真白き骨
彼の国では、それを舎利と呼ぶ。隠語であり意味するところはとどのつまり、米だ。乾燥した米の粒はさながら分け与えられた仏陀の骨のごとくに白く透けて美しい。美味しいのももっともだ、と謝必安はざらりとその食感を楽しんで微笑んだ。徳者の血肉は妖物の好みとも聞く。彼らはその味わいを知るのだろう。
米を洗って硬めに炊き、そのフツフツとした息遣いを物語にしながら包丁を進める。と、言っても謝必安は眺めるばかりで仕事はない。母という人は余人が厨房に立つことを良しとしなかった。謝必安は側に立って眺めるばかりである。もう少しでできるよ。我慢しておくれねと頭を撫でられたのは、あれはいつのことだったか。何度目のことか?
「どうした、謝必安。惚けた顔をして」
「あ、いや」
くるりとこちらに振り向いたのは母ではなく、親友の溌剌とした表情だった。黒い前掛けがよく似合う。范無咎は常に変わらず同じ様子だ。常に?背景に浮かぶ厨房の風景が揺らぎ、涅槃の如き睡蓮咲き乱れる湖が浮かぶ。大学で出会った留学生から舎利について聞いたためだろうか。どうにもこのところ覚えのない景色ばかりが目に浮かんで離れない。
「どんな仕上がりになるのか楽しみで、そればかり考えていました」
「はは、それは良い。俺が作る料理は美味しいってバイト先でも評判だからな」
「でしょうね」
知っています、と心の中でつぶやいて、謝必安は確かに自分は彼の手料理の味を知っているのだと頭を抱えた。叉焼が、ネギが、椎茸がと具がどんどん刻まれ、脇では色鮮やかな溶き卵がふんわりと焼き上げられて行く。同じく大学で知り合い、意気投合して互いの家を行き来するまでになったのは、本当につい最近のことだ。にも関わらず、二人はもう随分前からの友であるように馴染み、互いに親友であると認めている。
舎利について教えてくれた留学生は転生についてあれこれ話してもいた。自分は随分前にも生きていた気がする、などと言う。怪しげな宗教勧誘かと警戒するも、彼女はただそんな気がするだけなのだと軽くふわりと着地した。別にあなたを口説いている訳じゃないけれども、あなたにも会ったことがある気がするわ、とも。確かに彼女ーー美智子はどことなく懐かしかった。ならばより具体的にあらゆる記憶が掘り起こされる范無咎は一体なんだろう。
少なくとも謝必安が見る限り、范無咎の中には今しかないらしかった。炒飯が出来上がり、清湯と共に食卓に並べられる。芳しい香り、あるべき風景。蓮華を手に取ればパラパラとした舎利たちが謝必安の口の中で踊った。
「美味しい……」
「だろう。お前は俺よりよほど食べるんだ、お代わりもたくさん作ったから、遠慮せずに食べてくれ」
「そうでしたっけ?」
事実だ、と惚けながら舎利を反芻する。これは謝必安が積んできた骨だ。そして范無咎が積み上げたものでもある。今度こそ二人は長く共に居られるであろうか?卵が柔らかく舌に辺り、風味をまろやかにした。熱された豆油が香ばしい。
食べ終わり、空の皿が積み重なる。一枚でも多く重ねられますようにと願って、謝必安は最後の一粒を指でつまんで口に放った。
〆.