雷電
ある日、ボンちゃんにツノが生えた。学校の帰り道、今日はクレープ屋に寄ろうと話している最中だった。ニョキニョキと生えていくそれに、ああ今日は苺バナナにしよう、と思い立ったのでよく覚えている。
当の本人は自分の頭に起きた変化にまるで気づかず、道ゆく人々がざわめき出してようやく妙だと思ったらしい。ボンちゃんは普段からとてもぼんやりしている(彼女の名前をつけた親達は見越していたのだろうか?)が、そもそもツノが生える最中は誰でも気づかないものだと後で本を読んで知った。
「どうかした?」
「ボンちゃん、ツノ生えてるよ」
「ツノ」
自分の頭を触ったボンちゃんがおお、と小さく歓声を上げる。金属で出来上がった鈍色の、到底人間の延長線上に生まれるとは思われぬツノは、そうしているうちにもどんどん枝を増やし、トゲトゲした頂点に花のようにアンテナを張った。
ツノは掌の大きさほどにもなって、ようやく動きを止めた。ボンちゃんのツノは二本の鹿型、ニュース番組によく登場する『ツノ持ち』そのものの姿で、私は暫し見惚れていた。人間の体にこんな変化が起きるなど信じられなかったのだし、クレープを食べたいという気持ちはどんどん萎んで勿体無さも漂う。その日はもちろんボンちゃんのツノに関する手続きで手一杯で、結局クレープは食べずじまいになった。あれからずっと、私はボンちゃんと食べに出かけていない。
『ツノ持ち』。それは、突如として世界中に現れた人間の頭部にアンテナを生やした人々のことである。老若男女構わず、誰にでも生えるツノの形はさまざまで、当初は奇病であるとか呪われたものなどと差別や迫害、場合によっては私刑に遭うこともあったらしい。カルト教団や擁護団体、科学的に研究をしたい集団などがこぞって押し寄せ、それはそれは苦労したという。
今では、各国のやり方次第ではあるものの、概ね公的に権利を認められた保護されている。ツノが生えたとはいえ、彼らは人間であることに変わりない。ただし、解明されない事象が多いため、彼らは国立研究所に在籍する義務があった。
当然、ボンちゃんも学校を辞めねばならず、今では休みの日に研究所の寮に遊びに行かなければ会うこともできない。小学校の頃から高校まで、ずっと一緒に並んできた私にとっては変に窮屈な気分だった。私の話を半分上の空で聞いていたかと思うと、斜め上からの素敵な切り返しをしてくれるボンちゃん。もうあの頃には戻れない。
「ツノが生えて、何か変わったことってある?」
何度目かの面会の時も、ボンちゃんはどこか遠くに耳を澄ませているようだった。まるでここではない、ずっと遠くに行ってしまった風で、俄に焦燥感が掻き立てられる。私は柄にもなく彼女の腕を引っ張って目をと目を合わせた。それでも尚、ボンちゃんの目はここにはない。
「歌が聞こえるの。ずっと遠くの、昔々に忘れられた星々の歌でね」
「どんな歌なの?」
「人間には歌えないんだ」
けれども、ツノ持ちは皆聞いているのだという。誰の歌なのか?ボンちゃんは宇宙の果てだと思う、と自信が無さそうに話してくれた。
これは後で知ったのだが、ツノ持ち同士は言葉を交わさない。彼らは黙ってツノを介してわかりあうのだ。それは人智を越えた現象で、ツノのない人間がいくら手を尽くしても聞こえることはない。ツノはアンテナのような役割を果たしており、どこからか波を受け取っているという説もある。
どちらも直接ボンちゃんに聞いたけれども、芳しい答えはなかった。私とボンちゃんの間には、音ばかりが飛び交って、それ以上は失われてしまったのかもしれない。
だから、ある日突然ボンちゃんが会いたいと言ってくれた時も、私には何も伝わらなかった。ちょうどテスト期間中で、手が離せなかったのだ。馬鹿だったな、と思う。何がなんでも、聞き届けるまで音をかわせば良かった。
テスト期間中だから、と返したメッセージに、ボンちゃんの返事は短かった。
『行かなくちゃ』
『どこに?』
既読すらつかず、メッセージは宙に浮き、変にソワソワしたけれどもそれだけだ。私はツノがなかったから。こんなことなら、もっと早くにわかりたかった、全部がもう遅い。
数日後、世界中で大きな雷が落ちた。地面から眩い光の柱が天に伸び、空からも手を差し伸べるように光が走ったという。人気のない山奥で、砂漠で、海の上で起きた事象に人々は慌てて走った。光の後を轟音が駆け巡る。全ての光が消えた時、ようやく人間は柱の元にたくさんのツノ持ちたちが折り重なっているのを発見した。感電した死体は真っ黒に焦げて、ただツノばかりが無事だったという。それきり地球上からツノ持ちは消えて、新しく生まれることもなかった。ボンちゃんももうどこにもいない。
何が起きたのかはわからないままで、憶測ではツノ持ち達が避雷針の役割を果たしたのだとも言われている。もし彼らがいつものように街中で過ごしていたらば、大惨事は免れなかったに違いない。今では救い主として崇め奉られていた。
私は今でも時々想像する。そっと耳を澄ませた宇宙の彼方と結びついた彼らが、人間のままであるために次々と光の柱に飛び込む姿を。もしかしたらボンちゃんから、初めて音以外で伝え合えたかもしれないことを。
あの日ほどではないが、今日も雷はひどい。私は分厚いカーテンで窓を閉じて、耳に手を当てた。雷は、こんなことを話しているような気がして恐ろしいのだ。
感電せよ、感電せよ!感電せよ、人類!
〆.