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檻の中でお茶を


 荘園にたどり着いた時、記憶というものはなるほど人を騙すのだと思い知った。バルクは建築家である。荘園を作り、芸術家たちにふさわしいこの世の楽園と言える遊戯場を建築した。時に要望に応える形で意地悪な仕掛けも大量に作り上げたことは、懐かしい思い出として今でもお茶の時間に頭に浮かぶ。姪が送ってくれたショートブレッドは少し生姜が効きすぎたので、脳がねじくれた刺激を受けただけかもしれない。

 不幸な事件により楽園は閉ざされ、すべての計画は頓挫してバルクも持てるすべての栄華を失った。代わりのものを手に入れても、失ったものは決して戻りはしない。もう失うには遅いほどに体は歳を取ってしまったのだが、このところはかえって歳を重ねた今でよかったかもしれないと思いつつある。こんな状態でやりたいことだらけだったら、もどかしさで憤死しかねない。バルクは好々爺だとか飲んだくれ爺だとか、不名誉な評価を受けることが多いのだけれども、本質的には苛烈な性格なのだ。だって建築は情熱と忍耐無くしては成し得ないものだろう?

 ともあれ荘園である。エウリュディケー荘園を再び訪れたものの、往時と異なる姿に首を傾げずにはいられなかった。新たな主人のもとで全くこれまでになかった遊びが繰り広げられる予定だという。バルクはプレイヤーの一人というわけだ。設計図を失い、記憶に騙されたバルクはしばし考えた。もし、まだこの広大な土地に埋め込んだ仕掛けが生きているならば、さぞや遊びは刺激的になるだろう。

幸い仕掛けを動かす機関室が生きているのを見つけ出したので、今では大体そこで過ごしている。暇な時間には一体どの仕掛けがどう連動しているのか、何が動き出すのかなどを調べるのが日課だ。

「今日はこのあたりを調べるとしよう」

多分軍需工場につながっていると思しきレバー群を睨むと、バルクは頷いた。先日出かけてみたところ、地下の埋設物を感じ取ったのである。おかげでついゲームよりも調べ物に専念してしまった結果、サバイバーたちは知らぬうちにさっさとゲートから脱出していた。見た目は若くも歳が近いらしい(バルクにはあまり興味がない、なぜなら生き物であって機械ではないのだ)ジョゼフは、寝ていたのではないかと失礼な物言いをしたものである。そういえば、そのジョゼフは今軍需工場でゲームに励んでいるのではなかったか。

「ふむ」

すぐにその考えを棄却すると、バルクはためらわずに監視カメラを作動させ、レバーを引いた。科学の発展のために、犠牲が出るのは致し方あるまい。




 バルクが日課の作業に入った頃、ジョゼフは写真世界を闊歩していた。動きを止めた世界は美しい。永ごうそのままでいてほしいというのに悲しい哉、世界はジョゼフを置いていってしまう。故に美しさは常に極められ求められるべきだ。

「ん?」

だが、静かな時間を堪能している合間に不可思議な音が混ざりこんで来たのでジョゼフは眉根を寄せた。ジーゴジーゴ、ゴゴゴ、ガッチャンガッチャン、まるで建設現場のように騒がしい。建設現場。嫌な単語がよぎるうちに写真世界が崩壊し、現実に切り替わる。そうして、ジョゼフは自分の周りが柵だらけになっていることに気づいて怨嗟の声をあげた。

「バルク!!!!人の遊びに何をしてくれるんだ!!」

幸いと言うべきか、サバイバーたちも同じ目にあっているようで、全員がジョゼフが与えたものとは別の負傷を与えられたらしい。吊るのであれば今が絶好の機会だが、予期せぬ相手に助けられたようで気分が悪い。瞬間移動を使って柵の地獄から抜け出すと、再び嫌な音がし始める。監視カメラを使いながら操作しているだろうに、なぜこうも邪魔をするのか理解に苦しむ。目の前にいた泥棒が、圧迫死しかけているのは若干哀れだった。見捨てて杖を突いた音をたどって心眼を探し出す。歩く先々に立ちはだかっていく生き物のような柵に戸惑っているらしい。

 今日のゲームは散々だ。工場の壁に穴が空き、地下室はズタズタにされ何もかもが爆弾が落ちたように壊れている。荘園の地下にはバルクが埋め込んだ仕掛けが大量に眠っているという噂だが、その恐ろしさを身をもって味わうとは思ってもいなかった。サバイバーたちが投降したのも無理はない。ボタンをブチ切りながら、ジョゼフは綺麗に整えた髪をかきむしった。

「バルク、僕に何か言うことがあるだろう」

ゲーム終了後、待機所ではなくバルクの機関室に向かうと、ジョゼフは荒々しく扉を開けた。部屋の主人はジョゼフの声が聞こえているのかいないのか、優雅にお茶を淹れている。

「ああ、ジョゼフ。お前さんのおかげで軍需工場の仕掛けが全部わかったぞ。ありがとう、感謝するよ」
「どういたしまして」

礼を述べられると反射的に返事をしてしまうのは、ジョゼフの育ちの良さゆえの弱点だった。バルク特製の瞬間湯沸かし器で淹れた茶と、姪が送ってくれたというシナモンサブレを差し出されると益々怒りにくい。バルクはしゃっくりをしながら自分用のカップにブランデーを注いでいた。あれでは紅茶よりもブランデーの方が多い気がするが、飲んだくれの舌は信用ならない。

「故障していた写真機を直しておいたぞ。もって行くといい」
「……バルク」
「うん?」
「くそっ。次はないからな」
「かも知れんな」
「おい!」

ヒヒヒ、などと妖怪じみた笑い方が腹立たしい。それでも殴る気が失われてしまうのだから、つくづく得な男と言えよう。再三再四気をつけるようにと小言を述べながら、ジョゼフは味の濃いシナモンサブレを噛み砕いた。


〆.