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冬来りなば


春は遠いものだ。土の上にちらりと顔を覗かせ、もぐらのノートン・キャンベルはその肌寒さに季節の変化を感じ取った。全く、外の世界の変化はなんと目まぐるしいことか!暖かく、食料も溢れて恵まれた、安心と安全が保証された地下とは文字通り天と地の差だ。

「でも、外の世界には色がたくさんあるわ。自由に空を飛んだりすることだってできるのよ」
「残念だけど、俺は目があんまり見えないんだ。色がどうこうなんて言われても関係ないね」

ねずみの奥方が仕切りと語ってくれたものだが(彼女はノートンのもとにミミズを買いに来るのだ、彼女はミミズに野良仕事をさせるのが上手い)、ノートンの食指は少しも伸ばされなかった。生まれた時から土の中で、毎日なにがしかの発見もある。同じもぐら族の中でも、ノートンはとりわけ鉱脈探しに才能があった。自分ではよく見えないが、今身につけている豪奢な(来る客来る客皆そう言うならば間違ってないだろう)衣装だって、その結果手に入れたものである。ろくに目が見えない生き物が、目の見える人間が喜ぶピカピカ光るものを見つけるとは皮肉だな、とノートンはかねがね鼻で笑っていた。ノートンにしてみれば、宝石はただの石であり、穴掘りの邪魔者だ。

 今日も今日とて新鮮な食料はないか、食料と交換できる鉱物はないかと探し求め、ノートンは深く深く地中に潜っていた。昨日見つけた新しい場所に何かがあるような感触を得ていたのである。目はあまり見えずとも、鼻は確かに良いものがあると持ち主に告げていた。鋭い爪を使って掘り進み、衣装が土まみれになるのも物ともせず目標に向かう。鉱脈があるのか、かちんかちんと固そうな音がするのだ。石の中には時間が詰まっている。多分、遠いいつかの時代に囁かれた言葉だろう。音は好きだ。

「これは……随分大きいな」

やけに開けた場所にたどり着き、ノートンは空間を確かめるようにして声を出した。反響がするが、非常に微か。天井が高い場所か、と慎重に手探りしながら歩んでいく。洞窟に出たのかもしれない。いつぞやは洞窟の下に広がる湖で溺れそうになったものだ。泳ぎはまるで得意ではないので、あの時は死ぬかと思ったがーー誰かに助け出されたのか生き延びられたのである。そうそう運が良いことは重ならない。ウエストポーチから乾燥ミミズを出して食べると、ノートンはさらに歩を進めた。もぐらは半日も空きっ腹にしていると死んでしまうのである。燃費が悪いんだな、と白兎にため息をつかれたのはつい先日のことだ。ひくひくと鼻を動かし、ノートンはんん、と頬を緩めた。良い匂いがする。石の音はさらに澄んだものになり、跳ね返る音から前方に大きな塊があることが知れた。美味しい石なんてあるのだろうか?まるで夢のような話だ。ワクワクする胸を押さえて石の前にたどり着くと、満を侍してその表面に触れる。冷たい大きな塊だーーが、手を滑らせると同時に、突然塊が大きく揺れ出した。

「な、なんだ!?」
「なんだ、はこちらのセリフだ。人が寝ているところを邪魔するとは失礼じゃないかね」

深く、温もりのある声にノートンは思わずうっとりとした。大地が語るならば、きっとこんな声だろうと夢に見るような良い音がする。なるほど石の神様かも知れない。ものには神様が宿るんだよ、と化石を買いに来た子熊が言っていた。

「石が喋った」
「私は石ではない。半分は正解だがーーなんだ、君は目がよく見えないのか」

ぐらら、と空気が揺れ、ノートンはぼんやりとながらも本当にすぐそばに相手が近づいたことを知った。大きいと思ったが、おおよそ自分よりふた周り大きいくらいか。顔は小さいらしい、と無遠慮に触れるとこら、と優しくたしなめられた。

「君はいつぞや溺れていたもぐらだな?どうしてここに来た。今が冬だとわかっているのか?」
「あなたが助けてくれたんだ!ありがとう、あの時は夢かと思ったよ。俺はノートン・キャンベル。ご存知の通り、もぐらだ」
「そんな土まみれなら誰だってわかる。良い服がすっかり台無しだ」

呆れながらも、相手は丁寧に土を払ってくれているらしかった。自分を助けてくれたことと言い、ひょっとすると運命的な出会いと言えるかも知れないな、とノートンは胸の中がほこほこと暖かくなった。

「私はもうすぐ冬眠に入るところだったんだ。ここは私の家だーー結晶トカゲのルキノという。良いか、トカゲは冬眠するものだ。わかるな」
「ああ、もうそんな時期なんだね」

ノートンにとって、季節の移り変わりはなんとなくでしかわからない。今朝外に気まぐれに出てみなければ、ずっと冬の訪れには気づかなかったろう。冬には眠る習性がある生き物が多くいる。友達も商売相手も減ってしまって寂しい季節だ。春は遠い。ふと、ルキノが眠らずにずっとそばにいてくれたなら、寂しくはないのではないかと思いついてノートンは表情を明るくした。これは運命だ。

「ねえ、冬の間はここにいても良いかい?過ごしやすそうだ」
「どうしてそうなる。私は他人と寝る趣味はないぞ」
「俺といると暖かいよ」
「知っている」

助けたからな、とルキノが笑う。なんてキラキラした声!虎が話していた、お日様の輝きとやらを思い出してノートンはぎゅうとルキノに抱きついた。ごつごつとしたイシツブテがたくさんくっついた体だが、一つ一つの石はすべすべとして心地が良い。面白がって触っていると、ルキノが止めるようにと割合強い口調でたしなめた。

「あなたが起きたら、俺の家においでよ。あなたが過ごしやすいように広げておくから」
「君はやかましそうだな」
「宝石とか、金は好き?化石とか、ミミズとかーー土の中のものならなんでもあなたにあげるよ」
「ふむ。化石には興味があるな」

あれは面白い、とルキノは興味をそそられたようだった。もう声の調子からは眠気が抜けつつある。良いぞ。この調子だ、ノートン・キャンベル。今年の冬はとびきり楽しい季節にするのだ。ルキノが自分の研究成果について話し出す。土の中、土の上、空の色、大して興味もなかった世界が俄かに意味ある形をなしてきて、ノートンは心底自分の目が見えたならとため息をついた。

ルキノの目に、春はどんな姿をしているのだろう。隣で教えて欲しいと願いながら、ノートンは新しい冬に浸った。


〆.