたかい?ワクワクするだろう。

 駄目か。うん、芝居くさいって言われても仕方がないな。俺は役者なんだ。話し方も読み書きも、生き方だってみんな舞台の上で学んだ。俺の人生は脚本の中にしかないと言ったら、あんたは俺を憐んでくれるかい?なら、その分値段には色をつけてくれ。カーテンコールで投げる花束よりももっと豪華なやつがいいな。

 俺がいたのはト……地方都市の中央劇場だよ。この幽霊も同じさ。俺はこいつに魅入られて、舞台を降りてもずっと一緒にいる。因果なもんだよ、俺は舞台じゃちっとも芽が出なかったんだ。ずっと憧れて、そのためだけに生きてきたって言うのにさ。

 役者なら当たり前の話、観客にしてみたら狂っているように聞こえるかもしれない話だが、役者っていうのは叩き上げから芸術院出身の生え抜きまで、揃いも揃ってスポットライトを浴びる日ばかり考えてるんだ。劇ってのは最低でも三日はかかるものだから、その節目節目にかかるスポットライトほど良いものはないね。浴びれば拍手喝采、生きてるって実感できるってわけさ。

 劇を観たことはあるかい?近頃じゃ一ヶ月半もかかる作品が出たらしい。出る側も観る側も体力外必要な代物だから、きっと上演は一度限りなんだろうな。消耗品だよ、全く使い捨ての消耗品に成り下がってる。俺が上がってた頃は考えられなかった話だ。全く世の中変わっちまった!

 話を戻そう。早くばかりの俺が幽霊に気づいたのは、ある千秋楽の夜だった。客もすっかり横になって寝て、役者もてんでんばらばらに楽屋に寝っ転がってさ。俺はせめて今の時間だけなら、ほんの少しくらい自分に光が当たるんじゃないかって、舞台によじ登ったんだよ。本当は俺みたいな奴は出番以外で上がっちゃいけないんだ。舞台の上で寝ていたのは二、三人、いやほとんど誰もいないようなもんだ、この瞬間だけは俺のための舞台にしたっていいじゃないかってね――追い詰められていたんだ、なんだってやるさ。

 けどなあ、覚悟を決めて照明係に声をかけようとしたら、誰も立っていないのに光が舞台を照らしているじゃないか。影ばっかりが縮んでは伸びて伸びては縮み、一体これはなんの役だろうってよくよく見ても誰もいない。もちろんセリフなんて一つもない。

 見てくれ、ほら、ほら!こんな風に幽霊は出てきて勝手に劇を始めるんだ。今日のはなんだろうな、ハシカネズミと真っ赤な毛布の、あのハシカネズミが死ぬところのような気がする。名作だよ!観たことがないなら観た方がいい。なるほど、この悲哀は手の震えからもわかるんだな――良い役者だよ、本当に。細かいところまで丁寧に仕上げてくるもんだ。

 これは俺の予想だが、こいつは今まで光を当ててきたいろんな舞台が染み付いているんだろう。劇の中で一番輝いている見所で、舞台に上がる人間が憧れてやまない瞬間を映し出してくれるんだ。泣けるじゃないか、そんな光は俺自身にはちっとも当たりゃしない!初めてこいつの光に当たった時は、本当に嬉しかった。影が俺じゃなくても構わないくらいに夢中で、鼻高々だったもんさ。馬鹿だな。ああ、泣いちゃいない。泣いちゃいないったら!大根役者の演技くらい見抜いてくれよ。

 俺は役者だった、役者なんだよ。こいつも俺を気に入ってくれたんだろう、でもこのままじゃあ俺は生きるに生きれない。俺という役は俺が選んだ光に当たらなかったら、意味がないんだ。幕引きは俺が決める。

 さあ、最高の舞台の一幕をご覧あれ。一度目にすれば夢心地、一生病みつきになれる役柄を見つけられるでしょう。演技が初めてでも大丈夫。スポットライトを浴びる喜びを、無数の人間たちが味わった恍惚を存分にお楽しみください。

 私の役はここまで。次はあなたの番です。




◆大魚

 釣りは好きかい?泳ぐ方が好きか。ま、それでも構わないよ。この釣りはそんなに手間がかからないからね。見てくれ、この網。触ってみればわかる通りに、軽くて大きくて簡単に広がる。釣りの楽しみは色々あるけれども、アタシはやっぱり釣れた瞬間が一番だと思うな。

 船には幽霊がつきもので、今でも定期的に海に幽霊を漁りに行く人がいるんだ。昔ほどには大きなものはないって言うけれど、それでもとれたての幽霊は一番だって、高値が付くらしいね。都の人も変わった趣味を持ってるもんだよ。

 幽霊を釣りに行くには道具が要る。幽霊には幽霊を、だからこれはその幽霊を釣るための網。一度手を振れば城一つを遥かに超えて広がって、網の中では幽霊の宴会場が開ける。船で出かけて、網を張ったら海市の日まで置いておく。海市が立ったら、海の底が開くからね、網を引き上げて陸にまっしぐらさ。

 先月は大時化のせいで、せっかく網にかかった幽霊どもが波に吸い上げられちまった。生まれたての蜃気楼が育ってゆくのを見るのが楽しみだってのに、もったいないことをしたね。お天道さんには勝てないな。

