本当に甘いのはどっち?
甘い話
スウスウする。ゴテゴテとしたリボンやレースにフリルといった、到底戦いには相応しくないものに囲まれたナワーブ・サベダーは唇をへの字に曲げた。荘園の主人がまたぞろ奇妙な催事を行うからと呼び出されたところまでは良い。毎度ながら催事には奇妙な衣装が付き纏う、それも既に織り込み済みだ。犬のような毛皮や、冒険小説や探偵小説の登場人物のようなものまで、ナワーブの想像の範疇を遥かに超えたものがこの世にあるのだと知らしめてくれる。試着室の鏡に映る自分の姿はさながら物語の人物だ。
馬鹿げたものだろうがなんだろうが、狂いそうなほどに生死の境目を彷徨う日々にはちょうど良い気分転換である。荘園の主人が何を考えてどうしたいのか、そんなことまでは考える余地もなかった。人には人の趣味嗜好がある。だが、荘園の主人は何か勘違いしているのではないか、と流石に今回の衣装を前にしてナワーブは渋面を深めた。まんじりともせず現実を眺めてるうちに他の面々が一人、また一人とカーテンの向こうから羽ばたいていったのがわかる。多分残ったのは自分一人くらいだ。意地悪で優しい彼らなら、おおよそ事情を察して穿り返しはしないだろう。いつぞや街中で見かけた人形のような自分にため息をついて、ナワーブはいい加減脱ごうと頭飾りに手をかけ――いきなり開かれたカーテンに慌てて後ろを振り返った。
「ナワーブ、大丈夫か?着付けを手伝ってやろうか……く」
「び、びっくりさせないでよピアソンさん。あ、ちょっと!」
クックッと笑いを堪えながら、侵入者ことクリーチャー・ピアソンがナワーブのズボン裾を軽く引っ張った。どうやら自分を心配して来てくれたらしいが、感動する心の余裕はない。面倒見の良い恋人が、この時ばかりは恨めしかった。後ろ手にカーテンを閉じ、クリーチャーは改めて全身を眺めまわして今度こそ声を出して笑った。
「短すぎだろう、ヒヒッ、そ、その年で!似合うなあ、サベダー君」
そう、この服は豪奢な装飾でゴテゴテしているにもかかわらず、脚だけはゾッとするほど短い丈でがら空きなのだった。太腿の半分もあるかどうか怪しい。自分の年齢でこんなものを履く人間はそういないだろう。可愛いもんだな、と笑う恋人が忌々しい。クリーチャーは時折自分のことを懐かしむような目で見て可愛いと言う。不覚にも胸がときめくのは、自分が彼にずっぷりと浸かってしまっているからに違いない。
「いつかあんたも同じ目に合うかもよ」
「まさか。君に似合うから寄越したんだろう。残念ながら、私には似合わない」
「わからないでしょ」
言いながらナワーブはクリーチャーの悪戯な指をからめ取って想像を巡らせた。自分の衣装のようなリボンやフリルは到底彼には似合わない。ではこのとんでもなく短い丈のズボンは、と言えばほんの少し気分はそそられた。クリーチャーの脚はしなやかで綺麗な曲線を描いている。うっすらとついた筋肉は、男性とも女性とも言えない境目を彷徨っていて、ナワーブが愛着する部位でもあった。本人がなんと抗議しようとも、他人に彼の良さを知られるわけにはいかない。荘園の主人が目覚めていなくてよかった、とナワーブはお返しとばかりにクリーチャーの上着をゆるりと撫でた。
「あんたの服はなんだっけ……鉄道員?」
「そんな名前だったかな。ウッズさんにも褒められた、痛っ」
「一言余計」
でれでれと表情を緩めるクリーチャーの鼻を軽くつまみ、ナワーブはもっとよく見ようと鏡の前に押し出した。今回、クリーチャーに支給された衣装は常になくかっちりとした群青色の制服である。とは言え生来のだらしなさは隠し切れないのか、シャツの前が肌蹴られて誘うようにも見受けられた。そんな見方をするのはお前だけだとカヴィン・アユソが叫ぶだろうが、事実は事実である。上着に沿って体をなぞり、ナワーブはクリーチャーの首筋に顔を埋めた。
「うん、よく似合ってる。こういうのも良いね」
「ほ、本当か?」
