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私は君に食べられたかった/1.EAT


 口が開く。みずみずしい桃色のくちびるがゆっくりと開くと、赤黒い洞穴が姿を見せる。歯がちらりと覗き、場合によっては舌が現れる。目にする時はいつでも蠱惑的で、相手には一切感情が挟まれていないとわかっていてもつい、見てしまう。今日も、キュウリがエマ・ウッズの口の中に連れていかれる様をうっとりと眺めたクリーチャー・ピアソンはつかの間呼吸を忘れた。

 あの中に入ったらどんな気分になるだろう。指が、自分の鼻が、心臓が、そうした全てが食まれていくところを想像すると肝心の自分の食事はお留守だ。が、邪な心とは早くもばれてしまうもので、がつんとすねを蹴られてクリーチャーは舌打ちした。案の定のエミリー・ダイアーが怖い顔でこちらを睨んでいる。

「食事の手が止まっているわよ、クリーチャー」
「これはこれは。気にかけてくれてありがとう、エミリー先生」
「良いのよ、気にしなくて。患者の精神的健康を守るのも私の勤めだもの」
「見上げた職業精神だな」

ははは、と笑い合う二人を他人が見たならば、仲が良いとでも形容するだろうか。人参のムースをスプーンでかき混ぜて、クリーチャーは痛むすねのことを忘れることにした。このやり取りの間にエマはデザートに移っているが、今日はもう見るのを止そう。いらぬ勘ぐりをこれ以上受けても困る。確かに、誰かに食べている様をじっと見られるというのは気分が悪い代物かもしれない。クリーチャーが同じ目にあっているからよくわかる。

 口を開いて、ムースを招待すると滑らかな舌触りと同時に、人参の少し土の苦味が入り混じった甘さとコンソメの旨味がまじりあって、ふわりと広がっていく。横に並んだ緑色のほうれん草のムースを咀嚼しながらちらりと右目だけを辺りに滑らせると、右斜め前の席に座った男が完璧に手を止めている様を確認できた。

 少し、緊張で喉が鳴る。自然に。自然に飲み込まねば。口の中から緩やかに喉の向こうへとムースが溶けていくのを感じながら、クリーチャーはパンをちぎった。他人からの視線を感じること、それ自体が昔から苦手だ。見られることが叱責や暴力の前触れだった幼少期の問題か、片側の視界を奪われたことにより相手の様子を完全には伺えないことによる恐れかは定かではない。

 泥棒を生業とするようになってからはますます他人の目には敏感になった。目的のために『慈善家』の仮面をかぶろうと選んだのも、見せたいところだけを見せようと考え抜いた結果である。わかりやすい看板に目が向いている最中に、こちらは懐を訪問するという具合だ。

 見たいものだけを見てるが良い。自分だってそうしたい。エマの口元を見るのは、食べられる料理たちが羨ましくて仕方がないからだ。エミリーには説明したところで到底受け入れられまい。受け入れられたいからこそ見てしまう。夢見てしまう。これは病気でまるでまともではないが、そんなことくらいはとっくのとうにわかっている。故にクリーチャーは至極真っ当だ。

 食べる、とは許容だ。自分の体に何をするか、変化をもたらすか、自分の一部になることを許す行為だ。許されざるものには口はじっとおし黙り、無理やり押し通れば吐き出されてしまう。咀嚼し、唾液に絡めて体の奥深くに連れていくのはもはや舞踊だ。そんな風に、両手を広げて受け入れてほしい。クリーチャーならば確かに幸せにさせられるという保証がそこにはある。

 現実には、エマは当たり障りがない距離感で接しているようでいて、着実にクリーチャーを拒んでいる。彼女の本音が表面化しかけた時には焦ってしまい、激昂して殴りかかったのは失敗だった。自分の感情は時折荒波よりも制御しにくく持て余す。

 かつて、慈善家になりきるために聞いた話にこういうものがあった。行動にはお手本が必要です、お手本がだんだんと自分のものになっていき、初めて道徳的精神というものが根付くのです、と。それが他のものにも当てはまるのであれば、クリーチャーの手本になるような他人はどれもクズと呼ぶにふさわしい立派な方々だったので、お手本通りに動いていると言い訳できそうだ。

 今となっては半ば面倒に感じるものの、大金と共に外に出たらば必要かと、周囲の人間の観察を始めたのが運の尽きだ。嫌味ったらしい弁護士先生からは、中産階級らしい階級意識と頭の良さそうな話し方を学んだ。エミリーやエマのことはよく知っているので割愛する。セルヴェ・ル・ロイからは上品な騙しのテクニックを、カート・フランクからは善良さと思い切りの良さを、ウィリアム・エリスからは前向きな姿勢を、そしてナワーブ・サベダーから取り出したのは――良い手本で育ちあがった人間にしか持ち得ない根っこの部分、育ちの良さだった。

 機械的にパンを食べ終えてちらりと見ると、右斜め前に座ったナワーブはまだクリーチャーの口元を見ている。エミリーはエマに関すること以外気にかけていないので無関心だ。クリーチャーよりもよほど熱心にこちらを見ている青年の精神状態を危ぶんでほしい。見つめているのはこの中年男の口元なのだ。

 他の人間の育ちが良いか悪いかはさておき、ナワーブの背後には愛情深い家庭が垣間見える。孤児院という体裁を続けるのであれば、愛情の深さは必須と考えるべきだ。正直に言えば、生き延びるためには愛などなくても良いのだとクリーチャー自身が証明できるのだが、慈善家の活動でそこここで他人が褒めそやしたのは愛のある環境を子供たちに、だったのである。

 愛?その言葉を放つ誰もが当たり前のように知っている顔をして、そのくせ結局誰も教えてはくれなかった。ありふれた、自分にはない概念は時にクリーチャーを苛立たせる。わからないものを、どうしたら他人に与えられよう?

