自分にも できると言いたい この気持ち
薔薇色の日々
世は薔薇色である。ハンターであるリッパーが薔薇杖なる洒落た携行品を腰にさしてからというもの、荘園で繰り広げられるゲームには一つの様式美のようなものが付け加えられた。たかが花一本、されど腰に差した優雅なリッパーは常になく紳士的であり、今までであればサバイバーたちを乱雑に風船にくくって散歩をするところが丁寧に抱きかかえて椅子まで運ぶという対応へと変化している。暴れることはやめないものの、とりわけ女性陣に概ね好評だった。
「抱かれてしまった……」
「やめろ!その言い方だと誤解を招くだろう。良い歳こいたおっさんの言うせりふじゃないぞ、セルヴェ」
「でも悪くなかったのは事実なんだよね。この前ウィラちゃんがため息をついてたのも許せたよ」
「恥ずかしいからあまり言わないで、カートさん」
今日のゲームは完全敗北、たった一人がからくも逃げ出したと言う結果に反省会を開いたものの、飛び交う会話にクリーチャー・ピアソンは頭を抱えた。どこか自信喪失をしているらしいセルヴェ・ル・ロイ、ほわほわとにこやかで前向きな発言をするカート・フランク、そして恥じらう仕草も麗しいウィラ・ナイエルの三人はけして相性の悪くない組み合わせである。とはいえ今回は対戦相手のリッパーの一人勝ちとなってしまった。
クリーチャーは負けるのも痛いのも嫌いである。勝って賞金を手に入れることを究極目標としているのだから、勝つのは大前提だ。経過を楽しめればそれにこしたことはない。痛いのは、左目を抉り出されたことで十分だった。ゲームが終わってしまえば、負った怪我は不思議と全てなかったかのように治っていくとはいえ、痛みは痛みとして残り続ける。自分も負傷するようになって、他人の痛みを容易に想像できるようになれば尚更だろう。
最終目的こそ違えども、勝利を前提としていることは変わらないというのに、たかだか薔薇の花一輪で骨抜きにされてしまった面々をクリーチャーはひどく恨んだ。第一、セルヴェやカートにいたってはいい年齢を重ねた男性なのである。ときめく気持ちがわかるよ、とは言語道断だ。確かにハンターはおおよそ自分たちサバイバーよりも体格が良いし、大きくなった男性が誰かに抱きかかえられることなど早々ありはしない。物珍しい体験なのは確かだった。
反省会が全く意味をなさないことから、クリーチャーはもうお流れとばかりに抜け出した。今の所、クリーチャーは一度も薔薇の杖を持つリッパーに捕まったことはない。自分もあの恐ろしい腕に抱きかかえられたら考えを変えてしまうだろうか。否、するならば抱きかかえる方をやりたいものだ。例えば、エマ・ウッズを相手にするというのはどうだろう。本物の紳士とはこういうものだと示す良い機会になりそうだ。古来、力の強さは最も手っ取り早い能力の示し方で、カヴィン・アユソが救出後に肩に抱える時には不覚にも胸が熱くなるとマーサ・ベハムフィールもしぶしぶながらに認めていた記憶がある。
と、クリーチャーは自分のがりがりにやせ細った腕を見てため息をついた。この手は実に器用だ。だが筋力という観点で言えばいささか頼り甲斐がない。ウィリアム・エリスほどに頑強であれとは願わなくとも、セルヴェ程度にはたくましくなってほしい。今、エマを抱えようとすれば持ち上がらないか、腰に絶大な負担がかかるだろう。こんなくだらない理由で医務室に行けばエミリー・ダイアーにせせら笑われるのが関の山だ。
同時に、クリーチャーはむやみに筋肉をつけようとしても、体質上太れないことも相俟って相当の長期戦を強いられることも理解していた。育ち盛りの時に不十分な食事しか手に入らなかった人間は棒切れのようにしか育たない。確か、エマが植物にも大きさの限界があると話してくれたがそんなところだ。草は木になることは不可能である。ならばーーならば自分の特技を活かすべきだ、とクリーチャーははたと閃いた。玄関ホールに出て試合の日程表を見る。幸いにして明日自分は出番があるし、調子に乗ったリッパーが出てくる確率は高い。自分だけの特務を課すと、クリーチャーは意気揚々と準備運動をするべく自室に戻った。