「エマの言葉は信じられるのに、俺が褒めるのは信じられない?」
「ぐぁっ」
ぎゅ、とネクタイを引っ張って軽く締めると、クリーチャーが見るも哀れにもがく。可哀想と思う反面、たまらなく可愛いと思えるのは我ながら歪んでいるとナワーブは苦笑した。クリーチャーを前にすると、時々、自分は頭がおかしくなってしまったのではないかと混乱してしまう。戦場であっても、誰かを痛めつけることに感情を乗せることはなかった。むしろ加虐心を正当化する同輩たちを軽蔑していたほどである。それを大切にしたい相手に限って思うだなんて、どういうわけだろう?ネクタイを持つ手を離すと、ナワーブは薄い腹に柔らかく抱きついた。ぜえはあと喘いでいた体が、ゆっくりと呼吸を取り戻して生き返る。
「……君に褒められるのは、き、嫌いじゃない。ただ、胸が痛くなるんだ」
二度と聞けなくなった時が恐ろしいと、うろんな目をした男が鏡の向こうで喘ぐ。瞳の奥底にあるのはどうしようもないほどの孤独だ。世界の全てから取り残された気分で、追い求められるとは思いもよらない人間が、夢中になってはいけないと必死で堪えている。なんて愚かで可愛いことか!
「良いよ、あんたの心臓が破裂するまで言ってあげる」
「わ、私を殺す気か?」
「最高の殺し文句でしょ」
上着の隙間から手を入れて、滑らかなシャツの感触を楽しむ。相変わらずアンダーウェアは身につけていないらしい。脇腹から肋骨を這い上がるのが好きだ、この皮膚の下に蠢く内臓が彼の生命を教えてくれる。シャツの上からでもわかる胸の頂点に到達すると、ナワーブはわざと周辺をゆっくりとなぞった。胸が大きく上下する。何もかも鏡に映るせいで、ほのかに赤く染まった頬が、とろけ始めた瞳がナワーブを誘った。
「ドキドキしてる?」
「っ、んぅっ」
目標を過たずに乳首に触れると、クリーチャーの唇から艶やかなため息が溢れた。シャツ越しに先端を軽く引っ掻いて、潰して、また引っ張って。本当は直接指の腹で撫でてやりたいところだが、どこまで進むべきかまだ迷いがあった。片方の手で太腿を駆け上がれば、ブルブルとクリーチャーが震えて手をつかんでくる。首筋に軽く口付けると、ナワーブは仕方がなしに虜を解放した。嫌われたい訳ではない。こと愛されることや、それにまつわる行為で嫌がるクリーチャーだが、嫌がることと嫌いになることは別物だ。実際、気持ちの良いことが好きだからこそ、彼の体は今やうっすらと丸みを帯びている。
「意地悪してごめんね。着替えて戻ろっか」
「……どうせ脱ぐから、着替えなくて良い」
「えっ」
「部屋でしたい」
途端、ナワーブの中で感情が渦巻いてハリケーンと化した。良いのか。早く行こうとでも言うようにクリーチャーが手を引っ張り、ナワーブは自分の服に対する不満も忘れて歩き始めた。
非常識だ。自分のことをまるで棚に上げて、クリーチャーは肌けたシャツの間に顔を埋める男の髪を引っ張った。被り物で乱れた髪がぽやぽやとして愛らしい。流石に頭の装飾は邪魔だと見たのか、自室に着いた途端にナワーブは頭飾りをかなぐり捨てた。そのまま猛然とベッドに押し倒す直情さは愉快で、クリーチャーは両手を上げて迎え入れたものである。こんな調子だから、ナワーブは非常識にも試着室で自分に襲い掛かったのだし、自分もうっかり流されかけてしまったのだろう。
否、自分は悪くはない。アジア人特有の幼い顔立ちに相応しく、人形のような衣装を誂えた荘園の主人が悪いのだ。小さな子供のようでつい許したくなってしまう。ノートン・キャンベルに言わせれば、単純にクリーチャーが甘いだけとのことだが、勘違いにも程がある。自分でなくとも、ナワーブを拒める人間がいるのであれば教えてもらいたい。ボタンがゆっくりと外されてゆくように、クリーチャーはとうに陥落していた。
