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どうか善くありますように。


我ら女王を殺す者


 健全な精神と健全な肉体、この二つを兼ね備えることこそが善の始まりである。ただ善くあることは大前提だが、机上の空論では意味がない。故に処刑隊では、規則正しい生活と心安らかに過ごす時間が重視されている。だから勿論、真っ当な服を着ること、それもまた基本事項なのだ。

「寒い」
「そりゃお前、下着だけなら寒いに決まってるだろう。服はどうしたんだよ」

頭には処刑隊のシンボルでもある金のアルデオ、ここまでは普通だ。しかしそこから先は生白い滑らかな肌と下穿きのみである。靴すらない。同僚のとんでもない服装に、コンラートは呆れた声を出した。処刑隊の服は、防御と防寒に優れた一品で、着ればたちまち逞しくなると巷で噂されている優れものだ。それをこの男はどこへやってしまったのか、と尋ねながら、コンラートはこの同僚(金のアルデオは処刑隊しか持てないのだから確かだ、絶対に)が誰なのかわからないでいた。

 なにせ処刑隊の服は実際の体型を覆い隠してしまうので、顔が見えなければ誰が誰なのかわからないのである。声も、アルデオを被っているせいなのか、くぐもってしまってまったく分かりにくい。あるいは、服がないことを恥じて敢えて正体を隠しているのかもしれない。それならば布でもなんでも纏えば良いというのに、かえって堂々とした男の態度から、まともに取り扱って良い話題なのかが段々と曖昧になっていた。大体この寮の中庭という絶妙な場所で裸の男と立っているというのは具合が悪い。

「服はな」
「うん」
「アダに洗ってもらっているんだ。だからそれまでは、ない」
「いや他にも服はあるだろうよ」

アダは洗濯女で、頼んだということはわからないでもない。しかし、コンラートでさえも処刑隊の服以外のものを持っている。寝巻きに然り、野良着然り、大体あの服はちょっとした動作のためだけには不便だ。少し気になる女性がいるコンラートは、休みの日には少し洒落た格好で彼女に会いにも行く。獣除けの香を調合する元血の聖女は蠱惑的で美しい。それでいて清廉で気高く……思考が逸れた。くしゃみをしだす同僚を哀れに思い、コンラートはちょうど乾いたらしい誰かのローブをかけてやった。ありがとう、と謎の男が頭を下げる。あくまでもアルデオを脱ぐ気は無いらしい。

「他の服も頼んだんだ。今晩は遺跡に行く予定だったのに、このまま行くしかなさそうだ」
「誰かに借りればいい……言っておくが、僕はカインハーストの調査に行くから駄目だぞ。遺跡の森は蛇も多いし、そんな格好で行っても怪我をするだけだ」
「死ぬのは怖く無いんだ。満ち足りているからな。健全な肉体だし、健全な精神も持っている。何も恐れはしない」

間違っている、とコンラートは同僚を呪わしく思った。裸のままで禁域の森へ行くとは命知らずだし、文字通り命知らずであれば他の仲間の足手まといになるのではないか?どこか誇らしげに胸を張って見せると、同僚はそばに置いていたローゲリウスの車輪と大砲を装備してみせた。

「これで十分だ」
「……頼む、ローゲリウス師に聞いてからにしてくれ。その……寒いからな。健全な肉体を損ねるかもしれないぞ」
「一理ある」

本当は処刑隊の恥になると言いたかったが、堪えた自分をコンラートは褒めた。流石処刑隊の隊員だけあり、ローゲリウス師の話を聞く気はあるらしい。常識的な師であれば、この男の暴挙を止めてくれるはずだ。ただ善くある、それがなんと無邪気に露呈されていることか!コンラートは善の定義の難しさをつくづく感じた。頭が痛い。

「そのローブは多分サシャか……違うな、見習いに来た子のものだ。後で礼を言っておけよ」
「そうだな。礼を言おう。アルフレートだったか?」

金髪の子犬のように無邪気な子供を思い出すと、コンラートは短く頷いた。まだ九歳かそこらだというのに忠義に厚く敬虔で、ひょろひょろと背の高い少年はローゲリウスの希望の星だった。コンラートもアルフレートには一目置いている。あとは個々人に任せることにしよう。自分の武器の手入れに戻るため、コンラートはそれじゃあと適当にお茶を濁して自室に戻った。

その後、夕食の席でも裸男を探したのだが、結局あれは誰なのかわからないままである。


〆.