晴れ間に雲がゆっくりと忍び寄ってくるような気配がする。今日この場を何よりも喜んでいたはずのナワーブ・サベダーは顔をしかめた。戦場で培ってきた直感とでも言うべきものはナワーブに確実に生命の危機を教えてくれている。ゲームのメンバーは、自分とエミリー・ダイアー、何を考えているかわからないノートン・キャンベルに、密かにナワーブが親しみを抱くクリーチャー・ピアソンで、本来ならば両手を広げて喜ぶところだ。
クリーチャーが猫のようにしなやかな動きで食料庫に入り込むのを見た日から、ナワーブはどうにも彼の動作が気になって仕方がなかった。小動物のように一心不乱に小さく小さくした食べ物を食む風景や(フレディ・ライリーにさもしいからやめろと食事作法を叩き込まれている姿を見かけた、大きなお世話だ)、ゲームの前の準備運動でぐにゃぐにゃと手指が動く様、そしてカードゲームで一つも二つも先の手を読んでいかさまをしかけてくるあの怪しい表情、全てがナワーブの目を引きつける。
ただの胡乱な中年男性であることはわかっていても、勢いのままにどこかに連れ出したくなる衝動がナワーブの腹の奥底でうごめいていた。現段階では理性を総動員させて顔を厳しくすることで対処できているが、そのうち眺めているだけでにやついてしまうかもしれない。危ない。クリーチャーはこれから先どんな様子を自分に見せてくれるだろう。今も、クリーチャーがどこかそわそわしながら両手を顔の前で合わせて指をくるくるさせる仕草が宴の始まりを予感させている。
「……なんか嬉しそうだね、ピアソンさん」
「そ、そうか?別に大したことはないぞ」
「昨日リッパーに負けたからやり返そうと思ってるんじゃないかしら。変にむきにならないでちょうだい、クリーチャー」
「やり返すって考え方、俺は歓迎するよ。だったら、ファーストチェイスをお願いしたいものだね」
明らかに怪しいクリーチャーに対し、他の二人は実に気儘である。全く呑気なものだ。それでいて勝率の高い面々なのだから侮れない。エミリーはしぶといし、ノートンは不思議な磁石を使った撹乱が実にうまい。クリーチャーの様々な道具を使った小器用さや身軽さも勿論最高だ。それでも尚、ナワーブの頭の中からは不穏な影が消せなかった。
「始まるぞ」
パリン、と鏡が割れる音と同時にゲームが始められる。場所は湖景村、時間の感覚を狂わせるような薄暗い場所である。うっすらともやがかかった空気はリッパーを思わせ、ナワーブはそっとしゃがんだ状態であたりを見回した。船のすぐ近くであるこの場所は、最初にハンターが巡回しがちな場所である。チェイスをすることが得意であるものの、見つからなければそれに越したことはない。肘当てはここぞというところで使いたいものである。
遠目に縦に細長いシルエットが悠々と船へと向かっていくことを確認すると、ナワーブはそっと畑の方へと向かっていった。ノートンがハンターが近くにいると信号をよこす。彼ならばひとまずは放っておいて良い。確か磁石が使えるようになっている頃だ、とナワーブは目の前の暗号機に手をつけた。がたがたと鳴らしながら探るような音波をやり過ごす。クリーチャーのおかげでいささか当たりを掴みやすく、ナワーブにしては解読速度が格段に早い。エミリーは真ん中のドックヤード、クリーチャーはおそらく湖畔のゲート付近にいるようだ。ノートンは予想通りに逃げ回っており、幸いにしてまだ打たれていない。
「はあ、撒くのに時間がかかったよ」
「お疲れさま。誰だった?」
息急き切って現れたノートンに、ナワーブは暗号機から顔をあげずに尋ねた。あと少しでこの暗号機も解読完了となる。やる気を出した暗号機がばちばちと音を立て始めていた。ハンターの気配はない。ノートンもカラスがつかないようにと手を貸し始め、間延びした調子で返した。
「リッパー。途中でピアソンさんが来てくれてね、俺に代わってくれたんだ」
「ピアソンさんが?」
「そ。エミリーさんが言ってたことは本当だったのかもな。懐中電灯から火花が出てたよ。綺麗だった」
「ふうん」
