春筍
山はいよいよ春である。谷間に満ち満ちた筍に、范無咎はにっこりと笑った。温暖な気候に恵まれたこの地では、割合にほぼ一年を通して何某かの筍を口にすることができるものの、やはり春の筍をこそが最も美味しく思う。その柔らかさ、甘さ、瑞々しさは春を凝縮したようだ。手に手に鍬を握った人々が丁寧に柔らかな土を掘り返して背負いかごに入れていく。土の柔らかさもまた春なのだった。
目にするものが全て筍であるならば、当然値段も安い訳で、范無咎と謝必安が並んでやって来たのもこれが目当てだった。たったの銅貨二枚もあれば一山も買える。羹焼き物に揚げ物と、魅力的な食べ方は様々あるが、春ならではの楽しみ方が一つある。これが良いかあれが良いか、はたまた今入ったばかりの新しいものが良いかと散々に悩んで二人は漸く今日の一山を手に入れた。朝露に濡れた表面は、まるで荒い呼吸を吐いた子牛の肌にも似ている。そういえば筍は子牛の角にも例えられるのだった。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だとも」
范無咎は自宅に着くなり、体についた泥を落とさぬうちに筍に手をつけた。今日は家族もどこぞに行楽に出かけたので、ひっそりとした家は奇妙なほどに風が涼やかである。謝必安も黙って手を洗い、可愛く並んだ筍たちからどれを選ぼうかと手を迷わせた。どの筍も本当に美味しそうで迷ってしまう。
謝必安の逡巡を他所に、范無咎は買った小さな赤子よりも柔らかな筍を丁寧に洗い、皮をとってサクサクと切り出す。まるで果物のように出された真っ白な剥き身に塩を軽く振り、皿の上に並べれば最初の一品の出来上がりだ。清明節の寒食を潜り抜け、温かな食べ物を恋しく思えども、この一品ばかりは冷たくあるのが良いと言う。
筍は生でも食べられるものがある、と行商人から聞いたのは昨日のことだった。居ても立っても居られず、范無咎は珍かなものを謝必安と口にしたいと家族との行楽すら断ったのである。電光石火で隣家の扉を叩いて初めて謝必安が不在の可能性に思い当たり、彼の顔を見て速やかに諾ともらって安堵したのだった。それ程までに思いが逸ったのである。少し自分は甘え過ぎている、と微かに申し訳なさもあったが、汚名を返上する以上の喜びで応えると決めて厨房に立っていた。
今日出会った筍農家にも聞いたので安全性はまず間違いないだろう。謝必安に箸を渡すと、范無咎は毒味のように先に手をつけた。うっすらと肌の色が透けるような色合いの筍の身は目の前の謝必安の指先に似ている。あーん、と口を開けて一口放り込み、迎えた味わいは林檎のように爽やかだった。何より歯ごたえがたまらない。一口噛めば中に詰まった新鮮な水が溢れ出し、すっきりとした甘さが伝わる。手を尽くした料理がばからしくなるほどに極上の味わいだった。口福とはまさにこれを言うのだろう。うっとりとしていると、謝必安も恐る恐る手をつけてうん、と目を丸くする。目と目だけで二人はしばし会話を楽しみ、この喜びを分かち合っていた。
「美味しいですね。これからはずっと生で食べるのも良い」
「それがさ、駄目らしいんだ。これは今だけなんだよ」
竹はすぐに伸びてしまう。今日どんなに柔らかくとも、旬を過ぎれば硬くなり、筍は竹へと姿を変える。まさに字の如くだ。そしてこの生で食べられる種類は今しか手に入らないのである。春の贅沢だよ、と行商人は言っていた。だから春が恋しくなるのさ。
「来年の楽しみが増えたな」
謝必安と、土の下に眠る春たちを垣間見するのはさぞ楽しかろう。ポリリと一つ、また一つと齧る謝必安もしみじみとした様子で頷いている。その指先も、噛めば瑞々しい生命の味がするだろうかと想像し、范無咎は生臭い想いを振り払った。
良い筍は、不思肉とまで褒めそやされると聞く。二度と味わえぬものよりは、何度でも味わえるもので我慢する方がよほど良い。春は何度でも来る。
暮れる春の儚さを、未だ知らない頃のことだった。
〆.