来る夏に寄せて
センシティブ
松本君はひまわりになりました。友坂先生の発表に、大井サチは軽く目を開けた。今朝なんとなくわかってはいたのだが、もうそんな時期かとも思う。
夏が来たのだ。
この町では全てのものが時節の流れに敏感だ。春が来ればプラタナスは桜並木に姿を変え、バスの停留所はタンポポ集団になった。おかげでどこがバス停なのかがわからず、迷子になる人が多発したのは記憶に新しい。何日か、下手をすれば何週間かかかって物事は全て何事もなくあるべき姿へと戻るのだけれども、何度経験しても慣れるということはない。
「さっちゃん、松本君観に行く?すごくおっきいって原田君が言ってたよ」
「行かない」
そして恐るべきは生き物も、人間さえも例外ではないということだった。松本君はひまわりになった。例えば学校に来る途中かもしれない。春先にウグイスになって十日も帰ってこなかったお父さんのことを思い出して、サチは憂鬱になった。今のところ、サチは生まれてこのかた困ったことはない。困ったことになっても記憶が失われただけかもしれないが、記憶している限りはない。ひまわりになった松本君はどんな気持ちだろう。お父さんはあとで感想を聞いたら少し照れくさそうにしていた。
だんだんと夏に占領されていく校舎でなんとか授業を終える。隣のクラスは午後になったらスイカ畑になっていた。あの中のいくつが人間でいくつが机や椅子なのか、もうわからない。足がムズムズする。足だけではなく身体中がムズムズする。早く家に帰ろう。放課後遊ぼうというクラスメイトたちに丁重に断って、サチは走った。校舎の外はひまわり、ひまわり、ひまわり、みんな太陽を向いていて、巨大な頭をもたげている。危なっかしい何も知らない低学年の子供達がひまわりを揺らしていた。人間の頭がいくつも揺れる。おちたらどうしよう。ボロボロとこぼれだす花びらは元に戻るのだろうか。心底ぞっとする。
恐ろしさから目を背けて足に力を入れて走り、過ぎ去る風景が夏一色であることをも振り払う。季節なんて変わらなくていい、ずっと同じの何が悪いだろう。そのままであればこんな思いもしなくていいのだ。ようやく見えてきた家はまだ今朝と同じ姿のままで、サチはほうと息を吐く。玄関を開いてただいま、と言った。
「ああ、今年はアサガオになったんだね。サチは早起きが好きな子だったから」
サチのお父さんは玄関に置かれたアサガオの鉢植えを大事に抱えて蕾を数えました。花が全部咲いて、萎んだらまたここから始まるだろう。季節は巡り、全てのものは変わり、入れ替えられるのが世の常なのである。自分も何かになるのか、とお父さんは夏が開けた外を眺めてうっとりと目を細めた。
「いいなあ、あの空なんていい」
今日の入道雲は一際大きく、この世の夏をあまねく知らしめていた。
〆.