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蝶よ花よ


イタリア男は口がうまい。甘い蜜のある花が蝶々を吸い寄せるようにしてわかりやすいからだ、などと聞いたのはいつのことだろう。リンゴを花の形に剥いて並べながら、ノートン・キャンベルは花から広げるようにして記憶を掘り起こした。陽気だが口の重たい炭鉱夫が集う坑道では、酸素が貴重なことも相待って慎重さに拍車がかかっていた。外に出て酒場に繰り出しても、炭鉱夫の勝負所は筋肉だと構える男が多かったように記憶している。かく言う自分も、さほど滑らかに愛を囁くような自由さは持たず、気づけばなんとなく良いな、と思う相手はどこか別の場所に行ってしまっていた。

「なかなか器用だな。職業を変えても良いんじゃないか?君ならばいつかフルーツカービングだけで生計を立てられるようになるぞ」
「そんなに褒めても何も出ないよ、ルキノさん」

くすぐったさに咳払いをすると、ノートンは綺麗に形作った花をそのまま想い人ーールキノに捧げた。鋭い爪を持った硬質な手が丁寧につまみ上げ、裏表と検分にかかる。ほうとため息をついて喜ぶ姿はノートンを浮き足立たせるに十分だった。ナワーブ・サベダーにナイフの使い方を、意外にも料理上手なクリーチャー・ピアソンにフルーツカービングの触りを教えてもらった甲斐があったというものだ。何か気を引くような、けれどもささやかで独自な技術を身に付けたいと頼んだノートンに、快く応じてくれた仲間たちには頭が上がらない。磁石六個分を彼らのために使っても良いくらいだ。

 今となっては人間であった頃の姿は想像もつかないが、ルキノは元々伊達で知られるかのイタリア男である。仕草は洗練されており、魔トカゲに変貌してもなお優雅さを失わなかった。学識の高さにより滲み出るウィットに富んだ会話は、以前ならばさぞかしもてはやされたことだろう。ノートンは今の彼の姿しか知らないし、今の姿で十二分に魅了されているが故に、彼の変貌を悪いと思いながらも喜んでいた。こんなにも素敵な人が、わかりやすく誰の目にも美しいとわかってしまったならば、どれほど手を掴むことが難しくなるか知れない。こうして互いに平和な時間を共に過ごすことができるようになるまでも相当に苦労したのだ。

ハンターとサバイバーの館のちょうど真ん中にある森で、ピクニックをしようと提案したのはノートンだった。普段は夜中に地下の坑道で(偶然にも二つの館の領域に繋がることを発見したのだ、まだ他の誰にも知られてはいない)逢瀬を重ねるのだが、たまには陽の光を浴びようという試みである。当初ルキノはやけに渋ったが、懇願に懇願を重ねるうちに頷いてくれたのだ。バスケットにはたくさんのサンドイッチ、色とりどりのフルーツにチーズにワイン、地道に聞き出したルキノの好みを押さえたもてなしは気に入ってもらえたようで、ルキノの尻尾が上機嫌に揺れている。

 初めて会話を交わしたのはノートンが椅子に縛り付けられた時で、野蛮だと思い込んでいたハンターがあまりにも丁寧な物言いをすることに興味を惹かれたことが始まりである。実は、ルキノはノートンが初めて出会ったハンターでもあった。今思えば一目惚れと言うのだろう。気持ちを、恋を、愛を、すべてを伝えるにはまだ舌がもつれていて音に出せない。だが、徐々に二人の距離は縮んで行っているはずだ。なにせ陽の光の下でこんなにもルキノが寛いでいる。背中の鱗に触れると、日光浴のためかほんのりと暖かかった。

「そのままもう少し下をかいてくれないか?自分では手が届かなくてね。図々しいかもしれないが、お願いしたい」
「喜んで」

なんてずるい言い方だろう!この場にいるのが自分だけで本当に良かったと思いながら、ノートンは映えある栄誉を手にした。気持ちが良いのかルキノの目が細まる。もっと下まで悪戯をしたら流石に怒られるだろうな、と残念に思いながら手を離すと、尻尾が伸びてきてピタピタとノートンの腕を叩く。もっと続けろと言うことらしい。こちらの気も知らないで、これでは拷問だ。

「君の手は気持ちが良いな」
「紛らわしい言い方をしないでくれよ。他の人だったら、勘違いしてもおかしくない、痛っ!何するんだい」

上機嫌もどこへやら、ビシャンと力強く尻尾に打たれてノートンはひりつく腕を摩った。

「朴念仁には良い薬だ。……君は優しいからな」
「はあ」
「先ほどの君のセリフはそのまま返しておこう。意味は自分で考えてくれ」

グルルと唸られたならばノートンにはお手上げだ。自分が優しい?当然のことをしただけではないか。意味がわからないながらも、一応は補足しようとノートンは一言添えた。

「俺は別に、誰にでも優しいわけじゃないよ。どこぞの慈善家と違って、好きなようにしかしないから」
「そういうところだ」

君はわかっていないと蜜を滴らせた花が言う。自分の姿がわからないのだろうか?ノートンは首を傾げながらも、吸い寄せられるようにしてルキノの手に触れた。


〆.