時が止まっても、ずっと君を美しくさせてあげよう
花の色は
その花屋は門口にある。街の一角で延々巨大化と自己破壊と自己改造とを続けていく化け物のようなアーケード街のとば口で、唯一何も変わらずに少しだけ日陰になった位置を崩さず佇んでいる。面白いことに、これほどアーケード街が賑わっていても花屋はこれただひとつきりだ。あふれんばかりに花を売っている花屋はここだけで、夜になったら数本の花を持って歩く男や女がうろつくけれども、まとめて買うのであればやはりここで買うべきだ。隣町まで行くにはいささか億劫だろう。
花屋は水曜から金曜まで働き、あとはショーウィンドウに光が当たっていてもけして扉を開けはしない。噂では扉を開けたままにしておくと、好き勝手に花々が出て行ってしまうのだという。本当かもしれないと思わせるほどに、この花屋の花は生き生きとしていて艶めいて、人を誑かして食い尽くしてしまうような毒々しさがある。この花は、軽く食卓の上に飾ってはいけない。この花は、花冠にして遊ぶものではない。この花はまるで決闘状のように重々しく圧のある存在を示すためのものだ。そのため、遠くの街からわさわざ有名な華道家が買いに来ることもある。
街の住人にして店の常連でもあるユユコが用を頼まれて店に入れば、尺取り虫のように細長く白い店主が出迎えた。
「今日のオススメはダリアだよ。見て、あったかそうでしょ」
そう言って店主が差し出したのは白地に赤が血液のように飛び散った花びらの束だった。店主の指は恐ろしく白い。この指に朱が散ったならば丁度こんな花になるだろう。
「結婚式には相応しくないかな」
返すと、店主はしょんぼりと花を引っ込めた。瞬間一挙に花が萎れてしまったのは言うまでもない。ひまわりパンジー忍冬、キンポウゲにクリスマスローズ、春夏秋冬すべてがめちゃくちゃに咲き乱れる店内は店主で埋め尽くされていた。店主の体から伸びる菌糸のようなものの先が押し並べて花に変じるのである。何の基準でどの花になるかは店主すら把握していないため、これという花を描いて買いに来るには不向きな店だった。それでもただただ美しい。
「キトラちゃんは、本当に結婚しちゃうの?」
温室の温度が下がって行くのと同時に、店主の顔色も暗くなって行く。可哀想にと思わないでもないが、ユユコは当たり前のように頷いた。
「いつ変わっちゃうかわからないからね。キトラちゃんのお兄さんが、結婚する三日前に薬屋になったの覚えてる?あの亀がおっきく描いてある看板のやつ。お兄さん、亀は嫌いだったのにねってキトラちゃん泣いてた」
このアーケード街の住人にとって、店の流行り廃りは全て自分自身の人生そのものなのだ。ある日突然、空き地ができたり、その空き地に突然アンティークショップが目の前に立ち現れることは住人の新陳代謝に他ならない。友達と話をしている最中にその店に成り代わってしまう、そんなことすらある。人の姿のままで生涯を終えることは本当に難しい。両立できているのは花屋だけーー自分を少しずつ切り売りしている花屋だけなのだ。
「寂しいなあ。みんな結婚したら出て行くって言うんだ」
「出たら人生が変わるかもしれないもの。他所の人は人間のままだって聞いたよ」
「それはどうかな」
結婚をした人間は外に出ることが多い。しかし外で何が起きているかはアーケード街の住人には誰も知らない。実は戻ってきて店の一つになっているとも言うし、他所の土地で店になったとも聞く。誰にもわかりはしないのだ。そもそも、新陳代謝がめちゃくちゃに繰り返されたこのアーケード街は迷路のようになっていて、抜け出すことは至難の技だ。花屋だけが普遍に変わらない。まるで境界線のように外界に接触している。だからこそ店主は半ば人間のように生きているのかもしれなかったが、ユユコの預かり知るところではない。
「ユユコちゃんは選べるなら、何になりたい?」
「入口の桃飾り」
アーケード街にも一応出口にはなれない入口はあって、一際目立つ目印がある。巨大な桃の飾り物だ。花屋に行く外界の人々はこれを目印にして入り込まないように気をつけながら用事をすませるのだと聞く。せいぜい多くの人を取り込んでやろうという意気込みがユユコにはあった。この街には新しい刺激が必要だ。近頃できる店は新鮮味に欠ける。
「タチが悪い」
「期待してるくせに。そうしたら毎日会えるよ。嬉しい?」
「悔しいけどね。毎日花で飾ってあげよう。約束する」
「うん」
多分、桃飾りにならなくとも、この店主は自分の成れの果てを飾ってくれるだろう。頓珍漢な思いを詰めた、季節を無視した花々で。アーケード街の地下に張り巡らされた根の上に生えた店主は、移動こそできないものの、街の全てを知っているのだ。唯一不変の住人の約束事は信頼に足る。
「いいお花にしてね」
「善処するよ」
さしあたってはこれを、と店主が黄色い水仙の花束を渡してくれる。手に取った端から遠くに霞んでいく花は、まさに生きていると言っていいだろう。その心は尋ねるべきではない。見えなくなった花を掴んで頭に飾ると、ユユコは今度こそ結婚式用の花を頼んだ。
〆.