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ずっと昔の出来事も、昨日の様にそこにいる


おやすみよい子


 朝、目が覚める。わずかに覚えた空腹に従って朝食への道のりを辿り、途中途中で決まり切った儀礼として洗面所に寄るなどする。朝食は気づけば置いてあるものだし、あるいは作りたい人間が作るものだ。厨房が騒がしいので、今日は誰かが作っているのだろう。すっかり慣れてしまった魔法の館はもはやヴィオレッタの日常の一部だ。床に近い高さを這い回って今日も1日が始まる。

「おはよう、信者ちゃん、リッパーさん」
「おはようございます、ヴィオレッタ」

台所で、踏み台に乗って鍋をかき混ぜていた少女がこちらに気づいて頭を下げる。物言わぬ夢の魔女の信者は誇らしそうで、自分の関わる仕事をやり抜こうという気概に満ちていることが知れた。自分の目線が低いのでわからないが、匂いから察するにおかゆの類だろう。横でリッパーが器用にひねった棒の様な揚げパンを作っている。じゃっと油が跳ねる音がなんとも心地いい。

「油条と言ってね、中国大陸で食べる揚げパンですよ。彼らはこれと米のおかゆを一緒に啜るそうです。炭水化物だらけなのは解せませんが、白黒無常のリクエストでね」
「へえ」

薬味が色々あるんですよ、と並べていくリッパーは文句を言う割には楽しそうだ。思えば、ヴィオレッタはこの館に来てから初めて食べる楽しみというものを知ったのである。親しい人間と食べる食べ物が美味しいことは、知っている。けれども食事自体の美味しさなんて考えられる余裕はどこにもなかったのだ。おまけに最後の方にはせっかく握っていたわずかな温もりさえも遠ざかってしまった。ここにはその両方がある。

 食卓にたどり着くと、天井からぶら下がるフックを利用して体全体を引き起こし、特別製の椅子の上にゆっくりと体を置く。この椅子も仕掛けも仲間であるレオやバルクが設えてくれたものだ。先にカフェオレを飲んでいたジョゼフが静かにカップを持ち上げて朝の挨拶をする。美智子の歌声が聞こえる。生き生きとして、そのくせ生きている者の少ない奇妙な空間は優しい。隣に新しく作られた席に、ちょこちょこと走ってきた少年のようなものが座り、ヴィオレッタの方にぐるんと頭を向けた。

「おはよう、ロビー。よく眠れたかしら?」
「ダメだったよ!なんでだろうね?今日のご飯は何?」
「おかゆと揚げパンだそうよ。無常さんの故郷のものなんですって」
「ふうん」

がっかりしたりウキウキしたりと浮き沈みが激しく、青空の様にすこんと明るい声の調子のロビーはまるで小さな子供同然だ。しかしながら頭は膨らんだ頭陀袋で、中身がなんであるかは本人さえもわかっていない。わずかに作られた口の様な切れ目から物が取り込まれるも、一体どう経めぐるのかも謎に満ちている。残酷な現実がちらつくも、ヴィオレッタは気にせず小さな弟分の気持ちで会話を交わした。

 このところ、ロビーは眠ることに興味があるらしい。正確には、夢を見ることだ。館に突然送り届けられた少年は、自分が何者になっているのかを理解しておらず、生前(どう考えてもそう呼んだ方が適切だろう)の生活をなぞり、たどりーーままならぬ事象に癇癪を起こした。ずっと遊べることは嬉しいけれども、夢の中でなら会えた家族に二度と会えないことが判明してしまったのだ。生きていなければ眠る必要はないので、眠る機能がない。眠れないので夢も見ない。単純な事実である。それでも会いたいのだろうな、とヴィオレッタはロビーの気持ちが痛いほどにわかった。自分はまだ夢を見る。思ったものを見られるわけではないけれども、見たいものが見れた日には嬉しくて泣きそうになる。記憶はいつか寂れて風化してしまうが、手に取るように弄っていたいのだ。

「いい揚げ具合ですね。感心しましたよ」
「あ!さては私が失敗すると思ってましたね?わざわざ出汁までとったのに失礼な」
「ほんに綺麗な狐色やなあ」

白無常が揚げパンの載った皿を抱えて現れたことで、一挙に食卓は賑やかになった。けなされたり褒められたりと忙しいリッパーはそれでも自分の腕に満足しているように見える。ずらりと並んだ面々に、ヴィオレッタはこの館の住人たちが人でなしであろうとも人のような生活感に愛しさを覚えているのだなと微笑んだ。ハスターやイドーラは純粋に興味本位だが、それ以外は皆どこかで経験した生き方をなぞっている。今日はその気が起きた人間が比較的多いらしい。と、本来ならばいるはずの人物の不在に気づき、ヴィオレッタは首を傾げた。

「バルクおじいちゃんは?まだ寝ているのかしら」
「ああ。ここのところーー長くなっている」

バルクは半ば生身、残りは機械という人間だ。誰かを待ち続けるためにこの荘園に最初から最後までいるとも聞く。半分は機械と言っても人間の部分はひどく老いていて、まぎれもなしに老人なのだ。一見すると青年の様なジョゼフは実年齢が近いらしく、折に触れて少年の様な小競り合いを起こす仲だった。ジョゼフが観察したところ、そのバルクの睡眠時間は徐々に伸びているらしい。