シャツの合間に流れた汗を探すように滑らかな舌が上下し、とうとう先程から疼いていた乳首に行き当たる。軽く歯で甘噛みされ、クリーチャーは思わず呻いて脚を浮かせた。この体勢ではナワーブの脚が見えなくなってしまう。笑いを誘うものではあったが、今回の衣装は少なからず蠱惑的でよく似合っていた。問題は誰に向けてのものかということだろう。見知らぬ荘園の主人を思い描き、クリーチャーは胸を吸われる以外の感情から呻いた。ナワーブが衣装を身につけた姿を荘園の主人はどこかで見ているのだろうか?自分だけのものに誰かが手をかけかねないと思うと背筋がゾッとする。複雑に淀んだ思考をよそに赤子のように吸いついていたナワーブの唇が離れ、クリーチャーはたらりと垂れた銀糸に思わず目を奪われた。
「アンダーウェアを着けてって、前にも話したの覚えてる?」
「ぁ、っあぁ」
「あんたの乳首さ、シャツの上からでもわかるんだよね」
楽しげな声と共に、左右の乳首を思い切り指で潰され、ビリリと背筋に電流が走る。男の乳首のことなんて考えたくもないことだが、どうやら由々しい話らしい。自分の?なんだってまたそんな冗談を言うのだろう。腹の奥底がじくじくと疼いて収まりが悪い。普段よりもかっちりとした衣装は思いの外下腹部を締め付けて、触れていない性器がじんわりと湿るのを感じていた。ナワーブによって開かれた自分の体は物覚えが良くて、考えもつかなかった反応を見せてはクリーチャーを惑わせる。
「うそ、」
「本当だよ。この前アンドルーが顔真っ赤にしてたの、気付かなかった?」
だから隠してね、と今度は優しく捏ね回される。頭が朦朧とする行為をしながら言葉を染み込ませないでほしい。抗議も兼ねて脚でナワーブの剥き出しの太腿をなぞる。本当はもっと真ん中にまで遡上したかったが、この体勢では目にすることさえ難しい。服がこんなにも邪魔なものだとはついぞ思いもよらなかった。バサバサと蠢くフリルの端を掴んで思い切り引き寄せると、胸元にころりと頭が落ちる。頭に、額に、耳にと口づけを降らせるのはちょっとした意趣返しだ。
「アンダーウェアなんて面倒だろう。大体、サベダー君が悪いんだ」
「俺?」
顔を上げたナワーブを誘導して唇を重ねる。熱がだんだんとうつって行くようで、クリーチャーが好きな行為の一つだ。どんなに工夫してもピタリとは重ならないものをなんとか一つにしようと求め合い、舌を絡め合う様は最早セックスだろう。実際、深く口付ける時にはチラリと頭の中に夜が広がる。ナワーブの唾液は少し甘くて、おやつに与えたハッカ水の味がした。
「……君とするのは、気持ちが良いから困る」
少なからず全てについてクリーチャーが懸念していることでもある。こんなに気持ちが良いことを知ったら、引き返せないのではないだろうか。満たされた感覚が二度と手に入らなくなったら、と想像するだけで恐ろしい。口付けで奪われた呼吸で頭が朦朧とする。子供のように拙く呼びかけると、ナワーブは低く唸って喉元を噛んだ。痛いはずだと言うのに、そんなことさえ気持ちが良い。
「ピアソンさんより、俺の心臓の方が先に止まりそう」
「か、体の具合が悪いのか?エミリーを呼ぼう、ぁっ」
せっかく心配したというのに、ガブガブと噛まれて助けを呼ぶことさえできない。どうやら健康ではあるようだと人心地つきながらも、クリーチャーとしては釈然としない展開だった。体のあちこちが痺れて、なんだかどうでも良くなってしまっている。ナワーブの服のよくわからないボタンに指をかけてもちっとも脱がせられない。滑らかな手触りの布の下にはお馴染みの硬い筋肉が待ち受けているはずだが、もしかしたらすり替えられたのではないかと不安になる程だ。思えばナワーブの衣装はリボンがかかった巨大なプレゼントの箱にも見える。切なくなった下半身をナワーブに擦り付けて、クリーチャーは身も世もなく助けを求めた。
「なわぁぶ」
「いいよ、いつでもイッてね」
まるで可愛くない。胸をいじられるのは好きだし、あちこち噛まれるのだってもちろん良い。良いのだが、今はこの服の下をひん剥いて触って触られたいのだ。口にするにはあまりにも羞恥心が強く、クリーチャーは仕方なしに相手の手を掴んで自分の下腹部へと導いた。他人の手がどんどんと熱を煽り立ててゆく。
