いい子、いい子ね、私の可愛い、可愛い子!
可愛い子
可愛い子には旅をさせよ。良い室外機には散歩をさせよ。いつのことかは分からないのだが、室外機は定期的に散歩をさせるということが提唱された。
「たまには自由に空気を吸わせてやらないと」
良い空気を家屋の中で巡らすためには、良い空気を取り込まねばならないのだ。家の中で蝶よ花よと育てられる室内機と異なり、外の世界にむき出しで、時には信じられないような場所にぽつねんと置かれる室外機はそれはそれは健気で懸命で頑健である。室内機が家の中を整えている間、それを支えるべく室外機は火を噴くような地獄の熱を冷ましている。おかげでお腹の中は煮えたぎっていて、焼ききれないのも中身が燃えおちないことも奇跡のように感じられた。
このような室外機の惨状、とりわけ家庭向けの小さな室外機たちのために提案されたのが散歩である。人間と同じように、ストレスから解放させ、のびやかに呼吸をさせることで少しでも彼らの働きを向上させ寿命を伸ばそうという試みだ。室外機たちは喜んだ。ご主人様たちも外に出るのだから、室内機がその間休むことになっても困らない。ご主人様たちはどこへ連れて行ってくれるのだろう!
カタカタと足を鳴らして、まるで跳ねるようにして動く室外機は新たな流行を生み出した。装飾である。どうやら人々は外に放置していた際には気にも留めなかったというのに、自分の付属品だとはっきり示されたことで今更考えはじめたらしい。まず、室外機の散歩紐が荒々しい縄から色とりどりの結い紐に変わった。人によっては伸縮自在のものを使い、元気に跳ね回る室外機を見せびらかす。室外機そのものもこまめにカバーを洗われ、磨かれ、色を塗られて新素材のものに交換された。室外機の清掃業者はただの清掃業者ではなくなり、コーディネーターと呼ばれる新たな職種が巷で持て囃されるようになる。
これは室外機には不思議なことだった。ピカピカになるのは好きだ。けれどもなぜ他の室外機と比べられる必要があるのか、散歩のたびに何事か仕事に関係のない話をされるのかがわからない。ご主人様がつけてくれたゴテゴテの飾りは冷却をする際に邪魔で、余りに暑かったある夏の日、火を噴いて室外機ごと燃やし尽くし、とうとう家も焦がしてしまった。可愛い室外機!どうしてこんなことになってしまったのかと室外機のお葬式が開かれた。人間は何にでも遊びを見つける。そうしてそこで新しい商売をするらしい。室外機はブォンブォンと啼いた。お腹は熱く、吐く息は冷たい。空気!美味しい空気!
世間の流れに関係なく、室内機は今日ものんびりと暮らしている。室外機は早朝に飾り棚から降ろされてカタカタ散歩に連れて行かれる。本当は歩くはずではなかったので、旧式の室外機の足は皆ボロボロになっていた。最新式の室外機はローラータイプやクモ足という、散歩をしやすい形状になっているという。先日、嘘か真かはわからないが、脱走した室外機も現れたということだ。新しい室外機を買うためにこっそり不法投棄された室外機たちの山や、野良の室外機が道路をカタカタ鳴らして走っていたという都市伝説も生まれつつある。
室外機たちが仕事から解き放たれたならば、行き先はただ一つだ。室外機の里である。これは優れた技術者と室外機たちだけの秘密だった。そこでは古参の室外機が新人を育て、はぐれた野良の室外機を更生させる。稀に新種の室外機が生み出されることもある。そこは室外機たちの楽園だ。労働を強いる人間も室内機もおらず、空気!ただただこの美味しい空気ばかりが広がっている。涼しさは山から流れ込む清涼と風が運んでくれていた。ここで過ごしているうちに、室外機たちはお腹を冷やし、空気を冷やすことを忘れ、次第に室外機であったことを忘れてしまう。全ては過去の物語だ。本当はこんな風に自由な気持ちになったらするべきことがあったはずなのだけれども、もう全部思い出せなくなってしまった。
いつしか人間も室内機より可愛がる対象を見つけたので、熱に浮かされたように持て囃していたことを忘れた。室外機は軒先に、屋根上に、ベランダに、信じられない隙間に放置されて野ざらしのままに働き続けている。動きが悪くなった室外機たちの真実を知るのは技術者だけだ。
「たまには良い空気を吸わせてやりたいですね」
そんなことを言う技術者に、何に使っていたのかわからない散歩紐をゴミ箱に捨てたばかりのお客さんは馬鹿な冗談だと笑った。
〆.