 本当に、愛とはなんだろう。言葉を使うことは簡単だったので、クリーチャーはナワーブに尋ねることにした。君の知っている愛とやらを教えてほしい。お手本の貧しい人生故に、この時言葉が足りなかったことは認める。ついで質問をするにはやはり聞き出しやすい環境をと考慮し、荘園で学んだことも駆使してナワーブがおやつの度に姿を現す様になる程親しくなるよう仕組んだ。クリーチャーはただただ勤勉だったのであり、他意はない。しかしこの実践は大いなるしっぺ返しをくらったのだ。

「それって両思いってこと?」
「は」

寝る前のまどろみが襲ってくる今頃ならば聞き出せるかと、ミルクでチャイを煮出しながらの気楽な問いかけはひどく神妙な様子で返された。混乱しながらも吹きこぼさなかった手腕は褒めてほしい。両思いという単語はかみ砕かずとも理解できる。慎重にカップにチャイをそそいでナワーブに渡すと、クリーチャーは急いで真面目な表情を取り繕った。この手の話題はからかわずに受け流すことが肝要だ。

「あー、うまく伝わらなかったようだから、もう一回話すとだな。私は愛が何かを知らないんだ。これまで人に聞いてもみたんだが、今ひとつわからなくてね。君なら知っていそうだから口で説明してほしいと思ったまでだ」
「それってさ、愛されたことも愛したこともないって話だよね」
「……まあな」

まるで自分を欠陥製品だと指摘された様な心地で、クリーチャーはナワーブから目をそらした。手本がなければ、というならば確かにクリーチャーの愛に手本はない。チャイを啜る音が響く。

「だったら俺があんたを愛するから、あんたも真似して俺を愛してみたら良い」
「すまん、話についていけないんだが。何が悲しくて君と愛し合うのか、理由を聞かせてくれ」
「簡単な話だと思うんだけどなあ」

わざとらしく間延びした物言いをしたナワーブの目に、クリーチャーは策略の糸が張り巡らされているのを垣間見た。これは罠だ。

「あんたは愛が知りたい。でもわからない。俺はあんたと愛し合いたいし、他にここでいる人間であんたを愛せる奴がいるとは思えない。だったら俺で手を打つ方がピアソンさんにもお得でしょ?」
「正気を疑うね」

これが熱烈な愛の告白とやらに入るのかどうかわからず、クリーチャーはただチャイを啜った。ここは受け流すところだ。確かに愛は知りたい。そして、誰かが自分を愛するということが恐らく絶望的に可能性が低いこともよくよく理解している。

 これまでの人生でまともぶろうが素面でいようが、そんな相手には巡り会えなかったのだ。かと言って、どうしてその相手がナワーブであるべきかは受け入れることが難しい。ナワーブは愛を知っている。そうだろう、だが本当に自分を?そして自分はナワーブと向き合えるのか、向き合いたいのか、どうにも答えは出ずじまいだ。

「おやすみ、サベダー君」
「おやすみ、ピアソンさん」

どうして相手はエマではなかったのだろう。あるいは腐れ縁のエミリー、手練れに見えるフィオナ・ジルマン、階級差を強く意識させるウィラ・ナイエル。他にも女性はたんといるし、そもそもクリーチャーは同性との関係を想像したこともなかった。どちらも同じ人間なので、狭めない方が可能性は広がることは頷ける。公園の砂場よりも浜辺の方が砂の量が多いことと同じだ。だがナワーブが?ナワーブと?頭はますます混乱するばかりだ。

 その夜はどうにかやり過ごしたが、クリーチャーは罠にかかった様な気になって仕方がなかった。こうなれば自力で地道に見つけていこうと志しても、ふとした瞬間にナワーブの目がこちらを追いかけている事実にぶつかり煩わしい。情報を聞き出そうとせっせと餌付けたり気にかけたりと、向かっていくのは自分の方だったはずが、一体いつから逆転していたのか。

 現実の食卓に意識を戻すと、動きが緩慢になったクリーチャーに飽きたのか、ナワーブがようやく食事を再開する。エマの食事風景はもう目に入らなかった。残りの食事も機械的に食べ終えて洗い場に連れていく。

 上に載っていた料理が根こそぎ食べられた皿を見るのは気分が良い。要するにそれは『受け入れられた』ということなのだ。自分が証明されるなら、食べられたって構わない。誰かを幸せにできるし、自分は確かに夢を見られると背を押して欲しかった。皿の上に載って、美味しそうだねと言われる姿を妄想する。もしかしたら、もしかしたら愛と呼んでも良いかもしれない。

 皿に残った食べかすをスポンジで落としながら、クリーチャーはナワーブの口元を想像して顔をしかめた。流石にまだ、彼の舌の上に載ろうとまでは考えられなかったのだ。どうかしている。あの子供も、自分も。


>2.HEATに続く