NOVEL
  / HOME




私の日々は平穏で


ある甲冑職人の日記


某月六日
 天気は晴れ。今夜は予定通りであれば獣狩り。コートの裏側に仕込んだ帷子を直して欲しいと急遽三人の狩人が来る。部品を多めに用意して正解だった。小言と料金を追加する。彼らが生きて帰ってくれれば良いのだが。これからも安全でいたいという思いもあるが、私も客を失いたくはない。

早めの夕飯はポークチョップとカリフラワーのスープ。下宿のおかみさんの料理はまずまずだ。

狼のような獣の遠吠えがする。私はまだ獣の姿を見たことはない。一体どのような恐ろしい姿なのだろう。獣除けの香をよく焚いて眠る。明日は仕事が多い。

某月七日
 獣狩りの夜が明けた。今回は前回の狩りで逃した大物を仕留めたのだという。昨日の狩人たちが無事に生き延びられたからと輝く硬貨をチップ代わりに寄越してきた。私は使わないので近所の子供に配る。彼らはこれで絵を描くらしい。一夜限りの効果だが、夜道を照らすキラキラとした絵は私も好きだ。ただし、私の部屋の前ではない時に限る。

 獣狩りの夜明けの特別料理にありつけた。このヴェシュティ(ソーセージ)は最高だ。狩長の好物だと聞くが、なぜこの日にしか食べられないのだろう?特別な肉だとでもいうのだろうか。何にせよ、美味しいものは美味しい。

某月十日
 珍しい客が来た。武具職人に学徒が注文に来るとは思わなかった。私が作る甲冑の細い網目などの細工が気に入ったのだという。腕の見せ所なので嬉しかった。

彼らには不要だと思うのだが、いくつか兜を作って欲しいそうだ。手近なものを少し改良したものを見本として渡す。かぶるのは今の所この学徒ではないらしい。大げさな身振りとよくわからない長い話があったが、すっかり忘れてしまった。金払いは良さそうだ。

今日は下宿の主人が釣った鯉を食べる。パン屋の娘が初めて作ったクネドリーキはいまいちだ。これでは金が取れないだろう。

某月十三日
 先日の学徒がまた来た。網目部分だけでできた、筒のような兜を作って欲しいのだという。それでは小さな鉄の檻を被るようなもので、重たい上に何も守ることはできないだろう。狩人には様式美を最優先する者がいるが、学徒は様式美を必要とする学問があるのかもしれない。承諾する。うまくいけば何百と注文したいというが、一人ではとても作りきれない。他の武具職人にも手伝ってもらわなくてはならないが、うまくいくのか心配だ。

今夜はポークカツレツ。普段よりも何周りも大きい。医療教会が特別に飼育した豚を市場に放出したらしい。どれほど巨大なのだろう?想像もつかない。

良いべヘロフカを手に入れたとアダムスが言うので遊びに出かけた。薬草の味が強すぎる気がする。大口の注文が入ったら手伝って欲しいと頼む。快諾してもらえた。

某月十七日
 学徒に微調整を頼まれる。檻は細い棒の組み合わせの方が具合が良いらしい。一層重くなるが構わないのかと聞けば、重さなど関係がなくなるから問題ないのだと返された。学徒とのやりとりは宗教問答めいていて難解だ。自分には学がないので理解できそうにもない。

今晩は食欲に欠けるのでポテトパンケーキを作る。サワークリームは下宿の主人にもらった。素朴な味わいに、子供の頃を少し思い出した。

某月十八日
 あの学徒が来た。大層気に入ったらしく、大口注文がしたいという。湯水のように前金を渡して来た。仕入れもしなければならない。忙しくなる次の獣狩りの夜よりも前に片付けたい。方々に声をかける。

翌々月十日
 全ての檻を納品した。恐ろしくてたまらない。あそこは……あの連中は何者だ?何を考えている?医療教会に報告しなければ。アダムスたちは捕らえられてしまった。自分で作った檻に閉じ込められるとは、彼らも思ってもいなかっただろう。とんでもないことになってしまった。

今夜の月は常になく赤く大きい。獣狩りの夜が始まってしまう。家についた時にはもう獣の声が耳にこびりついていた。全て夢だと思いたい。明日は医療教会へ行く。絶対にだ。