挑発はクリーチャーの十八番だが、いささか強引なようにも思う。何がおかしいとは指摘できないが、嫌な胸騒ぎがして仕方がない。バンバンと乱雑に叩いて解読し終えると、残りは二台になっていた。エミリーも見つからずに順調に進んでいるようだし、クリーチャーはかれこれ60秒も牽制に成功しているらしい。と、ゴーンゴーンと音が鳴り響いてナワーブとノートンはぐるんと頭を動かした。船の上でクリーチャーが殴られたようだ。だがまだ一発目。もう少し彼に近い暗号機を選んで解読を進めるべきだろう。ノートンと一緒に次の暗号機を目指しながらも、ナワーブの頭は殴られた想像上のクリーチャーの様子でいっぱいだった。どんな風に殴られた?血はどの程度?足を引きずってやしないか、咳はひどくなってやしないか、一つ一つを信号で尋ねてやりたい。
『ハンターが近くにいる!』
痛烈な叫び声が聞こえる。まだ解読は進んでいない。頑張って持ちこたえて欲しいとノートンが冷静な信号を送る。舌打ちをしたいくらいにまともだ。このゲームは、参加する回数が増えるにつれて、人々は実にまともになっていく。冷静に、全体の目標のために最適な動きをしましょう。軍隊だってここまでばらけておきながら意思疎通を図れることは珍しい。そもそも化け物相手に戦うことなどなかったものだから、全てがおとぎ話と言える。と、もう一発クリーチャーが殴られた。残りの解読はノートンに任せ、クリーチャーの近くに行くべきだろう。ちらりとノートンを見ると、顔の半分が笑顔のままで引きつった男は短く頷いてみせた。
「後は頼んだ」
「了解。頑張ってくれ」
船の近辺で捕まると、いささか面倒なことになる。地下に船上にと救出しづらい場所が多いのだ。ナワーブが船の近辺にたどり着くと、ちょうど頭を抱えて唸るクリーチャーをリッパーが優しく抱き上げるところだった。は、と思考が止まる。リッパーがクリーチャーを?いっそ淑女に対するようなうやうやさしさで背を支え、太ももの下に手をくぐらせている。リッパーの腰のあたりで輝くのは薔薇の杖で、理由は把握したもののナワーブの頭は爆発しそうだった。何よりクリーチャーがしどろもどろになってリッパーの背に手を回そうとしている姿は目を疑う。さらに距離を縮めれば、ぼそぼそと霧に紛れて会話が耳に届いた。
「ほら、良い子にしてください。そうしたら貴方も淑女として扱ってあげますよ。お嬢さん方に優しくしたいなら、まずは受ける立場も味わうと良いでしょう」
「顔を近づけるな」
「貴方もそうしたかったくせに」
「違う!」
「エマ嬢に対してですよ。勘違いしないでください。はい、良い子良い子」
ゆっくりと椅子に縛り付けられるクリーチャーの顔は心なし赤い。昨日、カートやウィラが惚けていたことを思い出してナワーブは頭を抱えた。よりにもよって厄介なところにクリーチャーは飛び込んで行こうとしている。ここは断固として軌道修正を図らねばならないだろう。身を潜めてじりじりと近づいてゆく。リッパーは左手の凶器でクリーチャーの頬を撫でている。赤くなったり青くなったりするクリーチャーの顔は、そんなものは、自分にだけ見えていれば良い。間髪入れずに隙をついてクリーチャーの前におどり出ると、霧の刃を少し避けてやり過ごす。時間を無駄にせずにクリーチャーを解放し、少し迷ってーーナワーブはぎゅっとクリーチャーを抱きかかえた。引き寄せた際にバランスを崩したクリーチャーはなすがままだ。
「何するんだ、ナワーブ君!君まで足が遅くなる」
「俺にだってこれくらい、できるから」
暗号機寸止め完了!と信号を打っていたエミリーとノートンがゲートの位置を知らせてくる。リッパーの執拗な追いかけをひょいひょいと避けると、腕の中のクリーチャーが青くなりながらナワーブにしがみついてきた。紳士的な動きを達成できているかは謎だが、感触としては良さそうである。薄くて軽いクリーチャーの体に熱が詰まっているということに、ナワーブは心の底からじんと感動していた。生きている。この人を生かしておきたい。そしてもっといろんな彼を間近に見せて欲しい。
