ORIGINAL NOVEL
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どこもかしこも甘酸っぱい。


パイナップルがいっぱい


「こちらアカサカ・C、個体に変化は見られない。どうぞ」
『こちらバーンティ・S、バナナは開花により興奮度が上がってきている。これより我が部隊は鎮圧作戦を行う』
「承知した。こちらは引き続き監視を行う。幸運を祈る」

受信機の向こうで返事の代わりに派手な爆発音が響き、アカサカは顔をしかめた。バナナは俊敏にして獰猛だ。恐らく激戦になるだろう。バーンティの間抜けな、日に焼けた肌に対してキラリと光る白い歯を思い出したアカサカは、あの歯の間に金歯が増えていたような気がして首を振った。バナナを食べすぎるとカルシウム質が金に変わると聞いたことがある。バーンティは好奇心旺盛であるだけでなく食欲もまた尽きることがない。職務中に対象を貪っていることはありえそうな話だった。

 バーンティの歯のことを放棄して、目の前の監視対象に注意を戻す。うっそりとしげるトゲトゲの葉っぱ、木肌かと見まごう硬い殻が太陽に向かって伸びている。神々に祈りを捧げる塔にも似た彼らを人は、パイナップルと呼ぶ。昔は神の名をいただいていたこともあるらしいが、過去を辿れば不思議ではない。今でこそ能力が退化したとは言え、パイナップルは原始生物の名残として知性があるのだ。目の前に並んでいるこの畑の並び自体がパイナップルたちの考案した、最も成長を促す配列である。人はただ時折声をかけ、水や養分が足りなければ補充してやる程度で済む。あの果実に知性が詰まっているのだ、とアカサカは木肌にしか見えないパイナップルの果実部分に目をやった。中身を知らなければ辿り着けない喜びがそこにはある。

「美味しそうですね」

隣に並んだ副官のモトシマ・3がじゅるりと唾液を零す。はしたない様子に嘆きながらも、アカサカは部下の気持ちをよくよく理解していた。

「シッ、それはここでは禁句だ。やつらに聞かれたら困る」
「すみません」

パイナップルには知性がある。すなわち、警戒心も持ち合わせており、対応する力もあるということだ。収穫期のパイナップルをいかに手なずけるかによって部隊の評価が決まる。この見渡す限りのパイナップルを全世界が待ち受けているのだーー頭の中が芳しい甘さでいっぱいになり、アカサカはぶんぶんと首を振った。惑わされてはならない。まだ収穫期には早いのだ。

 かつて、地球という場所にはパイナップルやバナナといった『植物』が溢れかえっていたという。芽が出て枝葉を伸ばし、花を咲かせて果実なり種子を作り出して増えていく。知性があるかはまったく不明の、概ね人類が「食べられる」「食べられない」「美味しい」「不味い」で区分けしていた生き物たちをアカサカは知らない。ここは似たものだけがゴロゴロしている偽物の星だからだ。地球に行ってみたいな、と幼い頃には無邪気に話していた結果がパイナップルである。いや、パイナップルは好きだ。美味しい。太古の昔、地球にあったものとはなんとなく見た目と味が同じだけだと聞くが、このパイナップルこそがアカサカのパイナップルである。

「長官、対象の様子がおかしいとは思いませんか?やつらは少しも動きません。もうすぐ雨の時間です」
「……たしかに」

人工降雨の時間はパイナップルとの協議で決められている。パイナップルたちは一列に並び直して雨を浴びるのだ。五分前には準備を始める律儀な習性を持つはずが、少しも動かない。カレンダーを取り出し、アカサカは収穫スケジュールを見直した。まだ収穫期ではない。収穫期に入ったパイナップルは動きが鈍くなるので一目でわかるのだ。しかし、目の前では死んだようにパイナップルたちが黙秘している。こちらの様子を伺っているのか?まさか、そこまでの知性は持ち得ない。彼らの高度な知能や技術は人間が取り込んで徐々に弱らせて行ったのだ。あれは食べ物。それ以上でもそれ以下でもない。

 もう一度、今度は双眼鏡を使って監視対象を見る。和やかに並ぶパイナップルたち。もう少ししたら収穫期を眺める子供達も来るだろう。その頃は甘酸っぱい匂いで畑が満ち満ちてーー想像に入り込む手前でアカサカは小首を傾げた。どうにも誤魔化されている気がする。普段であればこんなにも余計な考えは入り込まない。脳みそを奮い立たせると、アカサカは視界の隅から隅までを精査しぎょっとした。手が震え始める。

「数が減っている……そうだ、どうして気づかなかったんだ?各員至急、現場に向かって個体数を確認しろ!境界に配備された部隊に脱走者がいないかも聞いてくれ」
「承知しました」

静かに返すも、モトシマはその場を動こうともしない。違和感から他の部下たちも見たが同じようにぼうっとしている。パイナップルめ。舌打ちするとアカサカは甘酸っぱい匂いがせり上がってくるのを避けるように監視台の更に上へと登った。上から見えたのはぞっとするような光景である。パイナップル畑からは歯抜けのように巧みに姿を消したものがいた。ならば彼らはどこへ消えたのか?答えはーーモトシマ達の足元にあった。

「つまみ食いは駄目だと戒めたはずなんだがな」

パイナップルは知性を残している。彼らが毎度知能の元である果実を収穫される中で、必死に生き残り策を講じていたとしたら?あの類稀なる美味しい果実に爆弾を仕込むような真似だって平気でするだろう。

「パイナップルだって良いものですよ、長官」

モトシマが金色の目を光らせてアカサカを見上げてくる。開いた口の中は同じく黄金色の実がぎっしりと詰まっていた。甘酸っぱい匂いがこみ上げる。美味しそうだ。

 そうだ、もうすぐおやつどきじゃないか。アカサカは鉄の蔦を登る手を止めた。ベタベタとした波が一斉に頭から全てを覆い尽くす。境界の向こうから飛び込んでくるバナナフィッシュがやけに綺麗に眼に映った。

〆.