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*無常SS「風に乗って流れてく」のなんとなくな続きです。単体でも読めます。



鬼は時に撹乱す


 ハンターも攪乱するらしい。とんでもない行動に振り回されたルキノは、這々の体で館を抜け出し森を駆け、木陰を縫うようにして逃げ隠れしていた。こんなに必死になるのは、人間界にさようならを告げたあの日以来だ。はっはと言う自分の荒い呼吸が耳鳴りとなって居場所を掴まれないだろうかとハラハラする。ハンターになってからと言うもの、ルキノは誰かから逃げ出すなどという真似をしたことはなかった。確かに自分は世にも恐ろしいひとでなしになったかもしれない。だがルキノはルキノであるし、この外見は自分が選び取った結果だと受け止めている。全ては自己責任で、ついでに言えばなかなか面白い。生来研究科気質であるルキノにとって、摩訶不思議な体となった自分自身は最良の研究対象であった。

とは言え、他人に研究対象として見られたり取り扱われたりすることは論外だ。人によっては自ら痛みを得ない限り、恐ろしい手段も厭わないことをルキノはよくよく知っていた。もはや別の生き物となってしまえば、痛みを想像する手間すら省かれてしまう。不吉な予感にブルリと身を震わせると、ルキノは樹上に身を落ち着けて今朝方起きた出来事を振り返った。昨晩のダブルハントは久方ぶりに両陣営白熱する戦いであり、ジョーカーとあれは良かった悪かったと興奮した口ぶりで話しながら酒を酌み交わしたものである。実際自分は三人釣り上げた(そのうちの一人がノートン・キャンベルであったことは偶然だろうか?)のだし、結果七人釣り上げての勝利はなかなかのものだった。もはや自分新人ではないとの確信を得て深く深く寝入ったのである。

 だが彗星の如く朝は訪れ白無常が傘で飛び込み、尻尾を掴まれた。脈絡はまるでわからない。黒無常のためらしいことは切れ切れのセリフで把握できたが、なんだって自分の尻尾を切りおとせとせがまれるかは定かではなかった。かの東の大陸では、四つ足のものであればなんだって食べると言う。テーブルさえも食べると聞いて恐ろしさを覚えたのはそう遠い昔のことではない。すわ自分は食材だったかと恐れ、必死に抵抗し、幸いにして騒ぎを聞きつけたハスターによって脱出の光が差し込んだ。間髪入れずに逃げ出した自分は最高だったと言えよう。全く災難だ、とため息をついていると、不意に声が響いた。

「みーつけた」
「っ」

ぐん、と強力に引っ張られて体がかしぎ、地面へと墜落する。冷や汗をかきながら、ルキノは冷静に状況を見定めようとした。隠れたことに満足して、疲れもあって注意力が散漫になっていたらしい。こんなことで誰かに見つかってしまうとは、自分は睡眠不足だったのかもしれない。それもこれも忌々しい白無常のせいだ。おそらく自分を引き寄せただろう相手が優しく地面から助け起こしてくれる。その手に触れて、ルキノはすぐさま安堵した。彼ならばよく知っている。朝に見ても夜に見てもふと気が緩んでしまう、そんな相手なのだ。

「珍しいね。朝から会えたのは嬉しいけれど、そんな気が抜けた様子じゃ心配になるよ」
「全くだ。見つけたのが君で良かったよ」
「もう」

あなたはずるい、とブツブツ言うのはノートンである。詳細を省くが、ルキノとノートンはごくごく親しい仲にあった。少なくともルキノはそのつもりで、もし自分の気持ちを取り出して見せても受け入れてもらえるのであれば喜んで差し出したろう。現実は往々にしてままならない。ノートンは自分に優しく触れるが、その気持ちは自分が思う通りか、否思い込んでいる通りなのかは定かではない。彼は人で、自分はひとでなしだ。素直に話せば笑われてしまうかもしれないが、これは譲れぬ一線でもあった。こんなにも自分が臆病であることを知ったのは生まれて初めてのことで、ルキノはいまだにノートンの前で気恥ずかしさを感じていた。ハンターの中で、こんな風にノートンが親しむのは自分だけだ、その事実に甘えたい。許されるだろうか?

