受命于天
私たちは運命の奇形児だ。ジョーカーからサーカスの見世物についてあれこれ話を聞くうちに、奇妙にもそんな想いが白無常の心に浮かんだ。今、二人の人間が一つの体に収まっている。魂は代わる代わる表裏をくるくると行ったり来たりし、すれ違うことすらなく異なる世界に位置する。元来全く別の人間として個々に存在していただけに、この状況は白無常に苦痛と悔悟と悲観的な解釈をもたらした。同時に仄暗い喜びもそこには加わっていたがーーいずれにせよ不快な状況に変わりはない。自分たちは鏡ごしに互いを見ることすらできないのだ。
サーカスには、変わった人間が多いとジョーカーは言う。どんなに外の世界では爪弾きにされようとも、一度サーカスの舞台の上に立てば輝けるスターだ。両手両足のないもの、首が異様に長いもの、鱗が身体中を覆っているものや見た目が子供のような大人、猿のような人間など様々で、一つ一つの例を聞くたびに白無常はこの荘園に暮らすハンターたちの顔が思い浮かんだ。自分たちもまた、荘園という舞台に立つ化け物で、おそらくは荘園の主人にとっての見世物に過ぎない。なぜ、自分たちはここにいるのか。そしてどこへ行くのかを白無常は知らなかった。ただ、どうかここが終わりでないことだけを日々祈っている。
「中には、頭から腰までは二人で、腰から下が一人の双子がいたな。どこかアジアの方から団長がスカウトしてきたんだ。随分人気だったよ。ああいうのが物珍しいのか、女にももてはやされてたな」
「二人で一つ、か」
「ああ」
受け答えてからジョーカーはちらりと気まずそうな顔を見せた。悪漢を気取っているが、根はどこか優しいこの男は同情なんぞをしているらしい。手を振って気にしないよう伝えると、白無常は不満顔のリッパーを指差してやった。
「私はそんな状態になったら耐えられませんよ。あれの顔を年がら年中見るなんて」
仮面越しであっても苛立ちが伝わるほどに、リッパーの中での双子の自分自身とは小難しい間柄らしい。白無常はついぞ相方にお目にかかったことはないが、薄々は想像できる。きっと臆病で、まともぶろうとして自分の欲望に向き合わず、不器用でその癖絵だけはうまい人間に違いない。リッパーはまるきり逆でーー故に相手がよくわかり苛立つのだ。元が一つであるだけにその心情は複雑と言えよう。その点、白無常と黒無常は元々他人だ。互いの良さも悪さも他人だからこそ受け入れられるし、運不運を分かち合うことができたのである。
今やどこよりも近くどこよりも遥かに遠く隔たれた二人は互いを知るすべさえない。当初は希望的観測を見出そうとしたものだ。これまでのどんな運命でも必ず出遭う災厄も不運も自分が一手に引き受けることができ、それを知られて悲しませることもない。だが、楽しみとはなんだろう。今更自分に喜びがあれとは願わなくとも、相手の幸せを願う自分は最早妄想に閉じ込められてしまった。捩じくれて無理やり一つにされた奇形児は、その影さえも見えないのだ。
夜は昼を見ない。昼は夜を見ず、互いの影を掴もうと追いかけるばかりだ。日は移ろい、自分が存在しない空白によって相手を知る。震える傘を撫でて、白無常はこの中に相手が収まっているという考えさえも妄想だろうかと思案した。黒無常。リッパーとジョーカーが辛気臭い話はよそうとマジックショーについて話し始める。なんでもサバイバーには稀代のマジシャンがいるらしい。人を消すのがうまかった、とジョーカーはどこか懐かしい目で語る。
ふと、自分が完全に消え失せた世界のことを思う。この悩みが霧散する、限りなくお節介で無責任な、けれどもある意味幸福な世界はどこよりも地獄だろう。傘から流れる水音が強くなったのは気のせいか、はたまた義憤に駆られることの多かった范無咎という一人の人間の名残か。
運命は二人を出逢わせた。今はそれだけに満足しよう。なだめるように傘の柄をくすぐって、白無常はリッパーが隠したわかりやすいカードをそっと机の下から拾ってやった。
スペードのエースがやけに鮮やかだった。
〆.