「なかにくれ」
君を。プレゼントを包むリボンがしゅるりと解かれた。
きっとこの人はわかっていないのだろう。我ながらひどい絵面を興味深く覚えながら、ナワーブはクリーチャーの中をほぐす作業を続けた。布の少ないズボンの中ですっかり窮屈な思いをしていた自分の下半身は今や自由を味わい、夢見るようなリボンやフリルとはかけ離れた凶悪さを露呈している。少なくとも、取り出した際にクリーチャーの驚きと恐れと喜びを一緒くたに引き出すには十分だった。いつも見慣れているはずだというのに、服のせいか違和感があったのだろう。
いつも通りの幸せ、も好きだが、こんな風にたまには新鮮な気分を味わってもみたいとは思う。クリーチャーのズボンを脱がせた後、普段よりも濡れていてゾクゾクしたのは今でも覚えている。もっとあれこれ声をかけたい、虐めて可愛がって優しくしてやりたいと理性は訴えたが、気づけば慣れた手つきでご覧の通りだ。慣らし続けてふわふわと包み込むようなクリーチャーの熱がきゅうと指に食らいつく。キュ、キュウ、と呼吸よりも強く早く動く様に顔を見やれば、真っ赤になってそらされた。
「おねだりが上手だね」
「は、早くしてくれ」
「うん」
自分だって待っていた。万全の支度をするべく陰茎を擦ると、クリーチャーの視線が痛いほどに刺さる。喉を鳴らしていることに気づいているだろうか?その目がたまらなく好きだ。孔に先端を押し当て、慰めるようにして真っ白な太腿を撫でる。つくべきものをつけられなかった、奇妙にも美しい脚。ズブズブと中に沈み込みながら、ナワーブは毎度のことながら薄い体のどこにうまく収まっているのかと人体の神秘に感謝した。押し込んだ先がピクピクと痙攣するのは、きっと軽く何度も中でイッているからだろう。クリーチャーに一度教えたことがあるが、信じたくないらしい(正確には女性のようだと思いたくないようだった、この問題は繊細すぎる)ので公然の秘密である。衣装のせいで動きにくいことに気づき、ナワーブはここに至ってまだ服を脱がないでいた自分を呪った。
「ピアソンさん、今日は動きにくいから協力してね」
「ん、いい、いいっ」
「はは、ちゃんと聞いてるか怪しいなあ」
一般的に、クリーチャーを飾る言葉は刺々しい。傲岸不遜で無作法、出自のしれない卑しい男、など散々な言われようで、なるほどナワーブにも頷けるものも多い。それでもこんなにも可愛い側面があるのだ。幼子のようにうなずき、受け入れやすいように脚を開いたり腹に力を込めたり、ともかく健気に動くクリーチャーに心は蕩かされ通しだった。ぱちゅんぱちゅん、といつもよりもゆっくりとお遊びの音がする。今着ている服には似合いの音かもしれない。ずっとこうして繋がっていられたら気持ちが良いまま死ねるのかな、とナワーブの頭が蜃気楼に包み込まれる。腹が熱い。どこもかしこも甘ったるくて、体が溶けてしまいそうだ。
「中にあげるね」
欲しいと願ったのだから。余すところなく注ぎ込み、ナワーブは確かめるようにクリーチャーの蠢く腹を撫でた。この薄い膜の下に、自分の分身が詰まっている。撫でているうちにまたむくむくとクリーチャーのものも起き上がって、愛しさで胸がいっぱいになった。
「俺にももっと頂戴、ピアソンさん」
答えはひどく甘かった。
〆.
後書き>>
上海CUの衣装の可愛さに目を疑いました。一体何が……?可愛い服に反していろいろな意味でワイルドな組み合わせは大好きなので、思うがままに筆を走らせた結果です。ピアソンさんが試着室でするのを嫌がったのは、汚すから(もあるけれども)ではなく、鏡があるからでした。互いに甘かったり可愛かったりと愛しみ合う姿は心が和みますね……。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!