「朝から白無常に襲われてね。事情はよくわからないが逃げ出すことで精一杯だったんだ。君こそ何を……何をしているんだ、君は」
「襲われたんだね」
「ああ」

さわさわと、ルキノの体のあちらこちらをノートンが触れ始める。まるで壊れ物を扱うかのような丁寧で慎重な手つきに、思わず身が固くなってしまう。こんな触れ方は初めてだった。まさか襲われたと聞いて怪我をしていないかとでも気にしているのだろうか?ノートンは優しい。おそらく誰にでも。ずきりと痛む胸をなだめると、ルキノはポンポンとノートンの頭を撫でた。

「私は無事だ。確認してくれなくとも大丈夫だよ。安心してほしい」
「ちっとも安心できないよ!俺がどれほど心配しているのかわかるかい、俺はあなたたちの館には行けないんだから」
「わからないぞ、それは」

特に荘園の主人の規定にはなかったように思う。サバイバーの館に自分が出かけたことがないものだからわからないが、双方の行き来は可能ではないだろうか?途端にパッとノートンの顔が輝いてぎゅうと抱きつかれる。炭鉱夫(今は探鉱者だが)という職業に携わる人々に出会った事はないが、彼のように触れ合うことが多いのかと思うとつくづく罪な話だ。恐る恐る抱き返すと、ハンターもかくやという力で大いに抱きしめられる。この温もりはどうにも自分を蕩かす。また人間の頃の自分を恋しく思ってしまう。もう振り返らない、振り返れないあの頃に彼と出会っていたならば自分はこの心を差し出せただろうか?

「今度俺を誘うって約束して」
「構わないとも」
「……で、襲われた理由は?」
「尻尾が欲しいと言っていたな。食べるつもりかもしれん」
「ああ」

聞いたことがあります、とノートンは思い切りしかめっ面をして見せた。なんでも、炭鉱夫の間では滋養強壮に良いと蠍と並んで食べる人間がいたらしい。時と場所によって食べ物の文化は異なるというが、蠍もまた理解ができないとルキノは小首を傾げた。多分、自分は機会があっても口にはしないだろう。それよりもカプチーノにビスコッティを入れてかき混ぜたい。考えれば考えるほど口にしたくなって、ルキノはようやく気がついた。まだ、朝食を食べていない。胃は空っぽのままだ。

「ノートン、すまないがまずは君の場所に連れて行ってくれないか。それで、その……」

途端にぐうと腹が鳴って気恥ずかしくなる。血が上って真っ青になった顔を見たノートンが緩やかな笑みを浮かべた。その優しさに勘違いをしたい。なんて心地がいいのだろう。

「俺もまだなんだ。一緒に朝食を食べられるだなんて嬉しいな……ルキノさんの分は、俺が腕によりをかけて作るよ」
「君は料理をするのか?」
「簡単なものだけれどもね。独り身が長いとある程度はできるもんだよ」
「楽しみにしておこう」

腕に、自然とノートンの手がつながる。この手にならば、とルキノは空腹で頭がいっぱいになりながら妄想を働かせた。この手にならば自分の尻尾を切り落として渡しても良いかもしれない。彼ならばそのギザギザとした歯で美味しいと喜んでくれるかもしれなかったし、その光景を目にしたいと思う。また食べたいと病みつきになってくれたならば尚のこと嬉しい。ノートンの体もそうして失っても、また生えてきて欲しいものだと強く思う。もし彼の体が欠けることがあったら自分は悩むことなく口にするだろう。迷妄だ、と首を振ってルキノはだんだんと近づいてくるサバイバーたちの館を見やった。

それは驚くほどに懐かしかった。


〆.