 幽霊の網だって、天然物の方がいい。最近は紛い物が多くて、太公望が休みの日だけ何人も現れては「釣らないために出かけていくんだ」って強がりを言うよ。可哀想にね。大枚叩いたって意味がないんだよ。

 ただ、この網は網元に分けてもらわないと作れないものだから、船頭以外には向かないな。太公望さんには悪いけど、商売の秘密はそう言うものだろう。アタシは秘密を売りにきたってわけ。値は張るよ、ビタ一文だって負けないね。これでも海市の競りで何度も天辺をもらった身の上だ。

 アタシは海の深くから来た。母親はフカで、父親は海坊主。船乗りになるために生まれてきたようなもんだろう?逆を言えば、海から上がって暮らすなんて、尻尾を切ってもできやしない。――けどさ、けどさ!できるって言われたんだよ。仲間内で何人か陸に上がった奴を見て、アタシも覚悟ができた。珊瑚の森を抜けて、砂浜の向こうにずっと広がる場所があるって聞いてから、一度は行きたいって憧れててさ。今日、船桶に収まってるのはこういう事情。

 悔しいけれど、海市のお金は陸には通用しない。売り捌くには網元の許可がいるし、そうなったらアタシが売れるのはこの商売道具だけなんだ。わかっとくれよ!売れたらどうするかって……最初はここに来る途中で見たるな・ぱあくに行くんだ。海馬と乗り心地は違うんだろう?きっと優しいんだろうね。陸に波はないから。

 昔、網にかかった人間に聞いたことがあるんだ。陸はとっても優しいって。だからあんたもそんな出会いがあると良い。優しくて、どうしようもなく欲しくなるようなものが網にかかるかもしれない。コツは簡単、網の端を掴んだら一息に投げるんだよ。ためらうんじゃない。

 大きい魚を、釣ろうじゃないか。




◆無限

 偉大なる可能性の主人よ!満々たるその富の一部隣とも、ぜひ私めに解放してくださいますよう。何よりも健康と益々の繁栄をお祈り申し上げる。焦らず焦らず、お互い長旅の途中ですから、ゆるりと参りましょう。

 おっと、気をつけてくださいよ。落としたはずみに他所にくっ付いたら剥がすのが面倒だ。はい、0。0ですとも。どれも皆揺るぎない『ない』を抱いております。数字にだって幽霊があっても良いでしょう。考えてもみてください、数字とはなんでしょうか。りんごが一個、目玉が三つ、数えることはできますが、結局数字そのものはどこにも存在しません。

 この世にないものを私たちは共通の『ある』として見ている。まさに幽霊じゃありませんか?見えない、聞こえない、触れない、けれどもあるのだと誰もが認めているんです、何より機能的で便利なものでもある。

 数字は0から9、あるいは書き方を変えていくらでもご用意できますが、『ない』を象徴する0にこそ最も力があると私は常々思っておりました。ですが、『ない』を『ある』に完全に切り替える、これがまた難航いたしまして、眠れぬ夜が幾百超えて降る星の如く、かの物語る姫に近づこうという頃になってようやく幽霊の抽出に成功したのでございます。

 人口幽霊は最近劣化が激しいと言われておりますが、本オークションに出品できていることこそが誉。ご安心ください、堂々たる0としての役目をご覧に入れましょう。

 0の使い道は、誰でもよくご存知ではないでしょうか。いやいや謙遜なさいますな!あるものをなくすには十分十分。まずは一つの0をご用意いただきます。こちらのりんごをご覧ください。りんごが一個、0を振りかけますと……りんごは『0』になります。もちろん、本当に消え失せるはずはございません。ただ私たちは0だと、0だけを認識するようになるのでございます。現にこうして0を取り払えば、ほら元通り。ご安心いただけましたか?

 かつて、数字とは『ある』しかなかったそうです。奇妙な話で、『ない』から『ある』と申し上げられましょう。ようやく『ない』が追いついた時、人はどれほど落ち着いたことか。世の中にはものが溢れております――幽霊も、人も、何もかも。『ない』を挟んで、少しスッキリしてもいいくらいに。

 ここで一つお得な情報をお伝えしましょう。『ある』を『ない』にする0ですが、『ある』を増やすことだってできるんです。なんでもありですな。

 こちらにお代をご記入くださいませ、『ない』を手にするご主人様。私めは後ろに『0』を添えてお渡しいたします。




◆オークションの終わりに

 いかがでしたでしょうか。お眼鏡にかなう幽霊には出会えましたか?鑑定士をつけて選び抜いた幽霊の数々に迷われることも多かったと思います。今日は本当に大盛況でした。こうして互いに生活を豊かにできるとは、なんと良い時代でしょう!求め求められ支え合う、例えて言うならば紙の表裏の関係の我々にとって、当世は全く住みやすいと断言できます。

 ぜひまたいらしてください。今日手にした楽しみを誰かに渡すもよし、新たな喜びを追加するのもよし、よくよくご相談の上お越しください。では、お気をつけて。

 またのお越しを、この世の向こうでお待ちしております。