帰路
違和感はあったのだ。薄暗く、寂しさよりも不気味さを漂わせた湖景村でのダブルハントを終えたハスターは、帰路につく支度をしながら首を傾げた。どうも数が合わない。
サバイバーたちが脱出するなり飛ばされるなり失血で倒れるなりして退場した後、ハンター達には片付けという仕事が待っている。せっかく取ったボタンを取り落としてないかという確認はもちろんのこと、使った椅子はどこのものか、壊した板はどれほどかなど、地図を片手に印をつけて荘園の主人に提出するのだ。全くサバイバーたちは呑気に遊んでいれば良いのだから気が楽である。
あまり逃げ回られると、報告が面倒なこともあって乱暴な振る舞いに出てしまうのも仕方がないではないか。ボタンの数を数え、それに椅子と倒れたものと脱出した数を数えてハスターは混沌の中の目玉をぎゅろぎゅろと蠢かせた。やはり数が合わない。
「もし、ヴィオレッタよ。サバイバーがまだ一人残っているようだが、心当たりはないか」
「ないよ」
んー、とわざとらしくのたのたと歩いているのは今日の相方であるヴィオレッタである。ハスターが縦に大きければ彼女は横に長い。中身は小さな人型もどきらしいが、外装があまりにも立派で想像もできなかった。彼女の仮面はリッパーが作り、外装部分は機械技師のトレイシー・レズニックが作り上げたという。その中には蜘蛛糸のような特殊な糸だけでなく、色々なものを収納できると聞いたがまさか。ゲートから出て行こうとするヴィオレッタを阻むようにして触手を生やすと、ハスターは心なし急いで追いかけた。
「待て。よもや其方、中に一人を隠しているのではなかろうな。連れて帰ることは許されぬ、解放してあちらに戻せ」
「隠してなんかないもん」
言いながらも前足がぎゅっと何かを抱き抱えるようにして守っていることをハスターは速やかに見抜いた。いくらハンターが人間の慮外とは言え、このゲームに参加している限りはマスターたる荘園の主人がいる。そして主人の定めたルールは絶対なのだ。
「連れ帰りたいやもしれぬが、諦めよ」
「やだ!やだやだ!トレイシーと遊ぶ!帰ったら一緒に遊ぶの、お人形だっていっぱい作ったから、きっと喜んでくれるよ」
「やはり隠していたではないか」
「あーっ!」
ため息をこぼすと、ハスターは一瞬の隙をついて触手をヴィオレッタの外装の隙間に突っ込み、中から繭に包まれたサバイバーを取り出した。モゴモゴ動いている殻を破って風船に包んでやれば、まごうことなきトレイシーである。
「はあ、息が詰まって苦しかったんだ。なかなか帰れないからびっくりしたよ」
仲間が傷つけば怯えるような性分にもかかわらず、出してやったトレイシーはうんと伸びをして清々しい様子を見せている。意外にも肝が座っているのかもしれない。ヴィオレッタがやだやだと喚いて蜘蛛糸を飛ばしてくるのを触手で絡みとり、ハスターはまだ無事な椅子へと向かった。
「失礼したな」
「ううん、ヴィオレッタの気持ちもわかるから、僕は良いんだよ。ねえ、ヴィオレッタ」
「トレイシー、一緒に遊ぼうよ」
ほとんど泣きそうな声でヴィオレッタが必死に声かけをする。無駄なことだな、とハスターは触手で叩いた。ヴィオレッタはこんなところで引き止めるを発動させているが、ハンターであるハスターには通用しない。ハンターとサバイバーは明らかに違う世界に暮らしている。もともとハスターは人間社会など御構い無しだが、別れたものは再び合流することは許されない。かつて、人の側にいたヴィオレッタには理解できていないかもしれないが、トレイシーはわかっているらしかった。
「またね、ヴィオレッタ。また遊ぼう」
「トレイシー」
「君にボタンを預けておくから、大事に取っておいてね」
椅子に座らせると、トレイシーはおもむろに右の目玉を引きちぎってヴィオレッタの方へと投げた。あまりの潔さにハスターは思わず目玉を蠢かせたほどである。サバイバーは脆い。とは言え痛みは痛みだ。ヴィオレッタが叫ぶ間も無く椅子は飛び、夜の花火のように消えていく。地図に印を書き込むと、ハスターは帰るぞとヴィオレッタに声をかけた。
「……大事であれば、約束を守るが良い」
「もう片方も取ったら、ずっと一緒にいてくれるかな」
宝物のようにボタンを拾い上げて抱きしめると、ヴィオレッタは子供のような無垢さでこちらを見上げてきた。仮面で表情は見えないが、かつて信者たちがハスターに見せるような、救済を求める顔をしているだろうことは想像に難くない。狂っているが故に純粋であり、全くもってハンターに相応しい振る舞いだった。触手で頭を撫でてやると、ハスターは迷わずに神の言葉を伝えてやることにした。
「いかにも」
希望を与えることは容易だ。ハスターはそれを取り上げることになるなどどうでも良かった。決まり通りに帰るだけなのである。後々ヴィオレッタが自分を責めようともお門違いで、神の理屈は神だけにしか通用しないのだ。彼女も所詮は荘園の主人に従うより他にない。
このボタンで新しいお人形を作るの、とヴィオレッタが嬉しそうな声で呟いた。そんな彼女も人形の一つに過ぎないと、ハスターはただ黙って背を向けた。
〆.