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その意味は違えども、温もりは変わることなく重ねられる


交手


 手。何かを作り、何かを壊し、何かを掴んで離さない。夜毎エスゲンを訪れる様々な手達を満たすだけの手を持つエスゲンだけれども、エスゲンを満たす手は未だ存在しないままだ。手達はいつもエスゲンを疲弊させる。

「エスゲンさん!」

呼び声に思考から現実へと浮かび上がると、エスゲンは限りない優しさを滲ませて手を振った。マウシだ。昼にだけ見る、伸びやかで美しい手の持ち主で、彼だけは決してエスゲンを傷つけはしない。まるで朝に伸びた草の芽のように、はっとする爽やかさがある。常とは違うのは、こちらに近寄ってくるマウシの手に布がまかれていることだろうか。僅かに汚れたその布にさっと青ざめると、エスゲンは慌てて近寄った。

「マウシ君、どうしたんだいこれは……どこかで君は怪我を」
「あっ、いやこれは怪我なんて大したものじゃないよ。気にしないで、それよりもあなたに渡したいものがあるんだ」
「私に?」

気がかりではあるものの、マウシが一生懸命に伝えようとするものを無碍にはできない。強い風に勢いよく流されていく雲を恐ろしく思いながら、エスゲンはマウシが腰のポーチから取り出したものを受け取った。

「これは……頭飾り、かな」
「正解!マタンガの牙を削ったら意外と綺麗で。貴方に似合う気がしたから作ってみたんだ」

不器用だから手を切ってしまったのだ、とマウシが笑う。温かみのある白い珠が連なる頭飾りは、掌の上で転がすとシャラシャラと音を立てた。ありがとう、と素直に礼を伝えながらも、エスゲンはもやつく思いからそれを懐にしまってうんと唸った。

「……マウシ君、手を見せて」
「うん、わかった」

心配性だね、というマウシの方が余程心配性で、年がら年中エスゲンを気にかけているのだが、今は取り合わないことにしよう。マウシの指を一本一本確かめ、開き、掌を指先でなぞる。エスゲンよりも大きく分厚く、ついで滑らかだ。格闘技をする者特有のタコを除けば、マウシのそれは若者の瑞々しさに満ち満ちていた。

 カサついた自分の指先がマウシの掌に傷を作りはしないかという懸念が頭をもたげたが、エスゲンは心の中で首を振って検分を続ける。確かに、マウシの申告通りにさして問題はないらしい。安堵すると、エスゲンは握りしめ続けたくなる手をようよう離した。エスゲンを傷つけない手は稀有だ。エスゲンを汚さず、何かに汚れることもなく、真っ新な手は尊い。優しくてずっと縋り付きたくなるが、手に入れてしまえば自分が汚すだろうとエスゲンは確信してもいた。悲しいが、長年の経験から容易に察せられるのである。

 時折、こうして親愛とするにはあまりにも密接な触れ合いを行うが、マウシは黙って見守ってくれるだけだった。今日も見てくれていたのだ、とマウシを見つめると、邪なところのない青年はじっと見つめ返し、驚いたことにエスゲンの手を握ってきた。慌ててしまえばおかしなことになりそうで、小さく声をあげるもエスゲンは微動だにせず受け入れた。

「いつも、俺にご飯を作ってくれてありがとう。この手で作ってくれているんだ、この手にも感謝しなくちゃいけないね」
「大げさだよ。私にできることはこれしかないもの。大人をからかうのはよしなさい」
「エスゲンさんには大したことじゃないかもしれないけれど、俺の手ではできないことなんだよ?」

だからかけがえのないものだと、マウシは恭しくささげ持ったエスゲンの手の甲に軽く口付けた。気障な態度に驚いて目を白黒させていると、冒険者が教えてくれたのだ、とネタバラシをされる。道理で世慣れた手口を披露するわけだった。マウシの手は、真っ新な、何も知らないままであって欲しいとエスゲンは思う。いつまでも自分が希望を抱き続けることのできる安楽の地があるとすれば、なんと快い人生だろう。

「それじゃあ、お互い様だね。君の手に私はいつも助けられているのだものね……ありがとう」

お返しとばかりに、今度はマウシの手の甲に唇を落とした。神の手は清々しく、ただ若草の香りがしていた。


〆.