ゲートが開く。この状態で肘当てを使えるか迷ったが、ナワーブは全力で逃げ切った。リッパーが何事か喚いているが逃げたものが勝利である。ぎゅ、とクリーチャーを抱きしめるとただただ困惑の表情が返された。
「あー……その、助けてくれてありがとう。そろそろ下ろしてもらえないか」
「ナワーブ君は、リッパーの物真似がしたかったんだな。ピアソンさんくらいなら持てそうだね」
「おい、」
荘園への道すがらも下さないままでいたらば、先に立って歩いていたノートンが戻ってきて顔を輝かせる。どうやらこれを遊びの一環だと思ったらしく、存外強い力でクリーチャーをナワーブの腕から取り出して抱きかかえた。思えば彼は鉱山労働者上がりで、筋力は十二分についている。おまけにナワーブよりも背が高い。落ちそうになったクリーチャーがノートンの肩にすがりつくのを見て、ナワーブはますます渋面を深めた。
「何が面白いのかよくわからなかったけど、筋トレの重石にちょうどいいかもな。また今度よろしく頼むよ、ピアソンさん」
「そういうのはウィリアムにお願いしてくれ」
そっと下されたクリーチャーは、すっかり機嫌を悪くしたらしく唇をへの字に曲げている。疲れているためか、怒りまでは昇華できないらしい。と、クリーチャーの上着の中から何かがちらりと覗いてナワーブは何事かと顔を近づけた。こぼれたのは薔薇の花びら。これは、
「薔薇の杖?なんでピアソンさんが持ってるのさ」
「あっ、おい、持っていくな!」
慌ててクリーチャーがナワーブに詰め寄ろうとするも、すかさずノートンが捕まえて阻止する。リッパーに捕まっていた際、クリーチャーがもぞもぞ動いていたのはなるほど泥棒行為を働くためだったのか。それにしたってリッパーが乗り気だったのは余り面白くはない。にたにたと笑うノートンも同罪だし、この薔薇の杖を使おうと思い立ったクリーチャーの欲は事件が起こる前に摘み取るとしよう。す、と自分の腰に薔薇の杖をさすと、ナワーブは恭しく跪いてクリーチャーを見上げた。
「それじゃあピアソンさん、俺に抱かれてくれるかな?」
「男に抱かれる趣味はない」
「淑女にはしつけも必要だからね。本物の紳士を教えてあげないと」
「おい、」
「ははあ。それも一興だな」
「だろ」
趣味は悪いが面白がるノートンはなかなか使えそうだ。青ざめるクリーチャーを容赦無く抱え上げると、先ほど抱きかかえた時よりもずっと楽に、優雅に決められているような気がする。クリーチャーは暴れて逃げ出そうとするが、わざと支えを一瞬外してやれば顔を青くしてすがりついてきた。これで良い。まずは第一歩だ。
「大方エマに使おうとしてたんでしょ。エミリーさんにバレたらどうなるかなあ」
「……良いじゃないか、夢を見るくらい。私は筋肉がないんだ。それに、あんな奴でも喜ぶんだぞ?その杖があったら、俺でも」
「じゃあピアソンさんはさ」
ぐ、と顔を近づけるとクリーチャーの顔が赫らむ。そういえばクリーチャーは自分の顔をちょいちょい凝視してくるのだ。それはつまりーー良い傾向と言える。
「俺に抱かれて嬉しい?」
「いや、」
「嬉しくないんだったら、こんな杖なんかしてても意味ないよね」
ノートンが腹を抱えて笑い出す一方、クリーチャーはますます追い詰められた様子でもごもごと唇を動かしている。いやだと言いたいが、自分にも効果があることを期待しているおまじないに意味がないとは否定しづらい。ふふん、と我ながら良い攻め方だと得意げになりながら再び歩き出すと、ナワーブはちらりと後ろを振り向いた。薔薇の花びらが、まるで道しるべのように転々と散らばっている。いつかこの花道を、また違った目で見ることはできるだろうか。
「はい、到着。いかがでしたかお嬢さま」
「よかったよ」
玄関前でおろしてやると、クリーチャーが渋々ながらに言う。その手に薔薇の杖を返しながら、ナワーブは心の底から残念に思った。この薔薇よりも咲き誇る自分の気持ちは、まだ彼に伝わっていない。どんなに思おうとも、この花だけでは足りないのだ。すっかり萎れてしまった薔薇の花を眺めたクリーチャーは自分の腰にさすと、すっとナワーブの背に手を回した。
「それじゃあ交代だ」