「おじいちゃん、夢で会える人がいるんだよって、言ってた」

横でおかゆに全部の薬味を乗っけて流し込んだロビーがげぷりと息を漏らして呟く。もっとおかわりをちょうだい!と少年が差し出したボウルに甲斐甲斐しくおかわりをよそってやる美智子はどこか母親めいていた。

「夢で?」
「そうだよ!羨ましいよね。僕も会いたいなあ……うーん、誰だっけ?でも会いたいよ!」

ならば幸せな眠りなのだ。微かに心配するものはあれども、ヴィオレッタは安堵して食事を始めた。ほわりと、白く柔らかな粥が胃を優しく誘う。スプーンですくってまずは一口。滑らかな熱々の米の中に、確かに鶏の出汁が効いている。こちらを見つめてくる信者に頷いて見せると、ぱっと顔を明るくして喜んだ。いい出来だ。揚げパンをちぎって入れると、薬味同様に食感に新鮮さを加えて一層食が進む。汁気を含んだ揚げパンはもちもちとして実に食べ出がある。冷たい豆乳に入れるとまた美味しいですよ、と白無常が空になったボウルに豆乳をそそぎ入れる。いい朝だ。

今日のハントはきっとうまくいくだろう。




 果たせるかな、今日の試合は上々だった。戦果のボタンを携えて館に戻ると、ヴィオレッタは談話室のソファに座るバルクを見つけて意気揚々と近づいた。思えば朝から出会っていない。何とはなしに、夢のことやら何やら話したいことがたんとあった。お嬢ちゃんは少しは黙るということを知った方がいいぞ、と言いながらもメンテナンスをしてくれるバルクはひどく落ち着く相手でもある。

「おじいちゃん、今日はいっぱい勝ったよ!それでね……ああ」

正面からでは角度でわからず、ソファの上にのし上がってようやくわかる。バルクはまたも寝ているのだった。それも実に穏やかな様子で、無理やり起こすのは忍びない。

「ねえ、寝てるの?」
「しーっ」

とたとたと走ってきたのはロビーだ。手に百合の花を握っているところからすると、温室で育てるのに成功したのだろう。静かにする様にヴィオレッタが身振りで示すと、ロビーはうんしょ、とソファの上によじ登ってバルクの顔を覗き込むような動きを見せた。いいな、と言いながらこてんと頭をヴァルクの膝の上に載せる。どうやら眠ってみたいらしい。眠りはうつるものではないが、気分だけでもとヴィオレッタは口をつぐんだ。

『夢を見たいのかえ』

不意に紫色の揺らめきが床から立ち上り、ヴィオレッタはぴょんと居住まいを正した。姿こそ見えないがこれこそはまぎれもなしにイドーラ、夢の魔女である。ロビーは出会ったことがまだないからか、なんの緊張感も持たずにごろごろと頭をバルクに押し付けたまま、天真爛漫な様子で答えた。

「見たいよ!僕は寝るんだ、寝てね、寝ると会えるんだよ」
『良いだろう。そちらもお望みかな』
「人の頭の中を覗くとは趣味が悪いですね。ええ。それが本当ならば」

部屋の隅でどろりと白い液体が滑ったかと思うと人の形になっていく。白無常はお下げ髪を揺らすと、イドーラがいるあたりにお辞儀をして見せた。傘を抱きかかえ、ロビーの横に座る姿はどこか悲痛な面持ちである。小さなソファがぎっしりと人で埋まったところで、よろしい、と声がした。ヴィオレッタもゆっくりと目を閉じる。今日の夢がなんだったのかは忘れてしまったけれども、あの過去の懐かしい味わいであれば何度でも見ていたい。

 ゆっくりと窓のカーテンが閉められた様に意識が閉ざされる。夢が忍び寄り、そっと包み込んだ。眠らないはずの白無常の目がしっかりと落ち、ロビーの体からくたんと力が抜け落ちる。ヴィオレッタは絡繰の脚を動かしてちょうど良い枕を形作った。おやすみ、おやすみ。




「……これはまた、随分賑やかなものだ」

懐かしい夢を見ていたような気がする。長い眠りから冷めたバルクは、まだまどろみの残った面持ちで周囲を見渡した。眠れないはずの白無常とロビーがひどく幸せそうな面持ちで眠っている。反対側にはヴィオレッタだ。起きていればどれも騒がしく、賑やかで、煩わしくも”愉しい”バルクの仲間である。こんな老人の周りで何をしていたのだか、と目を細めてバルクは一つあくびをした。

夢は楽しい。しかし今目の前に広がる現実も悪くはない。膝に乗った得体の知れない重みを撫でると、バルクは記憶に残る子守唄を小さく口ずさんだ。


〆.


あとがき>>
 twitterで「#リプきたイラストや写真から妄想SSを送り返す」に、コソべさんからうっとりするような微睡みにあるハンターたちの絵を受け取ったので、お昼寝の様な優しい話を目指しました。コソべさんの絵は優しさと陽だまりの様な暖かさがあるので、懐かしい家族写真を見ている様な穏やかさが胸に広がります。ハンター達は生きているのかいないのか、寝るのか食べるのか色々気になったので、ちょいちょい考えていた日常を織り交ぜています。夢の中でも外でも、どうか幸せであってほしい。コソべさん、素敵な作品をありがとうございました!

そして最後まで読んでくださり、ありがとうございます!