「え、あ、ちょっと!」
「ちったあ嬉しそうにしてくれよ」
ひょいとあのクリーチャーがいとも簡単にナワーブを抱き上げる。まるで子供にするような、慈愛に満ちた表情にナワーブはしばし見とれた。ずるい、なんてずるいんだろう!悔しいほどに頭の中はクリーチャーでいっぱいだ。せめてもの、と玄関ホールに連れて行かれたナワーブは、自分のフードの中に招くようにクリーチャーに顔を近づけた。意表をつかれて目を丸くした隙を逃さずに、ナワーブはクリーチャーの頬に口づける。今はわずかな花びらの跡を残すことで精一杯だった。
「お礼だよ」
「……そういうお礼は必要ない!」
いつか、彼に薔薇の花束を贈ろうとナワーブは誓った。自分の心が花盛りを迎えたその日の気持ちを全て束ねたら、どんな顔をするだろう?今やクリーチャーの顔は真っ赤で、そのくせナワーブを取り落とさないのだから心根は知れようというものだ。幸先は明るい。人生は薔薇色だ。ナワーブはにっこりと笑って床に降りた。
薔薇の杖など無意味だ。魔法が使えたのはただ一度きりで、すぐさま萎みきってしまった花にクリーチャーは心の底から落胆した。必死で手に入れた薔薇が、あのまどろみから飛び出した時に力を失ってしまうとは本末転倒も良いところである。ナワーブを抱きかかえたのは、魔法の最後の力を振り絞った結果に違いない。
どうしてそれがわかったかと言うと、エマに声をかけて薔薇の杖でご招待をし、実に紳士的に申し入れたおかげか受け入れられていざと手を伸ばしたならば無様にも抱え上げられなかったのだった。潰れたクリーチャーに悲鳴をあげたエマにエミリーが駆けつけ、勘違いをした彼女にさらなる制裁をくだされたのは最早いつも通りの喜劇である。すこぶる腰が痛い。腕も痺れていて、多分一日横になっていればどうにかなるわよという冷たい診断を受け取っていた。
「無理するからだよ、ピアソンさん。杖を返せって荘園の主人から手紙が来てたよ。セルヴェさんが返送してた」
「それはありがたい話だね」
ベッドの上で地獄のような苦しみに静かに耐えていると、子犬のような青年が転がり込んできた。ナワーブは今日も元気である。昨日散々クリーチャーを抱きかかえていた男がピンピンしているというのは体の鍛え方が違うことの証左だ。なんの慰めか不明だが、腰を撫でるのはやめていただきたい。
「……で、まだお姫様抱っこをしたいとか考えてるの?」
「計画は中止だ。カヴィンにロープ投げの方法でも教えてもらうよ」
「それ以前に、筋力と体力の問題だと思うな。ねえ、ピアソンさん」
「うん?」
「体力、つけよっか。効率よくやった方がいいでしょ。俺が教えてあげるよ」
少し考え、クリーチャーは悪くなさそうだと結論づけた。カートやマーサは軍隊仕込みの厳しさがあるし、ウィリアムは筋肉が全てを凌駕する理論で生きている。その点、傭兵であったナワーブはいささか柔軟性を備えていて、何よりも何故だかーークリーチャーに好意があるように感じられるのだ。かすかに心が暖かくなる。
「回復したら頼むよ」
「うん。楽しみにしてる」
早くよくなってね、とナワーブは花瓶に入れた花を置いていった。黄金色の薔薇が見事な花を咲かせている。まるで未来を祝福されたような心地がして、クリーチャーはうっとりと目をつぶった。
体力が必要となる本当の事情を知るのは、薔薇の花を押し花に変えた頃のことである。
〆.
あとがき>>
twitterで「#リプきたイラストや写真から妄想SSを送り返す」に、米さんから表情豊かな絵を受け取ったので、お姫様抱っこのお話を書きました。薔薇の杖はリッパーでなくとも皆どこかで欲しいと思うものではないでしょうか。私だって欲しい……!ナワーブ君はなくても十分抱っこができそうですし、自分にもできるんだよ!と喜んでやってみせてくれそうな気がします。自分の欲望でいっぱいいっぱいのピアソンさん、いつか全てに気付いた時に、自分もどこかで受け入れていた事実を思ってあわあわしてほしい。米さん、素敵な作品をありがとうございました!
そして最後まで読んでくださり、ありがとうございます!